社畜の異世界再出発

U65

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第36話 見回り

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「よし!こっちも異常なし!」

ロイの威勢のいい声が、道の向こうから響いてくる。俺はというと、石垣の陰にしゃがみ込んで、地面に残る足跡をじっと見つめていた。

「……人間の足跡だけど、ちょっと歪んでるな。重い荷物でも持ってたのかな」

自警団の見回りっていうと、最初は「ただの散歩じゃん!」って思ってたけど、実際やってみると意外と忙しい。畑の柵が壊れてないか、納屋の戸がちゃんと閉まってるか、村の人たちが困ってないか――確認することは山ほどある。

今日の担当は、ロイとミレイナと俺の三人。ちなみに、リノアとメアリは今日は剣の訓練中。2人とも本気で取り組んでて、特にリノアの意欲はすごい。……うん、ちょっと寂しいけど、なんか負けてられないなって思う。

(そういえば、ハルトもティオも、なんだかんだで真面目にやってたっけ。口では文句言いながらも、結局ちゃんと頑張るタイプなんだよな。――あ、でもそれはハルトだけか。ティオは最初からちゃんと真面目だった)

「ユーリ、こっちは問題なさそうだ。戻ってこい」

「はーい!」

俺は立ち上がり、手についた土をパンパンとはたいてから、軽く走って合流した。

「その顔……けっこう真面目に見てたな?」

「足跡があったから。人間のだけど、ちょっとバランス悪い感じだったんだ」

「お、ちゃんと見てるじゃん。偉いぞ」

ロイが、ぽんぽんと俺の頭を撫でてくる。……子ども扱いなのは否定できないけど、素直に嬉しい。

そのとき――森のほうから、風に乗って妙な音が聞こえた。

ガサッ、ガササ……という、枝が擦れるような、低い唸り声のような。

「……ロイさん」

「ああ、聞こえた。こっち来い、ミレイナ!」

ロイが手で合図を送ると、すぐにミレイナが木立の上から飛び降りてきた。彼女はいつも通り、すばやく地面に着地すると、すぐさま周囲に目を走らせる。

「南東の林のほう。小型……いや、中型未満の反応が一つ。こっちに向かってきてる」

「魔獣か。今日は静かすぎたもんな。そろそろ来ると思ってた」

「どうする?」

「追い払う。村に近づく前に処理する。ユーリ、来れるか?」

「もちろん!」

腰の木剣を静かに抜き、足を一歩前に出す。
目の前の魔物を見据えながら、深く息を吐いた。

――もう慌てることはない。

全員が頷き合うと、俺たちは林へと足を踏み入れた。


空気が一気に変わる。

林の中は静かで、それが逆に緊張感を高めた。鳥の声も止み、木々の葉が風に揺れる音だけが響いている。

「いた」

ミレイナの声。その指差す先にいたのは、灰色の毛皮に身を包んだ四つ足の魔物――“スナッグウルフ”。

(あれは……スナッグウルフ。たしか、魔獣の中でもEランクで、単体なら脅威はそこまで高くないって教わったやつだ)

耳が鋭く、聴覚に優れていて、すばしっこい。あと、確か……群れで行動することもあるけど、稀に一匹で村近くに現れる個体もいるって、ミレイナが言ってたな。

牙も鋭く、突進力は侮れないけど――問題なく対応できる相手だ。
Dランクほどではないが、牙と爪が鋭く、油断すれば怪我では済まない。おまけに動きも素早い。
ちゃんと構えて、冷静にさばけば対処できる。要は、調子に乗らず、いつも通りやればいい。

「正面は俺が。ユーリは右へ回り込め。ミレイナは左から射線確保」

「了解」

ロイさんが戦気を纏い、剣を引き抜く。その瞬間、空気がピリッと震えた。

俺も足を踏み出し、体勢を低くして右へ回り込む。スナッグウルフは俺たちの気配に気づき、低く唸り声をあげて体を沈めた。

――来る!

「わっ!!」

跳ねるように突進してきたスナッグウルフ。地面を蹴り、まっすぐロイに向かってくる。

が――

「遅いな」

ロイの声と同時に、鋭い一撃が走った。刃が風を裂き、スナッグウルフの足元を正確に捉える。

「今だ、ユーリ!」

「うんっ!!」

俺は迷わず、剣を振り上げて突っ込んだ。小さな体を活かして、脇腹の下に潜り込む。戦気を――乗せる!

「雷閃っ!!」

木剣の刃が、光を帯びて一閃する。
鋭く踏み込んだその一撃が、スナッグウルフの脇腹を正確に捉えた。

力を乗せた一撃が、硬質な手応えと共に魔物の動きを断ち切る。
スナッグウルフは呻き声をあげ、その場に崩れ落ちた。

しばらく身構えていたが、動く気配はない。
やがて静寂が戻り、俺は息を整えながら剣をおろした。

「……ふぅ。倒した、か」

(うん……やっぱり、ちゃんと見えてたし、体も動いた。戦気も、乗せられた。大丈夫。落ち着いて戦えてる)

「……やるじゃねぇか、ユーリ」

そう言いながらロイが近づいてきて、ぽんっと俺の肩を叩いた。その手はしっかりとした重さがあって、なんだか――嬉しい。

「戦気も、ちゃんと通ってたな。まさか一撃とはな……いや、成長してるのは見てたつもりだったけど、こりゃ予想以上だ」

眉を上げて、ちょっとだけ驚いたように笑ってる。その顔を見て、「やっと一人前扱い?」なんて言いたくなる気持ちを、ぐっと飲み込んだ。

……でもそういえば、最近ユーリ坊って呼ばれなくなった気がする。ってことは、もしかして――ほんとに、一人前扱いされてる……のか?

「ありがとう。でも……自分だけでも対応できるって、ちゃんと分かってたつもり」

そう言うと、俺の後ろ――少し距離をとった位置で、弓を構えていたミレイナさんがにこりと頷いた。

「ふふ、私の出番はなかったみたいね。見事だったわ」

淡々とした声の中にも、確かな信頼がこもっていて、思わず背筋が伸びる。

「……でも、ミレイナさんが後ろにいてくれるってだけで、安心感が違う。いつもありがとう」

「どういたしまして」

ミレイナは、静かに弓を肩に戻した。余裕のあるその所作に、経験の深さがにじんでいて、自然と背筋が伸びる。

見回りの後、村に戻る道すがら。

村の子どもたちが、広場で遊んでいた。ルッカが縄跳びで何回飛べるか競っていて、ミアちゃんがその数を真剣に数えている。

リノアが俺を見つけて駆け寄ってくる。

「ユーリ! 見回りおつかれ! 怪我してない!?」

「心配しなくても平気だよ。Eランクだし、もう冷静に対処できるよ」

「それでも心配なのっ!」

ふくれっ面のリノアに苦笑しつつ、ふと空を見上げる。

青く澄んだ空。どこまでも穏やかな風景。

だけど、そこに忍び寄る影があるなら
――俺は、それに気づける目を持ちたい。

守るために。大切なこの時間を、続けるために。

そして――いつか、魔法も使えるようになりたい。

剣術と、戦気と、そして魔法。そのすべてを手に入れて、誰かを守れる存在になれるなら――それだけで、前の人生とはまったく違う意味がある気がする。
前の人生は、誰かの役に立ってたのかどうかも、正直よくわかんなかったから。

見上げた空の青は、今日も変わらず、静かに広がっていた。
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