社畜の異世界再出発

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第2話 この世界の最初の日

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赤ん坊の体は不自由だ。

異世界に転生した直後、彼はその不便さにまず戸惑っていた。手足を自由に動かすことができず、言葉を発することもできない。視界はぼやけていて、周囲の物体や人々の輪郭がかろうじて認識できる程度だ。だが、それが自分の以前の姿とはまったく違うことはすぐに理解できた。

(これは……どうなっているんだ?)

頭の中には、前の人生の記憶がはっきりと残っていた。疲れ切った日々、果てしない仕事、そして限界を迎えたあの瞬間――すべてが現実だったはずだ。だが目を覚ますと、自分は赤ん坊の姿で、この未知の世界に存在していた。

赤ん坊としての体に宿った彼は、その状況をすぐに飲み込むことができなかった。手足を動かそうとしても、体が言うことを聞かない。何かを言いたくても、出てくるのは赤ん坊特有の泣き声だけ。思い通りにならないことに苛立ち、同時にその無力さに打ちのめされた。

(……俺、死んだんだよな……)

頭の中でその事実が何度も繰り返される。死を迎え、新たな命として生まれ変わったという現実を、完全に受け入れるにはまだ時間が必要だった。見慣れない美しい自然、清々しい空気、風に運ばれる鳥のさえずり――すべてがこれまでとはかけ離れていた。

(どうして俺が……赤ん坊として?)

また泣き声が漏れた。自分の意志とは関係なく出てしまうその声が、彼にさらなる不安を与えた。

彼を抱いている男性は、疲れた様子を見せながらも、しっかりと赤ん坊を抱き続けていた。まだぼんやりとした視界の中、男性の顔がかすかに見える。どこか温かく、優しさに満ちた表情をしているように感じられた。以前の世界で接していた人々の冷たさとはまったく違う、心に染み入るような温もりがそこにはあった。

「……村に着いたぞ」

男性は小さくそう呟くと、赤ん坊をさらにしっかりと抱き直し、村の中へと足を踏み入れた。

村は小さく、畑や家畜小屋が点在している。夕日が村全体を優しく照らし、穏やかな空気が流れていた。住人たちはそれぞれの家へと帰っていき、家々からは夕食の香りが漂っている。子供たちの笑い声や鍋の煮える音が、平和な暮らしを感じさせた。

(ここが……俺の新しい居場所?)

彼は、まだ言葉を理解できない赤ん坊としての自分に戸惑いながらも、心の中で静かにそう思った。こののどかな風景は、かつての生活とはまるで異なっていた。

男性は村人たちに軽く挨拶を交わしながら、自宅と思われる家へと向かっていく。村人たちはその腕に抱かれた赤ん坊に気づき、興味深そうに声をかけてきた。男性はそれに軽く返事をしつつ、赤ん坊を大切そうに抱きしめていた。

その赤ん坊――彼は、銀色の髪と澄んだ青い瞳を持っていた。村では見たことのない特徴であり、人々の目を引くのも無理はなかった。

(俺は……この世界で生きていけるのか?)

彼の心には、まだ多くの不安が渦巻いていた。過去の記憶と、今の自分とのギャップがあまりに大きく、戸惑いは拭いきれなかった。

やがて男性は、自宅にたどり着いた。木造の小さな家で、隣には畑が広がっている。ドアを開けて中へ入ると、そこには暖炉のある温かな空間が広がっていた。素朴で落ち着きのある雰囲気に、彼はどこか懐かしさを感じた。

「ただいま」

男性が静かに声をかけると、奥から女性が顔を出した。彼の妻らしきその人は、赤ん坊の姿を見るなり驚きの表情を浮かべた。

「あなた、その子は……?」

「橋の下で見つけたんだ。捨て子だろう。名前は……ユーリって書かれてた」

彼は赤ん坊の名前が書かれた紙を差し出しながら説明した。女性は驚きながらも、赤ん坊を優しく抱き上げると、顔をほころばせた。

「なんて可愛い子……でも、橋の下に捨てられていたなんて……」

二人は短い会話の後、その子を引き取ることを決めたようだった。そして女性は、ユーリを見つめながら優しく微笑んだ。

「私はマーシャよ、これからはお母さん。安心していいのよ、ユーリ」

彼女の腕に抱かれた瞬間、ユーリは不思議な安心感に包まれた。その温もりと優しさが、彼の心を少しずつ溶かしていった。

(この人が……俺を育ててくれるんだ)

無力な赤ん坊としての自分に、戸惑いと焦りはあった。だが、マーシャの愛情が、そんな心をそっと癒してくれた。

夜になり、ユーリは小さなベッドに寝かされていた。傍らにはマーシャが座り、優しい眼差しで彼を見守っている。

(これから……どうすればいいんだ)

迷いはまだ残っている。けれど、その一方で、ここならもう一度やり直せるかもしれない――そんな思いが、彼の中に少しずつ芽生えていた。

前の人生では、ただただ無理をして生きていた。けれど、今度こそ――

ユーリは、まどろみに落ちる前、心の中で静かに誓った。

新しい世界での生活が、静かに始まっていく――。

翌朝。陽の光が差し込む部屋で、ユーリは目を覚ました。マーシャが優しい微笑みを浮かべてそばに座っていた。

「おはよう、ユーリ。よく眠れたかしら?」

その声は柔らかく、まるで本当の母親のような愛情に満ちていた。

「ルドルフも、もうすぐ畑から戻ってくるわ。あなたに会えるのを楽しみにしてるの」

(ルドルフ……あの人の名前か)

昨日、自分を抱えて村へと運んでくれたあの男性の姿が脳裏に浮かぶ。優しく、たくましいその腕に守られていた安心感が、今でも忘れられない。

ほどなくして、ルドルフが帰ってきた。作業を終えた彼は、笑顔でユーリに声をかけた。

「お、目が覚めたか。よく寝れたか?」

(この人が……ルドルフ)

ようやくその名前を知った。自分を受け入れ、この新しい世界へ導いてくれた人物。その名前を心に刻みながら、ユーリは少しずつ、ここで生きていこうと決意し始めていた。
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