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1.私の心についた名前
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私たちが一緒にいる理由はなあに?
あなたにとってはただの腐れ縁?
私は違う。私の心には片思いという恋の名前がついている。
他人が私たちの関係に名前をつけるとしたら間違いなく友人だと思う。
そして……彼もそう思っているはず。
「私はこのままずっと彼の側にいたい」
そのためには想いを告げて両想いになるしかない。あるいは、このまま良き友人のままでいる方法もある。でもそれは彼に恋人ができたら、友人として祝福するということだ。
「それは嫌。きっと、できない……」
彼には幸せになってほしい。けれど私の知らない女性を愛おしそうに見つめる姿を、側で見守ることは耐えられない。それなら玉砕覚悟で告白した方がいい。
今まで彼が私をどう思っているのか問いかけたことはなかった。だって聞かなくてもわかっている。気安い友人で、それ以上でもそれ以下でもない。長い時間一緒に過ごしてきたけれど、思わせぶりな態度はなかった。自信を持って言えるほど私たちには適切な距離があった。
今まではそれでもよかった。側にいられるだけで幸せだったから。でも二か月後には学園を卒業する。そうしたらお互いに婚約者を探し始めることになる。それは失恋を意味する。どうせ失恋するのなら何もせずに諦めたくない。
私は二人の今までの関係を終わらせる、もしくは新しい関係を作り出す。その一歩を踏み出す決心をした。
♢♢♢
私がヴィクターと初めて会ったのはまだ子供の頃。ある年の新年を祝うための集まりだった。
主催者はヴィクターのお父様であるアルバーン伯爵様だ。私のお父様とヴィクターお父様は仕事で取引をしている。それで招待されたのだ。当然我が家だけでなく他の仕事関係の家族も集まっていて賑やかだった。大人たちがお酒を飲んで話し込んでいる中、子供たちは自由に屋敷の中や庭を探索して遊んでいた。
私はひとりで花壇のお花を見ていた。お庭は大きくたくさんのお花が咲いていた。我が家の庭にはない花が珍しく、しゃがみ込んでうっとりと眺めていた。しばらくそうしていると、青い髪と青い瞳の綺麗な男の子がやってきた。それがヴィクターだった。
「君は花が好きなの?」
「うん、大好き」
「それならこっちにおいでよ。母上自慢の花があるんだ。見せてあげる」
「いいの?」
「いいよ」
私はヴィクターの後をついて行った。そして案内された部屋には大きな植木鉢があった。植木鉢には水が張られていて、そこから顔を出すようにピンク色の花が咲いていた。
「わあ! 可愛い。ピンクのお花さん、こんにちは。お水の中は寒くない?」
私がお花に話しかけるとヴィクターはくすりと笑った。
「スイレンだよ。水の中で暮らしている花なんだ」
「へえ~。スイレンっていうの? すごいね」
私はスイレンに釘付けになった。
「君の名前は? 俺はヴィクター」
「私はキャサリン。お父様とお母様はキティって呼んでるよ」
「ふ~ん。家族だけの呼び名なんだ。じゃあ、俺もキティって呼んでいい?」
「うん、いいよ」
聞けばヴィクターは私と同じ年だった。
その後は一緒に本を読んだりおやつを食べたりして、気づけば仲良くなっていた。
それ以降も季節イベントのたびにアルバーン伯爵家に招待され、ヴィクターと遊んだ。
学園に入学するとクラスが一緒になった。しかも在学中の三年間ずっと。もう、これは腐れ縁といえるかも。私たちは当たり前のように一緒に行動した。ランチや課題もしたし、放課後に買い物やカフェにも行った。それは二人だけの時もあれば他の友人も一緒の時もある。
この頃の私はヴィクターを唯一無二の親友だと思っていた。何でも相談できて安心できる存在。そう、まだ恋をしていると気付いていなかった。
意識したきっかけは二年生になった時のある出来事だった。
その日は朝からちょっと体調が悪いかなと思っていたが、テストがあるので無理をして登校した。なんとか根性でテストを受けたが体調はどんどん悪くなっている。頭が痛くて辛くなってきた。まだ二教科しか終わっていないのに、最後まで我慢できるだろうか。
「キャサリン。どうだった? さっきのテスト難しかったよね?」
「うん。私もわからないところが多かったかも」
隣の席のデイジーに話しかけられて平気なふりをして返事をしたが、実のところ口を開くのも億劫になっていた。
すると急に離れた席にいるヴィクターが私のところに来た。
「キティ。声が変だ。それに顔色が悪い。もしかして体調が悪いのか?」
「え? ううん、大丈夫だよ」
首を横に振り元気に見えように、にこりと笑った。ところがヴィクターは胡乱げに私の顔を覗き込む。そして不機嫌そうにぎゅっと眉を寄せた。
「そうは見えない。医務室に行くぞ」
「え、キャサリン具合悪いの?」
デイジーが驚いている。ヴィクターに促され席を立ったが、目が回ってよろけてしまった。するとヴィクターは私を軽々と抱き上げ医務室へと運んでくれた。
「先生。キティの具合が悪いみたいだ」
「まあ大変。そこのベッドに寝かせて頂戴」
「先生。私はテストがあるので教室に戻ります。キティをお願いします」
ヴィクターは私をベッドの上におろすと、先生に念を押して教室に走って戻っていった。それをぼんやりと見送った。
熱を測ったらかなり高かった。これだけ高ければ眩暈がするのも当然だ。先生が家に連絡してくれたので迎えが来るまで眠って待つことにした。熱があると自覚してしまったらテストどころではなくなってしまった。しばらくすると母が来てくれたのでそのまま馬車で帰宅した。
二日間熱が下がらず三日目にようやく平熱に戻った。でも念のために安静にするようにと学園はお休みをした。
(ヴィクターにお礼を言わなくちゃ)
誰も気づいていなかったのに、私の具合が悪いことをヴィクターだけが気付いてくれた。
ヴィクターの腕は太くて私をあっさりと抱き上げた。その力強さに初めてヴィクターが男の人だと意識した。そういえば子供の頃は「俺」って言っていたのに、いつの間にか「私」と言うようになっていた。声も低くなっていて……。
私の知っているヴィクターと今のヴィクターは同じ人なのに、別人にすら思えてきた。私はヴィクターの成長の変化を意識したことがなかった。意識した途端に心臓がドキドキと騒ぎだした。それからずっとヴィクターのことばかりを考えてしまった。
夕方にヴィクターがお見舞いに来てくれた。
「キティ。大丈夫か? これ課題のプリント」
ヴィクターの手にはプリントとお見舞いの花があった。可愛い白いお花。それを受け取りヴィクターの顔を見た。
すると不思議なことに目の前のヴィクターがキラキラと光って見える。目がおかしくなったのかな? たぶん違う。私、ヴィクターのことを……そこまで考えたら顔が熱くなった。
ヴィクターがじっと私を見る。その視線に恥ずかしさを感じ咄嗟に目を逸らした。
「キティ。まだ顔が赤い。熱が下がっていないんじゃないか? 私はもう帰るから、まだ安静にしているように」
お説教口調なのにヴィクターの手は労わるように私の頭を優しく撫でた。その仕草に胸の奥が甘く痺れる。
「……うん。ありがとう。ヴィクター」
「どういたしまして」
ヴィクターの帰り際に見せたふわりと微笑む表情に、きゅっと胸が締め付けられた。切なくて、でも嬉しくて、不思議な気持ち。
(私、ヴィクターが好きなんだわ)
この日私は恋を自覚した。
とはいえそれを態度に出したり行動に移したりしたことはない。表面上は今まで通りに振舞った。だって急に態度が変わったら不審に思われるかもしれない。それにヴィクターを異性として意識している自分自身にも戸惑っていた。
ヴィクターは私のことをどう思っているのだろう? ヴィクターが私に優しいのは友人だから? もし告白して「そんなこと考えたこともない」と言われたら悲しい。
私はどうしても悪い想像しかできず、それならこのまま友人でいようと決めた。それでいいと自分の心に言い聞かせた。
だけどそれじゃ嫌だと、諦められないと、卒業を目前に気付いたのだった。
あなたにとってはただの腐れ縁?
私は違う。私の心には片思いという恋の名前がついている。
他人が私たちの関係に名前をつけるとしたら間違いなく友人だと思う。
そして……彼もそう思っているはず。
「私はこのままずっと彼の側にいたい」
そのためには想いを告げて両想いになるしかない。あるいは、このまま良き友人のままでいる方法もある。でもそれは彼に恋人ができたら、友人として祝福するということだ。
「それは嫌。きっと、できない……」
彼には幸せになってほしい。けれど私の知らない女性を愛おしそうに見つめる姿を、側で見守ることは耐えられない。それなら玉砕覚悟で告白した方がいい。
今まで彼が私をどう思っているのか問いかけたことはなかった。だって聞かなくてもわかっている。気安い友人で、それ以上でもそれ以下でもない。長い時間一緒に過ごしてきたけれど、思わせぶりな態度はなかった。自信を持って言えるほど私たちには適切な距離があった。
今まではそれでもよかった。側にいられるだけで幸せだったから。でも二か月後には学園を卒業する。そうしたらお互いに婚約者を探し始めることになる。それは失恋を意味する。どうせ失恋するのなら何もせずに諦めたくない。
私は二人の今までの関係を終わらせる、もしくは新しい関係を作り出す。その一歩を踏み出す決心をした。
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私がヴィクターと初めて会ったのはまだ子供の頃。ある年の新年を祝うための集まりだった。
主催者はヴィクターのお父様であるアルバーン伯爵様だ。私のお父様とヴィクターお父様は仕事で取引をしている。それで招待されたのだ。当然我が家だけでなく他の仕事関係の家族も集まっていて賑やかだった。大人たちがお酒を飲んで話し込んでいる中、子供たちは自由に屋敷の中や庭を探索して遊んでいた。
私はひとりで花壇のお花を見ていた。お庭は大きくたくさんのお花が咲いていた。我が家の庭にはない花が珍しく、しゃがみ込んでうっとりと眺めていた。しばらくそうしていると、青い髪と青い瞳の綺麗な男の子がやってきた。それがヴィクターだった。
「君は花が好きなの?」
「うん、大好き」
「それならこっちにおいでよ。母上自慢の花があるんだ。見せてあげる」
「いいの?」
「いいよ」
私はヴィクターの後をついて行った。そして案内された部屋には大きな植木鉢があった。植木鉢には水が張られていて、そこから顔を出すようにピンク色の花が咲いていた。
「わあ! 可愛い。ピンクのお花さん、こんにちは。お水の中は寒くない?」
私がお花に話しかけるとヴィクターはくすりと笑った。
「スイレンだよ。水の中で暮らしている花なんだ」
「へえ~。スイレンっていうの? すごいね」
私はスイレンに釘付けになった。
「君の名前は? 俺はヴィクター」
「私はキャサリン。お父様とお母様はキティって呼んでるよ」
「ふ~ん。家族だけの呼び名なんだ。じゃあ、俺もキティって呼んでいい?」
「うん、いいよ」
聞けばヴィクターは私と同じ年だった。
その後は一緒に本を読んだりおやつを食べたりして、気づけば仲良くなっていた。
それ以降も季節イベントのたびにアルバーン伯爵家に招待され、ヴィクターと遊んだ。
学園に入学するとクラスが一緒になった。しかも在学中の三年間ずっと。もう、これは腐れ縁といえるかも。私たちは当たり前のように一緒に行動した。ランチや課題もしたし、放課後に買い物やカフェにも行った。それは二人だけの時もあれば他の友人も一緒の時もある。
この頃の私はヴィクターを唯一無二の親友だと思っていた。何でも相談できて安心できる存在。そう、まだ恋をしていると気付いていなかった。
意識したきっかけは二年生になった時のある出来事だった。
その日は朝からちょっと体調が悪いかなと思っていたが、テストがあるので無理をして登校した。なんとか根性でテストを受けたが体調はどんどん悪くなっている。頭が痛くて辛くなってきた。まだ二教科しか終わっていないのに、最後まで我慢できるだろうか。
「キャサリン。どうだった? さっきのテスト難しかったよね?」
「うん。私もわからないところが多かったかも」
隣の席のデイジーに話しかけられて平気なふりをして返事をしたが、実のところ口を開くのも億劫になっていた。
すると急に離れた席にいるヴィクターが私のところに来た。
「キティ。声が変だ。それに顔色が悪い。もしかして体調が悪いのか?」
「え? ううん、大丈夫だよ」
首を横に振り元気に見えように、にこりと笑った。ところがヴィクターは胡乱げに私の顔を覗き込む。そして不機嫌そうにぎゅっと眉を寄せた。
「そうは見えない。医務室に行くぞ」
「え、キャサリン具合悪いの?」
デイジーが驚いている。ヴィクターに促され席を立ったが、目が回ってよろけてしまった。するとヴィクターは私を軽々と抱き上げ医務室へと運んでくれた。
「先生。キティの具合が悪いみたいだ」
「まあ大変。そこのベッドに寝かせて頂戴」
「先生。私はテストがあるので教室に戻ります。キティをお願いします」
ヴィクターは私をベッドの上におろすと、先生に念を押して教室に走って戻っていった。それをぼんやりと見送った。
熱を測ったらかなり高かった。これだけ高ければ眩暈がするのも当然だ。先生が家に連絡してくれたので迎えが来るまで眠って待つことにした。熱があると自覚してしまったらテストどころではなくなってしまった。しばらくすると母が来てくれたのでそのまま馬車で帰宅した。
二日間熱が下がらず三日目にようやく平熱に戻った。でも念のために安静にするようにと学園はお休みをした。
(ヴィクターにお礼を言わなくちゃ)
誰も気づいていなかったのに、私の具合が悪いことをヴィクターだけが気付いてくれた。
ヴィクターの腕は太くて私をあっさりと抱き上げた。その力強さに初めてヴィクターが男の人だと意識した。そういえば子供の頃は「俺」って言っていたのに、いつの間にか「私」と言うようになっていた。声も低くなっていて……。
私の知っているヴィクターと今のヴィクターは同じ人なのに、別人にすら思えてきた。私はヴィクターの成長の変化を意識したことがなかった。意識した途端に心臓がドキドキと騒ぎだした。それからずっとヴィクターのことばかりを考えてしまった。
夕方にヴィクターがお見舞いに来てくれた。
「キティ。大丈夫か? これ課題のプリント」
ヴィクターの手にはプリントとお見舞いの花があった。可愛い白いお花。それを受け取りヴィクターの顔を見た。
すると不思議なことに目の前のヴィクターがキラキラと光って見える。目がおかしくなったのかな? たぶん違う。私、ヴィクターのことを……そこまで考えたら顔が熱くなった。
ヴィクターがじっと私を見る。その視線に恥ずかしさを感じ咄嗟に目を逸らした。
「キティ。まだ顔が赤い。熱が下がっていないんじゃないか? 私はもう帰るから、まだ安静にしているように」
お説教口調なのにヴィクターの手は労わるように私の頭を優しく撫でた。その仕草に胸の奥が甘く痺れる。
「……うん。ありがとう。ヴィクター」
「どういたしまして」
ヴィクターの帰り際に見せたふわりと微笑む表情に、きゅっと胸が締め付けられた。切なくて、でも嬉しくて、不思議な気持ち。
(私、ヴィクターが好きなんだわ)
この日私は恋を自覚した。
とはいえそれを態度に出したり行動に移したりしたことはない。表面上は今まで通りに振舞った。だって急に態度が変わったら不審に思われるかもしれない。それにヴィクターを異性として意識している自分自身にも戸惑っていた。
ヴィクターは私のことをどう思っているのだろう? ヴィクターが私に優しいのは友人だから? もし告白して「そんなこと考えたこともない」と言われたら悲しい。
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