【短編】我儘王女は影の薄い婿を手放したくありません

しろねこ。

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第1話 分不相応

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 その日、剣の国カミディオンでは盛大なお祝いがあった。

 この国の王子であるキリトの立太子を祝うために、周辺諸国から多くの参列者が集まっている。

 なのに王太子となるキリトは暗い顔をしていた。

 時を遡れば、その原因が本人にあるというのは一目瞭然であった。





「エルマ王女。俺と結婚し、この国に嫁いで来て欲しい」

 人払いを済ませた花園で、白い正装に身を包んだキリトが隣国からお祝いに来た王女に求婚をする。

 求婚を受けたエルマは困ったように微笑むばかりだ。

 白い髪に緑の目、透き通るような肌には染みもなく、色艶の良い肌は滑らかである。
 胸は小振りながらも、曲線を描く肢体は昨年社交界デビューを果たしたばかりだと言うのに、色気が滲んでいた。

 精霊に愛されてると称される程の可愛らしさを持ち、周囲の者を魅了している。

 子どもと大人の中間といったあどけなさがまた魅力の一つだ。

「キリト様。お酒にでも酔われたのでしょうか? そのような事をおっしゃるなんて驚きですわ」

 エルマは困ったように首を傾げる。

「酔っていない。これは本心だ」

 熱い視線を受けるもエルマは頷こうとはしない。

「そんな事を言われても困りますわ」

「君を絶対に幸せにすると約束する。だから俺の妻となり、王太子妃、ゆくゆくは王妃となってこの国を支えて欲しいんだ」

 第二王女であるエルマはいずれ王宮を離れ、臣下として王家を支えるようになる。

 それよりはカミディオン国に来て王妃になる方がいいはずだ。

 昨年社交界デビューを果たしたエルマはその美貌で皆を釘付けにしており、あわよくばと狙うものが多い。

 自分も見惚れた一人だから、その心境は大いに理解出来た。

 特に今日は他国の王族もいるので、いち早く彼女を手に入れなければ他の者に取られてしまうかもしれない。

 なりふり構っては居られなかった。

「……やはりだいぶお酒に酔っているようですね。今の話は聞かなかった事にしますから、もう戻りましょう。主役が席を外したままなのは良くありません」

 エルマの笑顔は崩れないが、握りしめた拳は何かに耐えるように震えていた。

 張り付いた笑顔は王族としての教育の賜物だ。

「王妃となるのが重圧だろうか。それなら補佐の者もつけるから」

「そう言う事ではありません」

 求婚自体を拒否しているのに尚もキリトは引き留めようとする。

「共になり、カミディオンとレグリスを結ぶ新たな架け橋となろう」

「あり得ませんわ」

 折角エルマがなかったことにしようとしているのに、話が終わらない。

「あなたに苦労はさせない。愛しているんだ」

 その言葉にエルマは目を一瞬見開いた後、躊躇いがちに口を開く。

「あなたって思っていたよりも馬鹿なのね」

 可愛らしい口から出たのは辛辣な言葉だった。





「私は既にあなたのお兄様と婚姻しております。国同士の架け橋としてはそれでもう充分でしょう」

「あなた方二人は白い結婚で仲も悪い。それにこのまま臣籍降下するよりも、王妃になる方がいいじゃないですか」

(兄とエルマ様の仲が悪いというのは公然の噂だ。部下に真相を確かめさせたが、噂通りらしいし)

 五歳も歳の離れたキリトの兄とエルマは、三年前に政略結婚をしている。

 本来であれば歳上の兄が様々な面でリードしなければいけないのに、エルマに虐げられ、尻に敷かれているらしいと聞いた。

 カミディオンで昼行燈と言われていた兄は影も薄く、主張も弱い。

 腰も低いためすぐに人から舐められ、エルマから叱責されている様子も度々目撃されているそうだ。

 顔を赤くしたエルマより「あなたは少し黙っていて!」と言われ、周囲も呆れているらしい。

 余程立ち回りが下手なのだろう、兄は本当に要領が悪い。

 ディルスの元婚約者で、キリトの現婚約者であるメリオラも扱いに困っていたと聞いた。

「優しい人だが、意思がはっきりせず、自分を持たない人だわ」

 悪い人ではないが特筆するものもない、と。

 そんな兄がこんな美しいエルマの夫であり続けるのは、分不相応だ。

 兄が婿入りした当初はカミディオンは弱く、力もなかった。
 だが、現在は他国との交易も増え、力を増している。

 そうなれば人質として婚姻した無能な兄よりも自分の方があの美貌の姫に相応しい。

 王妃になれるというのならば、エルマもこちらに傾くと思ったのだ。

 財力がある今のカミディオン国ならば不自由などさせないし、エルマを満足させる事も出来る。人質なんていなくとも対等な関係を結べるだろう。

 それにキリトの方が兄よりも人望があり、剣の腕も強い。

 容姿も地位も資産も兄よりも上の為、キリトはエルマに選ばれる自信があった。

 兄とエルマは既に三年もの間結婚生活を続けたが、その中身は夫婦生活のないおままごとであるのは誰もが知る事だ。

 エルマの言葉一つで離縁などあっさり出来る、なので後釜を狙うものは多くいた。

「私に王妃など荷が重いですし、それにメリオラ様という素敵な婚約者様がいらっしゃるではないですか。私に求婚する意図がわかりません」

 本気でわからないと眉を顰めている。

「メリオラは確かに優秀な令嬢ですが、あなたには劣ります。あなたが王妃となるならば、メリオラは側室としてあなたの補佐につかせますよ。そうすればあなたも安心でしょう」

 長年王太子妃教育を受けていたメリオラの努力は無駄にならないし、自信がないというエルマを支えることも出来る。

 大国の王女を手に入れれば、もっと国は豊かになると説得したら、渋々ながらもメリオラは納得してくれた。

 キリトは必死だった。この機会を逃したくない。

 一か八かの賭けだ。

 エルマが頷かなければ自分の立場が危うくなることは理解はしている。でも諦められなかった。最悪力づくという事も頭に過っている。

「御冗談を。私はあなたと結婚するつもりもないし、ディルスと離縁する気もありません。この件は聞かなかったことにしますわ」

「お待ち下さい!」

 立ち去ろうとするエルマの腕を掴もうとしたが、その手が跳ねのけられた。

「僕の妻に触れるのは弟と言えど許さないよ」

「兄上?」

 いつからいたのだろうか。

 ここにはエルマしか招いていない。

 兄と離れたのを確認してから彼女に声を掛け、連れてきたはずなのに。

「最初からいたのだけれど、僕って影が薄いから気づかなかったのかな?」

 ディルスは笑顔で揶揄してくる。

 そんな彼の腕にエルマは縋りつき、安心した表情をしていた。

「馬鹿。遅いのよ」
 ぎゅっとしがみつくエルマの表情は、嫌悪しているものに向けられるものではない。

 口調の激しさはあるものの、熱い視線は確かな好意を抱いているものであった。

 先程のエスコートの際は最低限の触れ合いだったのに、今や離れまいとくっついている。

 これはどういう事か。

「遅くてごめんね。君がどちらを選ぶのか自信がなくて様子見をしていたんだけれど、僕が選ばれたって事でいいかな?」

 熱く抱きつくエルマにディルスが触れる。

 顔を赤くしたエルマはこくんとうなづいた。先程の作り物のような笑顔ではなく、自然な表情だ。

「そういうわけだからキリト。その話はなしだよ。まぁエルマと違って僕は聞かなかった事には出来ないけれど」

 口角を上げているが、笑っているようには見えない。

「昔僕の地位を奪ったことには目を瞑っても、大事な人まで奪おうとするならば容赦はしない。覚悟していてね」

 そう言ってエルマを抱き寄せて会場へと戻っていく。

 その後ろを兄の側近や護衛騎士、そして術師が固めている為に引き止めることも出来ない。

 兄が何をするのだろうかと思いながらも、エルマに振られたショックで、しばし呆然としてしまった。




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