妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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 ユキタは私が小さな頃から姉弟のように育ったサモエドだ。
 賢くてモフモフで人懐っこくてモフモフで、私はユキタが大好きだった。モフモフ。

 でも中二の秋、よりにもよって私が修学旅行に行っている間に、突然天国に旅立ってしまった。
 確かに少し元気ないなとは思っていたけれど、いつもみたいにすぐ体調戻るって勝手に思ってた。
 私は自分を責めたし、呪った。
 どうして気付いてあげられなかったのって。
 せめてそばにいられたら……いても何もできなかったかもしれないけれど、でも、最期を看取ってあげることはできたのにって。
 どうして私はついていてあげられなかったの?
 修学旅行になんて行かなきゃ良かった。
 ショックで一時的に学校にも行けなくなってしまった。

 でもね、ママが言ったの。
「あなたがそうやってずっと落ち込んでいるのを、ユキタが喜ぶと想う?」って。
 そんな言い方、ずるいよね?
 でも実際、そうだなとも思った。
 だから私は勉強を頑張ることにした。
 獣医師になって、少しでも多くユキタのような子たちにちゃんと気付いてあげたい、救ってあげたい、そんな気持ちで。

 私は本当に頑張った。
 高校は進学校を選んだし、塾にも通わせてもらった。
 毎日遅くまで勉強を頑張ったけど、つらくはなかった。
 ユキタがすぐそばで見守ってくれている気がしたから。

 あの日も塾の日だった。

 塾が終わった後、先生に質問していたせいでちょっと遅くなった。
 お腹空いてたのもあって、近道しようと公園を突っ切ろうとした。
 そしたら顔に何かがぶつかって、慌てて自転車のブレーキを引いた。
 恐る恐る手を出してみる。
 何か壁みたいなのがある。
 公園の入口が、見えない壁みたいので塞がれていた。
 手触りは柔らかい。
 顔も痛くなかったし。
 少しひんやりとしてて、指先でまさぐる感触に、私はなぜかユキタを思い出した。
 もう一度、顔を近づけてみる。
 ユキタの匂いがした。
 ダメだった。
 急にきた。
 涙がこみ上げてきて、私はそこでしゃがみ込んで泣いてしまった。

 たまたま通りかかったお巡りさんが声をかけてくれた。
 私は慌てて立ち上がって、でも自分の状況をうまく説明できなくてモジモジしてたとき、公園の中から悲鳴が聞こえた。
 お巡りさんたちは「可能ならばお家の人に迎えにきてもらってください」と言い残し公園の中へ入ってゆく。
 私は公園から少し離れてコンビニを見つけ、そこでパパが迎えにきてくれるのを待った。

 帰り道、応援に来た他のお巡りさんと会って、公園に出没した変質者を逮捕したことを聞いた。
 私は先程、入り口で声をかけてもらった高校生ですと伝え、お礼を言ってからパパと一緒に帰宅した。

 家に帰ってからユキタのお気に入りタオルケットを抱きしめた。
 あの見えない壁の方がずっとずっとユキタの匂いが濃かった。

 それ以来、私の人生に何度もユキタの匂いがする壁が立ちはだかった。
 最初の壁があんなだったから、私はいつも信じて受け入れた。
 結婚式の当日、パパと一緒にバージンロードを歩こうとしたときに壁に阻まれたときはどうしようかと思ったけれど、ユキタを信じてごめんなさいした。
 それから数ヶ月と経たず他の女と結婚した話を聞いたときには本当にユキタに感謝した。

 だから独立したとき、病院の名前にユキタの名前を使わせてもらった。
 おかげで、患畜ちゃんの飼い主さんたちからはよく「先生の名前、ユキタさんなんだと思ってた」とか言われるんだよね。



 2007年に、アメリカのとある大学図書館が所蔵する三つ目の犬のような絵に「ぬりかべ」という名前がつけられていたというのをニュースで見た。
 その絵を見たとき、ユキタを思い出した。
 猫は二十年生きたらしっぽが二股に分かれて化け猫になるって言うけれど、犬はたくさん愛情注いで育てると三つめの目が開いてぬりかべになるんじゃないかな。
 ユキタは今も私のそばに居て、私が道を間違えないよう、支えてくれているんだと思う。



 そして今日、なんていうか人生最大の壁を体験した。
 私の初恋の先輩が、拾った犬をうちの病院に連れて来て。
 あまりの緊張に転びそうになった私を先輩は支えてくれようとして身を乗り出してくれて、そのとき私の前じゃなく後ろに壁ができて、私は先輩にぬりかべドンされてしまった。
 これは下がるなって信じていいんだよね、ユキタ?



<終>

ぬりかべ
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