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「実は、少し前に自称『聖女』という女が現れたんだ」
サロンに移動し、エルヴィンが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついたヘンリックは、離婚できなくなった事情を最初から説明してくれた。
私たちが住むバルテン王国の王城には、初代バルテン国王が精霊より授けられたとされるアブラッハという特別な樹がある。
白銀の樹皮、サファイアのような紺色の葉をつける不思議なこの樹は、林檎のように赤い実がなる。
この実からは、即効性のある回復薬をつくることができるのだ。
当然ながらアブラッハは大切に守られていて、目にすることすら限られた人にしか許されていない。
自称『聖女』は、アブラッハの樹がある庭にどこからともなく現れた。
「どこからともなくって、どういうこと?」
「本人が言うには、家で寝ていたはずなのに気が付いたらアブラッハの庭にいたのだそうだ。なんでも、別の世界から異世界転移してきたとか」
「異世界転移……」
前世で読んだ小説や漫画では、そういう設定が珍しくなかった。
私はなんだか嫌な予感がした。
「聖女というのは、自称なのか」
「ああ、あくまでも自称だ」
エルヴィンの問いに、ヘンリックは頷いた。
バルテン王国での聖女というのは、目覚ましい功績を挙げた女性に国王陛下から与えられる称号なのだ。
過去には、伝染病が国内に蔓延していた時に特効薬となる新薬を開発した薬師や、ドラゴンを単独で討伐した女性騎士などが聖女となった例があったはずだ。
「ただし、あの女は回復魔法の使い手なんだ。
状況次第だが、今後聖女の称号が与えられる可能性があるにはある」
「回復魔法とは、珍しいわね」
回復魔法というのは希少な魔法なのだ。
おそらく、今のバルテン王国には回復魔法をつかえる人は、その自称聖女以外にはいないだろう。
「珍しくはあるが、それだけでは聖女の称号には足りない。
功績か実績か、そういうのが必要なんだ」
「回復魔法が使えるんなら、そう難しくはなさそうだけど」
「そうでもない。
我が国にはアブラッハがあるからな」
ああそうか、と私は納得した。
アブラッハの実による回復効果は絶大なのだ。
だから、せっかくの回復魔法もあまり出番がなくて、功績を挙げる機会がないのだろう。
「とはいえ、回復魔法が有用であることに違いはない。
聖女の称号がほしいなら、いくらでもやりようはあるはずだ。
それなのに、あの女は……どうもその方向の努力をする気がないようなんだ」
ヘンリックのエメラルドの瞳が困惑に揺れた。
「あの女は他の世界から来たと言っていたが、最初からアブラッハのことを知っていた。
アブラッハだけでなく、第一王子殿下を初め数人の……そろいもそろって顔のいい男ばかりの名を知っていた」
「もしかして、そのなかにリックも含まれてるの?」
「……ああ、私のことも知っていた。
ただ、どういうわけか、私がヤミオチとかいうのをしていないと言って、大層驚いていた」
ヤミオチ……闇落ち、か?
「なんでも、私はルーカス様を守り切れず死なせてしまって、それが原因でヤミオチしているはずだったんだそうだ」
ルーカス様というのは、ヘンリックが護衛騎士として仕えている第二王子殿下のことだ。
「殿下はご健在よね?」
「ピンピンしてる。
病気も怪我もしてないし、これからも死なせるつもりはない」
なんとも奇妙な話に、私たちは首を傾げた。
「それから、コンラート第一王子殿下は、亡くした婚約者の面影を引きずっているはずで、今の総騎士団長は魔物に殺されて息子に代替わりしているはずで、アンゼルム大公は大怪我により体が不自由になっているはず、なのだそうだ」
第一王子殿下の妃は隣国の姫君で、二人は十代前半で婚約した時から相思相愛で、今でも仲睦まじいおしどり夫婦として有名だ。
昨年元気な男の子を授かり、バルテン王国中が祝福ムードになったのは記憶に新しい。
総騎士団長は、私の父と同世代の渋いおじさまだ。
息子もきっと騎士をしているのだろうが、私は顔も名前も知らない。
アンゼルム大公は、現国王陛下の年の離れた異母弟にあたる。
甘いマスクの女たらしで、浮名が絶えることがないゴシップ新聞の常連だ。
この前も人気舞台女優と優雅にダンスをしていたと新聞に書いてあったのを覚えている。
体が不自由なら、そんなことができるはずがない。
「あの女が、会ったこともない私たちのことを知っていたのは確かなんだが、私たちの現状については的外れなことばかりだ。
それだけならそれだけなら特に実害もないんだが、どういうわけか機密事項も知っていた」
機密事項?なんだか嫌な予感がして、私はぎゅっと唇をひき結んだ。
サロンに移動し、エルヴィンが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついたヘンリックは、離婚できなくなった事情を最初から説明してくれた。
私たちが住むバルテン王国の王城には、初代バルテン国王が精霊より授けられたとされるアブラッハという特別な樹がある。
白銀の樹皮、サファイアのような紺色の葉をつける不思議なこの樹は、林檎のように赤い実がなる。
この実からは、即効性のある回復薬をつくることができるのだ。
当然ながらアブラッハは大切に守られていて、目にすることすら限られた人にしか許されていない。
自称『聖女』は、アブラッハの樹がある庭にどこからともなく現れた。
「どこからともなくって、どういうこと?」
「本人が言うには、家で寝ていたはずなのに気が付いたらアブラッハの庭にいたのだそうだ。なんでも、別の世界から異世界転移してきたとか」
「異世界転移……」
前世で読んだ小説や漫画では、そういう設定が珍しくなかった。
私はなんだか嫌な予感がした。
「聖女というのは、自称なのか」
「ああ、あくまでも自称だ」
エルヴィンの問いに、ヘンリックは頷いた。
バルテン王国での聖女というのは、目覚ましい功績を挙げた女性に国王陛下から与えられる称号なのだ。
過去には、伝染病が国内に蔓延していた時に特効薬となる新薬を開発した薬師や、ドラゴンを単独で討伐した女性騎士などが聖女となった例があったはずだ。
「ただし、あの女は回復魔法の使い手なんだ。
状況次第だが、今後聖女の称号が与えられる可能性があるにはある」
「回復魔法とは、珍しいわね」
回復魔法というのは希少な魔法なのだ。
おそらく、今のバルテン王国には回復魔法をつかえる人は、その自称聖女以外にはいないだろう。
「珍しくはあるが、それだけでは聖女の称号には足りない。
功績か実績か、そういうのが必要なんだ」
「回復魔法が使えるんなら、そう難しくはなさそうだけど」
「そうでもない。
我が国にはアブラッハがあるからな」
ああそうか、と私は納得した。
アブラッハの実による回復効果は絶大なのだ。
だから、せっかくの回復魔法もあまり出番がなくて、功績を挙げる機会がないのだろう。
「とはいえ、回復魔法が有用であることに違いはない。
聖女の称号がほしいなら、いくらでもやりようはあるはずだ。
それなのに、あの女は……どうもその方向の努力をする気がないようなんだ」
ヘンリックのエメラルドの瞳が困惑に揺れた。
「あの女は他の世界から来たと言っていたが、最初からアブラッハのことを知っていた。
アブラッハだけでなく、第一王子殿下を初め数人の……そろいもそろって顔のいい男ばかりの名を知っていた」
「もしかして、そのなかにリックも含まれてるの?」
「……ああ、私のことも知っていた。
ただ、どういうわけか、私がヤミオチとかいうのをしていないと言って、大層驚いていた」
ヤミオチ……闇落ち、か?
「なんでも、私はルーカス様を守り切れず死なせてしまって、それが原因でヤミオチしているはずだったんだそうだ」
ルーカス様というのは、ヘンリックが護衛騎士として仕えている第二王子殿下のことだ。
「殿下はご健在よね?」
「ピンピンしてる。
病気も怪我もしてないし、これからも死なせるつもりはない」
なんとも奇妙な話に、私たちは首を傾げた。
「それから、コンラート第一王子殿下は、亡くした婚約者の面影を引きずっているはずで、今の総騎士団長は魔物に殺されて息子に代替わりしているはずで、アンゼルム大公は大怪我により体が不自由になっているはず、なのだそうだ」
第一王子殿下の妃は隣国の姫君で、二人は十代前半で婚約した時から相思相愛で、今でも仲睦まじいおしどり夫婦として有名だ。
昨年元気な男の子を授かり、バルテン王国中が祝福ムードになったのは記憶に新しい。
総騎士団長は、私の父と同世代の渋いおじさまだ。
息子もきっと騎士をしているのだろうが、私は顔も名前も知らない。
アンゼルム大公は、現国王陛下の年の離れた異母弟にあたる。
甘いマスクの女たらしで、浮名が絶えることがないゴシップ新聞の常連だ。
この前も人気舞台女優と優雅にダンスをしていたと新聞に書いてあったのを覚えている。
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「あの女が、会ったこともない私たちのことを知っていたのは確かなんだが、私たちの現状については的外れなことばかりだ。
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