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新たなる婚約
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婚約破棄を受け入れたあと、帝国の第3皇子からの申し出に、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。計画通りその場でお申し出を受け入れ、『真実の愛』の2人は呆気に取られている間に取り残された。全てはオリヴィエ様の計画通りである。
足が震えていたことに気づいたのは、学園のカフェテラスを出てからだった。
背筋を伸ばし、顔を上げ、最後まで泣かなかった。それだけで、今日は十分だ。
――いいえ。
違うわ。泣くことを、自分に許さなかっただけ。
「お嬢様」
従者が控えめに声をかけてくる。私は小さく頷き、人気のない回廊へと足を向けた。
怒りはある。屈辱もある。だが、それ以上に――とっくに理解していた。
あの男は、最初から「国を背負う器」ではなかった。
恋に狂い、責任を放棄し、 「真実の愛」という言葉を盾にして、契約も信義も踏み潰した。それを見抜けなかったわけではない。けれど、見なかったことにしてきた。
――それが、私の落ち度。
だから、立ち止まらない。
自室に戻ると、私はすぐに机に向かい、封蝋を用意した。父へ宛てた手紙だ。
『本日、エドワード・バッハルト公子より、公の場で婚約破棄を宣告されました』
筆が、迷わず走る。
『“真実の愛”を理由とした感情的な判断であり、国を揺るがす行為です』
『すでに学園内では噂が広がっております』
『上位貴族の動きは早いでしょう』
そして、最後に。
『――つきましては、帝国から申し受けた計画を実行すべからく』
ここで、ほんの一瞬だけ、筆が止まった。
帝国第三皇子、アーサー・サン・フランシス・クレメンテと、オリヴィエ・キーヴァ伯爵。エリン王国の第八王女であり、帝国でキーヴァ魔道士団の名を受け継ぐ伯爵位を持つ女性。共に公国に留学しており、現在3年生。
物静かで、いつも2人で仲睦まじく行動を共にしていた。正直なところ微笑ましく、嫉妬にも似た感情があったことは否めない。あんな優しい関係を結びたかった。わたくしの婚約者が、公子ではなく、麗しの彼の方だったなら。
この学園において、お2人の存在は異色を放っていた。。麗しの彼の方と同じ色の長い銀髪をゆるく纏めた美しい顔をした皇子は、いつも飄々として口元に笑みを無くさない。だが、目はいつも鋭く周囲を観察していて、平凡という言葉があまりにも似つかわしくなく、オリヴィエ様はアーサー殿下を守る盾のように、いつもおそばでお守りしていた。
彼は、甘んじてオリヴィエ嬢の影に隠れ、オリヴィエ嬢は、彼の方の言わんとすることを先読みして行動しているようにも見えた。
初めてお2人に対面したあの日。お二人の信頼関係は、誰も間に入る隙がなかった。政略的婚約などと謳いながら、互いに寄り添い、まるで世界には2人だけが存在し、後は十把一絡げの有象無象でしかないような空気の流れ。
あれを真実の愛と呼ばず、何と呼ぶのか。
だけれど、お二人は公国のためにその翼をお広げになった。わたくしを庇護下におき、この国も守るとおっしゃってくださった。
――恋愛に国を預ける方ではない。
ならば。
「……わたくしも覚悟を決めました」
婚約破棄された惨めな令嬢としてではない。守られる事を望む、か弱い存在でもない。国を動かす駒としての覚悟を。
『本日、帝国のアーサー第3皇子殿下との婚約を受け入れました。婚約者であったオリヴィエ様もことの大きさを理解されており、彼らの婚約は白紙に戻されたとのことでございます。近日、帝国からお父様宛に打診の手紙が届くかと思いますので、ご検討の程よろしくお願い申し上げます』
――アーサー視点――
ナターリエ嬢は強い。あの場でエドワード公子を煽ってまで、婚約破棄を確かなものにした。
自分を駒として律することができる。王族のように確固とした貴族の矜持。それが彼女の美点であり、同時に、あまりにも酷な資質だとも思う。
オリヴィエがすでに動いている。
初めに、わたしたちの婚約の解消。
これにはちょっと肝を抜かれたが、国を貰うのだから、私こそ覚悟を決めなければならない。それから、帝国への報告。ファーガソン侯爵家への打診。公国貴族たちへの根回し。ナターリエ嬢と都の新たな婚約の終結。
私は、椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
「はぁ……」
ここからは、私の役目だ。恋ではない。だが、国にとって必要な婚約。
――彼女も、それを理解しているはずだ。
オリヴィエの努力を無駄にするわけにはいかない。けれど、この痛みは一体なんなのだろうか。
――オリヴィエ視点――
想定通りのエドワード殿下の愚行……というより、奇行。あそこまで恋愛脳な人間は見たことがない。理性を無くしているとしか思えない。
ミラという女性と出会って3ヶ月足らず。すでに肉体関係もある。そのせいか、タガが外れているという意見もある。思春期の少年にはよくあることらしい。ちょっと白目を剥いてしまった。アーサーと私は12年一緒にいるが、彼があんな野獣のような行動をとるとは想像すらできない。
いや、それが真実の愛の全てなのかもしれないが。
エドワード殿下を見切ったナターリエ様の苦渋の決断。公国貴族たちの不満は爆発寸前。アーサーとの婚約の白紙に対する帝国貴族の動揺。すべてが、想像より数歩先に進んでいる。
「問題ありません」
通信機越しに、帝国の返答を聞く。
「はい。ええ、いえ……吸血族の件はまだ伏せています」
視線を窓の外へ向ける。公国の私有地にあるであろう旧神殿のある森の方角。滲み出る魔素の濃度は、確実に上がっている。魔素計器の針は危険度に近く。
「ええ。計画に移します。私は婚約者の位置を離れ、常におそばに侍るわけにもいきませんので、アーサーを守るためにも、シルヴァン様率いる精鋭部隊のご準備もお願いいたします」
通信機を切り、日の落ちた空を窓越しに見つめた。
「鬼が出るか、邪が出るか。……時間がありませんね」
ふと右肩に感じる温かみに触れようとして、手が空を切る。ぎゅっと心が縮む。
アーサー。
幼い頃からずっと隣にいてくれた人。彼は、いつも自分を過小評価しすぎている。
けれど――
いざという時に彼は必ず、私の前に立ってくれた。どんな強大な敵にも私が敵わないと思った時、彼がいた。私の背中を支えてくれていた。それを知っているからこそ、私は今まで、何も言わなかった。
「ごめんなさい」
誰にも聞こえない声で呟く。手放してしまった。いつも守ってくれていたあの手を離してしまったのだ。だって、仕方がない。
利用している。それでも、慕っている。
その矛盾が、やがて清算される日が来ることを、私は知っていたのだから。
足が震えていたことに気づいたのは、学園のカフェテラスを出てからだった。
背筋を伸ばし、顔を上げ、最後まで泣かなかった。それだけで、今日は十分だ。
――いいえ。
違うわ。泣くことを、自分に許さなかっただけ。
「お嬢様」
従者が控えめに声をかけてくる。私は小さく頷き、人気のない回廊へと足を向けた。
怒りはある。屈辱もある。だが、それ以上に――とっくに理解していた。
あの男は、最初から「国を背負う器」ではなかった。
恋に狂い、責任を放棄し、 「真実の愛」という言葉を盾にして、契約も信義も踏み潰した。それを見抜けなかったわけではない。けれど、見なかったことにしてきた。
――それが、私の落ち度。
だから、立ち止まらない。
自室に戻ると、私はすぐに机に向かい、封蝋を用意した。父へ宛てた手紙だ。
『本日、エドワード・バッハルト公子より、公の場で婚約破棄を宣告されました』
筆が、迷わず走る。
『“真実の愛”を理由とした感情的な判断であり、国を揺るがす行為です』
『すでに学園内では噂が広がっております』
『上位貴族の動きは早いでしょう』
そして、最後に。
『――つきましては、帝国から申し受けた計画を実行すべからく』
ここで、ほんの一瞬だけ、筆が止まった。
帝国第三皇子、アーサー・サン・フランシス・クレメンテと、オリヴィエ・キーヴァ伯爵。エリン王国の第八王女であり、帝国でキーヴァ魔道士団の名を受け継ぐ伯爵位を持つ女性。共に公国に留学しており、現在3年生。
物静かで、いつも2人で仲睦まじく行動を共にしていた。正直なところ微笑ましく、嫉妬にも似た感情があったことは否めない。あんな優しい関係を結びたかった。わたくしの婚約者が、公子ではなく、麗しの彼の方だったなら。
この学園において、お2人の存在は異色を放っていた。。麗しの彼の方と同じ色の長い銀髪をゆるく纏めた美しい顔をした皇子は、いつも飄々として口元に笑みを無くさない。だが、目はいつも鋭く周囲を観察していて、平凡という言葉があまりにも似つかわしくなく、オリヴィエ様はアーサー殿下を守る盾のように、いつもおそばでお守りしていた。
彼は、甘んじてオリヴィエ嬢の影に隠れ、オリヴィエ嬢は、彼の方の言わんとすることを先読みして行動しているようにも見えた。
初めてお2人に対面したあの日。お二人の信頼関係は、誰も間に入る隙がなかった。政略的婚約などと謳いながら、互いに寄り添い、まるで世界には2人だけが存在し、後は十把一絡げの有象無象でしかないような空気の流れ。
あれを真実の愛と呼ばず、何と呼ぶのか。
だけれど、お二人は公国のためにその翼をお広げになった。わたくしを庇護下におき、この国も守るとおっしゃってくださった。
――恋愛に国を預ける方ではない。
ならば。
「……わたくしも覚悟を決めました」
婚約破棄された惨めな令嬢としてではない。守られる事を望む、か弱い存在でもない。国を動かす駒としての覚悟を。
『本日、帝国のアーサー第3皇子殿下との婚約を受け入れました。婚約者であったオリヴィエ様もことの大きさを理解されており、彼らの婚約は白紙に戻されたとのことでございます。近日、帝国からお父様宛に打診の手紙が届くかと思いますので、ご検討の程よろしくお願い申し上げます』
――アーサー視点――
ナターリエ嬢は強い。あの場でエドワード公子を煽ってまで、婚約破棄を確かなものにした。
自分を駒として律することができる。王族のように確固とした貴族の矜持。それが彼女の美点であり、同時に、あまりにも酷な資質だとも思う。
オリヴィエがすでに動いている。
初めに、わたしたちの婚約の解消。
これにはちょっと肝を抜かれたが、国を貰うのだから、私こそ覚悟を決めなければならない。それから、帝国への報告。ファーガソン侯爵家への打診。公国貴族たちへの根回し。ナターリエ嬢と都の新たな婚約の終結。
私は、椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
「はぁ……」
ここからは、私の役目だ。恋ではない。だが、国にとって必要な婚約。
――彼女も、それを理解しているはずだ。
オリヴィエの努力を無駄にするわけにはいかない。けれど、この痛みは一体なんなのだろうか。
――オリヴィエ視点――
想定通りのエドワード殿下の愚行……というより、奇行。あそこまで恋愛脳な人間は見たことがない。理性を無くしているとしか思えない。
ミラという女性と出会って3ヶ月足らず。すでに肉体関係もある。そのせいか、タガが外れているという意見もある。思春期の少年にはよくあることらしい。ちょっと白目を剥いてしまった。アーサーと私は12年一緒にいるが、彼があんな野獣のような行動をとるとは想像すらできない。
いや、それが真実の愛の全てなのかもしれないが。
エドワード殿下を見切ったナターリエ様の苦渋の決断。公国貴族たちの不満は爆発寸前。アーサーとの婚約の白紙に対する帝国貴族の動揺。すべてが、想像より数歩先に進んでいる。
「問題ありません」
通信機越しに、帝国の返答を聞く。
「はい。ええ、いえ……吸血族の件はまだ伏せています」
視線を窓の外へ向ける。公国の私有地にあるであろう旧神殿のある森の方角。滲み出る魔素の濃度は、確実に上がっている。魔素計器の針は危険度に近く。
「ええ。計画に移します。私は婚約者の位置を離れ、常におそばに侍るわけにもいきませんので、アーサーを守るためにも、シルヴァン様率いる精鋭部隊のご準備もお願いいたします」
通信機を切り、日の落ちた空を窓越しに見つめた。
「鬼が出るか、邪が出るか。……時間がありませんね」
ふと右肩に感じる温かみに触れようとして、手が空を切る。ぎゅっと心が縮む。
アーサー。
幼い頃からずっと隣にいてくれた人。彼は、いつも自分を過小評価しすぎている。
けれど――
いざという時に彼は必ず、私の前に立ってくれた。どんな強大な敵にも私が敵わないと思った時、彼がいた。私の背中を支えてくれていた。それを知っているからこそ、私は今まで、何も言わなかった。
「ごめんなさい」
誰にも聞こえない声で呟く。手放してしまった。いつも守ってくれていたあの手を離してしまったのだ。だって、仕方がない。
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