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47 その声は…
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【ヘンリックside】
「夜会を欠席するだと?」
夜会当日の昼も過ぎた頃、マリーナの侍女が体調不良を理由にマリーナが夜会を欠席すると突然伝えてきたのだった。
「王太子妃様は朝からひどい頭痛がするとおっしゃっていまして……」
震えながら侍女が理由を説明する。これまでマリーナが体調不良を訴えるような事は無く、病弱だという話も聞いた事が無い。
「ダンスはいいから、挨拶だけでも出来ないのか?」
「ほっ、本日はお部屋からはお出になられないとの事です……ひぃっ!」
ヘンリックが厳しい視線を投げかけただけで侍女は逃げるように退室してしまった。
毎年、王家主催の夜会から社交シーズンは始まる。特に最初の夜会には多くの貴族が参加をするので、披露宴に呼ばなかった貴族たちに王太子妃となったマリーナを紹介する予定でいたのだが、それが出来なくなるとなると各方面への調整が必要になってくる。
ヘンリックは大きくため息をつく。
マリーナとは数日前に夜会で着けるアクセサリーの件で揉めたばかりだった。王太子妃の予算を湯水のように使うマリーナにストップをかけるべく、宝石商の出入りをしばらくの間禁止にして、マリーナには今持っているアクセサリーか王家所有のものを着けるように言い渡したのだが、それが嫌だと言って聞かなかったのだった。そしてそれ以来マリーナはヘンリックに会う事を拒絶していた。
ヘンリックは窓の外を見る。日差しは幾分傾いて、昼間といっても夕方に近い時間になっていた。
今からでは急いで準備をさせたとしても夜会までには間に合わないだろう。まずは今回の夜会を取り仕切っている王妃に連絡をしないといけない。来年ヘンリックが即位をした後はマリーナが王妃の仕事をしないといけない。王妃の仕事ぶりを直に見て学ぶように伝えていたのだが、この調子では即位後も王妃にはこれまで通り公務の大部分を頼まないといけなくなる。
生母である第三側妃はヘンリックを産んですぐに亡くなってしまったので、今のヘンリックが頼れるのは王妃しかいない。そういえば王妃はいつもローゼリアの事を気に入らないと言っていたので、ローゼリアは出来の悪い令嬢だと幼い頃のヘンリックは思っていた。しかし王妃はマリーナの事も気に入らないと会う度に言うのだった。
(結局は誰が王太子妃でも同じだったか……)
王妃の部屋へ向かう回廊を急いで歩きながらヘンリックは自嘲気味に笑った。
◆◆◆
ヘンリックが“彼女”に気付いたのは会場に入場してすぐだった。黒や茶色の髪色の多いランゲル国民の中にあって金色の髪は少ない上に、白金となるとほとんどいないのだからすぐに彼女の姿が目に入ってきたのだった。
街で見かけた時はウエーブのクセのついた髪をふわふわとなびかせていたが、今日の彼女はしっかり髪をまとめた上で敢えて残した遅れ毛やまとめた髪の毛先を遊ばせる大人びたヘアスタイルだった。
白金の髪色に白い肌を惜しげも無く出したドレスはエルランドでよく見る形で、容姿が異国人の彼女は物語から飛び出した妖精のようにとても美しかった。
いや彼女ほど美しい人ならば、ランゲルのドレスを着ていたとしても群を抜いて美しかっただろう。
そんな彼女の隣に立つのは黒髪で背の高い男だった。いつか街で彼女と一緒にいた男と同一人物だろうか。
初めて会った書店で間近に見た時の彼女は自分よりも年下だと思っていたが、今日は既婚女性がよくしているようにアップスタイルの髪型をしている。
前シーズンでは彼女を見かけなかったし、この一年はエルランドの貴族令嬢とランゲルの貴族が結婚や婚約をしたという話は聞いていない。自分と歳の近い高位貴族の顔はもちろん、低位貴族の顔もだいたい覚えているというのに、黒髪の男の顔にも見覚えがないヘンリックは二人が何者なのか全く分からなかった。
王妃とのファーストダンスの後のヘンリックは、いつものように独身の令嬢に乞われて彼女たちとダンスをしていたが、同じホールで踊るあの美しい女性の事が気になって仕方がなかった。
ほとんど化粧をしていなくても、平民と同じ服を着ていても充分に美しかった彼女だったが、着飾ってドレスアップした姿はこれまでヘンリックが見たどの女性よりも美しかった。
男性も女性も性別に関係なく周りの貴族たちも明らかに彼女を意識しているのが分かる。
エルランドの貴族がこの夜会へ参加をするのなら事前にヘンリックに話があってもいいものだが、そういった報告は聞いていない。
何者か分からない、そういった不可思議なところも彼女の美貌と共にヘンリックを惹きつけたのだった。
ダンスを見る限り、彼女はこのような場にも慣れている。やはり彼女はエルランドの貴族女性なのだろう。パートナーの男の正体は分からないが、彼女とは仲が良いらしく男と一緒にいる彼女の表情はころころと変わる。
「……あっ」
曲の途中で突然男が彼女へと顔を寄せ、口づけをしたように見えたのだった。顔を上げた男の口元に紅は付いていなかったので、フリだったのだろうが大きな瞳を更に大きく見開いて頬を真っ赤に染める彼女を見たヘンリックは、自分の胸の内に言いようの無い嫉妬心が芽生えていたのを感じていた。
次は絶対に彼女と踊る。そう決めたヘンリックは曲が終わると、すぐに彼女の元へと急ぐのだった。
やはり彼女はエルランド人なのだろう。エルランド大使の奥方と和やかに話し込んでいるようだった。さっきまで一緒にいたパートナーの男は近くにはいなかった。
「初めまして、ご令嬢。よろしかったら私と一曲踊っていただけませんか?」
既婚者の可能性が高い彼女だったが、ヘンリックは敢えて彼女を独身者として扱ってダンスに誘ってみる。
己が差し出した手に触れる様子が無い事を彼女が恥ずかしがっているのだと一瞬思ったのだが、恥ずかしがっている割にはスンとした表情の彼女に何かがおかしいと思い始めていた。
彼女はヘンリックの手を取る事は無く、完璧なカーテシーを取った。
「ご無沙汰しております、王太子殿下。遅ればせながらご結婚のお祝いを申し上げます。私のような平民女とダンスだなんてご冗談を。シーズン最初の夜会での余興は早すぎましてよ」
「その声と喋り方、ローゼリア……なのか?」
ヘンリックは全身から一気に冷や汗が出るのを感じたのだった。
婚約者時代、彼女はヘンリックによく歴史や経済、他国の事をお茶会での話題として長々と話していた。毎回教師からの講義を受けているような気分になり、ヘンリックは彼女とのお茶会に嫌気がさしていた。
当時のヘンリックにはローゼリアの話す事に意味を見出す事ができなった。熱心に語るローゼリアに対してヘンリックはいつも拒絶の気持ちを表す意味を込めて彼女を見る事はほとんど無かった。
しかし一応は婚約者である立場上、完全な無視は出来なかったので、ヘンリックはローゼリアの話に彼女の顔を見ることはなく、適当な相槌だけを打っていた。
彼女を見る事は拒否できたが、彼女の声は勝手に耳に入ってきた。なのでヘンリックはローゼリアの声だけはしっかりと覚えていたのだった。
「ふふふ、“初対面ごっこ”はもう終わりにして下さいまし」
ローゼリアが大きな瞳を細め、口の端を上げる。彼女は覚えていないのかもしれないが、ヘンリックが嫌いな貴族特有の笑みを浮かべる。
「……し、失礼するっ」
それだけ言うとヘンリックはローゼリアに背を向けて立ち去った。
◆◆◆
【ローゼリアside】
「義母上っ、今殿下がいらっしゃっていましたよね、大丈夫でしたか?」
ヘンリックが去ってすぐに、イアンが焦った表情を浮かべながらやって来た。
「ええ、ただご挨拶をしたけですわ。当家は披露宴に呼ばれていませんでしたから、先ほどご結婚のお祝いがお伝え出来て良かったわ」
家が没落して婚約破棄された事など気にしていないといった風にローゼリアは扇を開いて笑みを浮かべる。この程度で取り乱すほどローゼリアは弱くはない。
「イアン様はご挨拶は済まされまして?」
「ええ、ある程度は」
「私、疲れてしまいましたわ」
「えっ、まさかお一人で休憩室へ行かれるのですか!?」
慌てたようなイアンの返答に、ローゼリアは敢えて大きめの音を立ててパチンと扇を閉じる。
「イアン様、もう少し物言いをお勉強なさい。あちらのソファーで休んでいますから、何か飲み物をお願いしますわ」
そう言ってローゼリアは、スタスタと会場の隅に設置されているソファーへと向かうのだった。
「夜会を欠席するだと?」
夜会当日の昼も過ぎた頃、マリーナの侍女が体調不良を理由にマリーナが夜会を欠席すると突然伝えてきたのだった。
「王太子妃様は朝からひどい頭痛がするとおっしゃっていまして……」
震えながら侍女が理由を説明する。これまでマリーナが体調不良を訴えるような事は無く、病弱だという話も聞いた事が無い。
「ダンスはいいから、挨拶だけでも出来ないのか?」
「ほっ、本日はお部屋からはお出になられないとの事です……ひぃっ!」
ヘンリックが厳しい視線を投げかけただけで侍女は逃げるように退室してしまった。
毎年、王家主催の夜会から社交シーズンは始まる。特に最初の夜会には多くの貴族が参加をするので、披露宴に呼ばなかった貴族たちに王太子妃となったマリーナを紹介する予定でいたのだが、それが出来なくなるとなると各方面への調整が必要になってくる。
ヘンリックは大きくため息をつく。
マリーナとは数日前に夜会で着けるアクセサリーの件で揉めたばかりだった。王太子妃の予算を湯水のように使うマリーナにストップをかけるべく、宝石商の出入りをしばらくの間禁止にして、マリーナには今持っているアクセサリーか王家所有のものを着けるように言い渡したのだが、それが嫌だと言って聞かなかったのだった。そしてそれ以来マリーナはヘンリックに会う事を拒絶していた。
ヘンリックは窓の外を見る。日差しは幾分傾いて、昼間といっても夕方に近い時間になっていた。
今からでは急いで準備をさせたとしても夜会までには間に合わないだろう。まずは今回の夜会を取り仕切っている王妃に連絡をしないといけない。来年ヘンリックが即位をした後はマリーナが王妃の仕事をしないといけない。王妃の仕事ぶりを直に見て学ぶように伝えていたのだが、この調子では即位後も王妃にはこれまで通り公務の大部分を頼まないといけなくなる。
生母である第三側妃はヘンリックを産んですぐに亡くなってしまったので、今のヘンリックが頼れるのは王妃しかいない。そういえば王妃はいつもローゼリアの事を気に入らないと言っていたので、ローゼリアは出来の悪い令嬢だと幼い頃のヘンリックは思っていた。しかし王妃はマリーナの事も気に入らないと会う度に言うのだった。
(結局は誰が王太子妃でも同じだったか……)
王妃の部屋へ向かう回廊を急いで歩きながらヘンリックは自嘲気味に笑った。
◆◆◆
ヘンリックが“彼女”に気付いたのは会場に入場してすぐだった。黒や茶色の髪色の多いランゲル国民の中にあって金色の髪は少ない上に、白金となるとほとんどいないのだからすぐに彼女の姿が目に入ってきたのだった。
街で見かけた時はウエーブのクセのついた髪をふわふわとなびかせていたが、今日の彼女はしっかり髪をまとめた上で敢えて残した遅れ毛やまとめた髪の毛先を遊ばせる大人びたヘアスタイルだった。
白金の髪色に白い肌を惜しげも無く出したドレスはエルランドでよく見る形で、容姿が異国人の彼女は物語から飛び出した妖精のようにとても美しかった。
いや彼女ほど美しい人ならば、ランゲルのドレスを着ていたとしても群を抜いて美しかっただろう。
そんな彼女の隣に立つのは黒髪で背の高い男だった。いつか街で彼女と一緒にいた男と同一人物だろうか。
初めて会った書店で間近に見た時の彼女は自分よりも年下だと思っていたが、今日は既婚女性がよくしているようにアップスタイルの髪型をしている。
前シーズンでは彼女を見かけなかったし、この一年はエルランドの貴族令嬢とランゲルの貴族が結婚や婚約をしたという話は聞いていない。自分と歳の近い高位貴族の顔はもちろん、低位貴族の顔もだいたい覚えているというのに、黒髪の男の顔にも見覚えがないヘンリックは二人が何者なのか全く分からなかった。
王妃とのファーストダンスの後のヘンリックは、いつものように独身の令嬢に乞われて彼女たちとダンスをしていたが、同じホールで踊るあの美しい女性の事が気になって仕方がなかった。
ほとんど化粧をしていなくても、平民と同じ服を着ていても充分に美しかった彼女だったが、着飾ってドレスアップした姿はこれまでヘンリックが見たどの女性よりも美しかった。
男性も女性も性別に関係なく周りの貴族たちも明らかに彼女を意識しているのが分かる。
エルランドの貴族がこの夜会へ参加をするのなら事前にヘンリックに話があってもいいものだが、そういった報告は聞いていない。
何者か分からない、そういった不可思議なところも彼女の美貌と共にヘンリックを惹きつけたのだった。
ダンスを見る限り、彼女はこのような場にも慣れている。やはり彼女はエルランドの貴族女性なのだろう。パートナーの男の正体は分からないが、彼女とは仲が良いらしく男と一緒にいる彼女の表情はころころと変わる。
「……あっ」
曲の途中で突然男が彼女へと顔を寄せ、口づけをしたように見えたのだった。顔を上げた男の口元に紅は付いていなかったので、フリだったのだろうが大きな瞳を更に大きく見開いて頬を真っ赤に染める彼女を見たヘンリックは、自分の胸の内に言いようの無い嫉妬心が芽生えていたのを感じていた。
次は絶対に彼女と踊る。そう決めたヘンリックは曲が終わると、すぐに彼女の元へと急ぐのだった。
やはり彼女はエルランド人なのだろう。エルランド大使の奥方と和やかに話し込んでいるようだった。さっきまで一緒にいたパートナーの男は近くにはいなかった。
「初めまして、ご令嬢。よろしかったら私と一曲踊っていただけませんか?」
既婚者の可能性が高い彼女だったが、ヘンリックは敢えて彼女を独身者として扱ってダンスに誘ってみる。
己が差し出した手に触れる様子が無い事を彼女が恥ずかしがっているのだと一瞬思ったのだが、恥ずかしがっている割にはスンとした表情の彼女に何かがおかしいと思い始めていた。
彼女はヘンリックの手を取る事は無く、完璧なカーテシーを取った。
「ご無沙汰しております、王太子殿下。遅ればせながらご結婚のお祝いを申し上げます。私のような平民女とダンスだなんてご冗談を。シーズン最初の夜会での余興は早すぎましてよ」
「その声と喋り方、ローゼリア……なのか?」
ヘンリックは全身から一気に冷や汗が出るのを感じたのだった。
婚約者時代、彼女はヘンリックによく歴史や経済、他国の事をお茶会での話題として長々と話していた。毎回教師からの講義を受けているような気分になり、ヘンリックは彼女とのお茶会に嫌気がさしていた。
当時のヘンリックにはローゼリアの話す事に意味を見出す事ができなった。熱心に語るローゼリアに対してヘンリックはいつも拒絶の気持ちを表す意味を込めて彼女を見る事はほとんど無かった。
しかし一応は婚約者である立場上、完全な無視は出来なかったので、ヘンリックはローゼリアの話に彼女の顔を見ることはなく、適当な相槌だけを打っていた。
彼女を見る事は拒否できたが、彼女の声は勝手に耳に入ってきた。なのでヘンリックはローゼリアの声だけはしっかりと覚えていたのだった。
「ふふふ、“初対面ごっこ”はもう終わりにして下さいまし」
ローゼリアが大きな瞳を細め、口の端を上げる。彼女は覚えていないのかもしれないが、ヘンリックが嫌いな貴族特有の笑みを浮かべる。
「……し、失礼するっ」
それだけ言うとヘンリックはローゼリアに背を向けて立ち去った。
◆◆◆
【ローゼリアside】
「義母上っ、今殿下がいらっしゃっていましたよね、大丈夫でしたか?」
ヘンリックが去ってすぐに、イアンが焦った表情を浮かべながらやって来た。
「ええ、ただご挨拶をしたけですわ。当家は披露宴に呼ばれていませんでしたから、先ほどご結婚のお祝いがお伝え出来て良かったわ」
家が没落して婚約破棄された事など気にしていないといった風にローゼリアは扇を開いて笑みを浮かべる。この程度で取り乱すほどローゼリアは弱くはない。
「イアン様はご挨拶は済まされまして?」
「ええ、ある程度は」
「私、疲れてしまいましたわ」
「えっ、まさかお一人で休憩室へ行かれるのですか!?」
慌てたようなイアンの返答に、ローゼリアは敢えて大きめの音を立ててパチンと扇を閉じる。
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