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第1章 始動
9 9号室のボクっ娘
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刑事たちから開放された後、何とか夕飯の買い物をしてシェアハウスに戻った草太だったが、生まれて初めて間近で見た人の死体の衝撃はなかなか収まらなかった。しかもそれは普通の死体ではない。首無しだったのだ。遊園地のフリーフォールもやったことない者がいきなりスカイダイビングさせられたようなものだ。薄暗かったとはいえ、首の切断面からジクジクと流れ出る鮮血の毒々しい赤みが頭から離れない。死体の身元が気になるところだったが、草太が派出所を出る頃にはまだ誰とも分からなかった。
ノワールの自分の部屋に戻るとすぐにTシャツを脱ぎ、ビニール袋に入れてダストボックスに捨てる。誰だか分からない死者を悼むよりも、気持ちの悪さが先立っていた。そしてシャワー室に入り、胸の部分を特に念入りに洗う。洗っても洗っても、死体からぬるっと出てきた血液の感触がいつまでも残っていた。
自室で髪を乾かしてからダイニングに入ってテレビをつける。時刻は3時を回ったところ。ちょうど昼過ぎから始まるワイドショーが、さっきの事件のことを早々と取り扱っていた。
『衝撃!女子高生連続殺人事件に四人目の被害者か!?』
画面の上部にセンセーショナルなトピックが固定されている。警察が動いてから報道するまでの時間が短いような気もするが、それだけ世間が関心を寄せているということなのだろう。耳をすませば、報道のヘリコプターの音が聞こえる気がした。遺体の身元はまだ分からないようだったが、それでも女子高生と決めつけるように報道されているのはあの制服姿から判断したのか。そこで一つ重要なことを思いつき、草太はポケットからスマホを出していくつかの検索ワードを入れた。
聖連女子高校 夏の制服
依頼に来た少女から聞いた高校名で画像検索をかけると、白いシャツに濃紺のベスト、淡いピンクの上品なマドラスチェックのスカートに同じ柄のネクタイ・リボン…さっき見た遺体が着ていたのと同じ制服がでてきた。間違いない、あの遺体は聖連女子高生のものだ。すなわちそれは穂乃香と名乗った少女が探していた友人、陽菜か心晴である可能性が高いということだ。
その草太の考えはすぐに正しいことが確定される。ワイドショーのアクの強い司会者が、普段よりもツートーンくらい高い声を張り上げるのが耳に飛び込んできた。
『今遺体の身元が分かりました!亡くなったのはH県K市在住の佐倉心晴さん!佐倉心晴さんと分かりました!』
心晴…確か11日に登校してから行方不明になった子だ。遺体が制服を着たままだったということは、高校に着く前に事件に巻き込まれたということか…
そこで草太は違和感を覚えた。彼が見た遺体の首からは赤い血が滴り、まるでついさっき首が切られたばかりというようだった。ということは、心晴は行方不明から十日近くは生きていたことになる。草太の頭に逃げ去っていく濃紺のオンブレチェックのシャツを着た後ろ姿が蘇る。まさか、彼があの家で心晴の首を切断した…?
草太は分からないことだらけの現状に頭を抱えた。と、そこでダイニングルームの扉がガチャっと引かれ、ギクッとしてそちらを見る。長身の男が寝起きの頭をボリボリ掻きながらぬぼっとリビングに滑り込んできた。派手なアロハシャツに短パンという出で立ちで、まるで近くのビーチから戻ってきました的なラフさだ。
「あー頭いて。草太ぁ~コーヒー入れてくんない?」
「え、今起きたんすか?ゆうべはよっぽど遅かったんすね」
一応、非難の目を向けるがこんなことは日常茶飯事だ。草太がコーヒーメーカーをセットする間、1号室の探偵、一乗寺弾正は緩慢な動きでテレビの真正面のソファに陣取ってテレビ画面を見ていたが、何か引っかかるものがあったのか、顔をグッとテレビに近づけた。
「あれえ?ここってさあ、七星さんとこじゃない?」
弾正の言う七星とは源の鳥居駅を西に突き当たった登山口の近くにある七星妙見宮のことで、事件のあった鮫島家はその登山口のすぐ近くにあり、鮫島家の主人はそこの宮司を勤めていた。弾正の言葉は質問というより驚きの声という感じだったが、草太はコーヒーメーカーのコーヒーができるのを待ちながら、弾正に今日のことを報告すべきか迷った。依頼者がいなくなった今となっては昼間のことは仕事とはいえず、弾正は金に直結しないことには興味を示さない。とはいえ、純粋に今置かれている状況を相談したい気もするのだが、弾正の方はといえば朝に起こしに行った時に一度目を覚ましたことは完全に忘れているらしく、起きたばかりの気怠い気分に埋没していた。
コーヒーが出来上がり、弾正用の大きなステンレス製のマグカップに注ぎ、ついでに自分用にも入れてテーブルまで持って行く。弾正はテレビに観入っており、マグカップを置くとそのまま覚ましもせずにすぐに口に近づけてグビッと一口飲んだ。
「あ~沁みるわ~。サンキュな」
普通の人間なら今ので絶対にやけどしている。いや、弾正もやけどしたはずだ。健康のために夏の暑い日でも熱い飲み物を飲む的なことではなく、この男はただ皮膚を焼くような刺激が欲しいのだ。刺激があれば少々身体に害が及んでも構わない、弾正にはそんな危ない面があった。彼の横顔を眺める。端正な顔にはカビが生えたような無精髭が散りばめられ、目元は不健康に窪んでいる。よく日焼けした肌は健康的というより赤黒くくすんでいて、洗っても落ちない汚れを全身にまとわせている印象だった。
「あの…実はなんですけど…」
結局草太は今日あったことを弾正に話した。依頼に訪れた少女は明らかに噓をついていたわけだが、友達を思う真剣な眼差しまでが嘘だったとは思えず、少女の行方が気になっていた。だがやはり、不審な男のことは伏せて話していた。
「なるほどねえ、草太が第一発見者ってわけだ。スゲーじゃん」
弾正は話を黙って聞いてくれたが、その口調にはさほど感情がこもっていなかった。
「なんか俺、こういう超常現象的なことに慣れてなくて…あそこって呪いの家って呼ばれてるんすか?」
「さあねえ、俺も金になんねえことには疎いからな。そういうのはノアが詳しいんじゃね?」
弾正が9号室の住人の名を口にしたその時、
「ボクのこと呼んだ?」
オワアッ!!
いきなりの声に草太も弾正ものけ反る。見るとコの字型のソファのドア前のところにいつの間にか小柄な男の子が乗っていた。いや、男の子に見える女性、が正解なのだが…。
「お、おま、ちゃんとドアから入ってきたか?ソファの下から湧いて出たんじゃないだろうな?」
その人物は弾正の言葉に答えずに、虚ろな目で二人を眺めている。ガムを噛むようにくちゃくちゃと口を動かし、ソファに座らずにしゃがんでいるその人物は、9号室の九郎原乃愛だ。黒髪をベリーショートに刈り上げ、見た目は高校生くらいの男の子だが、実は21歳の妙齢の女性であることを草太は住人表を見て知っていた。YourTube活動で生計を立てていて、そこそこ登録者がいるらしい。クロノアチャンネルという都市伝説系ユァチューバーとして何とか食べていけるくらいには知名度があり、普段はブルーのロングウィッグにとんがりエルフ耳をつけ、自称ダークエルフと名乗って活動している。アニメに出てくる幼女のように声色が甘ったるく、さらにボクっ娘コスプレーヤーでもあるという、なかなかにキャラ渋滞をおこしている人物だ。いつもくちゃくちゃ噛んでいるのはスルメで、なんでも幼少期にガムが好きでよく噛んでいたが、すぐに飲み込んでしまうために親が代わりにスルメを与え、それ以来スルメが手放せなくなったらしい。
「ボク、お腹すいたよ。何かない?」
「いや、乃愛さんとは食事の契約してないでしょ」
「ぶー、ケチぃ」
ピョン、とソファから飛び降り、冷蔵庫の前まで行って中を漁る。明彦以外の住人は各々自分で食事の用意をしていて、食材には各部屋の番号を記していた。乃愛はソーセージの入ったパッケージを見つけると、そのまま持ってテレビ前のソファのど真ん中に陣取る弾正の隣りにちょこんと座り、ソーセージを一本出してニコニコ顔で器用に皮を剥いた。
「あ~!それ、6って書いてあるじゃないですか。朱美さんに怒られますよ!」
乃愛はまるで草太の声が聞こえていないように、剥き出しになったピンク色の魚肉をパクリと噛んだ。
ノワールの自分の部屋に戻るとすぐにTシャツを脱ぎ、ビニール袋に入れてダストボックスに捨てる。誰だか分からない死者を悼むよりも、気持ちの悪さが先立っていた。そしてシャワー室に入り、胸の部分を特に念入りに洗う。洗っても洗っても、死体からぬるっと出てきた血液の感触がいつまでも残っていた。
自室で髪を乾かしてからダイニングに入ってテレビをつける。時刻は3時を回ったところ。ちょうど昼過ぎから始まるワイドショーが、さっきの事件のことを早々と取り扱っていた。
『衝撃!女子高生連続殺人事件に四人目の被害者か!?』
画面の上部にセンセーショナルなトピックが固定されている。警察が動いてから報道するまでの時間が短いような気もするが、それだけ世間が関心を寄せているということなのだろう。耳をすませば、報道のヘリコプターの音が聞こえる気がした。遺体の身元はまだ分からないようだったが、それでも女子高生と決めつけるように報道されているのはあの制服姿から判断したのか。そこで一つ重要なことを思いつき、草太はポケットからスマホを出していくつかの検索ワードを入れた。
聖連女子高校 夏の制服
依頼に来た少女から聞いた高校名で画像検索をかけると、白いシャツに濃紺のベスト、淡いピンクの上品なマドラスチェックのスカートに同じ柄のネクタイ・リボン…さっき見た遺体が着ていたのと同じ制服がでてきた。間違いない、あの遺体は聖連女子高生のものだ。すなわちそれは穂乃香と名乗った少女が探していた友人、陽菜か心晴である可能性が高いということだ。
その草太の考えはすぐに正しいことが確定される。ワイドショーのアクの強い司会者が、普段よりもツートーンくらい高い声を張り上げるのが耳に飛び込んできた。
『今遺体の身元が分かりました!亡くなったのはH県K市在住の佐倉心晴さん!佐倉心晴さんと分かりました!』
心晴…確か11日に登校してから行方不明になった子だ。遺体が制服を着たままだったということは、高校に着く前に事件に巻き込まれたということか…
そこで草太は違和感を覚えた。彼が見た遺体の首からは赤い血が滴り、まるでついさっき首が切られたばかりというようだった。ということは、心晴は行方不明から十日近くは生きていたことになる。草太の頭に逃げ去っていく濃紺のオンブレチェックのシャツを着た後ろ姿が蘇る。まさか、彼があの家で心晴の首を切断した…?
草太は分からないことだらけの現状に頭を抱えた。と、そこでダイニングルームの扉がガチャっと引かれ、ギクッとしてそちらを見る。長身の男が寝起きの頭をボリボリ掻きながらぬぼっとリビングに滑り込んできた。派手なアロハシャツに短パンという出で立ちで、まるで近くのビーチから戻ってきました的なラフさだ。
「あー頭いて。草太ぁ~コーヒー入れてくんない?」
「え、今起きたんすか?ゆうべはよっぽど遅かったんすね」
一応、非難の目を向けるがこんなことは日常茶飯事だ。草太がコーヒーメーカーをセットする間、1号室の探偵、一乗寺弾正は緩慢な動きでテレビの真正面のソファに陣取ってテレビ画面を見ていたが、何か引っかかるものがあったのか、顔をグッとテレビに近づけた。
「あれえ?ここってさあ、七星さんとこじゃない?」
弾正の言う七星とは源の鳥居駅を西に突き当たった登山口の近くにある七星妙見宮のことで、事件のあった鮫島家はその登山口のすぐ近くにあり、鮫島家の主人はそこの宮司を勤めていた。弾正の言葉は質問というより驚きの声という感じだったが、草太はコーヒーメーカーのコーヒーができるのを待ちながら、弾正に今日のことを報告すべきか迷った。依頼者がいなくなった今となっては昼間のことは仕事とはいえず、弾正は金に直結しないことには興味を示さない。とはいえ、純粋に今置かれている状況を相談したい気もするのだが、弾正の方はといえば朝に起こしに行った時に一度目を覚ましたことは完全に忘れているらしく、起きたばかりの気怠い気分に埋没していた。
コーヒーが出来上がり、弾正用の大きなステンレス製のマグカップに注ぎ、ついでに自分用にも入れてテーブルまで持って行く。弾正はテレビに観入っており、マグカップを置くとそのまま覚ましもせずにすぐに口に近づけてグビッと一口飲んだ。
「あ~沁みるわ~。サンキュな」
普通の人間なら今ので絶対にやけどしている。いや、弾正もやけどしたはずだ。健康のために夏の暑い日でも熱い飲み物を飲む的なことではなく、この男はただ皮膚を焼くような刺激が欲しいのだ。刺激があれば少々身体に害が及んでも構わない、弾正にはそんな危ない面があった。彼の横顔を眺める。端正な顔にはカビが生えたような無精髭が散りばめられ、目元は不健康に窪んでいる。よく日焼けした肌は健康的というより赤黒くくすんでいて、洗っても落ちない汚れを全身にまとわせている印象だった。
「あの…実はなんですけど…」
結局草太は今日あったことを弾正に話した。依頼に訪れた少女は明らかに噓をついていたわけだが、友達を思う真剣な眼差しまでが嘘だったとは思えず、少女の行方が気になっていた。だがやはり、不審な男のことは伏せて話していた。
「なるほどねえ、草太が第一発見者ってわけだ。スゲーじゃん」
弾正は話を黙って聞いてくれたが、その口調にはさほど感情がこもっていなかった。
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弾正が9号室の住人の名を口にしたその時、
「ボクのこと呼んだ?」
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いきなりの声に草太も弾正ものけ反る。見るとコの字型のソファのドア前のところにいつの間にか小柄な男の子が乗っていた。いや、男の子に見える女性、が正解なのだが…。
「お、おま、ちゃんとドアから入ってきたか?ソファの下から湧いて出たんじゃないだろうな?」
その人物は弾正の言葉に答えずに、虚ろな目で二人を眺めている。ガムを噛むようにくちゃくちゃと口を動かし、ソファに座らずにしゃがんでいるその人物は、9号室の九郎原乃愛だ。黒髪をベリーショートに刈り上げ、見た目は高校生くらいの男の子だが、実は21歳の妙齢の女性であることを草太は住人表を見て知っていた。YourTube活動で生計を立てていて、そこそこ登録者がいるらしい。クロノアチャンネルという都市伝説系ユァチューバーとして何とか食べていけるくらいには知名度があり、普段はブルーのロングウィッグにとんがりエルフ耳をつけ、自称ダークエルフと名乗って活動している。アニメに出てくる幼女のように声色が甘ったるく、さらにボクっ娘コスプレーヤーでもあるという、なかなかにキャラ渋滞をおこしている人物だ。いつもくちゃくちゃ噛んでいるのはスルメで、なんでも幼少期にガムが好きでよく噛んでいたが、すぐに飲み込んでしまうために親が代わりにスルメを与え、それ以来スルメが手放せなくなったらしい。
「ボク、お腹すいたよ。何かない?」
「いや、乃愛さんとは食事の契約してないでしょ」
「ぶー、ケチぃ」
ピョン、とソファから飛び降り、冷蔵庫の前まで行って中を漁る。明彦以外の住人は各々自分で食事の用意をしていて、食材には各部屋の番号を記していた。乃愛はソーセージの入ったパッケージを見つけると、そのまま持ってテレビ前のソファのど真ん中に陣取る弾正の隣りにちょこんと座り、ソーセージを一本出してニコニコ顔で器用に皮を剥いた。
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※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
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