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第32話 もう一つの力
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診療院の中庭にあるベンチは、陽当たりも風通しもよくて、昼下がりにはちょうどいいぼーっとする場所だった。
今日も俺はそこで、湯気の立つお茶を飲みながら、ぐてぇぇっと背もたれに沈んでいた。母さんが淹れてくれたハーブティーは、なんだか妙に落ち着く味で、目を閉じればそのまま眠れそうなくらい――
「ユーリ坊ーーっ!!!」
「ぶほっ!!?」
――耳元でいきなり炸裂した声に、お茶を盛大に吹き出した。
「ちょっとボリスさん!びっくりするでしょ! なに叫んでんの!」
「いや~! いや~、すまんすまん! あんまり気持ちよさそうにしとったもんで、ついな!」
「ついで声量バカになるなよ!!」
母さんが遠くの木陰から「ユーリ、お茶は静かに飲みましょうね~」と手を振っていた。違うんです母さん、これは事故なんです!
「おいボリスさん……一応確認しとくけど、町中で僕のことどんだけ話してんの?」
俺がそう聞くと、ボリスは「んー?」と首をひねった後、元気いっぱいに答えた。
「まあ、全部!」
「全部!?」
「そりゃあ! 英雄の活躍を語らずして、何のボリスか!」
「知らんしそんな肩書き持ってた覚えないし!」
「いいかユーリ坊、こういうのはな、勢いとノリなんだよ!勢いで英雄になって、ノリで王子になっちまうもんだ!」
「なってないから! どこにも雷の王子なんて称号つけた覚えないから!」
ボリスは「む? 違ったか?」と本気で悩み始めた。頼むから冗談であってほしい。
「っていうかさ! “雷で森ごと爆発した”とか、“叫び声で魔獣が怯んだ”とか、あれ誰が広めたの!? いや、ボリスさんでしょ!?」
「いや~? 噂ってのはな、ほら、こう……風船みたいに勝手にパンッパンに膨れるもんだ!へっへっへっ!」
「おまっ……自分で風船に空気入れて膨らませといて何言ってんの!?」
まったく、頭が痛い。木剣で魔獣倒したのは事実だけど、そこまで誇張されると逆に信用されなくなるって!
「まあでも、町の人たちも喜んでたし、子どもたちの憧れにもなってたし。よいことじゃないか」
――その後のボリスの笑顔は、なんというか、憎めなかった。
俺は「はぁぁ……」と息を吐いて、もう一口お茶をすすぐ。
(まったくもう……。でも、ありがとう)
声には出さなかったけど、内心でこっそり感謝した。ボリスが、勝手に俺の話を広めて、変なあだ名までつけて、町中に異名なんて知られることになったのは……正直、恥ずかしくてたまらなかった。でも――そのおかげで、たくさんの人が俺を見て、声をかけてくれて、励ましてくれて。
子どもたちは笑顔で話しかけてくれて、大人たちも「よくやったな」と言ってくれる。
あの戦いの後、ベッドの上で1人ぼっちの気分になっていたときもあったけど、こうして人との繋がりを感じられるのは、ボリスが広めてくれたからだ。
(……笑っちゃうよ、ほんと。でも……こういうの、悪くないな。)
心の中でそっとそう思った。もちろん、本人には絶対に言わないけど。
「ボリスさん、今度からは話す前に僕の許可取ってよ……マジで……」
「ん? ユーリ様、語ってもよろしいでしょうか?って感じか?」
「うん、それ! 今度からそのテンションでお願い!」
「よし、じゃあ町の広場で演説する前にはそうしよう!」
「ちょっと待って、演説ってなに!? 演説はやめて!?」
ガシャーン!
診療院の廊下の奥から、お盆を落としたらしい看護婦さんの悲鳴が聞こえた。
「……今の、僕の声のせい?」
「九割方そうじゃね」
「泣きたい」
「で――お前、気になってることがあるんだろ」
そんなツッコミ合戦を終えて、今度は診療院の応接室みたいな場所で、俺はガルドと向かい合って座っていた。
母さんはすぐ隣の椅子で編み物をしている。穏やかな午後って感じだけど、俺の心の中はそれなりにざわついていた。
「うん、ある。……その、森で魔獣と戦ったとき」
俺は、あの日のことを思い返す。最後の瞬間――
体の中からぐわっと何かが湧き上がってきた。熱くて、心強くて、心の芯から燃えるような感覚。あれがなんだったのか、ずっと気になっていた。
「あの時、自分の奥底から何かが溢れ出してきた。不思議な感覚だったけど僕を突き動かす何かだった」
ガルドは、それを聞いて静かに頷いた。
「それは、戦気だ」
「……せんき?」
「魔力とは違う、もう一つの力だ。剣士や兵士などの修練を積んだ者が、極限の中で覚醒することがある。精神力と闘志と、訓練の積み重ね――それが結びついて戦気になる」
「精神力と……闘志……?」
「そう。お前があの場で死ぬ気で踏み込んだ瞬間、その戦気が溢れたんだろう」
「……じゃあ、俺も、その戦気ってやつを、使えるようになったってこと?」
「いや、それはまた別の話だ」
ガルドは眉をひそめて、少しだけ表情を引き締めた。
「使えるかどうかは、これからだ。一度きりの偶発的な覚醒だろう。だが、土台はある。お前がこれまで積んできたものが、無駄じゃなかったってことさ」
「……じゃあ、また出せる?」
「鍛え続ければ、な」
その言葉に、俺は思わず拳を握った。
(鍛え続ければ、また……あの力を使える)
思い出す。雷が走ったみたいに体が軽くなって、剣が風を切って、魔獣の動きがゆっくりに見えた感覚。
――あの時、体の奥底から熱い何かが突き上げてきた。心臓の鼓動と重なるように、燃えるような衝動が体を駆け抜けて、剣を握る手にまで力がみなぎった。
「あれが戦気……」
「扱いづらくてな、時間をかけて少しずつ慣れていくしかない。けど――」
「でも?」
「戦気をまとった剣は、どんな魔法にも劣らない。極めればな」
そう言って、ガルドは少しだけ口角を上げた。
「……お前はきっと強くなる。今までの動きや反応を見てて、そう確信した。それに、あの魔獣を一人で倒したってだけでも十分な証拠だ」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。俺が保証する」
――その言葉を聞いたとき、なんか、胸の奥がじんとした。
「よしっ!じゃあ明日からトレーニング再開だね!」
「まだ無理だからな?」
「ちょっと!! 今すごく前向きだったじゃん!!」
そんなこんなで、俺の療養生活は、相変わらず騒がしく続いていく。
そして、また一つ――俺は強くなる道を知った。
魔力とは違う、戦気という力。
それを掴むために、もっと鍛えて、もっと強くなって、次は――
(次は、誰も傷つけさせない)
そう思いながら、夕暮れの空を見上げた俺の背中には、また少しだけ、決意の重みが加わっていた。
今日も俺はそこで、湯気の立つお茶を飲みながら、ぐてぇぇっと背もたれに沈んでいた。母さんが淹れてくれたハーブティーは、なんだか妙に落ち着く味で、目を閉じればそのまま眠れそうなくらい――
「ユーリ坊ーーっ!!!」
「ぶほっ!!?」
――耳元でいきなり炸裂した声に、お茶を盛大に吹き出した。
「ちょっとボリスさん!びっくりするでしょ! なに叫んでんの!」
「いや~! いや~、すまんすまん! あんまり気持ちよさそうにしとったもんで、ついな!」
「ついで声量バカになるなよ!!」
母さんが遠くの木陰から「ユーリ、お茶は静かに飲みましょうね~」と手を振っていた。違うんです母さん、これは事故なんです!
「おいボリスさん……一応確認しとくけど、町中で僕のことどんだけ話してんの?」
俺がそう聞くと、ボリスは「んー?」と首をひねった後、元気いっぱいに答えた。
「まあ、全部!」
「全部!?」
「そりゃあ! 英雄の活躍を語らずして、何のボリスか!」
「知らんしそんな肩書き持ってた覚えないし!」
「いいかユーリ坊、こういうのはな、勢いとノリなんだよ!勢いで英雄になって、ノリで王子になっちまうもんだ!」
「なってないから! どこにも雷の王子なんて称号つけた覚えないから!」
ボリスは「む? 違ったか?」と本気で悩み始めた。頼むから冗談であってほしい。
「っていうかさ! “雷で森ごと爆発した”とか、“叫び声で魔獣が怯んだ”とか、あれ誰が広めたの!? いや、ボリスさんでしょ!?」
「いや~? 噂ってのはな、ほら、こう……風船みたいに勝手にパンッパンに膨れるもんだ!へっへっへっ!」
「おまっ……自分で風船に空気入れて膨らませといて何言ってんの!?」
まったく、頭が痛い。木剣で魔獣倒したのは事実だけど、そこまで誇張されると逆に信用されなくなるって!
「まあでも、町の人たちも喜んでたし、子どもたちの憧れにもなってたし。よいことじゃないか」
――その後のボリスの笑顔は、なんというか、憎めなかった。
俺は「はぁぁ……」と息を吐いて、もう一口お茶をすすぐ。
(まったくもう……。でも、ありがとう)
声には出さなかったけど、内心でこっそり感謝した。ボリスが、勝手に俺の話を広めて、変なあだ名までつけて、町中に異名なんて知られることになったのは……正直、恥ずかしくてたまらなかった。でも――そのおかげで、たくさんの人が俺を見て、声をかけてくれて、励ましてくれて。
子どもたちは笑顔で話しかけてくれて、大人たちも「よくやったな」と言ってくれる。
あの戦いの後、ベッドの上で1人ぼっちの気分になっていたときもあったけど、こうして人との繋がりを感じられるのは、ボリスが広めてくれたからだ。
(……笑っちゃうよ、ほんと。でも……こういうの、悪くないな。)
心の中でそっとそう思った。もちろん、本人には絶対に言わないけど。
「ボリスさん、今度からは話す前に僕の許可取ってよ……マジで……」
「ん? ユーリ様、語ってもよろしいでしょうか?って感じか?」
「うん、それ! 今度からそのテンションでお願い!」
「よし、じゃあ町の広場で演説する前にはそうしよう!」
「ちょっと待って、演説ってなに!? 演説はやめて!?」
ガシャーン!
診療院の廊下の奥から、お盆を落としたらしい看護婦さんの悲鳴が聞こえた。
「……今の、僕の声のせい?」
「九割方そうじゃね」
「泣きたい」
「で――お前、気になってることがあるんだろ」
そんなツッコミ合戦を終えて、今度は診療院の応接室みたいな場所で、俺はガルドと向かい合って座っていた。
母さんはすぐ隣の椅子で編み物をしている。穏やかな午後って感じだけど、俺の心の中はそれなりにざわついていた。
「うん、ある。……その、森で魔獣と戦ったとき」
俺は、あの日のことを思い返す。最後の瞬間――
体の中からぐわっと何かが湧き上がってきた。熱くて、心強くて、心の芯から燃えるような感覚。あれがなんだったのか、ずっと気になっていた。
「あの時、自分の奥底から何かが溢れ出してきた。不思議な感覚だったけど僕を突き動かす何かだった」
ガルドは、それを聞いて静かに頷いた。
「それは、戦気だ」
「……せんき?」
「魔力とは違う、もう一つの力だ。剣士や兵士などの修練を積んだ者が、極限の中で覚醒することがある。精神力と闘志と、訓練の積み重ね――それが結びついて戦気になる」
「精神力と……闘志……?」
「そう。お前があの場で死ぬ気で踏み込んだ瞬間、その戦気が溢れたんだろう」
「……じゃあ、俺も、その戦気ってやつを、使えるようになったってこと?」
「いや、それはまた別の話だ」
ガルドは眉をひそめて、少しだけ表情を引き締めた。
「使えるかどうかは、これからだ。一度きりの偶発的な覚醒だろう。だが、土台はある。お前がこれまで積んできたものが、無駄じゃなかったってことさ」
「……じゃあ、また出せる?」
「鍛え続ければ、な」
その言葉に、俺は思わず拳を握った。
(鍛え続ければ、また……あの力を使える)
思い出す。雷が走ったみたいに体が軽くなって、剣が風を切って、魔獣の動きがゆっくりに見えた感覚。
――あの時、体の奥底から熱い何かが突き上げてきた。心臓の鼓動と重なるように、燃えるような衝動が体を駆け抜けて、剣を握る手にまで力がみなぎった。
「あれが戦気……」
「扱いづらくてな、時間をかけて少しずつ慣れていくしかない。けど――」
「でも?」
「戦気をまとった剣は、どんな魔法にも劣らない。極めればな」
そう言って、ガルドは少しだけ口角を上げた。
「……お前はきっと強くなる。今までの動きや反応を見てて、そう確信した。それに、あの魔獣を一人で倒したってだけでも十分な証拠だ」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ。俺が保証する」
――その言葉を聞いたとき、なんか、胸の奥がじんとした。
「よしっ!じゃあ明日からトレーニング再開だね!」
「まだ無理だからな?」
「ちょっと!! 今すごく前向きだったじゃん!!」
そんなこんなで、俺の療養生活は、相変わらず騒がしく続いていく。
そして、また一つ――俺は強くなる道を知った。
魔力とは違う、戦気という力。
それを掴むために、もっと鍛えて、もっと強くなって、次は――
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※小説家になろう様にも掲載しています。
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