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柿の種 ※グロ注意
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最近はインバウンド目当てで宿泊施設の値段がどこも高騰しているでしょ?
そりゃ海外の人たちはいいかもしれないけれど、日本在住で稼ぎ少ない私たちみたいなのはとっても困るわけ。
だから久々の仲良し三人組旅行の宿泊先はリーズナブルなチョイスにせざるを得なかったの。
でもまあ考えようによっちゃ、こんな歴史を感じる場所に泊まれるチャンスってそうないよ?
――なんて口には出さないけどね。
こんな場所を選んだ本当の理由は、他が空いてなかったから。
日程だけ決まってる私たちの旅行は、幹事が他の二人に内緒でプランを用意する。
毎年交代の幹事、今回は私。
言い訳させてもらうと、仕事がちょっと大変な時期で洒落にならないほど忙しかった。
急遽押さえることができたのが、田舎の古い山寺だけだった。
安い分、オールセルフでやんなきゃだけど、まあ私たちの主な目的は観光じゃなく、楽しく飲み明かせればそれでいいから。
実際、到着したとき、フタバとアズサはテンションアゲアゲだった。
「木の香りがいいね! おばあちゃん家を思い出す!」
「うっそ。私らだけ? 回りは竹藪だし、隣家は遠いし、夜中けっこう騒いでも大丈夫そうじゃない?」
「ごめんね。調理場もかまどだし、電子レンジもないし」
「いいって。どうせうちらの主食はアルコールっしょ」
「大丈夫。カセットコンロ持ってきたから。いざとなったら湯煎すればいいのよ!」
そう。
私たちの夜にはお酒とおつまみがあればそれでいい。
それぞれのスーツケースには、オススメのお酒と緩衝材代わりの乾き物がぎっしり。
少なくとも若い女の荷物って感じじゃない。
「蚊帳あるじゃない! 蚊帳飲みって初めてかも!」
「ねぇねぇ、お風呂見た? 五右衛門風呂ってやつ! やっばいね!」
二人が喜んでくれて、本当に良かった。
そんな光景を眺めながら、罪悪感から重たいクーラーボックスをひとり車から運び出した。
「ね、ちょっと冷えてこない?」
フタバがそう言い出したのは多分、日付変更線を越えていた。
「飲みが足んないんじゃなーい?」
アズサはご機嫌。
「入れるにはまず出さないとね。ってことで、トイレ行きたい。付き合ってよ」
この山寺、さすがに電気は通っているものの、トイレは離れ。
しかもトイレの照明は裸電球。
ちょっと雰囲気あるんだよね。
「みんなも行きたいよね?」
とフタバが私とアズサの膀胱付近を押そうとする。
「行くから! 行くから!」
三人で連れ立ってトイレへと向かう。
フタバのスマホから流れる明るい曲をBGMに、交互に済ました。
そして大笑いしながら部屋へ戻ると、蚊帳の手前に、どう見てもお坊さんが一人、座っていた。
一瞬、三人とも無言になった。
少ししてから最初に口を開いたのはフタバだった。
「うっそ?」
フタバは私をつねり、それからアズサをつねった。
「痛いって!」
「何すんの!」
「い、今は仲間割れしている場合じゃ」
自分からつねってきてそれ言うか?
とはいえ、それはそうなのは確か。
「ね、これ見て」
アズサまでスマホを取り出して、お坊さんの撮影始めてる。
つーかスマホ置いてきたの私だけ?
ちょうどあのお坊さんが居る辺りに置いてあるんだけど――えっ?
アズサのスマホを見て言葉を失った。
お坊さんを二度見して、アズサのスマホ画面は三度見した。
スマホ画面の方には、なぜか大きな蟹が映っていたから。
「蟹?」
私のその言葉に反応して、お坊さんがこちらを向いた。
正面から見てもお坊さん。眉間にシワが寄ってて、けっこうなご年配。
「あっ、あの……もしかして、このお寺の管理人さんですか?」
まさか騒ぎすぎて苦情が来たとか?
自分の心臓の音をやけに大きく感じる。
「両足八足、大足二足、横行自在にして眼は天を指す。これ如何に!」
何て言った?
お坊さんは私たちのことをじっと睨みつけているのに、アズサは撮影を止めないし、フタバもスマホをいじってる。
ちょっと。これ私が代表して怒られろってこと?
「蟹です」
フタバが答えた――あっ、今のお坊さんの言葉で検索かけてた感じ?
お坊さんの表情が変わる。怒りから、悔しさに。
少なくとも私にはそう見えた。
そして再び何かを言おうとする。やっぱり怒られるのかな。
「ちょっと待ったぁ!」
フタバが叫び、お坊さんが開きかけた口を閉じる。
「次はうちの番ね! 猿に酷い目に遭わされたけど仲間に助けられて最後に復讐した海の生きものはなーに?」
ちょ、ちょっとフタバ!
と声を出したかったのに、あまりにも驚きすぎて声が出なくて脳内ツッコミになってしまった。
「……蟹」
え?
お坊さんは、そんなフタバの常識外れな逆質問に律儀に答えてくれた。
その様子をずっと撮り続けているアズサは必死に笑いを堪えている。
まあ気持ちはわかる。
アズサのスマホ画面の中だけ見ていると蟹が「蟹」って答えてるんだから。
「正解! じゃあ、正解の賞品で柿の種あげる!」
フタバはお坊さんに近づき、柿の種の小袋を一つ開けてお坊さんに手渡した。
困惑した表情のお坊さん。
「なぬ……柿の種だと?」
「これは植えなくとも食べられる柿の種だから!」
ドヤ顔のフタバ。
アズサのスマホの中では大きなハサミで柿の種をつまんでいる蟹。
そのすぐ手前にいるフタバは蟹じゃなく、ちゃんと人間のままで映っている。
リアルなお坊さんの方は表情が少し和らいでいる。
「美味じゃ。だが、ちと辛うて喉が乾く」
「そんなときはこちらをどうぞっ!」
フタバは缶ビールをプシュッと開けて手渡す。
お坊さんってアルコールいいんだっけ?
でも、美味しそうに飲んでるからいっか。
「じゃあ次、私の番ね」
アズサまで。
「いや、次は拙僧が……」
「一人一回ずつ!」
アズサは強引に押し切った。
「平家はいるけど源氏はいない海の生きものなーんだ?」
お坊さんは赤みのさした頬を緩ませつつ、ちょっと考えてから答えた。
「……蟹」
「大正解! はい! 賞品の柿の種!」
新しい柿の種の小袋を開いて差し出すアズサ。
「か、かたじけない」
「喉乾くでしょ! こっちも!」
さらに缶ビールまでおかわり分を差し出す。
お坊さんの頬もかなりほころんだ様子――なんて見ているだけじゃダメっぽい。
フタバもアズサも私をじっと見つめている。
私の番ってことでしょ。そのくらいはわかる――けどさ、私は二人みたいにはすぐにいい問題なんて思いつかないんだって!
「では、次は」
お坊さんが口を開く。
「はいはいはーい! ビッグボーナスチャンスぅぅぅっ!」
ノープランのまま私は大声出しながら手を上げた。
もう勢いで行くしかない!
「最初が『か』で……最後が『に』で、かっこいい海の生きものなーんだっ!」
我ながら酷い問題。
お坊さんが反応するより前にフタバとアズサが吹き出した。
「あんたいくらなんでもそれは」
だけどお坊さんは答えた。
「……蟹」
ちょっと照れているっぽい。
「正解! じゃあ、ビッグボーナス大成功っ! 今回の賞品には柿の種にスルメまでつきまーす!」
ヤケクソだった。
しかし、スルメを一口食べたお坊さんは満面の笑みに。
「これは……もそっとくださらぬか?」
「当然! というかこっちもどうぞ!」
私たちは寄ってたかっておつまみとお酒を勧めまくった――結果、お坊さんはこてんとひっくり返って寝てしまった。
三人同時に溜め息をつこうとして、それを思わずぐっと飲み込んだ。
お坊さんは寝た途端、スマホの中だけじゃなくリアルでも蟹になったから。
恐る恐る触ってみる。
硬い甲羅。
「……どうする? 蟹、だよね?」
「うん。ガチ蟹だよね」
「とりあえずさ、お風呂沸かそう」
フタバは伸びをする。
そういやけっこう汗をかいたかも。冷や汗含めて。
「だね」
私たちはお風呂場の横に積んであった薪を使い、初めての五右衛門風呂を沸かし始めた。
「あのさ。ボイルド・フロッグ・フェノメノンって知ってる?」
フタバがまた変なことを言い出した。
「あー。変温動物はお水から茹でると水温とともに体温も上昇して茹で上がるまで気付けないってアレだよね?」
アズサは肯いている。
「正解! 柿の種あげる!」
フタバは悪い顔して笑っている。
「じゃあ、急がないと」
アズサは私の手を引っ張る。
「火の番しないでいいの?」
「すぐだから」
三人で部屋へと戻ると、まだ蟹がひっくり返ったままだった。
フタバとアズサが二人で持ち上げようとして、私の顔を見る。
「わかったわよ」
私も手を貸し、三人で蟹を五右衛門風呂まで運び、まだぜんぜん温まっていない水の中へと入れた。
蟹は見事に真っ赤になった。
風呂場の外の、さっきまで薪の燃える匂いが立ち込めていたかまどにまで蟹の茹だったいい匂いが漂ってきている。
タオルで足をくるんで引っ張り、なんとか風呂の中から取り出した。
「どうするの、これ?」
まさか食べないよね? というつもりで言ったのだけど、私の問に最初に答えたのは、私の腹の虫だった。
つられるようにフタバとアズサのお腹もグーっとなる。
フタバがクーラーボックスから少し溶けかけたロックアイスの袋を持ってきて、蟹の甲羅の端を少し冷やした。
「これで持てるね」
「そだね」
そこからは無言でさっきの部屋へと蟹を運ぶ。
そこまでしておいて私たちは乾き物で宴会を再開した――のだけれど、さっき蟹に大量に食べさせたせいでおつまみがちょっと寂しい状態に。
だからフタバのすることを積極的には止めなかった。
「甲羅って思ったよりも簡単に開くんだね」
それは私も見てて思った。
「もう蟹にしか見えないよね」
確かに。いやダジャレとかじゃなく。
「今ね、さっきの動画見返しているんだけど、徹頭徹尾、蟹なのよ」
アズサまで。
「だよね」
フタバがとうとう割り箸を持ち、開いた甲羅の内側へと挿し込んだ。
そして一口食べて一言。
「蟹だよ」
アズサまで割り箸を持ち、続く。
もぐもぐと口を動かしてから一言。
「蟹だね」
一度つまみ始めたら二人は止まらなくなり、私もとうとう割り箸を構えてしまった。
日本酒もいつの間にか開けられていて、これがまた蟹に合う。
「美味いな、蟹。きっと美味いもの食ってんだろうなー」
「柿の種!」
「正解!」
三人でゲハゲハ笑う。
カセットコンロの上に甲羅を乗せ、蟹味噌と身をほぐし入れマヨ焼きにして食べる。
「最高!」
「正解!」
得体の知れない状況への恐怖など全部吹き飛ぶほど美味い。
「甲羅酒!」
「正解!」
バカなテンションで盛り上がり、私は恐らく途中で寝落ちしたと思う。
フタバの悲鳴で目が覚めた。
部屋の中央にあった大きなそれが、すぐには人の死体だとは気づかなかった。
ぶくぶくに膨れた上に、体のあちこちを箸でついばんだ跡がある。
おまけに外された頭蓋骨の一部はカセットコンロの上に置かれ、そこにまだ溜まったままの日本酒の中に白い何かが浮島のように残っていた。
<終>
蟹坊主
そりゃ海外の人たちはいいかもしれないけれど、日本在住で稼ぎ少ない私たちみたいなのはとっても困るわけ。
だから久々の仲良し三人組旅行の宿泊先はリーズナブルなチョイスにせざるを得なかったの。
でもまあ考えようによっちゃ、こんな歴史を感じる場所に泊まれるチャンスってそうないよ?
――なんて口には出さないけどね。
こんな場所を選んだ本当の理由は、他が空いてなかったから。
日程だけ決まってる私たちの旅行は、幹事が他の二人に内緒でプランを用意する。
毎年交代の幹事、今回は私。
言い訳させてもらうと、仕事がちょっと大変な時期で洒落にならないほど忙しかった。
急遽押さえることができたのが、田舎の古い山寺だけだった。
安い分、オールセルフでやんなきゃだけど、まあ私たちの主な目的は観光じゃなく、楽しく飲み明かせればそれでいいから。
実際、到着したとき、フタバとアズサはテンションアゲアゲだった。
「木の香りがいいね! おばあちゃん家を思い出す!」
「うっそ。私らだけ? 回りは竹藪だし、隣家は遠いし、夜中けっこう騒いでも大丈夫そうじゃない?」
「ごめんね。調理場もかまどだし、電子レンジもないし」
「いいって。どうせうちらの主食はアルコールっしょ」
「大丈夫。カセットコンロ持ってきたから。いざとなったら湯煎すればいいのよ!」
そう。
私たちの夜にはお酒とおつまみがあればそれでいい。
それぞれのスーツケースには、オススメのお酒と緩衝材代わりの乾き物がぎっしり。
少なくとも若い女の荷物って感じじゃない。
「蚊帳あるじゃない! 蚊帳飲みって初めてかも!」
「ねぇねぇ、お風呂見た? 五右衛門風呂ってやつ! やっばいね!」
二人が喜んでくれて、本当に良かった。
そんな光景を眺めながら、罪悪感から重たいクーラーボックスをひとり車から運び出した。
「ね、ちょっと冷えてこない?」
フタバがそう言い出したのは多分、日付変更線を越えていた。
「飲みが足んないんじゃなーい?」
アズサはご機嫌。
「入れるにはまず出さないとね。ってことで、トイレ行きたい。付き合ってよ」
この山寺、さすがに電気は通っているものの、トイレは離れ。
しかもトイレの照明は裸電球。
ちょっと雰囲気あるんだよね。
「みんなも行きたいよね?」
とフタバが私とアズサの膀胱付近を押そうとする。
「行くから! 行くから!」
三人で連れ立ってトイレへと向かう。
フタバのスマホから流れる明るい曲をBGMに、交互に済ました。
そして大笑いしながら部屋へ戻ると、蚊帳の手前に、どう見てもお坊さんが一人、座っていた。
一瞬、三人とも無言になった。
少ししてから最初に口を開いたのはフタバだった。
「うっそ?」
フタバは私をつねり、それからアズサをつねった。
「痛いって!」
「何すんの!」
「い、今は仲間割れしている場合じゃ」
自分からつねってきてそれ言うか?
とはいえ、それはそうなのは確か。
「ね、これ見て」
アズサまでスマホを取り出して、お坊さんの撮影始めてる。
つーかスマホ置いてきたの私だけ?
ちょうどあのお坊さんが居る辺りに置いてあるんだけど――えっ?
アズサのスマホを見て言葉を失った。
お坊さんを二度見して、アズサのスマホ画面は三度見した。
スマホ画面の方には、なぜか大きな蟹が映っていたから。
「蟹?」
私のその言葉に反応して、お坊さんがこちらを向いた。
正面から見てもお坊さん。眉間にシワが寄ってて、けっこうなご年配。
「あっ、あの……もしかして、このお寺の管理人さんですか?」
まさか騒ぎすぎて苦情が来たとか?
自分の心臓の音をやけに大きく感じる。
「両足八足、大足二足、横行自在にして眼は天を指す。これ如何に!」
何て言った?
お坊さんは私たちのことをじっと睨みつけているのに、アズサは撮影を止めないし、フタバもスマホをいじってる。
ちょっと。これ私が代表して怒られろってこと?
「蟹です」
フタバが答えた――あっ、今のお坊さんの言葉で検索かけてた感じ?
お坊さんの表情が変わる。怒りから、悔しさに。
少なくとも私にはそう見えた。
そして再び何かを言おうとする。やっぱり怒られるのかな。
「ちょっと待ったぁ!」
フタバが叫び、お坊さんが開きかけた口を閉じる。
「次はうちの番ね! 猿に酷い目に遭わされたけど仲間に助けられて最後に復讐した海の生きものはなーに?」
ちょ、ちょっとフタバ!
と声を出したかったのに、あまりにも驚きすぎて声が出なくて脳内ツッコミになってしまった。
「……蟹」
え?
お坊さんは、そんなフタバの常識外れな逆質問に律儀に答えてくれた。
その様子をずっと撮り続けているアズサは必死に笑いを堪えている。
まあ気持ちはわかる。
アズサのスマホ画面の中だけ見ていると蟹が「蟹」って答えてるんだから。
「正解! じゃあ、正解の賞品で柿の種あげる!」
フタバはお坊さんに近づき、柿の種の小袋を一つ開けてお坊さんに手渡した。
困惑した表情のお坊さん。
「なぬ……柿の種だと?」
「これは植えなくとも食べられる柿の種だから!」
ドヤ顔のフタバ。
アズサのスマホの中では大きなハサミで柿の種をつまんでいる蟹。
そのすぐ手前にいるフタバは蟹じゃなく、ちゃんと人間のままで映っている。
リアルなお坊さんの方は表情が少し和らいでいる。
「美味じゃ。だが、ちと辛うて喉が乾く」
「そんなときはこちらをどうぞっ!」
フタバは缶ビールをプシュッと開けて手渡す。
お坊さんってアルコールいいんだっけ?
でも、美味しそうに飲んでるからいっか。
「じゃあ次、私の番ね」
アズサまで。
「いや、次は拙僧が……」
「一人一回ずつ!」
アズサは強引に押し切った。
「平家はいるけど源氏はいない海の生きものなーんだ?」
お坊さんは赤みのさした頬を緩ませつつ、ちょっと考えてから答えた。
「……蟹」
「大正解! はい! 賞品の柿の種!」
新しい柿の種の小袋を開いて差し出すアズサ。
「か、かたじけない」
「喉乾くでしょ! こっちも!」
さらに缶ビールまでおかわり分を差し出す。
お坊さんの頬もかなりほころんだ様子――なんて見ているだけじゃダメっぽい。
フタバもアズサも私をじっと見つめている。
私の番ってことでしょ。そのくらいはわかる――けどさ、私は二人みたいにはすぐにいい問題なんて思いつかないんだって!
「では、次は」
お坊さんが口を開く。
「はいはいはーい! ビッグボーナスチャンスぅぅぅっ!」
ノープランのまま私は大声出しながら手を上げた。
もう勢いで行くしかない!
「最初が『か』で……最後が『に』で、かっこいい海の生きものなーんだっ!」
我ながら酷い問題。
お坊さんが反応するより前にフタバとアズサが吹き出した。
「あんたいくらなんでもそれは」
だけどお坊さんは答えた。
「……蟹」
ちょっと照れているっぽい。
「正解! じゃあ、ビッグボーナス大成功っ! 今回の賞品には柿の種にスルメまでつきまーす!」
ヤケクソだった。
しかし、スルメを一口食べたお坊さんは満面の笑みに。
「これは……もそっとくださらぬか?」
「当然! というかこっちもどうぞ!」
私たちは寄ってたかっておつまみとお酒を勧めまくった――結果、お坊さんはこてんとひっくり返って寝てしまった。
三人同時に溜め息をつこうとして、それを思わずぐっと飲み込んだ。
お坊さんは寝た途端、スマホの中だけじゃなくリアルでも蟹になったから。
恐る恐る触ってみる。
硬い甲羅。
「……どうする? 蟹、だよね?」
「うん。ガチ蟹だよね」
「とりあえずさ、お風呂沸かそう」
フタバは伸びをする。
そういやけっこう汗をかいたかも。冷や汗含めて。
「だね」
私たちはお風呂場の横に積んであった薪を使い、初めての五右衛門風呂を沸かし始めた。
「あのさ。ボイルド・フロッグ・フェノメノンって知ってる?」
フタバがまた変なことを言い出した。
「あー。変温動物はお水から茹でると水温とともに体温も上昇して茹で上がるまで気付けないってアレだよね?」
アズサは肯いている。
「正解! 柿の種あげる!」
フタバは悪い顔して笑っている。
「じゃあ、急がないと」
アズサは私の手を引っ張る。
「火の番しないでいいの?」
「すぐだから」
三人で部屋へと戻ると、まだ蟹がひっくり返ったままだった。
フタバとアズサが二人で持ち上げようとして、私の顔を見る。
「わかったわよ」
私も手を貸し、三人で蟹を五右衛門風呂まで運び、まだぜんぜん温まっていない水の中へと入れた。
蟹は見事に真っ赤になった。
風呂場の外の、さっきまで薪の燃える匂いが立ち込めていたかまどにまで蟹の茹だったいい匂いが漂ってきている。
タオルで足をくるんで引っ張り、なんとか風呂の中から取り出した。
「どうするの、これ?」
まさか食べないよね? というつもりで言ったのだけど、私の問に最初に答えたのは、私の腹の虫だった。
つられるようにフタバとアズサのお腹もグーっとなる。
フタバがクーラーボックスから少し溶けかけたロックアイスの袋を持ってきて、蟹の甲羅の端を少し冷やした。
「これで持てるね」
「そだね」
そこからは無言でさっきの部屋へと蟹を運ぶ。
そこまでしておいて私たちは乾き物で宴会を再開した――のだけれど、さっき蟹に大量に食べさせたせいでおつまみがちょっと寂しい状態に。
だからフタバのすることを積極的には止めなかった。
「甲羅って思ったよりも簡単に開くんだね」
それは私も見てて思った。
「もう蟹にしか見えないよね」
確かに。いやダジャレとかじゃなく。
「今ね、さっきの動画見返しているんだけど、徹頭徹尾、蟹なのよ」
アズサまで。
「だよね」
フタバがとうとう割り箸を持ち、開いた甲羅の内側へと挿し込んだ。
そして一口食べて一言。
「蟹だよ」
アズサまで割り箸を持ち、続く。
もぐもぐと口を動かしてから一言。
「蟹だね」
一度つまみ始めたら二人は止まらなくなり、私もとうとう割り箸を構えてしまった。
日本酒もいつの間にか開けられていて、これがまた蟹に合う。
「美味いな、蟹。きっと美味いもの食ってんだろうなー」
「柿の種!」
「正解!」
三人でゲハゲハ笑う。
カセットコンロの上に甲羅を乗せ、蟹味噌と身をほぐし入れマヨ焼きにして食べる。
「最高!」
「正解!」
得体の知れない状況への恐怖など全部吹き飛ぶほど美味い。
「甲羅酒!」
「正解!」
バカなテンションで盛り上がり、私は恐らく途中で寝落ちしたと思う。
フタバの悲鳴で目が覚めた。
部屋の中央にあった大きなそれが、すぐには人の死体だとは気づかなかった。
ぶくぶくに膨れた上に、体のあちこちを箸でついばんだ跡がある。
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<終>
蟹坊主
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