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5.八つ当たりをした令嬢は後悔する
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アンネリーゼと別れてその場にポツンと残されたモニカは、自分の放った嫌がらせが全く通じていないことに呆然としていた。なんと彼女は自分の手を握ってお礼まで言ってきた。素直過ぎて嫌がらせのし甲斐がなさすぎる。純粋さが眩しい。これでは自分が酷い人間にしか思えない。
モニカもジークハルトに思いを寄せる乙女の一人だった。
眉目秀麗、頭脳明晰で完璧とうたわれる素敵な公爵子息ジークハルト。いつも表情を変えることなく氷のように冷たい青色の瞳に、いつか自分を映して欲しい、微笑んで欲しいと思っていたがその機会はなかった。自分は子爵家の娘で家格も釣り合わない。家格については自分ではどうしようもないと分かっているが、シンデレラののように夜会で見初められたいという願望は簡単には捨てられない。思春期の乙女は素敵な貴公子に愛されたいと夢見るものだ。ジークハルトは誰に対しても平等に冷たく関心すら示さない。冷淡な表情と冷酷な言葉で秋波を拒絶する。その姿も素敵だった。
そんな男性が自分だけを愛してくれたらと妄想を膨らませたがすでに泡となって消えた……。実は一度だけモニカはジークハルトに思いを告げ、あっさりと振られている。終始一貫モニカに対する態度は冷ややかなままだった。まさに玉砕だった。
ジークハルトにとって大切なのは婚約者のアンネリーゼだけだ。それは彼の表情や行動を見ればすぐに分かる。
無表情のジークハルトがアンネリーゼにだけは柔らかく微笑む。その姿を見て嫉妬で胸が苦しいと思ったこともあったが、振られてから時間が経ち社交界に馴染んでいくうちに身の程を弁えるようになる。
それまではジークハルトが自分を見てくれる日が来るのではないかという期待から縁談を断っていたが、気持ちを切り替え前向きに婚約者を探した。だが人生は儘ならない。見合いをして纏まりかけた話が三回も流れてしまい、ついやさぐれてしまう。
今朝、一番新しい見合い相手から断りの返事が送られてきた。「どうして私だけが幸せになれないの!」と悲劇に酔っていた時に、アンネリーゼと偶然会ってしまった。彼女は綺麗なのに可愛らしく淑やかな女性だ。控えめな笑顔や無邪気な表情に学生時代は男子生徒からの人気も高かったが、アンネリーゼはジークハルト以外の男性には関心がないようで自分がモテていることには気付いていないようだった。そんなところも羨ましい……いや、憎らしいと思ったがやっかみである自覚はあった。そうだ。二人はお似合いで……とにかくお似合いなのだ。
という訳でアンネリーゼに八つ当たりした。幸せそうで何もかも持っているアンネリーゼに対し自分が惨めだと思った。未だに婚約者が決まらなくて恥ずかしかったし見下されているのではと被害妄想をしてしまった。
それでつい意地悪をしたくなった。もちろんアンネリーゼの姿勢は美しくその所作は見惚れるほどだ。誰が見ても注意すべきところなどない。だから彼女に反論されれば勘違いだったと謝って済ませるつもりで安易に言いがかりをつけてしまった。まさかその内容を真に受けるとは考えてもいなかったし、結果的に自分は迂闊な発言で罪悪感を抱えることになった。モニカは自分が善人だとは思っていないが堂々と意地悪をするには気が小さかった。
モニカはモヤモヤした気持ちをどうしていいか分からず頭を抱えた。小心者らしい悩みである。
ふいに思い出したのは祖母だ。王妃様の淑女教育を担当した実績がある。モニカ自身も祖母からスパルタな教育を受けているので、アンネリーゼに劣らないほどの淑女としての知識や所作を身につけているという自負がある。きっと自分は驕っていたのだ。モニカは心の重石となってしまった罪悪感を払拭するための助力を求め祖母に会いに行くことにした。
「おばあ様。ついうっかり誤解から人を傷つけてしまったりしたら、どう対処したらいいのかしら?」
自分の行いを誤魔化しつつアドバイスをもらおうとしたのだが。
「モニカ。あなたは何か後ろめたいことがあってそのことを私に隠しているわね。私は卑怯者の味方はしません。例え可愛い孫であってもね」
祖母のことは大好きだが怒らせると怖いということは嫌でも知っている。誤魔化して見捨てられる前に全てを話すことにした。
「そう」
全てを聞いた祖母は怒らずにじっとモニカを見つめた。憐憫の眼差しで。人を妬んだ挙句に返り討ちにあったことを憐れんでいるのだ。叱責されるよりはるかに応えた。これならいっそ怒られた方がマシだった。大好きな祖母に呆れられた、嫌われたかもしれないと涙目になる。祖母は肩を竦めモニカに提案をした。
「来週、私の実家の公爵家でお茶会を開くことになっています。私は講師として来て欲しいと招かれました。あなたも出席なさい。そして公爵夫人にはアンネリーゼ様にも招待状を出すように頼んでおきます。縁の薄い家からの招待に戸惑うでしょうからあなたも彼女に出席を促しなさい。私が直接アンネリーゼ様の淑女としての立ち振る舞いに問題がないか判断しましょう」
「それならばぜひアンネリーゼ様を誉めて下さい!」
「適当に誉めることなどしません。公正に評価します」
その厳しい言葉に自分の心の卑しさを自覚した。罪悪感から適当に褒めて欲しいと頼んだのだ。それはアンネリーゼが劣っているという意味にもなる。頼まなくても彼女の実力ならきっと祖母は称賛するはずなのに。だってモニカから見ても素晴らしい淑女なのだから。
(ああ、恥ずかしい……。アンネリーゼ様は私の言葉を真摯に受け止め努力をすると言っていた。そんな彼女なら祖母は絶対に誉めるはずなのに。私も彼女を見習いたい!)
モニカは早速アンネリーゼに公爵家のお茶会に出席して欲しいと手紙を出した。そして自分も淑女教育の教本を取り出し彼女に負けないようにとおさらいをした。
ちなみにモニカと会って帰宅したアンネリーゼはこの話をマルティナにしている。そしてそれはすぐにジークハルトに報告されていた。ジークハルトは一旦静観することにしているが、彼の気分次第で子爵家の未来が決まってしまうことにモニカは気付いていなかった。ジークハルトの制裁リストに載るまであと少し………。もちろんモニカは何も知らない。
モニカもジークハルトに思いを寄せる乙女の一人だった。
眉目秀麗、頭脳明晰で完璧とうたわれる素敵な公爵子息ジークハルト。いつも表情を変えることなく氷のように冷たい青色の瞳に、いつか自分を映して欲しい、微笑んで欲しいと思っていたがその機会はなかった。自分は子爵家の娘で家格も釣り合わない。家格については自分ではどうしようもないと分かっているが、シンデレラののように夜会で見初められたいという願望は簡単には捨てられない。思春期の乙女は素敵な貴公子に愛されたいと夢見るものだ。ジークハルトは誰に対しても平等に冷たく関心すら示さない。冷淡な表情と冷酷な言葉で秋波を拒絶する。その姿も素敵だった。
そんな男性が自分だけを愛してくれたらと妄想を膨らませたがすでに泡となって消えた……。実は一度だけモニカはジークハルトに思いを告げ、あっさりと振られている。終始一貫モニカに対する態度は冷ややかなままだった。まさに玉砕だった。
ジークハルトにとって大切なのは婚約者のアンネリーゼだけだ。それは彼の表情や行動を見ればすぐに分かる。
無表情のジークハルトがアンネリーゼにだけは柔らかく微笑む。その姿を見て嫉妬で胸が苦しいと思ったこともあったが、振られてから時間が経ち社交界に馴染んでいくうちに身の程を弁えるようになる。
それまではジークハルトが自分を見てくれる日が来るのではないかという期待から縁談を断っていたが、気持ちを切り替え前向きに婚約者を探した。だが人生は儘ならない。見合いをして纏まりかけた話が三回も流れてしまい、ついやさぐれてしまう。
今朝、一番新しい見合い相手から断りの返事が送られてきた。「どうして私だけが幸せになれないの!」と悲劇に酔っていた時に、アンネリーゼと偶然会ってしまった。彼女は綺麗なのに可愛らしく淑やかな女性だ。控えめな笑顔や無邪気な表情に学生時代は男子生徒からの人気も高かったが、アンネリーゼはジークハルト以外の男性には関心がないようで自分がモテていることには気付いていないようだった。そんなところも羨ましい……いや、憎らしいと思ったがやっかみである自覚はあった。そうだ。二人はお似合いで……とにかくお似合いなのだ。
という訳でアンネリーゼに八つ当たりした。幸せそうで何もかも持っているアンネリーゼに対し自分が惨めだと思った。未だに婚約者が決まらなくて恥ずかしかったし見下されているのではと被害妄想をしてしまった。
それでつい意地悪をしたくなった。もちろんアンネリーゼの姿勢は美しくその所作は見惚れるほどだ。誰が見ても注意すべきところなどない。だから彼女に反論されれば勘違いだったと謝って済ませるつもりで安易に言いがかりをつけてしまった。まさかその内容を真に受けるとは考えてもいなかったし、結果的に自分は迂闊な発言で罪悪感を抱えることになった。モニカは自分が善人だとは思っていないが堂々と意地悪をするには気が小さかった。
モニカはモヤモヤした気持ちをどうしていいか分からず頭を抱えた。小心者らしい悩みである。
ふいに思い出したのは祖母だ。王妃様の淑女教育を担当した実績がある。モニカ自身も祖母からスパルタな教育を受けているので、アンネリーゼに劣らないほどの淑女としての知識や所作を身につけているという自負がある。きっと自分は驕っていたのだ。モニカは心の重石となってしまった罪悪感を払拭するための助力を求め祖母に会いに行くことにした。
「おばあ様。ついうっかり誤解から人を傷つけてしまったりしたら、どう対処したらいいのかしら?」
自分の行いを誤魔化しつつアドバイスをもらおうとしたのだが。
「モニカ。あなたは何か後ろめたいことがあってそのことを私に隠しているわね。私は卑怯者の味方はしません。例え可愛い孫であってもね」
祖母のことは大好きだが怒らせると怖いということは嫌でも知っている。誤魔化して見捨てられる前に全てを話すことにした。
「そう」
全てを聞いた祖母は怒らずにじっとモニカを見つめた。憐憫の眼差しで。人を妬んだ挙句に返り討ちにあったことを憐れんでいるのだ。叱責されるよりはるかに応えた。これならいっそ怒られた方がマシだった。大好きな祖母に呆れられた、嫌われたかもしれないと涙目になる。祖母は肩を竦めモニカに提案をした。
「来週、私の実家の公爵家でお茶会を開くことになっています。私は講師として来て欲しいと招かれました。あなたも出席なさい。そして公爵夫人にはアンネリーゼ様にも招待状を出すように頼んでおきます。縁の薄い家からの招待に戸惑うでしょうからあなたも彼女に出席を促しなさい。私が直接アンネリーゼ様の淑女としての立ち振る舞いに問題がないか判断しましょう」
「それならばぜひアンネリーゼ様を誉めて下さい!」
「適当に誉めることなどしません。公正に評価します」
その厳しい言葉に自分の心の卑しさを自覚した。罪悪感から適当に褒めて欲しいと頼んだのだ。それはアンネリーゼが劣っているという意味にもなる。頼まなくても彼女の実力ならきっと祖母は称賛するはずなのに。だってモニカから見ても素晴らしい淑女なのだから。
(ああ、恥ずかしい……。アンネリーゼ様は私の言葉を真摯に受け止め努力をすると言っていた。そんな彼女なら祖母は絶対に誉めるはずなのに。私も彼女を見習いたい!)
モニカは早速アンネリーゼに公爵家のお茶会に出席して欲しいと手紙を出した。そして自分も淑女教育の教本を取り出し彼女に負けないようにとおさらいをした。
ちなみにモニカと会って帰宅したアンネリーゼはこの話をマルティナにしている。そしてそれはすぐにジークハルトに報告されていた。ジークハルトは一旦静観することにしているが、彼の気分次第で子爵家の未来が決まってしまうことにモニカは気付いていなかった。ジークハルトの制裁リストに載るまであと少し………。もちろんモニカは何も知らない。
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