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31話
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声の主を確認しようと振り返ると、なんとそこにはアドリアンの姿があった。長い赤茶色の髪を背中で一つに結び、いつもの王都風の服装で歩いてくる。
「アドリアン!?」
オレは目を疑った。王都の宮廷で魔素の研究をしているはずのアドリアンが、どうしてこんな辺境のオレの実家にいるんだ?
「やぁ、セリル! 久しぶり! 剣の稽古中?」
アドリアンは片手を上げて陽気に挨拶しながら、こちらに向かって歩いてくる。
「どうしてここに?」
オレが驚きのあまり尋ねると、アドリアンは大きく肩をすくめて笑った。
「取り敢えず詳しい話はあとにして……あ~、疲れた疲れた。馬車に街の入り口で下ろしてもらったはずなのに、結構歩いたよ~。まさか森の中をこんなに歩くことになるとは思わなかった」
そう言って、アドリアンは額の汗をハンカチで拭った。その仕草は貴族らしい優雅さがあるものの、彼の服は埃っぽく、靴も泥で汚れている。きらびやかな王宮でしか見たことのない彼がこんな田舎道を歩いてくるなんて、本人には悪いがなんだかちょっと滑稽だ。
「兄さん、この方は……?」
アーサーが背後から小声で尋ねてきたので、オレは小声で返した。
「ああ、彼は王宮で魔素の研究をしている研究者だよ。レオンハルト殿下の従兄でもある」
説明を聞いて、アーサーの目が驚きで丸くなった。
「レオンハルト殿下のご親戚の方ですか!?」
アーサーは慌てて頭を下げると、「すぐに水を用意してきます!」と言って屋敷に向かって走り出した。
アーサーがいなくなると、アドリアンはオレが薪割りに使っていた切り株の上にどっかりと腰を下ろした。どうやら本当に疲れているみたいだ。
「まぁ、僕がここに来た理由は後で話すとして──僕さ、個人的にここグランツ領にちょっと来てみたかったんだよね」
アドリアンは周囲を見回しながら言った。
「こんな田舎、畑と森しかないぞ?」
オレは首を傾げた。グランツ領は本当に何もない辺境だ。王都の人間が興味を持つような場所じゃない。
「いや、ところが僕のような研究者にとってすれば、それだけじゃない。魔素研究者にとって、この土地は非常に興味深いんだよ」
アドリアンは微笑み、続けた。
「あのね、君が一年前に毒矢を受けた際に君を診察した医者に会って調べた結果、やはり弓矢に塗られていた毒はルーンベインで間違いなかった」
「そ、そうなんですか」
いきなり話が切り替わったことに驚きつつ、オレは取り敢えず相槌を打った。自分が受けた毒がルーンベインであったことはなんとなく予想できたことだ。今更驚くようなことじゃない。
アドリアンは言葉を続ける。
「すると君は、解毒薬以外の治療方法が確立されていない毒を受けて、奇跡的に生還したことになる。君はたぶん、変化する魔素への対応能力が非常に高いんだ。そしてそれはおそらく、君が育ったこの土地に関係がある……」
そこまで説明したあと、アドリアンはまるで堰を切ったようにさらに続けた。
「この辺りのグランツ領はね、魔素の乱流帯と呼ばれる特殊な地域に位置していて、魔素濃度の変化が激しい。つまり、ここで育った人間は魔素への耐性や適応能力が高くなる可能性があるんだ。そしてこの地域の魔素特性は、人の身体に浸透しやすい性質を持っていて……」
アドリアンの言葉は止まらない。オレは内心で苦笑した。とにかく難しい話は頭の上を通り過ぎていくのを待つしかない。
そこにアーサーが水の入った陶器の水差しと杯を持って戻ってきた。
「お待たせしました! あの、よろしければこちらの水をどうぞ」
「ありがとう」
アドリアンは礼を言って水を受け取り、一口飲んだ。
「おいしい! これは井戸水?」
「はい、裏手の井戸から汲んできました」
「冷たくて本当においしい。助かったよ~」
アドリアンは満足そうに杯を置くと、アーサーに微笑みかけた。
「君がセリルの弟さんかな?」
「はい、アーサー・グランツと申します」
アーサーは丁寧に頭を下げた。アドリアンも姿勢を整えて挨拶を返す。
「僕はアドリアン・ヴァルトハイム。王宮で研究をしている者だよ」
アーサーの目が輝いた。
「研究職の方なんですか?」
「そう。僕は王宮で魔素の研究を行っているんだ」
アーサーの表情が明るくなる。王宮の研究者に対する憧れが彼の顔から溢れ出ていた。もともと身体を動かすことより勉強の方に興味があるような子だったから、アドリアンのような職業には憧れがあるのかもしれない。
オレは二人が楽しそうに話しているのを微笑ましく眺めていたが、ふとアドリアンの視線がオレの視線に注がれていることに気が付いた。
「……あれ、セリル、頬が切れてるけどどうしたの?」
彼の言葉を受けて、オレはアーサーの剣技を受けて頬が切れていたことを思い出した。頬に触れると、確かにまだ少し血が滲んでいる。
「ああ、さっきアーサーの剣でやられたんだ。こいつの剣技、なんかよくわからないけどすごいんだよ。剣を受け止めたのに、なぜか風みたいなもので頬を切られた」
その言葉に、アドリアンの瞳が輝く。
「へぇ、それは興味深いな。ねえ、その剣技……少し見せてもらえないかな?」
アドリアンの問いかけに、アーサーは慌てたように首を振った。
「いえ、僕なんかはまだまだで……人に見せられるような腕前ではありません」
「そんなことないよ、王宮で騎士をやっていたお兄さんにも褒められるような剣技なんだから。ね、お願い!」
アドリアンの熱心な頼みに、アーサーは諦めたように肩をすくめた。
「わかりました。少しだけなら……」
アーサーは再び木剣を構えた。オレも向かい合って立つ。
「いつも通りでいいから、やってみろ」
アーサーはうなずき、木剣を振りかぶった。やっぱり、彼が剣を振るう度に、不思議な風が発生している。オレはアドリアンに声をかけた。
「見えます? 剣とは別に、なんか風が出てるんです」
アドリアンはじっと見つめて、突然慌てて手を挙げた。
「ち、ちょっと待って!」
彼は急いで自分の鞄から何かを取り出し始めた。それは円形のレンズが付いた、オレが王宮で何度か見たことのある道具だった。
(あれは魔素を測定する器具だ……)
「よし、もう一度お願い!」
アドリアンが言うと、オレとアーサーは再び剣技を始めた。アドリアンはレンズを通してアーサーの剣の動きを見つめている。
そして、アーサーの剣が風圧を発生させた瞬間、アドリアンは興奮した様子で駆け寄ってきた。
「すごい! これは……本当にすごい……!」
アドリアンの目は輝いていた。
「えっと……何があったんでしょうか……?」
アーサーが不安そうに尋ねると、アドリアンは笑顔で答えた。
「見たところによると君は、体内の魔素を剣に移動させているんだよ! 剣を振るう際に、自分の体内の魔素を剣に移動させて、その魔素の魔力によって剣の振りに風圧を起こしているんだ!」
アドリアンは興奮気味に続ける。
「これは魔術に近いものだけど、魔術は基本的に空気中に漂っている魔素を使うことが基本なんだ。それに複雑な呪文詠唱もいる。自身の体内にある魔素を使って魔術的なことを起こすなんて、聞いたことがない!」
あまりのアドリアンの勢いに、アーサーは当惑したように答えた。
「それって……凄いことなんですか?」
「凄いも何も、これは革命的だよ!」
アドリアンは両手を広げて力説した。
「この国、エルクレスト王国は空気中の魔素が少ない代わりに、その土地の住む人の体内の魔素量は他の国の人たちに比べて多いんだ。そのせいでこの国の人はアルファやオメガといった第二性の発現が他の国より多いと考えられている。また、空気中の魔素が少ないため魔術を使える者がこの国では他の国と比べて極端に少ないんだよ。だからこそ、体内の魔素を魔術的な使い方ができる君は素晴らしい才能を持っていると言えるね」
アーサーは圧倒されたような表情だった。ちょっと怖気づいてさえいる。
「いつからそういうことができるようになったの?」
アドリアンの問いに、アーサーは困ったように首を振った。
「わかりません。ただ兄さんに剣を教えてもらっていただけで……」
オレはアドリアンがアーサーの能力について熱く語るのを聞きながら、少し考え込んでいた。確かにアーサーの才能が発見されたのは面白い話だけど、アドリアンがわざわざ王都から遠いこんな辺境の地まで来た理由は他にあるはずだ。
「なあ、アドリアン」
オレは二人の会話が一段落したタイミングで声をかけた。
「アーサーの話も興味深いけど、そろそろ本題について話してくれないか? なんでわざわざここに来たんだ?」
アドリアンは話に夢中になっていたことに気づいたようで、ハッとした表情になった。
「そうそうそうだったね。アーサー、君とは後でじっくりと話そう。とりあえず、どこか静かに話せる場所を案内してもらえる?」
「はい」
アーサーは頷き、アドリアンをオレたちの住む屋敷へと案内していった。
「アドリアン!?」
オレは目を疑った。王都の宮廷で魔素の研究をしているはずのアドリアンが、どうしてこんな辺境のオレの実家にいるんだ?
「やぁ、セリル! 久しぶり! 剣の稽古中?」
アドリアンは片手を上げて陽気に挨拶しながら、こちらに向かって歩いてくる。
「どうしてここに?」
オレが驚きのあまり尋ねると、アドリアンは大きく肩をすくめて笑った。
「取り敢えず詳しい話はあとにして……あ~、疲れた疲れた。馬車に街の入り口で下ろしてもらったはずなのに、結構歩いたよ~。まさか森の中をこんなに歩くことになるとは思わなかった」
そう言って、アドリアンは額の汗をハンカチで拭った。その仕草は貴族らしい優雅さがあるものの、彼の服は埃っぽく、靴も泥で汚れている。きらびやかな王宮でしか見たことのない彼がこんな田舎道を歩いてくるなんて、本人には悪いがなんだかちょっと滑稽だ。
「兄さん、この方は……?」
アーサーが背後から小声で尋ねてきたので、オレは小声で返した。
「ああ、彼は王宮で魔素の研究をしている研究者だよ。レオンハルト殿下の従兄でもある」
説明を聞いて、アーサーの目が驚きで丸くなった。
「レオンハルト殿下のご親戚の方ですか!?」
アーサーは慌てて頭を下げると、「すぐに水を用意してきます!」と言って屋敷に向かって走り出した。
アーサーがいなくなると、アドリアンはオレが薪割りに使っていた切り株の上にどっかりと腰を下ろした。どうやら本当に疲れているみたいだ。
「まぁ、僕がここに来た理由は後で話すとして──僕さ、個人的にここグランツ領にちょっと来てみたかったんだよね」
アドリアンは周囲を見回しながら言った。
「こんな田舎、畑と森しかないぞ?」
オレは首を傾げた。グランツ領は本当に何もない辺境だ。王都の人間が興味を持つような場所じゃない。
「いや、ところが僕のような研究者にとってすれば、それだけじゃない。魔素研究者にとって、この土地は非常に興味深いんだよ」
アドリアンは微笑み、続けた。
「あのね、君が一年前に毒矢を受けた際に君を診察した医者に会って調べた結果、やはり弓矢に塗られていた毒はルーンベインで間違いなかった」
「そ、そうなんですか」
いきなり話が切り替わったことに驚きつつ、オレは取り敢えず相槌を打った。自分が受けた毒がルーンベインであったことはなんとなく予想できたことだ。今更驚くようなことじゃない。
アドリアンは言葉を続ける。
「すると君は、解毒薬以外の治療方法が確立されていない毒を受けて、奇跡的に生還したことになる。君はたぶん、変化する魔素への対応能力が非常に高いんだ。そしてそれはおそらく、君が育ったこの土地に関係がある……」
そこまで説明したあと、アドリアンはまるで堰を切ったようにさらに続けた。
「この辺りのグランツ領はね、魔素の乱流帯と呼ばれる特殊な地域に位置していて、魔素濃度の変化が激しい。つまり、ここで育った人間は魔素への耐性や適応能力が高くなる可能性があるんだ。そしてこの地域の魔素特性は、人の身体に浸透しやすい性質を持っていて……」
アドリアンの言葉は止まらない。オレは内心で苦笑した。とにかく難しい話は頭の上を通り過ぎていくのを待つしかない。
そこにアーサーが水の入った陶器の水差しと杯を持って戻ってきた。
「お待たせしました! あの、よろしければこちらの水をどうぞ」
「ありがとう」
アドリアンは礼を言って水を受け取り、一口飲んだ。
「おいしい! これは井戸水?」
「はい、裏手の井戸から汲んできました」
「冷たくて本当においしい。助かったよ~」
アドリアンは満足そうに杯を置くと、アーサーに微笑みかけた。
「君がセリルの弟さんかな?」
「はい、アーサー・グランツと申します」
アーサーは丁寧に頭を下げた。アドリアンも姿勢を整えて挨拶を返す。
「僕はアドリアン・ヴァルトハイム。王宮で研究をしている者だよ」
アーサーの目が輝いた。
「研究職の方なんですか?」
「そう。僕は王宮で魔素の研究を行っているんだ」
アーサーの表情が明るくなる。王宮の研究者に対する憧れが彼の顔から溢れ出ていた。もともと身体を動かすことより勉強の方に興味があるような子だったから、アドリアンのような職業には憧れがあるのかもしれない。
オレは二人が楽しそうに話しているのを微笑ましく眺めていたが、ふとアドリアンの視線がオレの視線に注がれていることに気が付いた。
「……あれ、セリル、頬が切れてるけどどうしたの?」
彼の言葉を受けて、オレはアーサーの剣技を受けて頬が切れていたことを思い出した。頬に触れると、確かにまだ少し血が滲んでいる。
「ああ、さっきアーサーの剣でやられたんだ。こいつの剣技、なんかよくわからないけどすごいんだよ。剣を受け止めたのに、なぜか風みたいなもので頬を切られた」
その言葉に、アドリアンの瞳が輝く。
「へぇ、それは興味深いな。ねえ、その剣技……少し見せてもらえないかな?」
アドリアンの問いかけに、アーサーは慌てたように首を振った。
「いえ、僕なんかはまだまだで……人に見せられるような腕前ではありません」
「そんなことないよ、王宮で騎士をやっていたお兄さんにも褒められるような剣技なんだから。ね、お願い!」
アドリアンの熱心な頼みに、アーサーは諦めたように肩をすくめた。
「わかりました。少しだけなら……」
アーサーは再び木剣を構えた。オレも向かい合って立つ。
「いつも通りでいいから、やってみろ」
アーサーはうなずき、木剣を振りかぶった。やっぱり、彼が剣を振るう度に、不思議な風が発生している。オレはアドリアンに声をかけた。
「見えます? 剣とは別に、なんか風が出てるんです」
アドリアンはじっと見つめて、突然慌てて手を挙げた。
「ち、ちょっと待って!」
彼は急いで自分の鞄から何かを取り出し始めた。それは円形のレンズが付いた、オレが王宮で何度か見たことのある道具だった。
(あれは魔素を測定する器具だ……)
「よし、もう一度お願い!」
アドリアンが言うと、オレとアーサーは再び剣技を始めた。アドリアンはレンズを通してアーサーの剣の動きを見つめている。
そして、アーサーの剣が風圧を発生させた瞬間、アドリアンは興奮した様子で駆け寄ってきた。
「すごい! これは……本当にすごい……!」
アドリアンの目は輝いていた。
「えっと……何があったんでしょうか……?」
アーサーが不安そうに尋ねると、アドリアンは笑顔で答えた。
「見たところによると君は、体内の魔素を剣に移動させているんだよ! 剣を振るう際に、自分の体内の魔素を剣に移動させて、その魔素の魔力によって剣の振りに風圧を起こしているんだ!」
アドリアンは興奮気味に続ける。
「これは魔術に近いものだけど、魔術は基本的に空気中に漂っている魔素を使うことが基本なんだ。それに複雑な呪文詠唱もいる。自身の体内にある魔素を使って魔術的なことを起こすなんて、聞いたことがない!」
あまりのアドリアンの勢いに、アーサーは当惑したように答えた。
「それって……凄いことなんですか?」
「凄いも何も、これは革命的だよ!」
アドリアンは両手を広げて力説した。
「この国、エルクレスト王国は空気中の魔素が少ない代わりに、その土地の住む人の体内の魔素量は他の国の人たちに比べて多いんだ。そのせいでこの国の人はアルファやオメガといった第二性の発現が他の国より多いと考えられている。また、空気中の魔素が少ないため魔術を使える者がこの国では他の国と比べて極端に少ないんだよ。だからこそ、体内の魔素を魔術的な使い方ができる君は素晴らしい才能を持っていると言えるね」
アーサーは圧倒されたような表情だった。ちょっと怖気づいてさえいる。
「いつからそういうことができるようになったの?」
アドリアンの問いに、アーサーは困ったように首を振った。
「わかりません。ただ兄さんに剣を教えてもらっていただけで……」
オレはアドリアンがアーサーの能力について熱く語るのを聞きながら、少し考え込んでいた。確かにアーサーの才能が発見されたのは面白い話だけど、アドリアンがわざわざ王都から遠いこんな辺境の地まで来た理由は他にあるはずだ。
「なあ、アドリアン」
オレは二人の会話が一段落したタイミングで声をかけた。
「アーサーの話も興味深いけど、そろそろ本題について話してくれないか? なんでわざわざここに来たんだ?」
アドリアンは話に夢中になっていたことに気づいたようで、ハッとした表情になった。
「そうそうそうだったね。アーサー、君とは後でじっくりと話そう。とりあえず、どこか静かに話せる場所を案内してもらえる?」
「はい」
アーサーは頷き、アドリアンをオレたちの住む屋敷へと案内していった。
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