社畜の異世界再出発

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第30話 間話 次は隣に

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朝の空は、どこまでも澄んでいた。雲ひとつない青が、村の屋根の上に広がっている。

けれど、胸の奥は、ずっと重いままだった。

私は家の前で、空を見上げていた。麦畑をなでる風の音も、小鳥の鳴き声も、いつもと変わらない。でも、それがかえって落ち着かなくて、腕をぎゅっと抱きしめたまま、足を止めていた。

「……お母さん、まだ?」

そう声をかけたのは、少し後ろでエプロンをしめている母――ミーナだった。朝の支度を終えて、今まさに子どもたちに配るおやつを包んでいるところだ。

「もうすぐよ。……でも、リノア、今朝からずっとそわそわしてるわね。やっぱり、ユーリくんのことが心配?」

その言葉に、私は思わずぎゅっと唇を噛んだ。隠したつもりだったけど、やっぱり母さんにはバレてたらしい。

本当は、気になってしかたがなかった。
胸の奥がずっと、もやもやしてる。じっとしていようと思っても、指先や足先がそわそわして落ち着かなくなる。
さっきから何度も深呼吸してみたり、何でもないように空を見上げてみたりしたけれど――駄目だった。

(ユーリ……無事なの? ねぇ、何もなかったって、そう言ってよ……)

言葉に出せば不安が膨らんでしまいそうで、口には出せなかったけど。
頭の中では、ずっとその名前を呼んでいた。
ユーリの笑顔が浮かんで、そして――その笑顔が、どこか遠くへ行ってしまいそうで、怖かった。

(ユーリは……まだ、帰ってこない)

その日。ルッカたちが無事に見つかった――その知らせが村に届いた、ほんの少し後。
夜もすっかり更けた頃だった。村中がざわつく中、広場に戻ってきた自警団の人たちの顔は、どこか険しかった。

でも、みんな口をそろえて「無事だった」と言った。
ルッカも、ティオも、ハルトも、ミアちゃんも。少し汚れてたけど、大きなケガはないって。

ホッとしたのも束の間だった。

「すっごく強い魔物だったのに……1人で立ち向かって……私たちを守ってくれたの! 怖くて動けなかったのに、ユーリだけが……!」

そう言ったのは、ティオだった。震える声で、涙をこらえながら。
私の胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられた。

――え?

戦ってた? 魔物と? ユーリが、一人で?
そんなはず、ない。だって、私たちはまだ子どもなのに。そんなこと、するはずがないのに――!

(どうして……どうしてユーリが、そんな……!)

私は言葉も出せずに、ただ耳を疑った。
けど、それは現実だった。

「ティリス町の診療院に運ばれたそうよ。自警団の人が抱えて……」

母さんの言葉に、はっと顔を上げる。

「……診療院? ケガ……したの?」

「ええ。詳しくは聞いていないけど、重傷だったみたい。でも――今は、診療院で手当てを受けてるって。容体の詳細までは、まだわからないけど……」

母の言葉は、少し言葉を選んでいるようだった。きっと、私を気遣ってのことなんだと思う。
けど――それが逆に、不安を強くする。

(命に関わるようなケガなのかもしれない……)

そう思った瞬間、胸の中がぐっと締めつけられた。

どれくらい痛かったのか、怖かったのか。それとも……。
考えれば考えるほど、涙があふれそうになる。

(なんでそんな無茶をしたの……? どうして、私には何も言ってくれなかったの……?)

――私だって、行きたかったのに。
ユーリとなら、どこへでも行けた。森だって、魔獣だって、きっと怖くなかった。
だって、ユーリと一緒なら、何でも乗り越えられるって思ってたから。

それなのに、どうして――。

私だけ、置いていかないでよ。

目の奥がじんと熱くなり、涙がにじむ。
胸の奥のこの想いは、なんて名前をつければいいんだろう。
心配? 怒り? それとも……。

――わかってる。ただ、無事でいてほしい。それだけなのに。
 
感情が押し寄せてくる。目の奥がじんと熱い。
私は無意識に、スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。

知りたいことは山ほどある。でも、今は――何もできない。
ただ、こうして、無事を祈ることしか……私にはできなかった。


ルッカ達は、今は家で静養しているらしい。
軽い打撲や擦り傷はあったけど、大きな怪我はなかったそうだ。

「うちの子……ユーリくんが戦ってくれたんだよって、何度も繰り返すの。……あの子がいてくれて、本当によかった」

市場で会ったミアちゃんのお母さんが、声を震わせながらそう言った。
その目には、安堵と感謝、そして言葉にしきれない想いがにじんでいた。

村のあちこちで、同じような声を聞く。
――“森で魔獣と戦って、みんなを助けたらしい”
そんな噂がもう広がっていた。

ティオとハルトの訓練していた子ども組は、目の前でユーリが魔獣に立ち向かい、自分たちのために、1人で、傷だらけになりながら戦った。
その姿を見て何かを決意したみたいだ。

誰かを守ること。命を賭けて、前に立つということ。

私も、きっと同じだ。
……でも、まだ私は、何もできなかった。

(次は、私も――)

そんなことを思うたび、また胸の中で、小さな火が灯る。

……あの子たちを助けた勇気。
どれだけ怖くても、逃げなかった強さ。

いつか、隣に立てるくらいに強くなりたい。

(今度は、私がそばにいるから)

そう思ったとき、ようやく少しだけ、胸の中のもやもやが晴れた気がした。
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