あなたの瞳に私を映してほしい ~この願いは我儘ですか?~

四折 柊

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5.自分なりの誠意

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 サイラスは予想外の事態に遭遇することを嫌う。毎日の行動は前日の夜にある程度考えていて出来る限りその通りに進める。もちろん計画通りに行かないこともあるので多少の臨機応変さは必要だが不測の事態も考慮して計画を考えている。

 だからシャルロッテと会う時も計画を立てている。週に一回、決まった曜日に決まった時間。家で過ごすか外出するか、天候もチェックして決めている。シャルロッテはサイラスの考えた予定を嬉しそうに聞いてくれる。

「ここのカフェは私のお気に入りだ。静かでゆっくりできる」

「趣があって素敵ですね」

 シャルロッテは物珍しそうにきょろきょろと店内を見渡す。木造の少し古びた建物は令嬢が入るには躊躇うだろう。若い女性客は殆どいないのでその分かしましい声を聞かずに済む。常に空いているのも気に入っていた。

「コーヒーとクリームソーダ―を頼む」

 サイラスが座るなり給仕に注文するとシャルロッテは不思議そうに首を傾げた。メニューを開きかけていたようだった。

「女性はクリームソーダ―が好きだろう?」

「そう、ですね……」

 ソフィアがクリームソーダ―が大好きだと言っていたことを思い出し、シャルロッテも好むはずだと注文した。我ながら気が利いていると思う。ちなみにサイラスはこの店では必ずブラックコーヒーを飲んでいる。コーヒーと言えばここの店だ。実はメニューごとにお気に入りの店がある。

 シャルロッテとは家の都合の婚約だ。そこに愛情が芽生えなくてもサイラスは自分なりの誠意を示そうと、婚約者としての義務を果たすべく会うときは必ず白薔薇の花を渡した。念のため『婚約者の取るべき行動』という貴族の男性向けのエッセイを読んだ。それを参考にしているがサイラスの行動は間違っていなさそうだ。

 そこには「贈り物を選ぶことに困ったら身近な女性の意見を取り入れるとよい」と書かれていた。サイラスは母親を早く亡くしているので身近に相談できる女性はいない。女性不信なので相談できるような気心が知れた女性の友人もいない。だが、ソフィアへの恋心を自覚してから彼女の趣味趣向を知りたいと思い意識的に聞き耳を立てていた。その時の情報を参考にしてシャルロッテをデートに誘っている。

 シャルロッテもサイラスとの距離を縮めようとしてくれているのを感じる。自分の話を真剣に聞き、サイラスの好む本に興味を示し読む。その感想を語り合う時はつい熱くなってしまった。彼女と過ごす時間は穏やかで心地よかった。恋心こそ存在しないが彼女は信頼できる友人のような存在になりつつあった。この時点でサイラスにとってシャルロッテは恋愛の対象ではなかった。

 シャルロッテの話だと学園に在学中に彼女を助けたことがあるらしいが全く記憶になかった。それでも感謝をされると悪い気はしない。もしかしたら彼女は自分に好意を抱いているのかもしれない。もし好きだと言われても気まずくなってしまうし、彼女の気持ちには応えられないので確かめたことはない。

 申し訳ないがサイラスの心にはすでに一人の女性が住んでいる。ロケットペンダントを拾ってくれた心優しい運命の人。ソフィアだ。気持ちを伝えたこともないし、何の約束もしていない。彼女には自分より家格の高い婚約者がいる。報われない恋だがサイラスにとっての初恋なので簡単には手放せない。シャルロッテのことは大切にする、だからソフィアへの思いを持つことを許してほしい。

 サイラスはエイベル・ガルシア公爵がソフィアに相応しいとは思っていない。公爵はソフィアを見初め権力で婚約を結んだ。そう考えるにはもちろん理由がある。ガルシア公爵は地位も金も権力もあるが今まで婚約者の候補となる女性は一人もいなかった。それは彼の見目にある。一般的な評価としていわゆる不器量なのだ。身長は低く小柄なソフィアとほぼ変わらない。鼻は上を向き目は細く体質なようで顔に出来物もある。本人もそれを気にしているのかいつも不機嫌そうな顔をしている。そんな表情でいれば女性には好かれないだろう。

 ガルシア公爵はソフィアとの縁談を結ぶためにキャンベル伯爵家に支度金として多くの金を渡した。ソフィアに断るすべはなかったのだ。彼女の気持ちを想像するとサイラスは胸が痛んだ。自分が救ってやれたらと想像したが、力のあるガルシア公爵家に逆うことはできない。サイラスに出来ることはそっとソフィアを見守ることだ。
 そうやってソフィアへの気持ちを秘めたままシャルロッテとの交流が恙なく進み、一緒に夜会に行くことになった。

「サイラス様。シャルロッテ様にドレスを手配したほうがよろしいかと存じます」

「そうか。だがドレスのことはよく分からないな。任せるから適当に送っておいてくれ」

「できればサイラス様が選んで差し上げたほうがお喜びになると思います」

 そういうものだろうか。執事の進言は最もだが気が進まない。もし贈る相手がソフィアだったらと想像する。彼女は美しいからどんなものでも似合うだろう。だがシャルロッテに似合うものを選べる自信はなかった。

「いいや、まかせる」

「かしこまりました」

 夜会当日、迎えに行くとシャルロッテは美しく着飾っていた。特に目を引くのは背中を流れるチョコレートブラウンの髪だ。ソフィアを彷彿とさせるその髪に胸が高鳴る。冷静さを保つためシャルロッテから目を逸らしながら手を差し出し彼女を馬車へとエスコートをした。

 会場に着いてまずは主催者に挨拶へ行く。そのままホールへ向かいダンスを踊った。いつものシャルロッテよりキラキラしていて目のやり場に困る。目を逸らし視線を彷徨わせるとそこにソフィアを見つけた。サイラスの頭の中はその瞬間、ソフィア一色に染まる。
 彼女はガルシア公爵の隣に曇った表情で立っていた。ソフィアの胸中を思い切なくなる。そして嫉妬心が湧き起こる。彼女の隣は自分こそ相応しいのにと苦いものが込み上げる。見なければいいのにどうしても目が離せない。
 ふいにサイラスは手を強く握られた。我に返り視線を向ければシャルロッテが不安気に瞳を揺らしていた。よそ見をしていたことを咎められてしまった。
 今はシャルロッテとダンスの最中だった。明らかに失態だ。自分はうまく隠しているつもりでいたが、彼女に感づかれてしまったのだろうか。後ろめたい気持ちをどうにか笑みを作り誤魔化す。

「許しません。でも、アンジェリカのフルーツタルトを買って来て下さるのなら今回は見逃してあげますわ」

「もちろん。必ず買って届けよう」

 可愛いおねだりにそれほど怒っていないようだと安心する。翌日は執務が立て込んでいたので従者に買いに行かせ届けさせた。喜んでいたと従者が言っていたのでほっと息を吐く。きっと機嫌を直してくれたのだろう。
 ソフィアへの思いを消すことは出来ない。だからといってシャルロッテを蔑ろにするつもりはなかった。それでも夜会に出るたびにソフィアを探してしまう。

 ソフィアと直接話すことがない分、サイラスの頭の中で勝手に自分の求めるソフィア像が作られていく。妖精のように美しく健気な彼女がガルシア公爵の隣で悲嘆にくれている。時折ソフィアがこちらを見る。気のせいではないと確信している。今、自分とソフィアは見つめ合っているのだ。そう思うとサイラスの気持ちも盛り上がる。きっと彼女はサイラスに救いを求めている。でも自分には何も出来ない。その現実はまるで引き裂かれた恋人同士のようではないか。サイラスは都合のいいように妄想し悲劇の主人公の気持ちになって酔っていた。自分のソフィアへの思いは誰にも知られていないと信じていた。
 そんなある日、父に呼ばれた。

「サイラス。行動に気をつけろ。自分の立場に相応しい行動を取れ」

 何を言われているのか分からなかった。自分は非常識な行動はとっていない。シャルロッテとは親交を深め贈り物もしている。ソフィアには近づくこともせずそっと見守るだけだ。

「もちろんそうしています」

 父は眉を寄せ溜息を吐きそれ以上は何も言わなかった。
 翌日、仕事で街に出たついでにシャルロッテに何か贈ろうと店に寄った。きっと父に言われた言葉が心に引っかかっていたからだ。そこは女性の装飾品を扱う店だった。少しうろうろと見渡し何を選べばいいか迷う。ちょうど目線の棚にいろいろな花の形の髪飾りが並んでいた。女性が喜びそうだと髪飾りに決めた。一つずつ眺めていくと真っ白な薔薇を模った髪飾りを見つけた。

 それを手に取り想像する。きっとチョコレートブラウンの髪に似合うはずだ。無意識に頭の中に思い描いたのはシャルロッテの髪なのかソフィアの髪なのか自分でも分からなかった。
 
 シャルロッテに髪飾りを渡せば嬉しそうに受け取った。サイラスは自分の選んだ品に満足していた。
 シャルロッテは髪飾りを気に入ってくれたようで、次の夜会でさっそく髪につけてくれた。

「サイラス様。先日頂いた髪飾り、ドレスと似合っていますか?」

「ああ、似合っているよ」

「ありがとうございます」

 シャルロッテの後ろに回り一歩下がる。白薔薇の髪飾りがチョコレートブラウンの髪に映えてよく似合っている。想像通りだとサイラスはうっとりと髪を一束手に掬う。「綺麗だ」思わず口から感嘆の声がこぼれる。
 
 お礼を言って笑みを浮かべたシャルロットの表情が曇っていたことにサイラスは気付いていない。自分はシャルロッテに誠実に接している、そう信じて疑わなかった。





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