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19話
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「し、失礼します!」
オレは慌てて身体を翻し、その場から逃げようとした。だけど、ヴァレンの手が素早くオレの腕を掴む。力任せに引っ張られて、オレはその場で身動きができなくなった。
「──どこへ行く? まだ話は終わっていない」
見ると、ギラついたヴァレンの目がオレを舐めるように見つめている。オレはそこから目を反らそうとしたが、顎を掴まれて強引に顔を上げさせられる。
近づきすぎる彼の顔。そこから漂う独特の香り。間違いなく、これはアルファの匂いだ。
「や、やめろ!」
オレは必死に抵抗したが、ヒートの兆候が出始めた身体は思うように力が入らない。むしろ、アルファの匂いがダイレクトに伝わってくることで、症状が悪化していくのを感じる。
「オメガのくせに、どうして護衛騎士などという役目を任されたのだ?」
ヴァレンの声はぞっとするほど冷たかった。その目には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
「あの王子に身体を使ってねだったのか? ……さすがオメガだな」
「そんなわけないだろ……!」
「無理やり護衛という立場にしてまで傍に置きたいなんて、お前の身体はさぞかし具合がいいんだろうな?」
ヴァレンの言葉の一つ一つが、刃物のようにオレの自尊心を切り刻んでいく。
「ふん、オメガの男娼風情がいい気になって……」
くっそ! こいつ、一体何様だよ! オレが騎士として誇りを持って生きてきたことも、レオン殿下が真摯にオレに向き合ってくれたことも、何もわかっちゃいない!
「黙れっ!」
渾身の力をふり絞り、オレはヴァレンを突き飛ばした。いつもなら軽く相手を吹っ飛ばせるはずなのに、ヒートの影響で力が入らない。でも、突然の反撃にヴァレンの手が離れた。
「お前!」
怒りに満ちたヴァレンの声を背に、オレは全力で走り出した。
(走れ、走れ! こんなところで捕まったら……)
普段だったら全然問題ないような距離でも、今のオレには長い長い道のりに感じられる。身体は熱く、足はふらつき、まるで沼の中を走っているような感覚だ。
ただ無我夢中で走った。どれくらいの時間が経ったのかも分からない。
気づいたとき、オレは北側の監視塔の前まで来ていた。
(ここは……)
昼間の視察で「現在は使用していない」と説明されていたはずの監視塔。なのに、なぜか見張りの兵士がいる。
(おかしいな……)
オレは近くの茂みに身を隠した。息を殺し、じっとその様子を伺う。
しばらくすると、険しい表情のヴァレンが近づいてきた。彼は見張りの兵士に何かを話しかけている。
「おい、誰かがこちらに来なかったか?」
「いいえ、誰も来ておりません」
「くそっ……探せ!」
二人はオレの潜んでいる茂みの周辺を探し始めた。オレは背中から冷や汗が流れるのを感じる。見つかったら終わりだ。だけど、彼らはオレの隠れている茂みの辺りまでは調べず、そのうち別の場所へと行ってしまった。
(今だ!)
兵士たちが見えなくなったのを確認すると、オレはそっと茂みから這い出た。監視塔の扉の前まで来て、恐る恐る扉を開いてみる。
扉は開いた。鍵はかかっていなかったようだ。
急いで中に入ると、内側には横木で施錠できるようになっていた。どうやら内部から施錠するタイプの扉らしい。オレは素早く横木を差し込み、扉を閉ざした。
「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切った……」
監視塔の内部は薄暗かったが、ところどころに蝋燭が灯されており、かろうじて周囲を見渡せる程度の明かりがあった。
「蝋燭が灯ってるってことは……ここ、やっぱり誰か使ってるよな……?」
オレは周囲を見回した。塔の中央には上階に上がるための螺旋階段がある。そして、よく目を凝らすと、床の一角に地下へ降りるための梯子が見えた。
「…… 地下?」
監視塔に地下室があるなんて聞いてなかったぞ。いや、それよりも今は……
「くっ……!」
体の奥底から熱が込み上げてくる。ヒートの症状だ。オレはポケットから、アドリアンから貰った抑制剤の小瓶を取り出した。
「くそっ、抑制剤……!」
瓶の蓋を開け、オレはそれを一気に飲み干した。
落ち着くのを待とうと壁に背を預けて座り込む。けれど、待てど暮らせど身体の熱は引かない。むしろ、どんどん強くなっていく。
そういえば、アドリアンが言ってたな……常用してた抑制剤のせいで、ヒートの反動が大きくなることがあるって。今まで無理やり抑えていたツケが、一気に回ってきたのかもしれない。
まさか、それが今日なのか? 最悪のタイミングだよ、マジで!
「ダメだ……こんなところで立ち止まってちゃ……」
オレは強引に身体を起こした。そのまま休んでいても状況は良くならない。せっかくここまで来たんだ、ここが怪しいとわかったからには、調べるしかない。
梯子を降りていく。一段、また一段と、慎重に足を運ぶ。ヒートで力が入らない足を必死に踏ん張らせる。
地下室に降り立つと、そこは予想以上に広い空間だった。こちらにも蝋燭の灯りがあり、中の様子が薄暗いながらもはっきり確認できる。
「これは……!」
そこには、沢山の物資が置かれた倉庫が広がっていた。昼間に見た倉庫の規模の何倍もありそうだ。食料も武器の薬品も、なぜかここに大量に保管されている。
特に目を引いたのは薬品の棚だ。見慣れないラベルのついた薬剤や、乾燥した薬草などが大量に置かれている。
「やっぱり、本物の倉庫を別に隠してやがったんだな……」
だが、それ以上調べる余裕はなかった。
「うっ……!」
突然の痛みと熱で、オレはその場にうずくまってしまった。身体の奥底から熱が込み上げ、全身が火照る。指先までジンジンとした痺れが走る。
「くっ……なんで……こんな時に……!」
抑制剤は全く現れない。それどころか、今まで経験したことのないような強いヒートの衝動に襲われて、どんどんとオレの意識が混濁していく。
「だ、誰か……」
頭の中が真っ白になっていく。こんなところで倒れたら、見つかったら、どうなってしまうかかわからない。
全身が欲望に支配されていく。呼吸は荒く、心臓は早鐘のように打ち続ける。もうどうしようもない。
(……レオン殿下、助けて……)
思わず、心の中で彼の名を呼んでいた。
視界が歪み始め、意識が遠のいていく。ぼんやりと見える蝋燭の灯りが、次第に小さく、小さくなっていった。
オレは慌てて身体を翻し、その場から逃げようとした。だけど、ヴァレンの手が素早くオレの腕を掴む。力任せに引っ張られて、オレはその場で身動きができなくなった。
「──どこへ行く? まだ話は終わっていない」
見ると、ギラついたヴァレンの目がオレを舐めるように見つめている。オレはそこから目を反らそうとしたが、顎を掴まれて強引に顔を上げさせられる。
近づきすぎる彼の顔。そこから漂う独特の香り。間違いなく、これはアルファの匂いだ。
「や、やめろ!」
オレは必死に抵抗したが、ヒートの兆候が出始めた身体は思うように力が入らない。むしろ、アルファの匂いがダイレクトに伝わってくることで、症状が悪化していくのを感じる。
「オメガのくせに、どうして護衛騎士などという役目を任されたのだ?」
ヴァレンの声はぞっとするほど冷たかった。その目には明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
「あの王子に身体を使ってねだったのか? ……さすがオメガだな」
「そんなわけないだろ……!」
「無理やり護衛という立場にしてまで傍に置きたいなんて、お前の身体はさぞかし具合がいいんだろうな?」
ヴァレンの言葉の一つ一つが、刃物のようにオレの自尊心を切り刻んでいく。
「ふん、オメガの男娼風情がいい気になって……」
くっそ! こいつ、一体何様だよ! オレが騎士として誇りを持って生きてきたことも、レオン殿下が真摯にオレに向き合ってくれたことも、何もわかっちゃいない!
「黙れっ!」
渾身の力をふり絞り、オレはヴァレンを突き飛ばした。いつもなら軽く相手を吹っ飛ばせるはずなのに、ヒートの影響で力が入らない。でも、突然の反撃にヴァレンの手が離れた。
「お前!」
怒りに満ちたヴァレンの声を背に、オレは全力で走り出した。
(走れ、走れ! こんなところで捕まったら……)
普段だったら全然問題ないような距離でも、今のオレには長い長い道のりに感じられる。身体は熱く、足はふらつき、まるで沼の中を走っているような感覚だ。
ただ無我夢中で走った。どれくらいの時間が経ったのかも分からない。
気づいたとき、オレは北側の監視塔の前まで来ていた。
(ここは……)
昼間の視察で「現在は使用していない」と説明されていたはずの監視塔。なのに、なぜか見張りの兵士がいる。
(おかしいな……)
オレは近くの茂みに身を隠した。息を殺し、じっとその様子を伺う。
しばらくすると、険しい表情のヴァレンが近づいてきた。彼は見張りの兵士に何かを話しかけている。
「おい、誰かがこちらに来なかったか?」
「いいえ、誰も来ておりません」
「くそっ……探せ!」
二人はオレの潜んでいる茂みの周辺を探し始めた。オレは背中から冷や汗が流れるのを感じる。見つかったら終わりだ。だけど、彼らはオレの隠れている茂みの辺りまでは調べず、そのうち別の場所へと行ってしまった。
(今だ!)
兵士たちが見えなくなったのを確認すると、オレはそっと茂みから這い出た。監視塔の扉の前まで来て、恐る恐る扉を開いてみる。
扉は開いた。鍵はかかっていなかったようだ。
急いで中に入ると、内側には横木で施錠できるようになっていた。どうやら内部から施錠するタイプの扉らしい。オレは素早く横木を差し込み、扉を閉ざした。
「はぁ……はぁ……なんとか逃げ切った……」
監視塔の内部は薄暗かったが、ところどころに蝋燭が灯されており、かろうじて周囲を見渡せる程度の明かりがあった。
「蝋燭が灯ってるってことは……ここ、やっぱり誰か使ってるよな……?」
オレは周囲を見回した。塔の中央には上階に上がるための螺旋階段がある。そして、よく目を凝らすと、床の一角に地下へ降りるための梯子が見えた。
「…… 地下?」
監視塔に地下室があるなんて聞いてなかったぞ。いや、それよりも今は……
「くっ……!」
体の奥底から熱が込み上げてくる。ヒートの症状だ。オレはポケットから、アドリアンから貰った抑制剤の小瓶を取り出した。
「くそっ、抑制剤……!」
瓶の蓋を開け、オレはそれを一気に飲み干した。
落ち着くのを待とうと壁に背を預けて座り込む。けれど、待てど暮らせど身体の熱は引かない。むしろ、どんどん強くなっていく。
そういえば、アドリアンが言ってたな……常用してた抑制剤のせいで、ヒートの反動が大きくなることがあるって。今まで無理やり抑えていたツケが、一気に回ってきたのかもしれない。
まさか、それが今日なのか? 最悪のタイミングだよ、マジで!
「ダメだ……こんなところで立ち止まってちゃ……」
オレは強引に身体を起こした。そのまま休んでいても状況は良くならない。せっかくここまで来たんだ、ここが怪しいとわかったからには、調べるしかない。
梯子を降りていく。一段、また一段と、慎重に足を運ぶ。ヒートで力が入らない足を必死に踏ん張らせる。
地下室に降り立つと、そこは予想以上に広い空間だった。こちらにも蝋燭の灯りがあり、中の様子が薄暗いながらもはっきり確認できる。
「これは……!」
そこには、沢山の物資が置かれた倉庫が広がっていた。昼間に見た倉庫の規模の何倍もありそうだ。食料も武器の薬品も、なぜかここに大量に保管されている。
特に目を引いたのは薬品の棚だ。見慣れないラベルのついた薬剤や、乾燥した薬草などが大量に置かれている。
「やっぱり、本物の倉庫を別に隠してやがったんだな……」
だが、それ以上調べる余裕はなかった。
「うっ……!」
突然の痛みと熱で、オレはその場にうずくまってしまった。身体の奥底から熱が込み上げ、全身が火照る。指先までジンジンとした痺れが走る。
「くっ……なんで……こんな時に……!」
抑制剤は全く現れない。それどころか、今まで経験したことのないような強いヒートの衝動に襲われて、どんどんとオレの意識が混濁していく。
「だ、誰か……」
頭の中が真っ白になっていく。こんなところで倒れたら、見つかったら、どうなってしまうかかわからない。
全身が欲望に支配されていく。呼吸は荒く、心臓は早鐘のように打ち続ける。もうどうしようもない。
(……レオン殿下、助けて……)
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