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第21話 子どもたちが消えた日と静かな決意
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その日、訓練はいつにも増してにぎやかだった。子どもたちの笑い声、ロイの大げさな号令、丸太から落ちて砂まみれになる仲間たち。全部が、いつものエルデン村の朝だった。
――そのときまでは。
「はーい、今日はここまでー!」
「お疲れさまでしたー!」
いつもの締めの挨拶で訓練が終わると、子どもたちは一斉に散っていく。誰かの家に寄って遊ぶ組、畑に手伝いに行く組、それぞれの日常に戻っていく。
「また明日ねー!」
「気をつけて帰ってね!」
メアリとリノアにそう言って見送られながら、俺は帰路についた。
今日は午前だけの訓練で終わりだったから、午後は家の手伝いをするつもりだ。
(……2人とも元気でいい子だよなあ。って、おっと、なんか目線が保護者寄りになってないか俺)
なんてことを思いつつ帰宅して、昼ごはんを平らげ、少し家の用事を手伝ったあと――俺は、いつものように自警団の詰所に顔を出した。
訓練がない午後にここへ来るのは、もうすっかり習慣になっている。
ロイやガルドがいれば話も聞けるし、空いてる場所でこっそり自主練することもある。
「おっ、ユーリ坊。昼からも来たのか。えらいえらい」
そう言ってくれたのは、ガルドだ。いつものように腕を組み、訓練場を眺めていたが――その横顔は、どこか険しかった。
(……あれ?)
何か違和感を覚えていると、ロイも近くにいたようで、俺に手を振りながら言った。
「ちょっとした騒ぎでね。いや、まだ大ごとってわけじゃないけど……さっきルッカの母さんが飛び込んできて、またうちの子がいないんです~!って大騒ぎでさ」
「……えっ、ルッカ、また木箱?」
「いや、それが今回は違う。家の中も庭も、遊び場も畑も見たって言うし、ルッカならこの辺にいそうって場所も全部確認済み。それでも見つかんないってんでな」
「うわ……また全村総出案件か」
「まあ、前も木箱事件があったから、母ちゃんたちはどうせまたどっかで寝てるだけでしょって感じなんだけどな。」
(……でも、今回は少し空気が違う?)
午後から、俺も捜索に加わった。自警団や近所のおばちゃんたちと手分けして、村の隅々まで探す。
「ルッカー! おやつ食べるよー!」
「新しい木箱あるよー!」
どれだけ声を張っても、返事はなかった。
それどころか――
「……あれ? ルッカだけじゃないぞ」
最初に異変に気づいたのはカイだった。
「さっきの訓練にいたはずのハルトとティオ、あと小さいミアちゃんも、誰も家に戻ってないらしい」
「えっ……?」
ぞくっと、背中に冷たいものが走った。
(訓練には来てた。でも、そのあと家に帰ってない?)
子どもたちは、年齢も体格もバラバラだ。でも全員、家に黙って外泊するようなタイプじゃない。特にミアちゃんなんて、泣き虫で、知らない道に行ける子じゃないのに。
「…………ロイさん」
「……ああ。こりゃ、さすがにおかしいな」
ロイの表情が引き締まった。笑いジワが消え、目だけが鋭くなる。あの人がこうなると、本当に仕事モードだ。
日が傾き始める頃。村中が、ざわついていた。
「誰かの家に泊まってるんじゃ……?」
「でも、お昼には確認済みだって……」
「まさか、スリーヴの森のほうへ……?」
「子どもが森に? まさか、そんな……!」
大人たちは不安を打ち消すように声を重ねるけど、誰もがまさかを否定しきれていなかった。
それもそのはずだ。スリーヴの森にはもともと魔獣が棲んでいて、村では「子どもが近づく場所じゃない」と昔から言われている。
そのうえ、数ヶ月前には森の奥で得体の知れない何かが目撃されたって話もあって、以来、自警団は特に警備を強化していた。
(でも、俺たちの知らないうちに……?)
リノアも真剣な顔で、俺のそばに立っていた。
「ユーリ、あたし、さっきミアちゃんがよく遊んでた小道に行ってみたんだけど、足跡があった。三人分」
「……それって、まさか」
「たぶん、村の外に向かってる。途中で雨が降ったから、消えかけてるけど……ルッカの靴跡、あったと思う」
「――っ!」
すぐに村長に報告が上がり、村全体が動き始めた。夜になる前に、子どもたちを見つけ出さなければ。
「ユーリ、お前は一度家に戻れ。これから本格的に動く。危険もあるかもしれないから、子どもは連れて行けない」
「……俺も、探さずにはいられないんだ」
「その気持ちはわかる。でも訓練と捜索は別だ」
ガルドの言葉には、有無を言わせぬ力があった。
俺は、唇を噛んでうなずくしかなかった。
(……ルッカ、ハルト、ティオ、ミアちゃん……どこに行ったんだよ)
(無事でいてくれ……)
その夜。
自警団の動きは加速していた。ガルド、ロイ、ミレイナ、エマ、カイ、ボリス――全員が分担して、森の入り口を中心に徹底的に探していた。
いつもは穏やかな村の空気が、張りつめた空気に変わっていた。
それでもまだ、何の手がかりもない。
村には、いつもとは違う、重い静けさが広がっていた。
俺は布団の中で、目を閉じても眠れなかった。
胸の奥がざわついて、何度も息をつきたくなる。
(……もし、見つからなかったら?)
(もし、誰かが傷ついていたら……死んでいたら?)
前の人生では、何も守れなかった。
自分の身体ひとつまともに動かせないほど弱って、心も折れて、ただ流されるように終わってしまった。あのとき、もう少し強かったらって――何度思ったか知れない。
(だから今度は、逃げたくないんだ)
誰かのせいにもしない。運のせいにもしたくない。今の俺は、生きていて、大切なものがあって――そして、それを守る力を、手に入れようとしている。森の探索が危ないことくらい、わかってる。俺なんかが足を踏み入れても、足手まといになるだけかもしれない。
でも――
(それでも俺は、守れるようになりたかったんじゃないのか)
拳を握る。力が入りすぎて、爪が手のひらに食い込む。
(あの子たちが、帰ってこなかったら……俺は、何のために強くなろうとしてきたんだ)
その思いが、ぐらついていた覚悟を、再び立たせた。怖くても、危なくても――俺は、目を背けるわけにはいかない。
(父さん、母さん……ごめん)
(でも俺は、黙ってなんていられないんだ)
こっそり布団を抜け出す。眠っている家の中をそっと通り抜け、履き慣れた靴を手に取る。扉を開けると、夜の空気が肌を刺した。静かで、冷たい風。でも、その中に――遠く、森の気配がある気がした。
一歩。
また一歩。
足が、勝手に前へと進んでいく。
(俺は――行く。あの子たちを見つけるために)
(何事もなかったように、明日もまた、みんなで笑えるように)
誰に言われたわけでもない。ただ、自分の意思で。月明かりだけを頼りに、俺は森へと向かった。
――そのときまでは。
「はーい、今日はここまでー!」
「お疲れさまでしたー!」
いつもの締めの挨拶で訓練が終わると、子どもたちは一斉に散っていく。誰かの家に寄って遊ぶ組、畑に手伝いに行く組、それぞれの日常に戻っていく。
「また明日ねー!」
「気をつけて帰ってね!」
メアリとリノアにそう言って見送られながら、俺は帰路についた。
今日は午前だけの訓練で終わりだったから、午後は家の手伝いをするつもりだ。
(……2人とも元気でいい子だよなあ。って、おっと、なんか目線が保護者寄りになってないか俺)
なんてことを思いつつ帰宅して、昼ごはんを平らげ、少し家の用事を手伝ったあと――俺は、いつものように自警団の詰所に顔を出した。
訓練がない午後にここへ来るのは、もうすっかり習慣になっている。
ロイやガルドがいれば話も聞けるし、空いてる場所でこっそり自主練することもある。
「おっ、ユーリ坊。昼からも来たのか。えらいえらい」
そう言ってくれたのは、ガルドだ。いつものように腕を組み、訓練場を眺めていたが――その横顔は、どこか険しかった。
(……あれ?)
何か違和感を覚えていると、ロイも近くにいたようで、俺に手を振りながら言った。
「ちょっとした騒ぎでね。いや、まだ大ごとってわけじゃないけど……さっきルッカの母さんが飛び込んできて、またうちの子がいないんです~!って大騒ぎでさ」
「……えっ、ルッカ、また木箱?」
「いや、それが今回は違う。家の中も庭も、遊び場も畑も見たって言うし、ルッカならこの辺にいそうって場所も全部確認済み。それでも見つかんないってんでな」
「うわ……また全村総出案件か」
「まあ、前も木箱事件があったから、母ちゃんたちはどうせまたどっかで寝てるだけでしょって感じなんだけどな。」
(……でも、今回は少し空気が違う?)
午後から、俺も捜索に加わった。自警団や近所のおばちゃんたちと手分けして、村の隅々まで探す。
「ルッカー! おやつ食べるよー!」
「新しい木箱あるよー!」
どれだけ声を張っても、返事はなかった。
それどころか――
「……あれ? ルッカだけじゃないぞ」
最初に異変に気づいたのはカイだった。
「さっきの訓練にいたはずのハルトとティオ、あと小さいミアちゃんも、誰も家に戻ってないらしい」
「えっ……?」
ぞくっと、背中に冷たいものが走った。
(訓練には来てた。でも、そのあと家に帰ってない?)
子どもたちは、年齢も体格もバラバラだ。でも全員、家に黙って外泊するようなタイプじゃない。特にミアちゃんなんて、泣き虫で、知らない道に行ける子じゃないのに。
「…………ロイさん」
「……ああ。こりゃ、さすがにおかしいな」
ロイの表情が引き締まった。笑いジワが消え、目だけが鋭くなる。あの人がこうなると、本当に仕事モードだ。
日が傾き始める頃。村中が、ざわついていた。
「誰かの家に泊まってるんじゃ……?」
「でも、お昼には確認済みだって……」
「まさか、スリーヴの森のほうへ……?」
「子どもが森に? まさか、そんな……!」
大人たちは不安を打ち消すように声を重ねるけど、誰もがまさかを否定しきれていなかった。
それもそのはずだ。スリーヴの森にはもともと魔獣が棲んでいて、村では「子どもが近づく場所じゃない」と昔から言われている。
そのうえ、数ヶ月前には森の奥で得体の知れない何かが目撃されたって話もあって、以来、自警団は特に警備を強化していた。
(でも、俺たちの知らないうちに……?)
リノアも真剣な顔で、俺のそばに立っていた。
「ユーリ、あたし、さっきミアちゃんがよく遊んでた小道に行ってみたんだけど、足跡があった。三人分」
「……それって、まさか」
「たぶん、村の外に向かってる。途中で雨が降ったから、消えかけてるけど……ルッカの靴跡、あったと思う」
「――っ!」
すぐに村長に報告が上がり、村全体が動き始めた。夜になる前に、子どもたちを見つけ出さなければ。
「ユーリ、お前は一度家に戻れ。これから本格的に動く。危険もあるかもしれないから、子どもは連れて行けない」
「……俺も、探さずにはいられないんだ」
「その気持ちはわかる。でも訓練と捜索は別だ」
ガルドの言葉には、有無を言わせぬ力があった。
俺は、唇を噛んでうなずくしかなかった。
(……ルッカ、ハルト、ティオ、ミアちゃん……どこに行ったんだよ)
(無事でいてくれ……)
その夜。
自警団の動きは加速していた。ガルド、ロイ、ミレイナ、エマ、カイ、ボリス――全員が分担して、森の入り口を中心に徹底的に探していた。
いつもは穏やかな村の空気が、張りつめた空気に変わっていた。
それでもまだ、何の手がかりもない。
村には、いつもとは違う、重い静けさが広がっていた。
俺は布団の中で、目を閉じても眠れなかった。
胸の奥がざわついて、何度も息をつきたくなる。
(……もし、見つからなかったら?)
(もし、誰かが傷ついていたら……死んでいたら?)
前の人生では、何も守れなかった。
自分の身体ひとつまともに動かせないほど弱って、心も折れて、ただ流されるように終わってしまった。あのとき、もう少し強かったらって――何度思ったか知れない。
(だから今度は、逃げたくないんだ)
誰かのせいにもしない。運のせいにもしたくない。今の俺は、生きていて、大切なものがあって――そして、それを守る力を、手に入れようとしている。森の探索が危ないことくらい、わかってる。俺なんかが足を踏み入れても、足手まといになるだけかもしれない。
でも――
(それでも俺は、守れるようになりたかったんじゃないのか)
拳を握る。力が入りすぎて、爪が手のひらに食い込む。
(あの子たちが、帰ってこなかったら……俺は、何のために強くなろうとしてきたんだ)
その思いが、ぐらついていた覚悟を、再び立たせた。怖くても、危なくても――俺は、目を背けるわけにはいかない。
(父さん、母さん……ごめん)
(でも俺は、黙ってなんていられないんだ)
こっそり布団を抜け出す。眠っている家の中をそっと通り抜け、履き慣れた靴を手に取る。扉を開けると、夜の空気が肌を刺した。静かで、冷たい風。でも、その中に――遠く、森の気配がある気がした。
一歩。
また一歩。
足が、勝手に前へと進んでいく。
(俺は――行く。あの子たちを見つけるために)
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