あなたの瞳に私を映してほしい ～この願いは我儘ですか？～

17.社交って大変

　フィンレー公爵家の縁戚の問題は根が深い。歴代当主たちは存外一族を愛していたらしく、問題を起こしても決定的な粛清をしなかった。
　シャルロッテは利益以上に足を引っ張るような家は切り捨てていいと思うが、自分は公爵家の血が入っていない分冷めた考え方をしているのかもしれないと思い直した。血統への愛情や執着の深さは人それぞれだ。
　それでもおじい様はいくつかの家を出入り禁止にはしたがそれだけだ。どうみても血を重んじすぎる当主たちの甘さが長く公爵家の膿を内包させたとしか思えない。その皺寄せを私たちが受けているわけだ。

　ジョシュアのお義母様ルーナは特に辛い思いをしてきた。
　ルーナはギャレット侯爵家の末っ子として大切に育てられた。何故なら体が弱かったからだ。その為、領地で安静に過ごし社交界には出ておらず婚約者もいなかった。ご両親は無理に結婚して体を損なうことを心配し結婚させず領地でゆっくりと療養させるつもりだった。それをたまたまギャレット侯爵領を訪れたお義父様がお義母様を見初めどうしてもと望まれて結婚した。深窓の令嬢で満足に社交もしたことのない女性がフィンレー公爵に嫁入りするのは大変だったはずだ。当時の社交界では運命の愛と騒がれたそうだが、お義母様は苦労しながらお義父様を支え家を守ってきた。とても尊敬している。

　お義母様は子供をジョシュア一人しか授からなかったので、そのことを責める人間がいる。シャルロッテは声を大にして言いたい。「余計なお世話だ」と。ジョシュアがいれば十分なのに、文句をつけてはお義父様に愛人をあてがおうとする。今でもジョシュアと自分の娘を結婚させたいと思っている人間は、シャルロッテと結婚したくらいじゃ諦めない。皆さん諦めが悪すぎる。

　そんな家に嫁ぐことは普通の令嬢なら心が折れそうだがシャルロッテはそうでもない。子供の頃はこの家で過ごすことが多かったのでおおよその人間関係は把握しているし、おじい様から頂いた心強い本もある。

　どちらかというと「いろんな人間がいて面白いなあ」と日々の出来事を楽しんでいる。
　
　シャルロッテは恋愛相手にだけ及び腰になるが、基本的には神経が図太いようで自分にとってどうでもいい人間には何を言われてもまったくダメージを受けない。
　ジョシュアのことは信頼しているので彼が旦那様なら自分は無敵になれそうだ。

　小さなごたごたはあれど幸せな結婚生活を送れているのだが、それでも地味に憂鬱なことがある。それは夜会だ。
　社交という面ではお義母様のおかげで目上の方々との顔合わせやお付き合いは至って順調だ。たぶん好意的に受け入れてもらっている。
　問題は同年代、もしくは年下の令嬢たちだ。今日の夜会でもジョシュアが離れた途端、二人の令嬢が近寄ってきた。

「シャルロッテ様。今日も素敵なドレスですね。宝石も。でも……シャルロッテ様のお顔には合っていない気がしますわ。私は決してシャルロッテ様を馬鹿にしているのではないのです。むしろシャルロッテ様のことを思ってお伝えしているのです。だって、どう見てもドレスに着られているというか……ジョシュア様と並んでいても痛々しくて心配になってしまいます。気の毒になるほどです。シャルロッテ様はもっと自分を大切にして下さい。もっとあなたを引き立ててくれる、ほどほどの相手を選び直してはどうですか？」

　とっても面倒くさいし言いたい放題だ。令嬢たちは自分の方が美人だと思い、シャルロッテを格下扱いし容赦ない言葉を使う。家の力関係を無視して発言するあたり幼く思慮が浅い。

「リリー様にはそう見えてしまうようですね。でもこれは夫が選んでくれたものなのです。私はとても気に入っていますし、彼も誉めてくれましたわ」

　ジョシュアのことを「夫」と言うと令嬢たち、リリー様とエミリ様は顔を顰めた。二人は十六歳なのだが最近の年下の子の攻撃は斬新だ。正面切って罵倒するとかワインをかけるような行動はとらない。口での攻撃だけなのだが地味すぎて反撃しにくい。最初は面白いと聞いていたがそろそろうんざりしてきた。

「ジョシュア様が？　そうなのですね。ジョシュア様は何か呪いにでもかかっているのかもしれません。いい祈祷師を紹介しましょうか？」

「…………」（呪いのせいでジョシュアが私を好きになったというの？）

「それなら私に対処できるかもしれませんわ。実は私には霊感があるのです。今ここでシャルロッテ様を見て差し上げますわ」

　エミリ様に霊感があるのですか、そうですか……。

「シャルロッテ様、ぜひ見てもらった方がいいですわ。さあさあ、エミリ様」

「ええ。お任せください」

　シャルロッテの返事を待つことなく二人は強引に話を進めるので様子を見ることにした。エミリは目を細めシャルロッテの全身を見つめると瞳を潤ませ体を震わせた。

「ああ、何ということでしょう！　今、シャルロッテ様の後にご先祖様の霊がいらっしゃいます。そしてジョシュア様とシャルロッテ様が一緒にいるとこの世界に災いが起こると忠告しています。早く世界を救って欲しいと泣きながら訴えています。この悲痛な願いを叶える責任がシャルロッテ様にはあると思いませんか？　どうか世界の為にも……」　

　シャルロッテとジョシュアが結婚したくらいで世界に災いがあるって強引すぎる。彼女たちにかかったら何でも自分のせいにされてしまいそうだ。本当に見えるのならどんなご先祖様なのか聞きたいが、たぶん嘘だ。ならば同じ方法でお返しをするまでだ。エミリの言葉を無視してニッコリと笑いかける。

「まあ、エミリ様。すごい偶然ですわ！　実は今まで内緒にしていたのですが私にも霊感があるのです。お礼にエミリ様を見て差し上げますね」

　シャルロッテはエミリの目をじっと見つめ眉を寄せる。エミリは思わぬ言葉に怯え一歩下がった。

「エミリ様！！　大変です。あなたの後に青白い顔をした血まみれの騎士の亡霊が立っています！　しかもあなたの肩に手を乗せている……。このままではエミリ様は……」

　声を落とし囁けばエミリが目を見開いた。

「ええっ？？　うそ、いやああああああああああああ！！」

　エミリは真っ青になると叫びながらしきりに自分の肩を払っている。本当に霊が見えているのなら自分についている霊にも気付くはずでは？

「シャルロッテ様！　お願いです。助けて！　こわいいいいいい！！　いや――――――！！」

　エミリ様は涙と鼻水で顔がグチャグチャだ。ちょっとやり過ぎてしまったようだ。

「エミリ様。落ち着いてください。今祓って差し上げますから」

「早く、早くして下さい！！　はやくしてえ～」

「タイスガカナオ」

　シャルロッテは両手を組んで呪文を唱えエミリの肩をポンポンと叩いた。

「さあ、もう大丈夫ですよ」

「ほんとう？……えっぐ、えっぐ、ありがとうございます……。わたしこわいのできょうはかえります……」

「お気をつけて」

　エミリはハンカチで目を押さえながら両親の元へよろよろと歩いて行った。そういえばリリーはどこに行ったのかと目で探せば離れたところにある柱にしがみついて震えている。

「ロッティ。大丈夫？　何かあった？」

　エミリの叫び声が聞こえたようでジョシュアが心配して駆けつけてきた。

「大丈夫。なんでもないのよ。でも心配をかけてごめんなさい」

「ロッティが無事ならいいよ。この後は一緒にいるから」

「うん、ありがとう」

　もちろんシャルロッテに霊感はないが、あんなことを言われたら不愉快になる。だから彼女たちにも同じ気分を味わってもらおうと言い返したのだが効きすぎてしまった。
　シャルロッテはそっと溜息をついた。自分がされたら嫌なことは人にはしては駄目よということを学んでくれればいいのだが……。いつまでこういうことが続くのかと遠い目になってしまう。