裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都

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36 ローゼリアの警告

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「あのような冤罪事件が起きてこの国の貴族たちが黙っていない、と?」

 イアンは以前伯爵が話していた言葉を思い出していた。

 しかしイアンの指摘は的外れだったようで、眉間にシワを寄せた彼女は軽く首を傾げてみせる。

「フォレスターは派閥の貴族も多かったのですが、私たちはかつて寄り子であったあの家の方々に期待はしていませんの。本心がどうであれ、あの時フォレスターを守ろうとした家はいませんでしたから。ランゲル貴族は強い者の後を追う事しか考えていませんのよ。他国からランゲルが“閉じられた国”と呼ばれているのをご存知?」

 苦虫を噛み潰すように笑うローゼリアの問いにイアンは首を横に振る。

「いえ、知りませんでした」

 ランゲルが閉じられた国と言われているのは周辺国では有名な話だったのだが、他国との交流に乏しいランゲルでは他国での話題もあまり入ってこない。

 むしろランゲルの民に他国からの情報は入れようとしない誰かの意思のようなものすら感じられるほどランゲル国民は他国への関心が薄かった。

 大きな山脈を二つも持つランゲルは地理的に陸の孤島に近く、エルランドしかランゲルと接している国はない。

 エルランドは大国だから、そのエルランドと争ってまでランゲルを手に入れようとする国は無いので、エルランド以外の国から攻め込まれる心配をせずにやってきた。

 幸いなことに歴代のエルランド王たちは鉱山資源にも乏しく、民族としても違うランゲルを手に入れようとはしなかったので、友好国として共存する事が出来た。

「ランゲルのように他国とほとんど交流をしないのは国として珍しい事ですのよ。どの国も周辺国の事は気にしていますし、お互いに新しい技術や文化を交流させていますの。それに国境の境目がどちらが正しいかで何十年も揉めている国もありますわ。良い点も悪い点もありますが、そうやって国同士の付き合いがありますの」

「でも、建国の古いランゲルにはランゲルの良さがあるのではありませんか?」

「ええそうですわね。歴史と伝統、ランゲル国民の一番好きな言葉ですわ」

 ローゼリアは一呼吸おいてから更に言葉を続ける。

「けれどもランゲルの国民が考えているよりも早く時代は流れていますのよ。このままではいつかランゲルは他の国々から取り残されてしまいますわ。それを憂いたのが前国王陛下ですわ。ランゲルを変えるべく陛下がされた事が、年頃の近かった父と母の結婚でしたのよ」

「両国の筆頭公爵家同士の結婚ですね」

 元フォレスター公爵と夫人との結婚は国内でも有名な話だった。

「ええ、フォレスターもピオシュもそれぞれの王家の血が入っていますの。母が嫁ぐことで他の貴族も後に続くかと思われたのですが、前国王陛下が思われていた以上にランゲル貴族たちは他国の血を入れようとしませんでしたの。折が悪く先の陛下もご病気を患ってしまい、ランゲルとエルランドを結ぶ結婚は父と母だけで終わってしまいましたわ。その陛下が病床の中にあって最後に望まれたのが私と殿下の結婚でしたの」

 ローゼリアは小さくため息を吐いた。ローゼリアはヘンリックというよりも国と結婚するつもりでいた。ランゲルの為に尽くし一生を終えるのだと考えていた。

 もしもヘンリックとローゼリアの間に個人的な会話が少しでもあったのなら、ローゼリアは自分らしさというものをヘンリックに見せていただろう。そしてそこからお互いを知る事になり、もっと違った関係を築けたのかもしれない。

 しかしヘンリックはローゼリアに一度も関心を持つ事はなく、ローゼリアも王家に言われるままの婚約者を演じていただけで終わってしまった。

 街道を行く馬車は国境近くまでさしかかってきた。この道の先にはエルランドがある。

「この国にあって、私と兄は敵対派閥の貴族たちから“混血児”や“外国人”と呼ばれていましたの。王家に他国の血を入れたくないと考えている貴族はこの国にはたくさんいますのよ。フォレスターの派閥だった貴族たちも例外ではありませんでしたわ。表面上はフォレスターに従っていても内心では違う。だから簡単に裏切られてしまいましたし、あのようなことがまかり通ってしまいましたのよ」

「俺から見たら貴女は高貴なる血が流れている方だ」

「ふふふ。それだけ根が深いのです。この国の閉じ籠ろうとする意志は」

 ローゼリアは自嘲気味に笑う。

「でもこの国は大きな間違いを犯しましたわ。獅子の尾を踏んでしまったのですから」

「獅子の尾?」

「ええ、母の実家であるピオシュ家の紋章は獅子と交差する二本の剣ですの。あの国に於いて獅子とは王家の次に力を持つピオシュ家を指しますのよ」

 そう言いながらローゼリアはピオシュ家の紋章を真似るように両手の人差し指を交差させる。

「ランゲルではあまり知られていませんが、私の祖母はエルランド王家の王女でしたの。母は父に嫁ぐ前は王位継承権も持っていましたのよ。当時の母はピオシュの宝石姫と呼ばれていて、エルランドの社交界で絶大な人気がありましたわ。ですが外交に疎いこの国の貴族たちは母をエルランド出身のただの貴族としか思っていないようなのです。エルランド王家とも縁が深く、ランゲルの為に嫁いだ母を蔑ろにする事がピオシュ家を怒らせるだけではなく、エルランド王家の顔に泥を塗る事にもなるのだと誰も思わなかったのが私は不思議でなりませんの。私と婚約破棄するだけに留めておけばエルランド側から何か言われても内政干渉だと逃げられたでしょうに、これは国家間の問題になります。あの方はご自身の選択を間違えましたわ」

 そう言い切って、ローゼリアはかつての婚約者の顔を思い浮かべる。婚約者時代に外交の大切さを伝えてきたはずなのに、彼は分かってはくれなかった。

「ピオシュ家を敵にする事はエルランド国を敵とする事と同義ですのよ」

 ローゼリアの話を聞いたイアンは軽く身震いをした。

知識に乏しいイアンでさえもエルランドはランゲルよりも大国である事は知っている。他国の高位貴族の血縁関係の事はよく分からないが、ローゼリアの母親がエルランドでは高位の存在で、ぞんざいに扱って良い相手ではないとは理解した。

 そしてランゲル王国がした事は代官の脱税という小さな罪、しかも冤罪で彼女の嫁いだ家を簡単に潰してしまったのだ。

 貴族というのは体面を重んじる。今はまだ静観しているのだろうが、あれだけの事をされてメンツを潰された大国の筆頭公爵家であるピオシュ家が黙っているとは思えなかった。

「私たちにとってエルランドは敵ではありません。ですが、行動には結果が伴いますの。ピオシュの姫として知られた母がエルランドに戻ってきた事で、ランゲルのした事がエルランドのみならず周辺の国にも知られる事になりますでしょう。そうなりますと私たちフォレスターがランゲルを許すと言っても、ピオシュ家もエルランド王国も動かざるをえなくなりますのよ」

「………ランゲルはどうなるのでしょう?」

「私にも分かりませんわ。兄や母に聞けば分かるのでしょうが、王家から離れた私に教えて下さるかしら?水面下で動いている事を知るほど危険な事はありませんでしょう。ですからイアン様もあまり深く考え過ぎないで。何も知らないのは良くありませんが、知り過ぎるのも良くありませんから」

 これから行く先で何かを見聞きしたら気を付けろとローゼリアは言いたいのだろうとイアンは思った。

 ローゼリアの家族に会うのは今のイアンには緊張する事なのだが、ローゼリアの話を聞いてイアンはさらに気持ちが重くなるのだった。

 馬車は既に国境にさしかかっていた。
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