『俺アレルギー』の抗体は、俺のことが好きな人にしか現れない?学園のアイドルから、幼馴染までノーマスク。その意味を俺は知らない

七星点灯

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第4話 謝りたい

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 始業式が終わり、そのあと教室で解散した。静かな教室には現在、俺以外の人間がおらず、絶好の昼寝日和と化していた。

 俺は机に突っ伏して寝ている。特に理由もなく、ただ眠たいから寝ている。

「キミ、帰らないのー?」教室の入り口から女子の声が聞こえる。

 あぁ、まだ誰か残ってたのか。この優しいは女子の声。俺とは無関係だろう。俺の席は窓際の一番後ろ。女の子の声は、その対角線。かなり距離があるからな。

「おーい、もしかして寝てる?」声が近づいてくる。

 まさかとは思うが、俺に声をかけてるのか? 人の気配と足音が近づいてくる。一直線に迷わず近づいてくる。

「おーい、キミのことだよー」すぐ近く、真正面から声がした。

恐る恐る顔を上げると、そこにはどこか見覚えのある女子が立っていた。

「やっぱり起きてんじゃん」

 金髪をサイドテールに結んでいるその子は、珍しそうに俺を覗き見る。つり目で、派手で、気の強そうな外見。しかし雰囲気は優しそうだ。また、手首にシュシュをつけている。

「あー、ごめん、寝てた」視線を時計にずらすと、解散してから既に1時間経っていた。

「キミ、名前は? 今日の朝、ウチら会ってるよね?」ギャルは前の席を後ろ向きに座って聞いてきた。「てか、おんなじクラスとかメチャ偶然じゃん」彼女は前髪をいじっている。

「そうだな……」この子、たしか朝の子だ。朝見た時もそう思ったけど、話す内容が尽きないって、本当に羨ましい。

 俺は『俺アレルギー』のせいで、個人的な話をしないように気を使わなくてはいけないから、彼女のマシンガントークが魅力的にってしまう。

「朝、会ったな」俺は彼女を見た後、窓の外に視線を移す。

曇り空が広がっていた。

「ねぇねぇ、キミ、珍しい病気なんだって? さっきのホームルームで、先生が言ってたよね」ギャルはグイッと顔を近づけて、にこやかに話す。

 優しいなと、率直に思った。俺がわざととはいえ、こんなに無愛想に接しているのに、嫌な顔ひとつしない。

俺は窓の外を見ながら答える。

「あぁ、たしかに言ってた」窓の外には、グラウンドが広がっている。野球部やサッカー部が練習している。

 俺はとことん無愛想に接する。初対面の人間には、そうせざるを得ない。ゆっくり距離を縮めないと、俺アレルギーで最悪死んでしまうからだ。


──ごめん、キミは悪くない


その言葉を言えたら、どれだけ幸せか。

「……はぁ」

俺からため息が漏れ出る。

それは、目の前の少女の心を容易く抉ったらしい。

「……ウチ、もしかしてウザいかな?」目の前のギャルが不安そうに聞いてきた。声の端が震えている。

 そろそろ限界か、まぁ、そりゃあそう。どんなに優しい女子でも、俺と3分間会話が続くことはないしな。

「ごめん。ウチ、うるさいしウザいよね?」ギャルの言葉はどんどん弱々しくなってゆく。

「……」俺は何も言わない。いや、なにも言えない。

 ごめん、本当にごめん。キミは全然悪くないんだ。……でも、俺も悪くないんだ。悪いのは全部、俺アレルギーなんだから。

「ウチ、もう帰るね」ギャルは床に置いてあるカバンを手にかけ、椅子から立ち上がる。「……朝のこと、ごめんね」そう呟く彼女の瞳から、雫が滴り落ちた。

ズキズキ……

 ギャルは俺に背を向けて、教室から飛び出した。彼女がせかせかと奏でる足音は、静かな教室によく響いた。

これで正真正銘、俺だけの教室。なんだか、さっきよりも広くなった気がした。

「やっぱ、俺に恋愛なんてできないんだろうな……」机に頬杖をついて、窓の外を眺める。

雨が降っていた。

空いっぱいに、隙間なく浮いている灰色の雲。

──ガラガラガラ

俺がそんなことを考えていると、教室の扉が開く。

「優くん。どーせ傘、忘れたんでしょ?」

 開いたドアの方にふと視線を向ける。案の定、そこには四葉がいた。彼女は笑顔で傘を見せびらかしている。

「入れていってあげようか?」悪戯っぽく笑う彼女は太陽みたいだった。

「おう、帰るか」俺は椅子から立ち上がって、カバンを持って、四葉の方へ逃げるように歩いた。








 昇降口は薄暗く、雨音と四葉の話し声しか反響しない。元からジメジメしている空間は、雨によって湿度を増していた。

「でね、私が優くんの教室に行く途中で、葵ちゃんとすれ違ったんだけど」

「それで?」四葉は無愛想な俺に対しても話を続ける。俺は上靴を下駄箱に入れて、中から外履きを取り出すところだった。

「葵ちゃん、泣いてたんだよねー。もう私びっくりしちゃって! でも、泣いてる葵ちゃんも可愛かったー。あの顔、優くんなら一発で恋に落ちちゃうね」

「……おう」

俺は靴を履き替え、四葉より先に下駄箱を抜ける。

 さっきのギャル、海野葵(うみの あおい)は、この雨の中どうしているだろうか。彼女が教室から飛び出したときには、傘なんて持ってなかった気がするし……。

「雨、止まないねー」車椅子に乗った四葉が追いついてきた。「……葵ちゃん、今頃どうしてるかなー?」四葉は俺を、わざとらしく見つめてくる。

 全部、コイツは知っているのだろうか。俺が『海野を泣かせた』と話したら、『しょうがないよね』と言ってくれるのだろうか。

それとも……

「……優くんはさ、私みたいに話せる人、どれくらい居るの?」突然、四葉はトーンを落として聞いてきた。

 そりゃあ、アイツとか? いや、でもアイツもマスク越しじゃないと……。

あれ? 

もしかして、いないのか?

 その質問は、今日の朝、俺がコンビニで聞いたことだよな。なんで俺が答えられないんだよ?

「四葉しか、知らないな」俺は少し間を置いて答えた。

 俺のその言葉を聞いた四葉は、嬉しそうに口角を上げる。そして、手に持っている傘を俺に投げ渡した。

「この傘、使っていいから謝ってきなよ」四葉は声の調子を上げて言う。

「いや、でも、俺アレルギーがあるし──」

「マスク越しなら大丈夫でしょ?」

「どこにいるかも──」

「たぶん葵ちゃん、駅まで歩いてる」

 食い気味、強引、強気。その言葉の羅列が、今の四葉にはぴったりだった。それでいて優しい目を向けてくるのだから、俺の頭は混乱する。

「言い訳してないで、さっさと謝りに行って」ピシャリ、と言い捨てられる。

 四葉はカバンから折り畳み傘を取り出す。

「葵ちゃんに謝ったら、私の家に来て」そう言って、四葉は自身のカバンを俺に投げつけてきた。

「いや、俺──」四葉のカバンを受け取るが、俺の気持ちは決まらない。

「……誕生日プレゼント、まだ貰ってないからね」四葉はそう言い残すと、1人で昇降口から出てゆく。

 四葉の背中と車椅子はすぐに見えなくなった。俺は一人で、2人分のカバンを持って立っていた。

今から駅まで? この雨の中を走って? 追いつけるか?

 ネガティブな考えが頭の中を回る。だがその度に『言い訳しないで……』と四葉の声も脳裏をよぎる。

「……駅までなら、すぐに追いつけるな」

雨はザアザアと降っている。俺はそんな中、大きな一歩を踏み出した。

「俺、もう言い訳しないから。だから、待っててくれ……」

 傘はささない。濡れるけど、その方が速く走れるから。それで、海野に追いついて、さっきのことを謝りたい。

ごめん、と声に出して言いたい。




何分走っただろうか。息が苦しくて、脇腹が痛い。

「……見えた」俺は思わず呟いた。

 この並木道の先。遠くで女子高生が、傘もささずにトボトボと歩いている。かろうじて見える髪の色は金色。

俺の思いは、どんどん彼女に近づいてゆく。
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