【完結】愛してるなんて言うから

空原海

文字の大きさ
55 / 96
第2部

20 いまさら隠し立てすることもないでしょう

しおりを挟む
「わたしも叶うのならば、アラン様とだけ踊っていたいですわ。幼い頃そうであったように」

 アラン様と婚約してから、それぞれの誕生日で開かれる、それぞれの家でのパーティーでお互いに相手を務めてきた。
 アラン様もわたしも、他の大人達と踊ることはなく、二人でいつまでも踊っていた。

「そういえば、メアリーと踊るのは久しぶりだな」
「ええ。一昨年のバースデーパーティー以来ですわね」

 誕生日パーティーに限って、前カドガン伯爵と真珠姫は居を同じくする別邸から出た。
 二人揃って会場入りすることはなく、それぞれエスコートを別にして参加していた。

 前カドガン伯爵はカドガン伯爵タウンハウスまでお母様を迎えにこられる。
 真珠姫はウォールデン分家屋敷へ戻り、お父様と。
 本来あるべき伴侶を相手として。

 その当然の振る舞いを否定するほどには、恋に盲目ではないのだな。と、これまで冷ややかに見てきた。
 子供の誕生日にだけ取り繕おうとする彼等に不快感を隠しきれずに。

「……アラン様はいつからご存知でいらしたの?」

 腰に回された手がぴくりと動く。
 アラン様の表情は変わらない。
 ドレスの触れない距離を取りながら人々は笑みを浮かべて華やかに舞い、楽団は優雅なメロディを奏でている。

「何のことだ?」

 思わず顔を顰める。目を眇めて騙されないぞ、と訴える。

「今更わたしに隠し立てすることもないでしょう。アラン様のご計画はうまくいったのですし。そうでしょう?」

 アラン様は決まりが悪いのか、小さく目をそらす。
 傍から見ればわからない程度で、ダンスに興じる方々は、わたし達が息ぴったりのダンスで見つめ合って踊る、仲睦まじい婚約者同士に見えていることだろう。

「あの断罪劇。どなたとご一緒にご計画なされたの?前カドガン伯爵?真珠姫?」

 アラン様の目が許しを乞うワンちゃんのように揺れている。
 くっ……! そんな目をされたからといって、絆されませんよ!

「……怒ってるのか?」

 しょぼんと項垂れるアラン様。そのお姿にはっとする。

「もしかして……お父様も噛んでいるの?」
「………………うん」

 うん?! うんですって?
 まぁまぁまぁまぁ!
 なんてお可愛らしい!

「あの男を除籍する前に、話を通す必要があったからな。……たが」

 悔恨を滲ませるかのように、アラン様が下唇をかむ。

「メアリーの出生についてこの場で知らせる予定はなかった。それはもっと落ち着いて、いずれ俺がメアリーに伝えようと、」
「アラン様では無理ですわ」

 一刀両断すると、アラン様は項垂れた。
 見えないお耳がペタリと下がり、見えない尻尾が萎れて地につくのがわかる。キューンと鳴いている。

「……確かに、伝えなかった……かも……」
「かもじゃありません。絶対にアラン様には出来ません。業を煮やしたお父様から聞くことになったのではないでしょうか。悪意ある噂話がわたしの耳に入る前にと。
 お父様ご自身の口で、わたしがお父様の血を継いでいないなどと……。そうなればお父様のご心痛はいかほどだったことでしょう……。お可哀想なお父様……」

 目を伏せてふっと嘆く真似をすると、アラン様は慌てられた。

「いやっ! でも! ……そもそも噂話が立ち上らなかったかも……」
「本気で仰ってます? あの人がそんなことを許すとでも? ウォールデンの破滅のために生きてきたようなものなのに?」

 アラン様はとうとうダンスのステップを間違えるほどしょぼくれてしまわれた。

「……今回のことは、あの男にはほとんど知らせていない。この夜会に登場早々、騒ぐようにとは伝えてあるが」
「あら、なぜそんなことを?」
「アボット侯爵とアスコット子爵を取り持つため……という建前と、精算のためだな」

 精算。少々不穏な言葉に首を傾げる。

 楽団の奏でる華麗なメロディがクライマックスに到達しようと、華やかに膨らみ広がっていく。
 アラン様がくるりとわたしの体を回転させ、ドレスがふうわりと広がってゆっくりと落ちていく。
 ぐっと腰を引き寄せられ、重ねた指先にアラン様の指が絡んだ。

 ホール中に響き渡る、甘く精緻な技巧と壮大で大胆な管弦楽器の音色が最高潮を迎える。
 アラン様に促されて足を踏み出し、ライトランジでステップを終えた。
 それから離れて互いに礼をする。

 次のダンスのお相手をと視線を走らせると、アラン様に手を掴まれた。

「先の騒動で、下世話な視線を向ける男もいるだろう。俺の方に寄ってくる令嬢はいないだろうが、メアリーにはおそらく集う虫がうじゃうじゃいる。今夜は俺のために社交しようなどと考えるな。ブティックのためであっても、情勢が落ち着いてからの方がいい」

 他の方と踊るなということでしょうか。アラン様の目を真っ直ぐに見返す。

「踊りたい者がいるなら止めるつもりはない。だが警戒はしてほしい」

 周囲の人々はざわざわと次の相手を探したり、休憩を求めてフロアから外れていったりと移動したりお喋りを交わしている。

 横目にアンジーとエインズワース様のお姿がちらりと見えた。
 エインズワース様の腕にアンジーが手を重ねてやってくる。

「わかりました。次はエインズワース様と踊ることにいたします」
「……俺ともう一度踊ってもいいんだぞ?」

 クゥンと切ない鳴き声が聞こえてきそうなアラン様が、こちらを伺うように覗き込まれたとき、アンジーの溜息混じりの呆れ声がした。

「何を馬鹿なことを言っとるんじゃ。この場で続けて踊れば、先の騒動を皆に思い起こさせることになる。ルド、メアリーと踊ってやれ」

 エインズワース様は頷くとウィンクを寄越され、お手を差し出された。
 アラン様が苦虫を噛み潰したようなお顔をなさる。

「僕では物足りないかもしれないけど。メアリー嬢、僕にもその手をとる機会をもらえるかな?」
「ええ。お願いいたします」

 エインズワース様の手を取り微笑むと、アンジーの溌剌とした声が聞こえてくる。

「ええい、妾を前にダンスを申し込まないとは、なんたることじゃ。ほれ、早う手を出せ!」

 後ろをチラリと振り返ると、アラン様が慌ててアンジーに手を差し伸べていた。

「まったくお互いさまだというのに」

 エインズワース様はアラン様を一瞥すると「あんなに射殺さんばかりに睨まれてもなぁ」と苦笑された。
 同意を求めて「そう思わない?」と、おどけてぐるりと目を回されるので、わたしはわざとらしく眉根を寄せて切なげに見えるよう表情を作る。

「まぁ……。そうだったんですの? せっかく麗しのエルフの君の方と踊れるのかと、わたし、とても楽しみでしたのに……。エインズワース様は嫌嫌でしたのね。悲しいですわ……」

 エインズワース様はぱちぱちと目を瞬くと、ニイッと悪戯なお顔をなさる。

「いいや? 僕も楽しみだよ、メアリー嬢」
「まあ、嬉しい」

 にっこりと微笑みかけるとエインズワース様はフロアの中ほどまで進んだところで止まり、向き合われた。

「どうにも君は守られるだけのお姫様ではいてくれないみたいだね。男としては寂しいが……」

 エインズワース様の腕にのせていた手を離し両腕を広げる。
 右手をエインズワース様の左手に重ね、左手をエインズワース様の肩へ。
 エインズワース様が優美な微笑を浮かべてホールドを張られる。

 さすがファルマス公爵令息。
 場馴れされているだけあって、安定感のあるホールド。踊りやすそうだわ。

「……友人としては大歓迎だ。未来のカドガン伯爵夫人」
「光栄ですわ、未来のレッドフォード侯爵様」

 楽団が少しアップテンポの可愛らしく華やかなメロディを奏で始めた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

見ているだけで満足な姫と死んでも触りませんと誓った剣士の両片思いの恋物語

まつめ
恋愛
18歳の近衛兵士アツリュウは、恋する王女の兄の命を救ったことで、兄王子の護衛官になる。王女を遠くから見られるだけで幸せだと思っていた。けれど王女は幼い頃から館に閉じ込められ、精神を病んだ祖父の世話を押し付けられて自由に外に出れない身だと知る。彼女の優しさを知るごとに想いは募る。そんなアツリュウの王女への想いを利用して、兄王子はアツリュウに命がけの戦をさせる。勝ったら王女の婚約者にしてやろうと約束するも、兄王子はアツリュウの秘密を知っていた。彼は王女に触れることができないことを。婚約者になっても王女を自分では幸せにできない秘密を抱え、遠くから見るだけでいいと諦めるアツリュウ。自信がなく、自分には価値がないと思い込んでいる王女は、アツリュウの命を守りたい、その思いだけを胸に1人で離宮を抜け出して、アツリュウに会いに行く。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。 だけど今回は無理だった。 突然の婚約。 え?なんで?嫌だよ。 幼馴染のリヴィ・アルゼン。 ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの? 好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。 なのに気がつけば結婚させられて…… 意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。 戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。 なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて…… 「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。 リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど…… ◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。 申し訳ありません。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...