妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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ホクロ

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「人間ってね、自分より足が少ないのが嫌いな人と、自分より足が多いのが嫌いな人とが居るんだって」

 それが、その女が俺にかけた最初の言葉だった。ちょっと小洒落たバーのカウンターでの出来事だ。質問を投げてきたのは空席を一つ挟んだ隣の女。俺のお袋は蛇も百足も嫌いだったけどとか言って話を打ち切っても良かったのだが、生憎と女がタイプだったから俺は「へぇ」と笑顔で返した。

「あなたはどっち?」

 正直どっちでも良かった。実際、俺の意見は関係ないはず。要は女がどっちの答えを望んでいるのかってことだろ。「嫌い」というキーワードを投げてきたってことは意外性のある「好き」という答えの方がウケがいいはず。とりあえず探りを入れてみるか。

「足が少ない代表は蛇で、アダム達に知恵を与えた存在。足が多い代表は……蜘蛛かな。カンダタを助けた慈愛の存在」

 女の様子を見る。弥勒菩薩のような腹の底が読めないアルカイックスマイルを浮かべたまま。これは答えを待っていやがる。反応を見てなんてやり口は通用しない。男らしくビシッと答えてみるか……。

「俺は足の多い奴の方が好きだな。あんたはどうだ?」

 正直、下ネタだった。俺はあんたより足が一本多いよ(股の間に)……確かめてみるかい? そんなレベルの低脳な回答だったが女はお気に召したようで、席を一つ詰めて俺の隣に移ってきた。嬉しそうにグラスを持ち上げたりするもんだから俺も当然その乾杯に乗ったわけ。するとそういうタイミングでメールが来る。もともと俺が待っていた友人、つまりお前から。ナンパが成立したと思ったらこれだ。

「お一人ではなくて?」

 女の問いに俺は首を静かに……縦に振る。メールに書いてあったのは『仕事が長引いて……すまん』というそっけない内容。お前GJだよ。

 その後、俺と女はそのままホテルへ移動した。
 自分の性癖を他人に吹聴する趣味はないので、存分に楽しんだとだけ書いておく。ただ、この女の背中の刺青だけは特筆しておかねばなるまい。刺青だよ刺青。しかもな、よりによって蜘蛛。どうりであんな質問してくるわけだよ。

 その蜘蛛の刺青、ずいぶんと数があるんだけど一つ一つはどれも小さくてな。一見するとちょっと大きなホクロにしか見えない。顔を近づけてペロペロちゃんでもしない限り普通は気付かな……おっと、これ以上プレイの内容は例えお前にでも明かせないぜ。
 大事なのはそういうことじゃなく、有り体に言えば俺はブルったわけだ。ヤバイ女と関わっちまったなって。でもさ、そんな場合でもやっぱ最後まで行くだろ。俺はそのホクロのような刺青については一切触れずにコトを済ませ、そのままホテルで別れたわけさ。

 とにかく帰り道が一番怖かった。曲がり角からいつヤクザが出てきて「俺の女に」とか言い出すんじゃなんて怯えながらかなり遠回りして帰ったわけよ。そして俺は美人局に怯えながらもなんとか何事もなく毎日を過ごしていた。
 いや、過ごしていたと思っていたんだ。健康診断の時、お前が俺の背中を見てあんなことを言うまでは。

「あれ? なんかホクロやけに多くないか?」

 帰宅してから風呂上りに背中を見た。確かにホクロがすげぇ増えていた。嫌な予感がしてデジカメで撮って拡大してみたら、思った通り小さな蜘蛛のカタチをしていた。あれはもしかして刺青じゃなくって何かの病気とかだったり? そんでいろいろ調べたけれど、そういう病気はなんも見つけられなかったよ。でもやっぱりあの女と関係あるのは間違いないってそういう感覚はしっかりあって。

 実はさ。女と別れた夜から変な夢を見るようになってね。小さな女の子が何人も出てくる夢だ。いや、俺にその手のロリ趣味がないのはお前もよく知っているだろ。
 オンナとしてじゃない……こういうこと言うのはかなり恥ずかしいんだが、家族として俺はその子たちを見ていた。もちろん夢の中でだぜ。その子たちも俺を「お父さん」って慕ってくれていた。夢の中の俺は毎晩その子たちと一緒に遊んだよ。頭をなでたり、両腕にぶらさげて回転したり、馬になったり肩車したり。俺はガキなんて居ないし欲しくもなかったんだが、こういうのも悪くないな、なんて夢の中の俺は思っちゃってるわけだ。どの子も可愛くてな。そしてあの女に似ていた。
 そんな夢を見るなんて、もしかして俺は種つけちゃったの? なんてのんきに構えていたんだよ。

 ホクロはな、健康診断の日以来、毎日確認した。急激に大きくなっていった。もうホクロなんてレベルじゃない。あの女の背の刺青をはるかに超える大きさ。もう一つ一つが、じっくり見なくとも蜘蛛だと分かるほど。
 だんだん不安になってきてさ、ほら、お前に相談したろ? あの時はせっかくいただいたご意見を却下しちゃったけどさ、あの後ちゃんとお祓いしてくれるところ探したんだぜ。
 するとそのうちの一つがさ「うちに来なさい」って言ってくれて。なんでも蜘蛛が憑いているとか、なんとか。
 当然また調べてみたよ。蜘蛛の妖怪っていろいろ居るんだな。でもヤッたらホクロが出来るなんて話は一つも見つからない。唯一見つかったのが背中に子蜘蛛をたくさん載せた土蜘蛛とかいう妖怪の浮世絵だけ。まあ、でも違うんだろうな。陰謀論者じゃないけどさ、ネットなんて、世の中に出しても問題ないような情報しか出てこないんだろうな。
 まあとにかく明日……もう日付変わったから今日だな。予約したんだよ、そのお祓いとやらを。
 
 そして今だ。また夢を見たんだ。
 俺の娘たちはすっかり育ってどいつもこいつもいい女になっていた。あの女にそっくりの。
 そいつらはいつもと違って妙にしおらしい表情でな、口を揃えて言うんだ。「いままで育ててくれてありがとう」だなんて。
 なんだよそのお別れを予感させるフラグ。超ヤバいじゃん。でも俺は黙って一人一人の頭を撫でた。
 変だよな。こんな状況でもあいつらが可愛いんだよ。すげー小さな頃から可愛がってんだぜ。もうね、嫁に行く娘と最後のお別れしている父親の気分。俺は全員の頭を……って何人居るんだよっ!
 人数なんて考えたことなかったけどさ、次々出てくるんだ。どこに隠れていたのかわらわらと。でも途中でやめるのもなんだしと俺はずっと娘たちの頭を撫で続けた。羊数えているようなもんだよな。俺は夢の中で意識が朦朧としてきて……そして今だよ。夢から覚めたってわけ。んで、これを書いている。もしも俺になんかあったら
 
 
 
 親友の遺体の傍らにあった携帯電話に残っていた書きかけメールの内容がそんなだった。宛先がオレだったらしく、それで警察に呼ばれて事件があったことを知った。
 君が死んだなんてちょっと信じられない。
 死に顔を確認したいと申し出たら「遺体の損傷が激しくて凄惨すぎてオススメできない」と言われた。アイスクリームをすくう金属の機械あるでしょ。あれで全身の肉という肉を全てえぐったような感じ……そんな説明されたらそりゃ無理だって思うさ。
 仕方なく遺体安置所の扉越しに手を合わせ、スゴスゴ帰宅だよ。

「お帰りなさい、あなた。で、警察で事情徴収とかなんかリアリティないんだけど、本当に女と会ってたりはしてないのよね?」

 うちのうわばみは既に一升瓶を空けていたがケロッとした顔で、しつこくネチネチと説明を求めてくる。
 親友よ、オレは君の話を聞いてもそれでもまだ、蛇より蜘蛛の方がマシだよ。
 
 
 
<終>

絡新婦
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