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43 遅い気付きと気付かない妻
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【ヘンリックside】
「ねぇ、聞いて下さいな、ヘンリック様ぁ…」
午後の執務室、執務が忙しくてお茶の時間が取れなくなってしまったと伝えたら、マリーナは夫婦の交流も必要だと言って、お茶の時間になるとヘンリックの執務室に置かれた応接セットのソファーに座って勝手にお茶を飲むようになってしまった。
マリーナの話題は流行りのドレスショップや宝石店等の女性向けの流行に関する事が多い、他は夫人や令嬢たちの噂話ばかりだった。彼女はそういった話題がヘンリックの役に立つと思っている節があるのだが、衣装や装飾品の話題はヘンリックの仕事にほとんど役に立たないし、マリーナが興味を持っているのは恋愛等の交友関係に関係しているゴシップが多く、こちらも国政にはほとんど役に立たない情報だった。
「……ああ」
自分の執務以外に本来ならマリーナがするはずの王太子妃の執務もこなしているヘンリックはいつも忙しく、結婚して僅か数日でヘンリックはマリーナの話題には生返事しかしなくなっていた。
今思い返してみると、ローゼリアの話題は領地の事や国政、留学していたエルランドの文化等、マリーナとは違って俗っぽい話題は一切無かった。当時のヘンリックはローゼリアの話が面白いとは思えなかったが、あれだけ博識な彼女だったら執務だって難なくこなせていただろう。
(今思えば父上がローゼリアを側妃に推していた理由が分かる。マリーナの為に妃は他に持ちたくないと思っていたが、今のままのマリーナでは愛妾のレベルにも及ばない)
国王にとってヘンリックは遅くに授かった唯一の王子だったので、国王の年齢的にもヘンリックは結婚して一年ほどで王位を継承する予定になっている。そういった事もマリーナに言い含めていて、結婚前のマリーナは妃教育を頑張るとあれだけ強く言っていたのに、実際はほとんどサボってばかりいるのだった。
それどころか、これまで王太子妃の執務として割り当てられていた孤児院や教会への慰問もマリーナの判断で止めてしまっていた。
(これではマリーナは立場を得ただけではないか)
マリーナは公務や教育を怠っていても社交には熱心で、王太子妃となるとそれなりのものが必要だからと自分を着飾る事は怠らない。もうすぐ始まる社交シーズンの為だと言ってマリーナは、王太子妃に割り当てられた一年分の予算をドレスや装飾品だけで既に三分の一も使っていたのだった。
「……それで、下位貴族の夫人たちから聞いたのですが、最近ローゼリア様のサロンが話題になっているようなのです」
マリーナの話題はほとんど聞いていなかったヘンリックだったが、ふと元婚約者の名前が出た事で筆が止まった。
「オルコット夫人がサロンを開いているのか?」
「ええ、あの方はエルランドの貴族の血筋という事を鼻に掛けていらっしゃるようですの。サロンといえば詩の朗読ですのに、詩の朗読はさっさと切り上げてエルランドの品々を見せびらかしているとの噂ですわ。それにランゲルの伝統あるドレスを着ずにエルランドのドレスを着てすっかりエルランド人になってしまわれたようですのよ」
ヘンリックの記憶ではローゼリアの母親はエルランドの高位貴族だったはずだ。容姿もエルランドの血が濃く出ていたので、混血児と陰口を言われていたのをヘンリックも知っていた。その為なのか、ヘンリックから見たローゼリアはランゲル人であろうと必死だったはずだった。
「夫人は純粋なランゲル人でないからな」
「ええそうですの、混血だから時によってエルランド人になったりランゲル人になったりしているのですわ」
ヘンリックはマリーナの口から“混血”という言葉が出た事に不快感を覚えた。他国の血が入っていても彼女の血統はランゲル王国の初代国王の弟を祖としており、フォレスター家はこれまで何人も王妃を輩出している王家とも縁が深い血筋なのだ。
三代前に伯爵となる前は男爵、さらにその前は平民であったマリーナの生家であるアンダーソン家の血筋に比べて、これまでずっと王国を支えてきた高貴なる血筋であるのに、マリーナの口調はローゼリアを馬鹿にしているようだった。
「エルランドと言えばマリーナ、エルランド語の習得は進んでいるのか?」
「えっ、それは……」
「我が国にとってエルランドは唯一隣接している国だ。国力もあちらの方が大きい。今後は王太子妃としてエルランドへ赴く機会もあるだろう。王太子妃がエルランド語を話せないと他国どころか自国の貴族にも侮られるぞ」
「はっ?そんな見栄の為にエルランド語を学ばないといけませんの?教師たちはいつもローゼリア様と私を比べてばかりですのよ。あの方はお母さまがエルランド人だからエルランド語が出来るのは当たり前なのに、生粋のランゲル人の私にエルランド語を話すなんて簡単ではありませんのに」
そもそもランゲル語はエルランド語に強く影響を受けた言語なので、文の構成や単語に似ているところが多く、ランゲル人にとっては覚えやすい言語で、エルランド語を話せる貴族は少なくない。
「確かにローゼリアは幼い頃からの教育があった。それは王太子妃という椅子に座った時点で王太子妃としての能力を求められるからだ。マリーナは特例として王太子妃教育は結婚後も学び続ける事になったが、それは教育を免除されたわけではないんだ」
「ヘンリック様は結婚してから変わってしまわれましたわ。前はもっと私に優しかったのにっ!」
「マリーナ、これは優しいとかそうでないとかの感情論ではないのだよ。私だってキミの生家と同じ伯爵家だったらここまでは厳しくはしなかった。キミはいずれこの国の王妃になるんだ。そこのところを理解して欲しい」
「ヘンリック様の意地悪っ!」
そう言い捨ててマリーナは執務室を出て行ってしまった。
出て行く時に派手な音を立ててドアを閉めた事をヘンリックは不快に感じた。
残されたヘンリックは大きくため息を吐いて書類仕事を再開する。
この結婚は間違っていたと既に気付いていたが、今さら簡単に離縁は出来ない。国内外に結婚を発表し、大々的に披露宴まで行ってしまった以上、能力が低くてもマリーナを何とかする他は無かった。
今のままではマリーナには王太子妃は務まらない。見込みのある令嬢を今から教育して側妃として迎え、公務も社交もその令嬢に代わってもらわないと国として成り立ってはいかなくなる。
ヘンリックにとって結婚前には輝かしく思えた未来も、今では暗雲が立ち込めていた。
「ねぇ、聞いて下さいな、ヘンリック様ぁ…」
午後の執務室、執務が忙しくてお茶の時間が取れなくなってしまったと伝えたら、マリーナは夫婦の交流も必要だと言って、お茶の時間になるとヘンリックの執務室に置かれた応接セットのソファーに座って勝手にお茶を飲むようになってしまった。
マリーナの話題は流行りのドレスショップや宝石店等の女性向けの流行に関する事が多い、他は夫人や令嬢たちの噂話ばかりだった。彼女はそういった話題がヘンリックの役に立つと思っている節があるのだが、衣装や装飾品の話題はヘンリックの仕事にほとんど役に立たないし、マリーナが興味を持っているのは恋愛等の交友関係に関係しているゴシップが多く、こちらも国政にはほとんど役に立たない情報だった。
「……ああ」
自分の執務以外に本来ならマリーナがするはずの王太子妃の執務もこなしているヘンリックはいつも忙しく、結婚して僅か数日でヘンリックはマリーナの話題には生返事しかしなくなっていた。
今思い返してみると、ローゼリアの話題は領地の事や国政、留学していたエルランドの文化等、マリーナとは違って俗っぽい話題は一切無かった。当時のヘンリックはローゼリアの話が面白いとは思えなかったが、あれだけ博識な彼女だったら執務だって難なくこなせていただろう。
(今思えば父上がローゼリアを側妃に推していた理由が分かる。マリーナの為に妃は他に持ちたくないと思っていたが、今のままのマリーナでは愛妾のレベルにも及ばない)
国王にとってヘンリックは遅くに授かった唯一の王子だったので、国王の年齢的にもヘンリックは結婚して一年ほどで王位を継承する予定になっている。そういった事もマリーナに言い含めていて、結婚前のマリーナは妃教育を頑張るとあれだけ強く言っていたのに、実際はほとんどサボってばかりいるのだった。
それどころか、これまで王太子妃の執務として割り当てられていた孤児院や教会への慰問もマリーナの判断で止めてしまっていた。
(これではマリーナは立場を得ただけではないか)
マリーナは公務や教育を怠っていても社交には熱心で、王太子妃となるとそれなりのものが必要だからと自分を着飾る事は怠らない。もうすぐ始まる社交シーズンの為だと言ってマリーナは、王太子妃に割り当てられた一年分の予算をドレスや装飾品だけで既に三分の一も使っていたのだった。
「……それで、下位貴族の夫人たちから聞いたのですが、最近ローゼリア様のサロンが話題になっているようなのです」
マリーナの話題はほとんど聞いていなかったヘンリックだったが、ふと元婚約者の名前が出た事で筆が止まった。
「オルコット夫人がサロンを開いているのか?」
「ええ、あの方はエルランドの貴族の血筋という事を鼻に掛けていらっしゃるようですの。サロンといえば詩の朗読ですのに、詩の朗読はさっさと切り上げてエルランドの品々を見せびらかしているとの噂ですわ。それにランゲルの伝統あるドレスを着ずにエルランドのドレスを着てすっかりエルランド人になってしまわれたようですのよ」
ヘンリックの記憶ではローゼリアの母親はエルランドの高位貴族だったはずだ。容姿もエルランドの血が濃く出ていたので、混血児と陰口を言われていたのをヘンリックも知っていた。その為なのか、ヘンリックから見たローゼリアはランゲル人であろうと必死だったはずだった。
「夫人は純粋なランゲル人でないからな」
「ええそうですの、混血だから時によってエルランド人になったりランゲル人になったりしているのですわ」
ヘンリックはマリーナの口から“混血”という言葉が出た事に不快感を覚えた。他国の血が入っていても彼女の血統はランゲル王国の初代国王の弟を祖としており、フォレスター家はこれまで何人も王妃を輩出している王家とも縁が深い血筋なのだ。
三代前に伯爵となる前は男爵、さらにその前は平民であったマリーナの生家であるアンダーソン家の血筋に比べて、これまでずっと王国を支えてきた高貴なる血筋であるのに、マリーナの口調はローゼリアを馬鹿にしているようだった。
「エルランドと言えばマリーナ、エルランド語の習得は進んでいるのか?」
「えっ、それは……」
「我が国にとってエルランドは唯一隣接している国だ。国力もあちらの方が大きい。今後は王太子妃としてエルランドへ赴く機会もあるだろう。王太子妃がエルランド語を話せないと他国どころか自国の貴族にも侮られるぞ」
「はっ?そんな見栄の為にエルランド語を学ばないといけませんの?教師たちはいつもローゼリア様と私を比べてばかりですのよ。あの方はお母さまがエルランド人だからエルランド語が出来るのは当たり前なのに、生粋のランゲル人の私にエルランド語を話すなんて簡単ではありませんのに」
そもそもランゲル語はエルランド語に強く影響を受けた言語なので、文の構成や単語に似ているところが多く、ランゲル人にとっては覚えやすい言語で、エルランド語を話せる貴族は少なくない。
「確かにローゼリアは幼い頃からの教育があった。それは王太子妃という椅子に座った時点で王太子妃としての能力を求められるからだ。マリーナは特例として王太子妃教育は結婚後も学び続ける事になったが、それは教育を免除されたわけではないんだ」
「ヘンリック様は結婚してから変わってしまわれましたわ。前はもっと私に優しかったのにっ!」
「マリーナ、これは優しいとかそうでないとかの感情論ではないのだよ。私だってキミの生家と同じ伯爵家だったらここまでは厳しくはしなかった。キミはいずれこの国の王妃になるんだ。そこのところを理解して欲しい」
「ヘンリック様の意地悪っ!」
そう言い捨ててマリーナは執務室を出て行ってしまった。
出て行く時に派手な音を立ててドアを閉めた事をヘンリックは不快に感じた。
残されたヘンリックは大きくため息を吐いて書類仕事を再開する。
この結婚は間違っていたと既に気付いていたが、今さら簡単に離縁は出来ない。国内外に結婚を発表し、大々的に披露宴まで行ってしまった以上、能力が低くてもマリーナを何とかする他は無かった。
今のままではマリーナには王太子妃は務まらない。見込みのある令嬢を今から教育して側妃として迎え、公務も社交もその令嬢に代わってもらわないと国として成り立ってはいかなくなる。
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