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第19話 仮面舞踏会に会場入り
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馬車が止まり、いよいよ会場入りとなる。
いつものようにシメオン様が先に降り、私がそれに続く。慣れぬ仮面に視界が邪魔される煩わしさを感じていると。
「きゃっ!?」
案の定、足を踏み外した――が、気づけばシメオン様の腕の中に収まっていた。ほんの一瞬だけ、私を抱き留める腕が強くなったかと思われたが。
「も、申し訳ありません」
謝罪すると、シメオン様の腕はすぐに解けたので私も慌てて身を引いた。
「……いや。怪我は」
「いいえ。大丈夫です。ありがとうございました」
「ああ。では行こう」
「はい」
仮面舞踏会は顔を隠し、身分が取り払われることが許される唯一のパーティーだ。そのため招待状は家に送られてくるが、招待状自体は無記名となっている。その招待状を受付で渡した後、私は緊張しながらシメオン様の手を取って会場入りした。
会場はすでに人で賑わいを見せていた。
顔全体を隠す仮面をつけている人もいれば、上品な仮面や高級素材でできている仮面で、その人の美しさを損なわない目元だけを隠すような人もいる。
今回の主催はブラッドフォード侯爵家だ。さすがに最初に挨拶を行うブラッドフォード侯爵と夫人だけは正体を明かすが、他の人は仮面を被り、派手な衣装をまとって体形を隠したりしていたりして、ほとんどの人はよほど親しい仲ではない限り、互いを認識できないだろう。少なくとも密偵など特殊な仕事に従事している人以外には難しいかもしれない。
今回私たちは、顔全体を隠す仮面をつけている。
久々の舞踏会で緊張する一方、仮面をつけているために家名を背負わなくていいという安心感もある。仮面舞踏会が好まれるのは、開催するほうと招待を受けるほうの見栄だけの問題ではなく、誰と触れ合うか分からないドキドキハラハラ感、そして何も気負う必要がない気楽さもあるのかもしれない。
「あそこにいるのがロドリグ・ダルトンだ」
シメオン様が私の耳元に囁く。
いきなりのことにびくりとしながら耳を押さえ、仮面の下で睨みつけるが効果はなく、彼がなお顎で指し示してくるのでさらにむっとしながら視線を流した。
少し離れた所にいる彼は、資料の通り、あまり背が高くなく、中肉中背との体形と言ったところ。彼は素性を知られても良いと思っているのか、目元だけの仮面をしている。現在、誰かと談笑中だ。
「彼はこういった場では特に酒を飲まない。果実飲料もな。飲むのは水くらいだ」
「用心深い方なのですね。……もしかしたら自白剤を盛られたことに気付いて慎重になったのでしょうか」
「……私が失敗したのではない」
「部下の失敗は上司の失敗です」
仮面の下のシメオン様は気分を害したようにも思えたが、気のせいかもしれない。
そんな話をしていると、前方から仮面をつけた女給さんがやって来て、お酒はいかがですかとお盆にのせたグラスを勧めてきた。
「頂こう」
シメオン様はグラスに手を出してまず私に渡し、続いて自分もグラスを取った。彼女は、どうぞごゆるりとお楽しみをと言って去って行った。
「今、渡した。これからロドリグ・ダルトンに薬を入れたグラスを渡してもらう算段になっている」
「――え!」
私は慌てて口を塞いだ後、きょろきょろ見回した。けれど会場には音楽が演奏されているし、皆、談笑したり、ダンスをしたり、食事を楽しんでいる人ばかりで、周りを気にしている人などいない。
ほっとした私はシメオン様を仰ぎ見た。
「い、今お渡しされていたのですか」
「ああ」
「まったく気付きませんでした」
女性の行動も、互いのやり取りも自然で、何ら不信感を覚えなかった。そう言えば、以前、シメオン様がお店に訪れた時、扉の前で鍵を締めるかどうか悩んでいる私の背後を気配なく取ったこともあったし、華王館で盗み聞きしている私の気配を察したこともあった。これが密偵がなせる技なのだろう。
「魚には即効性があったが、彼にはどれくらいで効く?」
「三十分ほどかと」
「分かった。それでは彼が飲み物を口にしてから二十分後に声をかける」
「この会場でお話しするのですか」
「いや。ブラッドフォード侯爵は客人がゆっくり話せるようにと、いくつも個室を開放している。そこの一室に誘導する。ここで倒れられたら騒ぎが起こるからな」
「……そうですね」
何より会場でやり取りできる話でもない。シメオン様はすべてを準備した上で臨んでいるようだ。そして――私も。
私は鞄の中の薬を守るようにぎゅっと強く抱いた。
「そろそろだな。ここで待っていてくれ」
ダルトンさんが女給さんから受け取った水を飲み干すのを見届けた後、懐中時計で二十分経過したのを確認したシメオン様は彼の元へと向かった。
シメオン様はなぜか堂々と真正面からダルトンさんに接近すると、何か親しげに話した後、私の元に戻って来る。
「さあ。行こう」
促されて私たちは会場を抜け出し、いくつもある個室の一つへと入った。
中に人がいて心底驚いたが、どうやらお仲間の方だったようだ。その方たちは私たちと入れ替わりに退室する。他の人が部屋に入って来ないように確保していたらしい。一体何人の密偵が紛れ込んでいるのか。あくまでも密偵は裏の仕事を担う人間だ。秘密裏であるために、そう多くはないはずだけれど、その実態は分からない。
ソファーは高級で居心地も良いのだと思う。けれど、私はその感触を楽しむ余裕はない。一方、私の横に座るシメオン様はこんな状況には慣れているのか、動じた様子はなく、ダルトンさんが現れるのを静かに待つ。
私は緊張をほぐすために、聞いて答えてもらえるか分からないと思いつつもシメオン様に話しかけることにした。
「旦那様、先ほどダルトンさんと何をお話しされていたのですか?」
「ああ。彼と商売の話がしたいと言った」
「商売の話を? 毒を盛ったお話をされたのかと思いました」
「いや。それで逃げ出されたり、騒がれたりするのは都合が悪い。だが商売の話となると喜んで来るだろう。彼自身も新たな上客との取引を開拓するために来ているだろうからな」
目元だけの仮面は、自分が商人だとむしろ正体を分かりやすくするためのものだったのか。
なるほどと色々納得していたその時、扉がノックされた。
いつものようにシメオン様が先に降り、私がそれに続く。慣れぬ仮面に視界が邪魔される煩わしさを感じていると。
「きゃっ!?」
案の定、足を踏み外した――が、気づけばシメオン様の腕の中に収まっていた。ほんの一瞬だけ、私を抱き留める腕が強くなったかと思われたが。
「も、申し訳ありません」
謝罪すると、シメオン様の腕はすぐに解けたので私も慌てて身を引いた。
「……いや。怪我は」
「いいえ。大丈夫です。ありがとうございました」
「ああ。では行こう」
「はい」
仮面舞踏会は顔を隠し、身分が取り払われることが許される唯一のパーティーだ。そのため招待状は家に送られてくるが、招待状自体は無記名となっている。その招待状を受付で渡した後、私は緊張しながらシメオン様の手を取って会場入りした。
会場はすでに人で賑わいを見せていた。
顔全体を隠す仮面をつけている人もいれば、上品な仮面や高級素材でできている仮面で、その人の美しさを損なわない目元だけを隠すような人もいる。
今回の主催はブラッドフォード侯爵家だ。さすがに最初に挨拶を行うブラッドフォード侯爵と夫人だけは正体を明かすが、他の人は仮面を被り、派手な衣装をまとって体形を隠したりしていたりして、ほとんどの人はよほど親しい仲ではない限り、互いを認識できないだろう。少なくとも密偵など特殊な仕事に従事している人以外には難しいかもしれない。
今回私たちは、顔全体を隠す仮面をつけている。
久々の舞踏会で緊張する一方、仮面をつけているために家名を背負わなくていいという安心感もある。仮面舞踏会が好まれるのは、開催するほうと招待を受けるほうの見栄だけの問題ではなく、誰と触れ合うか分からないドキドキハラハラ感、そして何も気負う必要がない気楽さもあるのかもしれない。
「あそこにいるのがロドリグ・ダルトンだ」
シメオン様が私の耳元に囁く。
いきなりのことにびくりとしながら耳を押さえ、仮面の下で睨みつけるが効果はなく、彼がなお顎で指し示してくるのでさらにむっとしながら視線を流した。
少し離れた所にいる彼は、資料の通り、あまり背が高くなく、中肉中背との体形と言ったところ。彼は素性を知られても良いと思っているのか、目元だけの仮面をしている。現在、誰かと談笑中だ。
「彼はこういった場では特に酒を飲まない。果実飲料もな。飲むのは水くらいだ」
「用心深い方なのですね。……もしかしたら自白剤を盛られたことに気付いて慎重になったのでしょうか」
「……私が失敗したのではない」
「部下の失敗は上司の失敗です」
仮面の下のシメオン様は気分を害したようにも思えたが、気のせいかもしれない。
そんな話をしていると、前方から仮面をつけた女給さんがやって来て、お酒はいかがですかとお盆にのせたグラスを勧めてきた。
「頂こう」
シメオン様はグラスに手を出してまず私に渡し、続いて自分もグラスを取った。彼女は、どうぞごゆるりとお楽しみをと言って去って行った。
「今、渡した。これからロドリグ・ダルトンに薬を入れたグラスを渡してもらう算段になっている」
「――え!」
私は慌てて口を塞いだ後、きょろきょろ見回した。けれど会場には音楽が演奏されているし、皆、談笑したり、ダンスをしたり、食事を楽しんでいる人ばかりで、周りを気にしている人などいない。
ほっとした私はシメオン様を仰ぎ見た。
「い、今お渡しされていたのですか」
「ああ」
「まったく気付きませんでした」
女性の行動も、互いのやり取りも自然で、何ら不信感を覚えなかった。そう言えば、以前、シメオン様がお店に訪れた時、扉の前で鍵を締めるかどうか悩んでいる私の背後を気配なく取ったこともあったし、華王館で盗み聞きしている私の気配を察したこともあった。これが密偵がなせる技なのだろう。
「魚には即効性があったが、彼にはどれくらいで効く?」
「三十分ほどかと」
「分かった。それでは彼が飲み物を口にしてから二十分後に声をかける」
「この会場でお話しするのですか」
「いや。ブラッドフォード侯爵は客人がゆっくり話せるようにと、いくつも個室を開放している。そこの一室に誘導する。ここで倒れられたら騒ぎが起こるからな」
「……そうですね」
何より会場でやり取りできる話でもない。シメオン様はすべてを準備した上で臨んでいるようだ。そして――私も。
私は鞄の中の薬を守るようにぎゅっと強く抱いた。
「そろそろだな。ここで待っていてくれ」
ダルトンさんが女給さんから受け取った水を飲み干すのを見届けた後、懐中時計で二十分経過したのを確認したシメオン様は彼の元へと向かった。
シメオン様はなぜか堂々と真正面からダルトンさんに接近すると、何か親しげに話した後、私の元に戻って来る。
「さあ。行こう」
促されて私たちは会場を抜け出し、いくつもある個室の一つへと入った。
中に人がいて心底驚いたが、どうやらお仲間の方だったようだ。その方たちは私たちと入れ替わりに退室する。他の人が部屋に入って来ないように確保していたらしい。一体何人の密偵が紛れ込んでいるのか。あくまでも密偵は裏の仕事を担う人間だ。秘密裏であるために、そう多くはないはずだけれど、その実態は分からない。
ソファーは高級で居心地も良いのだと思う。けれど、私はその感触を楽しむ余裕はない。一方、私の横に座るシメオン様はこんな状況には慣れているのか、動じた様子はなく、ダルトンさんが現れるのを静かに待つ。
私は緊張をほぐすために、聞いて答えてもらえるか分からないと思いつつもシメオン様に話しかけることにした。
「旦那様、先ほどダルトンさんと何をお話しされていたのですか?」
「ああ。彼と商売の話がしたいと言った」
「商売の話を? 毒を盛ったお話をされたのかと思いました」
「いや。それで逃げ出されたり、騒がれたりするのは都合が悪い。だが商売の話となると喜んで来るだろう。彼自身も新たな上客との取引を開拓するために来ているだろうからな」
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