妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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積年の夢

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 郭さんと最初に知り合ったのは社会人になって一番最初に終電を逃した夜、職場近くのマンガ喫茶でだった。
 翌日が休みだったこともあり、私は寝ずにマンガを読みふけっていた。
 そのうち、本棚から持ってゆく作品の傾向がどうにもかぶっている人がいるなと、一人の青年が気になった。
 読み終わったマンガを棚へ戻しに行くとき、次に読む作品を物色している彼に思わず声をかけた。

「もしかしたらこれとか好みかもですよ」

 そしてそのオススメが見事にハマったらしく、それを読み終えた彼は笑顔で他にもないかと尋ねてきた。
 それが郭さんだった。
 私たちはその場で話し込み、お互いの好きな作品を挙げているうち盛り上がり過ぎて店員さんに怒られた。
 私たちはマンガ喫茶を出てファミレスへと移動し、しゃべり続けた。

 当時、郭さんは留学生で、マンガとアニメで覚えたという日本語はかなり流暢なこともあり、コミュニケーションでつまづくことはなかった。
 私のマンガの趣味は人に話すと眉をひそめられるモノが多かったため、そういう意味でも郭さんは貴重な友人となった。
 郭さんの実家は四川省の田舎の金持ちらしく、社会人二年目の私の手取りとそう変わらない額の小遣いをもらっていて、それが逆にご飯へ誘い合うハードルを低くした。
 そうやって何年かを親友のようにして過ごしたのだが、彼が大学を卒業して中国へ帰るタイミングに私の地方への転勤が重なり、環境の変化からくる忙しさから互いのメールの返事も間隔が空くようになり、そのうち全く連絡を取らなくなってしまった。

 郭さんと久々に再開したのは中国でだった。
 私は海外出張の多い仕事に転職していたのだが、中国は初めてで緊張していた。
 だがその緊張は懐かしい顔を見た途端に吹き飛んだ。
 会社が手配してくれた通訳が偶然にも郭さんだったのだ。
 彼は今、通訳をする傍ら、日中両国のウェブ漫画を翻訳する仕事もしているという。
 マンガに対する情熱はあの頃から全く衰えていなかった。
 とにかく私は郭さんに救われた。
 中国でのやり方に不慣れであった私のために、彼は通訳という立場を超えて全面的なバックアップと的確なアドバイスとで助けてくれた。
 おかげさまで仕事はスケジュールを大幅に前倒しして終えるほどであった。
 だから彼が誘ってくれたとき、私は素直にその提案に乗った。
 彼の実家へ、本場の四川料理を食べに来ないか、という誘いに。

 郭さんの実家では、手厚い歓迎を受けた。
 聞いていた以上に豪邸で、運転手に警備員、執事にメイド、料理人まで専属の人たちが居た。
 痺れるほど辛いけどすごく美味しい本格四川料理の数々に舌鼓を打ち、彼の書庫では国境を超えた膨大なマンガコレクションを堪能させてもらった。
 しかも全て一貫した趣味で統一されていて。
 彼は今でも夢を大切にしているのだな。
 懐かしい話と世界の最新の漫画事情とであっという間に夜も更けていき、そろそろ欠伸も出ようかというそのとき、郭さんが突然真顔になった。

「見せたいものがある」

「見せたいもの?」

「でも絶対に秘密にしてほしい」

 私は空気を察して、真面目な表情でうなずいた。

「じゃあ、ついてきて」

 広大な邸宅を、彼のあとに続いてひたすら黙って歩き続ける。
 ふと、郭さんが立ち止まった。
 ギリシャ神殿みたいな柱が続く洋風な廊下の真ん中で。
 彼が柱の一つの裏側を何やらまさぐると、壁の一部が突然スライドし、その向こうに部屋が現れた。
 金持ちって本当に隠し部屋とか作っちゃうんだ――と、私が呆気にとられている間に、彼は部屋へと入ってゆく。

「きて、きて」

 部屋の中に入ってさらに驚かされた。
 壁に大きなパンダの毛皮が飾ってあったから。

「いや、ばくだよ」

 私が言葉を発する前に彼はそう言った。

「貘って……悪夢を食べてくれるっていう……妖怪の?」

「それは日本での話。中国では違うよ。貘の毛皮をかぶって寝ると、病気とか邪気とか悪いものが消えるんだよ。多分、悪魔祓いが悪夢祓いになったんじゃないかと思う」

「へぇー」

 改めて眺めると鼻はちょっと長め。動物のバクみたいに。
 脚の模様も若干、縞が入っていて、確かにパンダとは違うかも。

「今夜はここで寝て」

 理由を尋ねると、彼は意味深な笑みを浮かべる。
 何かサプライズするつもりなのかな?
 私はそれを承諾した。

「トイレは今のうちに行っておいて。盗難防止のために入り口は深夜、閉めちゃうから」

「入り口閉めちゃうって、この部屋の?」

「そう。貘の毛皮は家宝だから」

「そんな大事なものを、いいの?」

「朋友だから」

 お言葉に甘えて、私はそこで眠りについた。
 不思議と獣臭さはない毛皮。
 プラシーボ効果なのかもしれないが体中がぽかぽかしている気がする。
 私はすぐに深い眠りに落ちた。



 目が覚めると、郭さんと、専属料理人の陳さんが部屋の中に居た。
 ちょうど起こしに来たところだと言う。
 陳さんは見た目が料理人というより格闘家という感じなので多少驚きもしたが、私はすぐに起き上が――うわ、なにこれ?
 自分の体に起きていることに驚愕した。
 腰が軽かったのだ。
 ずっと悩まされ続けていた腰痛は、朝起きたときにはストレッチを十分にしないとほぐれないくらい酷かったのに、今は体がすごく軽い。
 これが貘の毛皮の威力か――悪夢を食べるなんかよりよっぽどすごいじゃないか――と、ちょっと浮かれている私の横で、陳さんは黙々と作業をしている。
 油紙に包まれ縄でぐるぐる巻きになっている大きなモノを、床にある幾つかの突起に縛り付けている。
 なんだろうあれ。食材なのかな。
 まだちょっと動いているし、だとしたらワニとか大型の――陳さんはその上に貘の毛皮をかぶせた。

「肉の毒気も邪気も臭みも全部なくなるよ」

 郭さんがまたイタズラっぽく笑う。

「何の肉?」

 もしやと思いつつも私はあえて尋ねてみる。

「昨日入った泥棒。今夜はご馳走様だよ」

 ああ、やっぱり。
 私は天を仰ぐ。
 若かりしあの頃に彼と語り合った人肉の味、彼の「予想」がやけにリアルだった理由がわかった。
 いつか私も食べられるよと言ってくれていたが、それが今夜か!



<終>

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