社畜の異世界再出発

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第31話 小さな英雄の散歩道

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診療院で目を覚ましてから、数日が経った。

体の痛みは殆どなくなってきたし、包帯の巻き替えの頻度も減ってきた。左腕の動きはまだ制限されてるけど、それでも医師の診断は上々で、

「回復が早すぎて、逆に怖いくらいだ」

なんて、よくわからない評価をいただいた。褒められてるのか心配されてるのか、どっちだよ……と、思わず頭をかく。

母さんはまだ診療院の宿直室に泊まりこんでいて、俺がちょっとでも変な顔をすると、すぐに「大丈夫? 熱?」って額に手を当ててくる。……いや、昨日測ったばっかだし。

一方、父さんは数日前に一足先に村へ戻った。畑の世話もあるし、あんまり長く空けるわけにもいかない。でも、戻るときに「毎日様子を報告してくれ」とガルドに真剣な顔で頼み込んでいたらしい。なんだよ、ちょっと嬉しいじゃん。

自警団のメンバーも、ミレイナとカイを含めてほとんどが村へ帰っていった。村の警備が手薄になるとまずいから――ってのが表向きの理由だけど、帰る時のミレイナは名残惜しそうだったし、カイは何か言いたげにモジモジしてた。……まあ、俺にお見舞いノートを渡していった時点で気持ちは伝わってるけどな。

そして今、町に残ってるのはガルドとボリスの二人だけ。ガルドは「念のためだ」って言いながら、昼は診療院の先生と話してたり、町の衛兵と情報交換してたりする。一方のボリスはというと、町中で会う人会う人に俺の武勇伝を勝手に語り歩いている。

(あいつの技、マジで森が爆発したかと思ったぞ! ゴロゴロドカーン!ってな!)

ってな感じで。

そのせいで、俺の評判がよくわからない方向に育ってきている気がする。市場の八百屋で野菜を選んでるだけで「おお、雷の少年じゃねぇか」とか言われる始末。

……うん。恥ずかしいからやめてほしい。


「ユーリくん! 今日もお出かけ?」

「うん、ちょっと市場まで。歩いてるだけでも楽しいから」

そう返すと、宿屋の前で掃除をしていたおばちゃんが手を振ってくれる。

ここ数日、俺は――町の中を、少しずつ歩いてまわっていた。診療院にずっとこもっているのも退屈で、主治医の先生も「無理しなければ散歩くらいならOK」と言ってくれたし、何より、この町の空気が心地よかった。

「よぉ、英雄くん。調子はどうだい?」

「やめてよ英雄って呼ぶの……! こっぱずかしい!」

「ハハッ、でも本当だろ? あんな魔獣、子どもが倒すなんて聞いたことねぇぞ」

市場に立ち寄ると、八百屋のおじさんがニヤニヤしながらそう言ってきた。完全に顔を覚えられている……ボリスのせいだ。
あの人、町に着くなり「こいつが村の希望、英雄ユーリ坊だ!」とかって全力で紹介してたし町中で会う人に色々語り歩いている。しかも、何軒も回ってたらしい。そりゃ、広まるわけだよ。

「あ、そうそう。リンゴ、持っていきな。お見舞い代わりだ」

「えっ、いいの!? ありがとう!」

こうして何かと差し入れをもらったり、子どもに囲まれて質問攻めにあったり――最近、ちょっとした町の名物になってきてしまっている気がする。なんだろう、この居心地のよさと恥ずかしさがミックスされた感じ。

「なあ、ほんとに魔法は使わなかったの?」

「うん、剣で戦ったよ。……木剣で」

「えええ!? 木の剣で!? うそでしょー!?」

「うそじゃないよ! ちゃんと修行してたんだってば!」

近所の子どもたちに囲まれて、何度も同じ説明をする羽目になる。もう、これ十回目くらいなんだけど。

(……あれ? これって、前世でよくあった同じ仕事何回も説明させられる現象に似てない?)

思わず遠い目になりかけたけど、目の前の子どもたちは、思わず遠い目になりかけたけど、目の前の子どもたちは、英雄にでも出会ったかのように目を輝かせていた。あんな危ない思いをしたばっかりだっていうのに、もう「すげー!」「かっけー!」って盛り上がってる。なんなら、俺の真似して木の枝を振り回してる子までいる。

(いやいや、マネしないでくれよ……!)

本気でそう思ったけど、でも、そのキラキラした目を見てたら、ここで「いや、めちゃくちゃ怖かったんだよ」とか「できればあんなの二度とごめんだよ」なんて言える空気じゃなかった。

だって、あの子たちにとっては魔獣を倒した英雄が、いま目の前で話してるんだから。恨むぞボリス。


午後になると、ちょっと人の流れが落ち着く。そういう時間帯に、俺は診療院の近くをのんびり歩くのが好きだった。

薬草屋の前を通ると、年季の入った木製の看板と、窓辺に吊された乾燥薬草の束が風に揺れていた。軒先には白衣を着たおじいさんが、ちょこんと丸椅子に腰をかけている。背中は少し丸まっていたけど、目元は鋭く、年齢を感じさせない雰囲気があった。

俺の姿を見つけると、そのおじいさんは目を細めて、ゆっくりと頷いた。

「ほう、ユーリくん元気そうじゃのう。あの怪我からもう散歩か? 若いってのは、まったく化け物じみておるな」

落ち着いた声に、ついこちらも笑ってしまう。

「うん! もう走れそうなくらい!」

「いや、それはダメじゃ。まだ走っちゃダメと医者が言っておったじゃろ」

「はい……」

……お、おう、ツッコミ入れられた。いやまあ正論だけども!


そしてその日の夕方。

「あれ、ユーリ?」

市場を抜けた先の広場で、見覚えのある顔に声をかけられた。

「……え、えっと、あ!」

「やっぱり、覚えてない!? ほら、前に診療院で顔見たじゃん! あたし、アニア!」

「あっ、ご、ごめん! 覚えてたけど名前が……!」

「まあいいけどさ~、元気そうじゃん! 歩けるようになったんだねー!」

アニアと名乗る少女は、診療院で見舞いに来てくれた町の子どもの1人だった。明るくて、ちょっとお姉さんぶる感じの子だ。最近のリノアと似てる。

「もしかして、また見舞いに?」

「ううん、今日はたまたま通りかかっただけ。っていうか、私の方が元気もらってる感じだよー、あんたの話、いろんな人から聞いたもん」

「へ、へえ……」

なんか、どこまで広まってんだ、この話……。

「雷の一閃で魔獣を真っ二つとか、叫び声で森の獣が逃げたとか、実は王族の血を引いてるとか!」

「待って待って!? なんでそうなるの!?」

「ボリスっておじさんが広めてたもん、あたしのせいじゃないよ!」

ボリス、マジで余計なことしかしないな……


その日の夕飯前。診療院に戻った俺を出迎えたのは、なんとも言えない表情の母さんだった。

「ユーリ……市場で雷の王子って呼ばれてるらしいわよ」

「……またボリスさん!? ほんと勘弁してよ、俺じゃないからね!? 言ってないってば!」

母さんはというと、黙ってスープを温めながら肩を震わせている。笑いをこらえてるのがまるわかりで、もう、やめてほんと恥ずかしいから!

「まあまあ、それだけ村や町の人たちが感謝してるってことじゃない。……いいことだと思うわよ」

母さんがぽつりとそう言ったとき、その表情はどこか誇らしげだった。

俺も、ふと背筋を伸ばした。

「……そうだね。じゃあ、明日も散歩がてら、もう少し町の人に挨拶してくるよ」

「ええ、でも怪我人だからって甘やかされすぎないようにね」

「いや、それって俺のせいじゃなくない!? 被害者なんだけど!?」


――そうして俺は、もう少しだけこの町での時間を過ごすことになった。

次第に、小さな英雄とか雷の王子とかいうあだ名にも慣れてきて(慣れたくないけど)、町の子どもたちにも顔馴染みができてきた。

でも――それでもやっぱり、村が恋しい。

リノアは元気かな。メアリやルッカたちは、ちゃんと過ごせてるだろうか。

あの森の中で誓ったこと。もう一度、あの場所に帰って、あの子たちと一緒に笑える日常を守ること。

(……もうちょっとだけ、回復したら)

そう思いながら、俺は静かに夕焼け空を見上げた。

そして――

「――あっ! 雷の王子さまだー!」

「やめてええええええええ!!!!!」

今日も町は、平和だった。
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