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1 生まれながらの婚約者
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【ヘンリックside】
月に一、二回ほど開かれる婚約者同士のお茶会は、彼らが婚約した10年前から続けられていて、彼女が隣国へ留学していた3年を除けば7年も続いている。
フォレスター公爵家令嬢のローゼリアは淑女のお手本のように、美しい姿勢でティーカップを口元に当てて、ゆっくりとした仕草でお茶を飲む。
そんなローゼリアを王太子のヘンリックは静かに見つめる。
ハーフアップに結われたストレートの見事な白金色の髪は手入れが行き届いていて、絹糸のように輝いている。
首元までを隠すコットとシュールコーに似たドレスはこの国の伝統的なデザインで、色合いは落ち着いた深緑色をしているが、布全体に金糸の刺繍が施されており、上品な仕上がりになっていて、彼女の貞淑さをよく表現していた。
この国、ランゲル王国の将来の王妃になるべく育てられた完璧な女性であり、長年の婚約者が目の前に座っているというのに、ヘンリックの心は凪いでいた。
ヘンリックの気持ちに気が付くような様子は無く、ローゼリアは優雅に淡々と会話を続ける。
「……今年は例年に比べていささか水不足のように思いますの」
「そう、か」
「ですから、南部は干ばつや害虫に強い作物を植えるように推奨した方がよろしいのではないでしょうか?我がフォレスター家の領地では麦の品種改良をさせて少しでも干ばつや害虫に強い麦を育てようとしているのですが、結果を出すにはもう少しかかりそうですわ」
「……そなたの領地の領民たちも日々精進しているのだな」
ヘンリックはぼんやりとした気持ちで目の前の婚約者の顔を見る。特別に美しいというわけではない容姿。ヘンリック自身は婚約者の容姿にそこまでこだわりは無いが、少し厳しい目で見ると彼女は不美人寄りの顔になるだろう。
黒や茶色等の暗いの髪色が多く黒髪の女性が美しいとされるこの国にあって白金色の髪はあまり褒められない。髪質はランゲル王国貴族女性としてはよく見るクセの無いストレート。しかし彼女は前髪を目のあたりまで長く伸ばしているので顔立ちや表情が分かりにくい。
他の美しい貴族令嬢たちの中に混ざってしまえば、髪の色以外は完全に埋もれてしまうようなメリハリの薄い個性を感じられない顔立ち。
ヘンリックにとって婚約者のローゼリアは教師のような女性だった。まるでマナーの教本から出てきたかのような伝統的な姿形に、婚約者として話す話題も国のことばかり。自分が求めるものが彼女にはない事はもう何年も前に気付いていた。
実はヘンリックの心の中には違う女性がいるのだった。彼女は、マリーナはヘンリックの求めるものをたくさん持っており、それを惜しみなく与えてくれる。
ヘンリックは婚約者が目の前にいるというのに、先日こっそり会った伯爵令嬢のマリーナの事を思い浮かべる。
彼女は王太子の執務に忙しいヘンリックを労る言葉を掛けて、貴族たちの中での軋轢に悩むヘンリックに寄り添う言葉を掛けてくれる。
マリーナと話したヘンリックは自身の婚約者と比べ、同じ女性でもこうも違うのかと思ったのだった。
(周りは愛妾をと勧めるだろうがそれでは可愛そうだな。側妃か、正妃か……)
ヘンリックの中でマリーナはローゼリアを排してまで欲しいと思う女性にまでなっていた。
「殿下、そろそろお時間です」
側に控えていた侍従が声を掛けたのでヘンリックはローゼリアに別れの挨拶を言って椅子から立ち上がる。一拍遅れてローゼリアも席を立つと、美しいカーテシーの姿勢をとったが、ヘンリックは彼女を見る事なく去ってしまった。
先日忍んで王都を散策していた時に土産物屋の前でふと目にした陶器の人形、髪色を除けば彼女の姿はそれによく似ていた。
軒下に並べられた人形はどれも澄ました表情を浮かべていた。肌は陶器独特の冷たそうな白色で、黒髪に白い肌が美しいとされるランゲルの女性そのものを表現した人形だった。
お茶を飲んでいる時のローゼリアを思い出す。ヘンリックの頭の中で伝統的な陶器人形と婚約者の姿が重なった。
そしてその時、少しだけ迷いのあったヘンリックの心は決まった。
伝統も大切だが、自分の時代にはこの国を今よりも新しい国にしたい。この国の伝統の塊のような彼女に王妃という地位を与えたら、きっと彼女はこの国の伝統を守っていこうとするだろう。古いしきたりを捨てて、この国を新しい国として変えていきたいと思っている自分とはきっと合わない。
公爵令嬢であり、公爵家の後ろ盾のある彼女は自分がやろうとしている事に対して壁として立ちはだかるだろう。何も知らないヘンリックは、その時はそう思ってローゼリアではなくマリーナを選んだ。
月に一、二回ほど開かれる婚約者同士のお茶会は、彼らが婚約した10年前から続けられていて、彼女が隣国へ留学していた3年を除けば7年も続いている。
フォレスター公爵家令嬢のローゼリアは淑女のお手本のように、美しい姿勢でティーカップを口元に当てて、ゆっくりとした仕草でお茶を飲む。
そんなローゼリアを王太子のヘンリックは静かに見つめる。
ハーフアップに結われたストレートの見事な白金色の髪は手入れが行き届いていて、絹糸のように輝いている。
首元までを隠すコットとシュールコーに似たドレスはこの国の伝統的なデザインで、色合いは落ち着いた深緑色をしているが、布全体に金糸の刺繍が施されており、上品な仕上がりになっていて、彼女の貞淑さをよく表現していた。
この国、ランゲル王国の将来の王妃になるべく育てられた完璧な女性であり、長年の婚約者が目の前に座っているというのに、ヘンリックの心は凪いでいた。
ヘンリックの気持ちに気が付くような様子は無く、ローゼリアは優雅に淡々と会話を続ける。
「……今年は例年に比べていささか水不足のように思いますの」
「そう、か」
「ですから、南部は干ばつや害虫に強い作物を植えるように推奨した方がよろしいのではないでしょうか?我がフォレスター家の領地では麦の品種改良をさせて少しでも干ばつや害虫に強い麦を育てようとしているのですが、結果を出すにはもう少しかかりそうですわ」
「……そなたの領地の領民たちも日々精進しているのだな」
ヘンリックはぼんやりとした気持ちで目の前の婚約者の顔を見る。特別に美しいというわけではない容姿。ヘンリック自身は婚約者の容姿にそこまでこだわりは無いが、少し厳しい目で見ると彼女は不美人寄りの顔になるだろう。
黒や茶色等の暗いの髪色が多く黒髪の女性が美しいとされるこの国にあって白金色の髪はあまり褒められない。髪質はランゲル王国貴族女性としてはよく見るクセの無いストレート。しかし彼女は前髪を目のあたりまで長く伸ばしているので顔立ちや表情が分かりにくい。
他の美しい貴族令嬢たちの中に混ざってしまえば、髪の色以外は完全に埋もれてしまうようなメリハリの薄い個性を感じられない顔立ち。
ヘンリックにとって婚約者のローゼリアは教師のような女性だった。まるでマナーの教本から出てきたかのような伝統的な姿形に、婚約者として話す話題も国のことばかり。自分が求めるものが彼女にはない事はもう何年も前に気付いていた。
実はヘンリックの心の中には違う女性がいるのだった。彼女は、マリーナはヘンリックの求めるものをたくさん持っており、それを惜しみなく与えてくれる。
ヘンリックは婚約者が目の前にいるというのに、先日こっそり会った伯爵令嬢のマリーナの事を思い浮かべる。
彼女は王太子の執務に忙しいヘンリックを労る言葉を掛けて、貴族たちの中での軋轢に悩むヘンリックに寄り添う言葉を掛けてくれる。
マリーナと話したヘンリックは自身の婚約者と比べ、同じ女性でもこうも違うのかと思ったのだった。
(周りは愛妾をと勧めるだろうがそれでは可愛そうだな。側妃か、正妃か……)
ヘンリックの中でマリーナはローゼリアを排してまで欲しいと思う女性にまでなっていた。
「殿下、そろそろお時間です」
側に控えていた侍従が声を掛けたのでヘンリックはローゼリアに別れの挨拶を言って椅子から立ち上がる。一拍遅れてローゼリアも席を立つと、美しいカーテシーの姿勢をとったが、ヘンリックは彼女を見る事なく去ってしまった。
先日忍んで王都を散策していた時に土産物屋の前でふと目にした陶器の人形、髪色を除けば彼女の姿はそれによく似ていた。
軒下に並べられた人形はどれも澄ました表情を浮かべていた。肌は陶器独特の冷たそうな白色で、黒髪に白い肌が美しいとされるランゲルの女性そのものを表現した人形だった。
お茶を飲んでいる時のローゼリアを思い出す。ヘンリックの頭の中で伝統的な陶器人形と婚約者の姿が重なった。
そしてその時、少しだけ迷いのあったヘンリックの心は決まった。
伝統も大切だが、自分の時代にはこの国を今よりも新しい国にしたい。この国の伝統の塊のような彼女に王妃という地位を与えたら、きっと彼女はこの国の伝統を守っていこうとするだろう。古いしきたりを捨てて、この国を新しい国として変えていきたいと思っている自分とはきっと合わない。
公爵令嬢であり、公爵家の後ろ盾のある彼女は自分がやろうとしている事に対して壁として立ちはだかるだろう。何も知らないヘンリックは、その時はそう思ってローゼリアではなくマリーナを選んだ。
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