妖怪奇譚【一話完結短編集】

だんぞう

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はいった

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 鍵が開いていたから、嫌な予感が的中したかもって思った。
「お姉ちゃん?」
 声をかけても返事はない。
 久々に遊びに来たお姉ちゃんは、なんだか妙にジメついている。
「お土産、玄関に置くねー?」
 何気なくおいた紙袋の、手に伝わってきた感触が不自然で、慌てて持ち上げる。
 廊下が粘ついていた。
 キレイ好きなお姉ちゃんっぽくない。
 もしかして、と玄関にあるスイッチに触れると、ここも粘ついている。
 とりあえず玄関と廊下の照明を点けはした。
「なんなの、これ」
 ティッシュで指先を拭いながら改めて廊下を見つめる。
 三、四メートルくらいの短い廊下。
 床は板張り。壁も天上も白いのに、やけに圧迫感を感じるのは、リビングへつながる突き当りのドアが今日は閉まっているから?
 いつもは開いていて、リビングのテレビが丸見えなのに。
 廊下にはドアがあと二つ。トイレと洗面所。
 洗面所のドアも普段開けっ放しなのに、今日は閉じている。
 奥にはバスルームがあるから、もしかして今お風呂タイムだったりするのかな?
 しゃがんでもう一度廊下を見つめてみる。
 廊下全体がテラテラと表面に光沢がある。
 濡れすぎた雑巾で拭きまくりましたって感じ。
 これ、靴下で歩きたくないなぁ。
「お姉ちゃん、ごめんだけど土足のまま上がるよ?」
 踏みしめた廊下は、靴の裏にぬちりと粘度の高い音がした。
 ただ単に濡れているのとは違うっぽい。
 床一面にヘアジェルでも塗りたくったみたいな。
「お姉ちゃーん? 寝てるのー? それともお風呂ー?」
 恐怖はあった。でもそれ以上に、こんな状況で顔を出さないお姉ちゃんに対する心配が大きかった。
 あんな画像を送ってきた後だから。
 もしも動けないような状況だったら。
 とにかくお姉ちゃんの顔を見よう。
 全てはそこから。

 足を滑らせないように気をつけながら、慎重に進む。
 すぐにトイレのドアまで差し掛かる。
 中で倒れている可能性もあるよね?
 耳を澄ましてみるが、静まり返っている。
 さっき指を拭いたティッシュでトイレの電気を点け、そのままドアノブにも被せてドアを開ける。
 ぬたーっと湿った音を立てながら開いたドアの向こうには誰も居ない。
 誰も居なかったことにホッとしている自分に気付く。
 お姉ちゃんを探しているハズなのに――いや、きっとベッドで熟睡しているだけ。きっと。
 少しずつ奥へと進む。
 一歩進むごとにガムテープを剥がすような音がする。
 これ、置きてたらきっと聞こえているよね?
 洗面所もドアが閉まっているし、立ち止まった途端に静まり返る。
 新しいティッシュを出してドアノブに被せてドアノブをひねる。
 ぬるっと空回りする。
 強く力をいれたらドアノブは開いたものの、手のひらまでべっとりとねとついた。
 洗面所に入ってすぐ電気を点ける。洗面所とお風呂場と両方とも。
 お風呂場へのドアは開いていて、誰もいないのが一目瞭然でホッとする。
 念の為、洗濯機の中も確認したけど問題なし。
 強いて言うならば、洗濯機の中だけは粘ついてなかった。
 手についたねとねとはせっかくだから洗面所で洗う。
 壁にかかっているタオルも粘ついていたので自分のハンカチで拭いた。

 廊下へと戻る。
 さあ、もうリビングしか残っていない。
 リビングには台所と、さらに奥の寝室へとつながるドアがある。
 玄関をもう一度見つめる。
 いざとなったら走って逃げられる距離。
 鍵だってかけてない。
 ドアノブがねとねとかもしれないけれど、ハンカチでくるめばきっと大丈夫。
 ふと、このまま帰っちゃおうかとも考えた。
 でもお姉ちゃんに何かあったのだとしたら、私が気付けば助かったのに、みたいなことになったら一生後悔するし。
 意を決して、リビングへのドアのドアノブへティッシュを被せて、ドアを開けた。

 真っ暗だった。
 そして腐った排水溝みたいな臭い。
「お姉ちゃん、居るんだよね?」
 リビングには大きな窓があったはずだけど。換気もしたいし明かりも欲しい。
 まずは照明のスイッチを探して点ける。
「えっ!」
 思わず出てしまった自分の声よりも大きな違和感が二つ。
 窓のあった場所に板が打ち付けてあったこと。
 そしてもう一つは部屋の中央に、お姉ちゃんからもらった画像よりも倍以上に大きくなっている猫ちぐら――と言っていいのかわからない殻。
 間近で見ると本物の殻に見える。カタツムリの。
 洗濯機くらいあるよね?
 お姉ちゃんから最初に贈られてきた画像では、炊飯器くらいの大きさだった。
 『フランスから取り寄せたの! カタツムリの殻の形の猫ちぐら!』って書いてあるのに、三毛のジョディもハチワレのフォスターも全く興味を示さず、猫ちぐらが入っていたダンボールの方に夢中になっていた、というよくある話。
 それからしばらくして送られてきた画像は『フォスターがはいった』という内容で、確かにその入り口からフォスターの顔だけが見えていた。
 でもなんというか、私はその画像が怖かった。
 フォスターの表情がなんというか、虚ろで。
 『ジョディもはいった』という画像が送られてきたのはそれから一週間後くらい。
 これはもっと怖かった。
 猫ちぐらの入り口から見えるジョディの顔が上下逆さまで、しかも殻の入り口に対してちょっと小さくて。
 画像加工で遊んでいるのかと思ったほど。
 でも今見てわかった。この殻が、大きくなっていたんだって。
 そして昨日、お姉ちゃんから届いた画像は真っ暗で、『わたしもはいった』とだけ。
「お姉ちゃん? ドッキリなんだよね?」
 思わずあとずさったのは、殻が震えた気がしたから。
 リビングの奥のドアの向こうは寝室だけど、この殻の向こうへはなんだか行きたくない。
 ふと、思いついて電話をかける。
 お姉ちゃんへ。
 すぐに着信音が鳴る。殻の中で。
 と同時に殻がまたぶるりと震え、殻の入り口からぬめっとしたものがい出てきた。
 細かい毛のようなものがびっしりと生えたナメクジみたいな蛇みたいなそれの、恐らく口の中から、長い髪の毛がはみ出ていた。
 お姉ちゃんの髪の毛と同じ色の。



<終>
ル・カルコル
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