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第33話 そしてまた日常へ
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「じゃあ――お世話になりました!」
診療院の玄関で深々と頭を下げると、先生や看護婦さんたちが拍手で見送ってくれた。看護婦さんの一人なんて、なぜか目を潤ませて「元気でね……」とか言ってるし、やめてよなんか卒業式みたいになってる。
「っと、ユーリ坊~? あんまり泣かせちゃダメだぜ」
「泣かせた覚えないからね!?」
「じゃあいざ、凱旋といこうか!」
「いや、ただの帰宅だから!」
そうツッコむ俺の後ろでは、母さんが「お騒がせしました~」とペコペコしながら、何かと謝っていた。ほんと申し訳ない……。
道中、ガタゴトと車輪が鳴るたびに、馬車はのんびりと揺れながら進んでいく。荷台の奥、柔らかいクッションの上に腰を下ろした俺は、背もたれにもたれかかって、外の風を感じていた。窓のすき間から差し込む陽の光が、揺れるたびに肌を撫でていく。
「いい天気でよかったな。雨だったら、揺れが三割増しだからな……」
その時ガルドが、ふいに上を向いて馬車の天井を見上げた。ギィッと音を立てる木の継ぎ目を眺めながら、「この板、ちゃんと止まってんのか?」みたいな顔をしていて、ちょっと笑いそうになった。
その横では、ボリスが「へへっ、これこれ~」と笑いながら、どこからか取り出した新聞紙を広げていた。……いや、どこから出したそれ。しかも裏面で器用に紙相撲折ってるし。
「いや~、こりゃもう英雄の凱旋ってやつだねぇ。ユーリ坊、サインの練習しとく?」
「だから英雄じゃないって!」
「雷の王子、ついにご帰還~!……って見出し、俺的には満点だな!」
「勝手に新聞作るなよ!」
はぁ、と小さくため息。
この人と喋ってると、なんかこう、常にペースを乱される。言っても聞かないし、聞いても言い返されるし……話してるだけで体力削られてく感じだ。
しかも本人は楽しそうに紙相撲をぽこぽこ動かしてるし。
――やっぱり、ボリスと会話するのって、めちゃくちゃ疲れる。
母さんが荷台の奥でお弁当の包みを開きながら、優しく、しかしはっきりと一言。
「ボリスさん、食べる前に静かにしてくださいね~」
「はーい!」
完全にお母さんの声に勝てないボリス。
(……これが、平和ってやつか)
いやもうほんと、これくらいのテンションで日常が続いてくれればいいのに。
道中、しばらくはのんびりとした時間が流れた。
馬車の車輪が草地を踏む音。鳥のさえずり。木々の葉が風で揺れる音。
「……あ、そうだ!」
ボリスが急に何か思い出したように手を打った。
「ユーリ坊、帰ったらまず何がしたい?」
「えっ?」
「お祝いだよお祝い! 英雄の帰還には宴が付き物じゃ!」
「いやいやいや、宴はちょっと! 静かに帰らせて! あの、こっそり! ステルスモードで!!」
「もう遅いって。村にはもうバラしちゃったし。雷の王子ご帰還でーす!って感じでさ!」
「バラしてるじゃん! しかもその言い方やめてぇぇ!!」
馬車の中で、俺の叫びが響いた。ガレスは「ま、今更止まらんだろ」とあきらめた顔でお茶をすすっていた。俺も飲みたい。
そして――エルデン村が見えた時。
(あれ……? なんか……人、多くない?)
村の入り口が見えた瞬間、俺は思わず目を見開いた。
道の両脇に、ずらりと村人たちが並んでいた。小さな子どもからお年寄りまで、見慣れた顔がそこにある。誰もがまっすぐ俺を見つめていて、口々に何かを言っているのが、遠くからでもわかった。
「ユーリだ!」
「本当に帰ってきた!」
「よく、帰ってきてくれたなあ……」
そんな声が、馬車の音に混じって耳に届く。
村人たちの表情には、驚きや安堵、それから……温かな笑顔があった。
思わず、ごくりと喉が鳴った。胸の奥が、ゆっくりと熱くなっていく。
(……俺、こんなふうに迎えられるなんて、思ってなかった)
ただ無我夢中で、あの子達を助けたくて動いただけだ。怖くて、痛くて、苦しかったけど……それでもやってよかったんだと、今、この空気が教えてくれた。
隣の母さんが、そっと俺の肩に手を添えた。
「……誇っていいのよ、ユーリ」
その一言に、堪えていたものがこみ上げそうになる。でも、今は笑っていたい。
俺は、まっすぐ前を見た。歩いて、村へ――俺の場所へ、帰ろう。
馬車の停車と同時に拍手と歓声があがった。
「ユーリくん、おかえりーー!!」
「すごいな、本当に倒したのか!」
「雷の王子だって!? マジ!?」
「いやぁ~、いい感じになってきたじゃん?」
横で誇らしげに胸を張るボリスを見て、もう俺は目を閉じた。見なかったことにした。
一歩踏み出したとたん、思わず足が止まった。村のみんなが、俺を見て微笑んでいる。中には目を潤ませている人もいた。
そして、人混みの中からティオの母さんが近づいてくると、俺の前でぺこりと頭を下げた。
「……うちの子を、助けてくれてありがとう、ユーリくん。あの日、あの子が戻ってこなかったらと思うと……今でも、足が震えるの」
「僕……そんな、大したことはしてないです。ただ、偶然見つけて――」
言い訳のように返しかけたけど、その声はすぐに他の親たちの言葉にかき消された。
「うちのハルトも、あの日からずっとユーリが来てくれたって……本当に、ありがとう」
「ミアも、もう怖くないよって笑ってたよ。あなたが守ってくれたって」
「ルッカが、ずっと英雄みたいだった!って話してたの。きっと、一生の思い出になるわ」
感謝の言葉は途切れることなく、ひとつひとつ、俺の胸に染み込んでいった。子どもたちも手を振ってくれる。照れくさくて、逃げ出したいくらいだったけど――不思議と、足はその場にしっかりと立っていた。
心の奥が、ほんのりと温かくなる。
(……帰ってきてよかった)
誰かのために動いたことが、こんな風に届くんだ。たった一人で森に入った自分を、無謀だと怒る人がいてもおかしくないのに、こうして受け入れてくれる場所がある。
ここが、俺の帰る場所なんだと、あらためて実感した。
……まあ、自警団の人たちと母さんと父さんから、しこたま怒られたんだけど。
「ユーリ!」
――その声は、騒がしい村の中でも、すぐにわかった。
「あ……!」
振り返れば、そこにはリノアの姿。
ふわふわの栗色の髪が、走ってくるたびに陽の光をはねて揺れてる。まっすぐな瞳が、俺だけを見ていて――
「ユーリっ!」
次の瞬間、飛び込んできた。
「わっ……!」
そのまま、俺の胸に顔をうずめて、しばらく黙ったまま。
「……無事で、よかったぁ」
小さくそうつぶやくリノアに、俺はそっと手を伸ばした。
「……ただいま、リノア」
彼女が顔を上げたとき、少しだけ涙を浮かべながらも、笑っていた。
診療院の玄関で深々と頭を下げると、先生や看護婦さんたちが拍手で見送ってくれた。看護婦さんの一人なんて、なぜか目を潤ませて「元気でね……」とか言ってるし、やめてよなんか卒業式みたいになってる。
「っと、ユーリ坊~? あんまり泣かせちゃダメだぜ」
「泣かせた覚えないからね!?」
「じゃあいざ、凱旋といこうか!」
「いや、ただの帰宅だから!」
そうツッコむ俺の後ろでは、母さんが「お騒がせしました~」とペコペコしながら、何かと謝っていた。ほんと申し訳ない……。
道中、ガタゴトと車輪が鳴るたびに、馬車はのんびりと揺れながら進んでいく。荷台の奥、柔らかいクッションの上に腰を下ろした俺は、背もたれにもたれかかって、外の風を感じていた。窓のすき間から差し込む陽の光が、揺れるたびに肌を撫でていく。
「いい天気でよかったな。雨だったら、揺れが三割増しだからな……」
その時ガルドが、ふいに上を向いて馬車の天井を見上げた。ギィッと音を立てる木の継ぎ目を眺めながら、「この板、ちゃんと止まってんのか?」みたいな顔をしていて、ちょっと笑いそうになった。
その横では、ボリスが「へへっ、これこれ~」と笑いながら、どこからか取り出した新聞紙を広げていた。……いや、どこから出したそれ。しかも裏面で器用に紙相撲折ってるし。
「いや~、こりゃもう英雄の凱旋ってやつだねぇ。ユーリ坊、サインの練習しとく?」
「だから英雄じゃないって!」
「雷の王子、ついにご帰還~!……って見出し、俺的には満点だな!」
「勝手に新聞作るなよ!」
はぁ、と小さくため息。
この人と喋ってると、なんかこう、常にペースを乱される。言っても聞かないし、聞いても言い返されるし……話してるだけで体力削られてく感じだ。
しかも本人は楽しそうに紙相撲をぽこぽこ動かしてるし。
――やっぱり、ボリスと会話するのって、めちゃくちゃ疲れる。
母さんが荷台の奥でお弁当の包みを開きながら、優しく、しかしはっきりと一言。
「ボリスさん、食べる前に静かにしてくださいね~」
「はーい!」
完全にお母さんの声に勝てないボリス。
(……これが、平和ってやつか)
いやもうほんと、これくらいのテンションで日常が続いてくれればいいのに。
道中、しばらくはのんびりとした時間が流れた。
馬車の車輪が草地を踏む音。鳥のさえずり。木々の葉が風で揺れる音。
「……あ、そうだ!」
ボリスが急に何か思い出したように手を打った。
「ユーリ坊、帰ったらまず何がしたい?」
「えっ?」
「お祝いだよお祝い! 英雄の帰還には宴が付き物じゃ!」
「いやいやいや、宴はちょっと! 静かに帰らせて! あの、こっそり! ステルスモードで!!」
「もう遅いって。村にはもうバラしちゃったし。雷の王子ご帰還でーす!って感じでさ!」
「バラしてるじゃん! しかもその言い方やめてぇぇ!!」
馬車の中で、俺の叫びが響いた。ガレスは「ま、今更止まらんだろ」とあきらめた顔でお茶をすすっていた。俺も飲みたい。
そして――エルデン村が見えた時。
(あれ……? なんか……人、多くない?)
村の入り口が見えた瞬間、俺は思わず目を見開いた。
道の両脇に、ずらりと村人たちが並んでいた。小さな子どもからお年寄りまで、見慣れた顔がそこにある。誰もがまっすぐ俺を見つめていて、口々に何かを言っているのが、遠くからでもわかった。
「ユーリだ!」
「本当に帰ってきた!」
「よく、帰ってきてくれたなあ……」
そんな声が、馬車の音に混じって耳に届く。
村人たちの表情には、驚きや安堵、それから……温かな笑顔があった。
思わず、ごくりと喉が鳴った。胸の奥が、ゆっくりと熱くなっていく。
(……俺、こんなふうに迎えられるなんて、思ってなかった)
ただ無我夢中で、あの子達を助けたくて動いただけだ。怖くて、痛くて、苦しかったけど……それでもやってよかったんだと、今、この空気が教えてくれた。
隣の母さんが、そっと俺の肩に手を添えた。
「……誇っていいのよ、ユーリ」
その一言に、堪えていたものがこみ上げそうになる。でも、今は笑っていたい。
俺は、まっすぐ前を見た。歩いて、村へ――俺の場所へ、帰ろう。
馬車の停車と同時に拍手と歓声があがった。
「ユーリくん、おかえりーー!!」
「すごいな、本当に倒したのか!」
「雷の王子だって!? マジ!?」
「いやぁ~、いい感じになってきたじゃん?」
横で誇らしげに胸を張るボリスを見て、もう俺は目を閉じた。見なかったことにした。
一歩踏み出したとたん、思わず足が止まった。村のみんなが、俺を見て微笑んでいる。中には目を潤ませている人もいた。
そして、人混みの中からティオの母さんが近づいてくると、俺の前でぺこりと頭を下げた。
「……うちの子を、助けてくれてありがとう、ユーリくん。あの日、あの子が戻ってこなかったらと思うと……今でも、足が震えるの」
「僕……そんな、大したことはしてないです。ただ、偶然見つけて――」
言い訳のように返しかけたけど、その声はすぐに他の親たちの言葉にかき消された。
「うちのハルトも、あの日からずっとユーリが来てくれたって……本当に、ありがとう」
「ミアも、もう怖くないよって笑ってたよ。あなたが守ってくれたって」
「ルッカが、ずっと英雄みたいだった!って話してたの。きっと、一生の思い出になるわ」
感謝の言葉は途切れることなく、ひとつひとつ、俺の胸に染み込んでいった。子どもたちも手を振ってくれる。照れくさくて、逃げ出したいくらいだったけど――不思議と、足はその場にしっかりと立っていた。
心の奥が、ほんのりと温かくなる。
(……帰ってきてよかった)
誰かのために動いたことが、こんな風に届くんだ。たった一人で森に入った自分を、無謀だと怒る人がいてもおかしくないのに、こうして受け入れてくれる場所がある。
ここが、俺の帰る場所なんだと、あらためて実感した。
……まあ、自警団の人たちと母さんと父さんから、しこたま怒られたんだけど。
「ユーリ!」
――その声は、騒がしい村の中でも、すぐにわかった。
「あ……!」
振り返れば、そこにはリノアの姿。
ふわふわの栗色の髪が、走ってくるたびに陽の光をはねて揺れてる。まっすぐな瞳が、俺だけを見ていて――
「ユーリっ!」
次の瞬間、飛び込んできた。
「わっ……!」
そのまま、俺の胸に顔をうずめて、しばらく黙ったまま。
「……無事で、よかったぁ」
小さくそうつぶやくリノアに、俺はそっと手を伸ばした。
「……ただいま、リノア」
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