俺は善人にはなれない

気衒い

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第9章 フォレスト国

第117話 習い事

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実は酒屋や武器・防具店がオープンしたのと同じ日に始めていたことがもう1つあった。それは老若男女問わず通える習い事である。その名も"アスカ塾"。アスカが塾長を務め、そこでは琴や笛などの楽器類、習字、生け花、舞踊、茶道など様々なものが教えられている。しかし、果たしてこの世界でそういったものが必要になるのか甚だ疑問ではあるのだが、アスカ曰く"自分も前の世界で何となく家のしきたりとして行っていたことだが、今思えば、それが今の自分を形成する大部分のような気もしているし、何らかの役に立っているかもしれない。そして、この世界でも趣味としてそれを楽しめる人や大きくなった時にそれを職業として活かすことのできる人もいるかもしれない。いずれにせよ、自分が学んできたことが誰かの役に立てるのならば、それはとても幸せなことだ"と張り切って言っていた。今でも忘れられない。あの時、俺が何かやりたいことはないのかと訊いた時のアスカのあの輝いた表情を……………アスカの要望を聞いた俺は頑張れとエールを送り、すぐさま空いている土地はないか探した。実を言うと一番最初に探した土地は酒屋や武器・防具店の為ではなく、塾の為のものだった。そして、フリーダムの端にあるあまり目立たない場所を見つけたのだ。ここから分かるように酒屋、武器・防具店、塾は3つとも近いところにあり、これが相互に良い影響を与え合っていた。例えば、酒を飲みにニーベル酒店を訪れた父親が偶然一緒に来ていた子供を塾に預け、一頻り飲んだところで習い事を終えた子供と一緒に帰宅する。また、人数制限によって酒や武器を買えなかった者達が暇潰しに塾を訪れ、何となく始めた習い事にどハマりするといったようなことが起きていたのだ。しかし、酒や武器などが近くにあると習い事をしにきた子供達にとっては悪影響なのではないかと思う者もいるかもしれいない。だが、それは大きな間違いである。そういうものに染まり切ってしまわないように教育するのは親または周囲の大人の役目であり、逆に早い内からそういったものを目にしておくことで危険性を理解し、耐性を付けておくことも非常に重要であると俺は考えている。したがって、この立地は偶然ではなく意図してのものだった。ちなみに塾はアスカと玄組の組員達で行っており、酒屋や武器・防具店の店員としての勤務と交互での体制になっている。ニーベル達が酒造りを始めたのと同時期からアスカの指導が玄組に施され、流石と言うべきか、今では皆、他者への指導を難なく行える程の上達ぶりを見せていた。だから、酒店で店員として働く為に仮に数名がいなくなったとしても残りのどの組員であっても問題なく指導することができるのだ。この間、たまたま目に入ったのでいうと大人が組員とはいえ、見た目上、小さな子供にお茶の点て方を習うというとてもシュールな光景だった。そして、この塾が最もとっつきやすい点は"初回が無料である"ということだ。最初から月額コースといったものを提示する気はなく、試しにやってみて合わないと思ったら、次からは来なくてもいい。初回が無料なことも相まって、気軽に体験することができるのだ。その代わり2回目以降は種別毎に料金が発生し、一番お得なのが全ての種目をまとめたパックを毎月受講することである。それと毎回、受講の際には認識の魔道具によって名前を識別される為、2回目以降にも関わらず、初回と嘘をつくような不正は罷り通らないようになっている。万が一、そんなことをする輩がいた場合はブラックリストにその名前が刻まれ、軍団レギオン"黒の系譜"が運営・経営する施設や店、あらゆるものが一切利用できないようになる。また、これは酒屋や武器・防具店での不正が発覚した場合も同様である。特に万引きなどしようものならば、目も当てられない。速やかに謝罪し、商品を返却すれば、払ってもらう罰金はその商品自体の価格分でいいのだが、あろうことかトンズラし行方を絡ませでもすれば、1日経つ毎に払う罰金は2倍になっていくのだ。ちなみに完全に逃走が成功する程、現実はそう甘くない。犯人の居場所を把握した上でわざと数日泳がせ、罰金を何倍にもしたところで徴収に向かうのだ。払えない場合はその者の家族や親族、関係者に肩代わりさせてでも払ってもらう。それまでは絶対に犯人を逃さず、勝手な行動をしないよう見張っているのだ。向こうにとっては生き地獄のような時間が罰金の完済が終わるまで続くのである。ようは悪いことをせず、普通に利用していればそんなことにはならない。ただただ当たり前のことである………………それにしても

「……………いい音色だ」

俺は塾の方から聞こえてくる琴の音を背にしながら、家路をゆっくりと辿った。見れば、夕日が沈みかけている。もうすぐ夜がやってくるのだ……………この時の俺は数十分後に大浴場でまさか、あんなことになるとは夢にも思わなかったのである。
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