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4.何事にも一生懸命です
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アンネリーゼは執事から手紙を受け取ると誰からだろうと差出人を確認する。
「カタリーナ様?…………」
マルティナとのお茶の時間だったので手紙を持ったまま居間に向かう。大好きな姉と二人で過ごすのは至福の時間だ。アンネリーゼは姉を敬愛している。淑女として完璧で凛として美しい。自分もそうなりたいと憧れている。その上、自分を心から愛してくれている。いつだって自分の先を歩くマルティナは目標なのだ。
アンネリーゼが眉を寄せ手紙を睨む様子にマルティナが不思議そうに首を傾げた。
「リーゼ、どうしたの?」
「カタリーナ様からお手紙を頂いたの」
先日、カタリーナとジークハルトが踊るところを見てモヤモヤしたことを思い出す。もちろん社交の一環なのでそれを非難することは出来ない。ただのダンス。それ以上のことはなかった。一人で勝手に焼きもちを焼いただけなのだが、カタリーナがジークハルトに気がありそうなことが心に影を落とした。もっともダンスを終えて自分のところに戻ったジークハルトは、その後ずっと側にいてくれたのでその不安もすぐに消えたが。
カタリーナと自分は友人ではない。一体どんな内容なのかと警戒しながら便箋を取り出す。手紙に気を取られていたのでマルティナが警戒を滲ませ鋭い目で見守っていた事には気付いていない。
アンネリーゼは一読するとふうと安堵の息を吐いた。
「何が書いてあったの?」
マルティナが穏やかに問いかける。だがその目はどこか鋭い。アンネリーゼは知らないがマルティナは手紙の内容が妹を傷つける内容だった場合は速やかにジークハルトに報告するつもりでいる。密かにアンネリーゼを守るための制裁リストは共有されていた。二人はアンネリーゼへの愛情で共闘戦線をしている。そこにはもちろん夫であるヴァルターも含まれている。
「それがね。ジークのことをずっと憧れていたけどダンスをしたことでその憧れが昇華したそうなの。家同士が仕事の関係があったからと図々しくダンスをお願いして申し訳ないって謝罪されているわ。私に不快な思いをさせたのではないかと心配してくれているの。それでカタリーナ様は幼馴染の子爵子息との婚約を決めたそうよ。決心できたお礼の手紙みたい。カタリーナ様ってわざわざ手紙をくださるくらい気配りの方なのね。知らなかったわ。あと、私とジークがお似合いだと感じたので幸せになって欲しいですって! ふふふ。ジークとお似合いって書いてあるわ! 嬉しい」
喜びのあまりに手紙を抱き締めればマルティナはニコリと笑みを浮かべて頷いている。
アンネリーゼは妖精姫と言われるほど可愛らしいカタリーナに、自分とジークハルトがお似合いだと言ってもらえて純粋に嬉しい。それは自信に繋がる。彼女のことはツンとしたイメージを持っていたが、わざわざ手紙をくれるような心配りの出来る令嬢だった。人をイメージで判断しては駄目だと反省しながら、返事を書いて今度お茶に呼ぼうと決めた。お友達になれるかもしれない。ウキウキするアンネリーゼにマルティナはやれやれと呆れ顔だ。
「一応、ジークには言っておいた方がいいわよ」
マルティナの「男女問わず嫉妬するから」という言葉は小さな声だったので聞こえていなかった。
「そうね。そうするわ」
過保護な婚約者に余計な心配をかけたくなくて日常の出来事を細かく報告するのはアンネリーゼの日課だ。
マルティナと二人で楽しくお茶の時間を過ごせば、このあとは淑女として更なる高みへ目指す為の特訓がある。自発的に行っているがその内容は、十センチのピンヒールを履いたまま頭に分厚い本を乗せ、美しい姿勢のまま階段を上り下りする。体が揺れたりしないように気を付ける。いつどんな時でも気品をもって行動できるように。
「お姉様。私の姿勢は正しくなっているかしら?」
「そんなことをしなくてもリーゼの姿勢は充分綺麗で完璧よ」
マルティナの言葉に首を左右に振る。
「でも、ジークの隣にいるためにもっと美しくなりたいの!」
ぐっと手を握り意気込む。なぜこんなことをしているのかといえば先日街に買い物に行った時に偶然ダウム子爵令嬢モニカと会った。彼女は学園の同級生でクラスが一緒だった。特に親しくはないが仲が悪い訳でもない。挨拶と天気の話をした仲だ。あのときモニカは言った。
「まあ、アンネリーゼ様。何だか姿勢が悪く見えますわ。そんなことでは婚約者であるジークハルト様が恥をかいてしまいますわよ? このままでは婚約を解消したほうがいいのではないかしら」
モニカの厳しいアドバイスにアンネリーゼは目を丸くした。姉と受けた淑女教育の家庭教師はとても厳しかった。その女性に合格をもらっていたので自分の姿勢が悪いとは思っていなかった。気が緩んでいたのかもしれないと反省した。そしてモニカの手を握りしめお礼を伝えた。
「モニカ様。素晴らしいアドバイス有難うございます。早速姿勢を見直して改善しますわ! もちろんジークに恥をかかせたりはしません!」
こういう忠告はしづらいのに彼女はアンネリーゼを思いわざわざ苦言を呈してくれた。その気持ちを無駄には出来ない。それにジークの隣にいるための努力はアンネリーゼにとって息をするように当然のことだった。アンネリーゼはモニカの言葉をまるっと善意からのものだと受け止め、己を鼓舞した。
(次にモニカ様に会う時にはジークの隣に自分が相応しいと思って欲しい。頑張ろう!)
実はモニカの祖母は有名な女性で王宮で王妃様の教育係をしていた人だ。今でも王族からの信頼は厚い。更に強く乞われて幼い王女殿下の指南もしていると聞く。その孫であるモニカの言葉に疑う余地はない。
アンネリーゼは書店に寄り「淑女の正しい姿勢と振る舞い・最新版」という本を購入し家路を急いだ。ちなみにこの本の著者はそのモニカの祖母である。そして帰宅するなり呆れるマルティナを気にすることなく姿勢矯正に勤しんだのだった。
「カタリーナ様?…………」
マルティナとのお茶の時間だったので手紙を持ったまま居間に向かう。大好きな姉と二人で過ごすのは至福の時間だ。アンネリーゼは姉を敬愛している。淑女として完璧で凛として美しい。自分もそうなりたいと憧れている。その上、自分を心から愛してくれている。いつだって自分の先を歩くマルティナは目標なのだ。
アンネリーゼが眉を寄せ手紙を睨む様子にマルティナが不思議そうに首を傾げた。
「リーゼ、どうしたの?」
「カタリーナ様からお手紙を頂いたの」
先日、カタリーナとジークハルトが踊るところを見てモヤモヤしたことを思い出す。もちろん社交の一環なのでそれを非難することは出来ない。ただのダンス。それ以上のことはなかった。一人で勝手に焼きもちを焼いただけなのだが、カタリーナがジークハルトに気がありそうなことが心に影を落とした。もっともダンスを終えて自分のところに戻ったジークハルトは、その後ずっと側にいてくれたのでその不安もすぐに消えたが。
カタリーナと自分は友人ではない。一体どんな内容なのかと警戒しながら便箋を取り出す。手紙に気を取られていたのでマルティナが警戒を滲ませ鋭い目で見守っていた事には気付いていない。
アンネリーゼは一読するとふうと安堵の息を吐いた。
「何が書いてあったの?」
マルティナが穏やかに問いかける。だがその目はどこか鋭い。アンネリーゼは知らないがマルティナは手紙の内容が妹を傷つける内容だった場合は速やかにジークハルトに報告するつもりでいる。密かにアンネリーゼを守るための制裁リストは共有されていた。二人はアンネリーゼへの愛情で共闘戦線をしている。そこにはもちろん夫であるヴァルターも含まれている。
「それがね。ジークのことをずっと憧れていたけどダンスをしたことでその憧れが昇華したそうなの。家同士が仕事の関係があったからと図々しくダンスをお願いして申し訳ないって謝罪されているわ。私に不快な思いをさせたのではないかと心配してくれているの。それでカタリーナ様は幼馴染の子爵子息との婚約を決めたそうよ。決心できたお礼の手紙みたい。カタリーナ様ってわざわざ手紙をくださるくらい気配りの方なのね。知らなかったわ。あと、私とジークがお似合いだと感じたので幸せになって欲しいですって! ふふふ。ジークとお似合いって書いてあるわ! 嬉しい」
喜びのあまりに手紙を抱き締めればマルティナはニコリと笑みを浮かべて頷いている。
アンネリーゼは妖精姫と言われるほど可愛らしいカタリーナに、自分とジークハルトがお似合いだと言ってもらえて純粋に嬉しい。それは自信に繋がる。彼女のことはツンとしたイメージを持っていたが、わざわざ手紙をくれるような心配りの出来る令嬢だった。人をイメージで判断しては駄目だと反省しながら、返事を書いて今度お茶に呼ぼうと決めた。お友達になれるかもしれない。ウキウキするアンネリーゼにマルティナはやれやれと呆れ顔だ。
「一応、ジークには言っておいた方がいいわよ」
マルティナの「男女問わず嫉妬するから」という言葉は小さな声だったので聞こえていなかった。
「そうね。そうするわ」
過保護な婚約者に余計な心配をかけたくなくて日常の出来事を細かく報告するのはアンネリーゼの日課だ。
マルティナと二人で楽しくお茶の時間を過ごせば、このあとは淑女として更なる高みへ目指す為の特訓がある。自発的に行っているがその内容は、十センチのピンヒールを履いたまま頭に分厚い本を乗せ、美しい姿勢のまま階段を上り下りする。体が揺れたりしないように気を付ける。いつどんな時でも気品をもって行動できるように。
「お姉様。私の姿勢は正しくなっているかしら?」
「そんなことをしなくてもリーゼの姿勢は充分綺麗で完璧よ」
マルティナの言葉に首を左右に振る。
「でも、ジークの隣にいるためにもっと美しくなりたいの!」
ぐっと手を握り意気込む。なぜこんなことをしているのかといえば先日街に買い物に行った時に偶然ダウム子爵令嬢モニカと会った。彼女は学園の同級生でクラスが一緒だった。特に親しくはないが仲が悪い訳でもない。挨拶と天気の話をした仲だ。あのときモニカは言った。
「まあ、アンネリーゼ様。何だか姿勢が悪く見えますわ。そんなことでは婚約者であるジークハルト様が恥をかいてしまいますわよ? このままでは婚約を解消したほうがいいのではないかしら」
モニカの厳しいアドバイスにアンネリーゼは目を丸くした。姉と受けた淑女教育の家庭教師はとても厳しかった。その女性に合格をもらっていたので自分の姿勢が悪いとは思っていなかった。気が緩んでいたのかもしれないと反省した。そしてモニカの手を握りしめお礼を伝えた。
「モニカ様。素晴らしいアドバイス有難うございます。早速姿勢を見直して改善しますわ! もちろんジークに恥をかかせたりはしません!」
こういう忠告はしづらいのに彼女はアンネリーゼを思いわざわざ苦言を呈してくれた。その気持ちを無駄には出来ない。それにジークの隣にいるための努力はアンネリーゼにとって息をするように当然のことだった。アンネリーゼはモニカの言葉をまるっと善意からのものだと受け止め、己を鼓舞した。
(次にモニカ様に会う時にはジークの隣に自分が相応しいと思って欲しい。頑張ろう!)
実はモニカの祖母は有名な女性で王宮で王妃様の教育係をしていた人だ。今でも王族からの信頼は厚い。更に強く乞われて幼い王女殿下の指南もしていると聞く。その孫であるモニカの言葉に疑う余地はない。
アンネリーゼは書店に寄り「淑女の正しい姿勢と振る舞い・最新版」という本を購入し家路を急いだ。ちなみにこの本の著者はそのモニカの祖母である。そして帰宅するなり呆れるマルティナを気にすることなく姿勢矯正に勤しんだのだった。
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