俺は善人にはなれない

気衒い

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第10章 セントラル魔法学院

第183話 回想2

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「ぐはっ!」

「きゃあっ!?」

「ぐっ…………」

パーティーメンバーの悲鳴が目の前で上がりました。時を遡ること、数分前。森の中を突き進んでいた私達は突如、3匹のゴブリンと遭遇。同行してくれているクーフォ先生の指示ですぐ様、戦闘開始となりました。最初の一撃は奇襲という形になり、準備不足のゴブリン達に大きな痛手を与えたはずで事実、敵には動揺した様子が見て取れました。本来であれば、そこへ立て続けに攻撃し、相手の戦意を削ぐことに注力すべき場面。しかし、私達には本物の実戦経験がなく、さらに獣型の魔物と違い人に近い姿の魔物への攻撃に対する忌避感があり、攻撃の手を止めてしまっていました。そして、何よりもクーフォ先生が近くにいることの安心感から完全に油断していた部分もありました。その結果………………

「ギギャア!」

「ガウガウ!」

「ギャア!」

嬉しそうに奇声を発するゴブリン達と悲鳴を上げる私達という構図が出来上がってしまったのです。手を止めた私達を見逃してくれる程、相手は甘くなく、体勢を短い時間で整えたゴブリン達は近くにいたメンバーに次々と襲い掛かっていきました。当然、私達は先生が守ってくれるものだとばかり思っていました。ですが、その期待も虚しく、先生はただ黙って見ているだけでした。私達は心底驚き、怒りも湧いてきました。"何故、助けてくれないのだろう"…………ゴブリンの鋭い攻撃を持っていた武器で捌き切れずに食らってしまいながら、そう思いました。後は地面に倒れ伏した私達が激痛に耐えながら、ゴブリン達を……………いや、先生を睨み付けることしかできませんでした。"憎い…………先生が憎い。何で私達がこんな目に"

「ギギャア!」

「ガウガウ!」

「ギャア!」

「「「「「ひっ!?」」」」」

しかし、そう思っていられるのも長くはありませんでした。勢いづいたゴブリン達が私達へとじりじり近付いてきたのです。こうなれば、先生に対して負の感情を向けている場合ではありません。現状、先生の助けが期待できない私達に対抗する術など存在しないのです。ゴブリンの強さは身をもって感じました。痛む身体がそのいい証拠。次、攻撃を受けたら、命はないかもしれない。私達は恐怖で動けなくなり、ただただ向かってくるゴブリン達を見つめ続けることしかできませんでした。

「「「ギギャア!!!」」」

目の前にやってきたゴブリン達は私達を見下し、嘲笑っているように思えました。私達はというとそれに対し、怒りを向けることもできずにたった1つだけこう思いました……………"死にたくない!!"と。すると、そんな時に声が聞こえてきました。

「あんた達、死にたくない?」

振り返ってみるとクーフォ先生が腕を組みながら、私達を見つめ、問い掛けているのが分かりました。さらに先生はこう続けました。

「心の底から、生きたいと思う?もし、そうなら、さっさと答えなさい」

突然の問い掛けに驚きましたが縋るものが先生しかなく、この状況を脱したいと思った私達は必死でこう答えました。

「「「「「はい!!!!!」」」」」

「そう。なら…………」

「「「ガガァッ!!!」」」

先生がそう言った直後でした。ゴブリン達が徐に拳を振り下ろしてきたのは。私達はやっと助かると思ったのに結局、間に合わなかったという諦めと生命の危機に瀕した恐怖で思わず、目を瞑り、この現実から逃避しようとしました。"人生、ここまでだったか…………"この後に襲いくる衝撃と痛みを待ち受けている時にそう感じました。

「……………」

ところが、それが来ることは一向になく、おかしいと感じた私は思い切って目を開けてみました。すると……………

「えっ!?」

私達の周りに透明な膜のようなものが張られ、ゴブリン達の拳を跳ね返している光景が目の前で広がっていました。それに呆然としかけた私ですが、慌てて後ろを振り返ると先生は厳しい顔で私達を見つめ、こう言ったのです。

「本当に生き残りたいのなら、自分達で考えて、どうにかしなさい。助けてあげるのはこれが最後よ」

次の瞬間、私達の身体から痛みがなくなっていき、むしろ力が沸き上がってくるのを感じました。後で分かったことですが、この時、回復と強化の魔法をクーフォ先生が施してくれていたそうです。

「準備ができたら、言いなさい。結界を解除するから」

私達は深呼吸をして、メンバーと作戦会議を行いました。たとえ、どれだけ先生を待たせることになろうとも納得がいくまで話し合いました。敵は目の前のゴブリン達だけではないのです。今後、先生の力を借りることができないのであれば、これから先の実戦も想定しておいた方がいいのは明白。いきなり遭遇して慌てていたら、その隙にとんでもないことになりかねません。結界を解除するまでに制限時間がないのもそれが理由でしょう。

「…………先生、助けて頂きありがとうございました。もう大丈夫です」

「そう、分かったわ」

先生がそう言った直後、結界がなくなり、再びゴブリン達と対峙することになりました。ゴブリン達は先程と打って変わって、私達を警戒しており、中々手強い敵だと感じました。でも、負ける訳にはいかない。私達に残されているのは勝利だけ。

「いきます!」

結果は言わずもがな。私が今、こうしているのが何よりの証明でしょう。ですが、初戦とはいえ、終わった瞬間に脱力感に襲われて、へたり込んでしまったのは今、思うと情けないことこの上ないです。その後、先生に頼んで少し休憩をさせてもらっていると突然、目の前にティア先生が現れてこう言いました。

「常にすぐそばに死が待ち受けていると思いなさい。そうすることで今回のように生きていることを実感することができます。誰かに助けてもらえば、その場は助かるでしょう。ですが、これから先、その保証はどこにもありません。自分1人で戦わなければならないことも出てきます。この世界は危険に満ち溢れているのです。油断・慢心・驕り…………こんなの以ての外です。今の内はまだこのメンバーで助け合いをしても構いませんが、いずれは個別で対処できるようになってもらいます。覚悟しておいて下さい」

正直、たかが授業でやりすぎなのではないかと思ったりもしました。しかし、今思えば、ここで身に付けた強さが今後も役に立っていくのは間違いないでしょう。将来、傭兵や冒険者といった特殊な職業に就かず、他の仕事で生計を立てていくにせよ、実戦の恐怖に比べれば、他の困難などどうとでもなりそうな精神に鍛え上げられました。私達の中にあった狭い世界がガラッと変わったのです。そして、それはその後に続く盗賊の討伐や野営生活などでもさらに大きく変化し、たった数週間程で私達は以前よりも強く逞しく生まれ変わりました。実際、ちょっとやそっとのことで驚くこともなくなっていました。ですが、最終日にティア先生から言われたあの言葉だけはとても驚きましたし、今でもまだ忘れられない程、強く頭に残っています。




「この特訓、私達のクランに入った人はみんな、やりますよ」
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