差し出された毒杯

しろねこ。

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戦の前日

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話し合いが終わり、ミューズは緊張していた。

いよいよ戦が始まるのだ、緊張しないわけがない。

リオン達は夜にも関わらず既に出立した。

彼らが王城に入ってから攻め入らねば、辻褄が合わなくなるからだ。

通信石という特別な物で細かくやり取りをし、計画が動かされる。

もう既に祖父の領や叔父の領で、人が死んでいるかもしれない。

明日になれば更に多くの者が……。

その責務に押しつぶされないよう、キュッと唇を噛み締めた。

なかなか寝付くことが出来ない中、コンコンとノックの音が聞こえる。

「……どうぞ」
この時間に訪ねてくる者は彼くらいだろう。

「先程もだいぶ緊張していたからどうかなと思って。その様子では全く休めてないな」

「そうですね、ティタン様の言うとおり、緊張で全く寝つけないでいました」
ティタンは部屋に入り、じっとミューズを見る。

「最初より顔色は良くなったな。目もしっかりしてきた」
最初に会った時の怯えや、戸惑いは消えている。

今のミューズの顔つきは、あの頃よりも決意を秘めたものになった。

しかし今はまた少し、不安にうち震えている。

「人の命を奪うところを見るのは、相当怖いだろうな……」
ミューズに戦いの経験があるとは思えなかった。

魔獣はおろか、人相手だ。

人の命を奪うのに躊躇いをもたないわけがない。

「隣に座っていいか?」
ティタンは許可を得てミューズの隣へと座る。

距離が近い事で別な緊張感が生まれる。

「婚約の返事が貰えた時は、嬉しかった」
ティタンは、ミューズから目線を反らし、ぽつりとそう言った。

「凄く、勇気が要っただろう。ありがとな」

「…その勇気が必要な事を、ティタン様が先に口にしてくれていたのです。答えが遅くなってしまったにも関わらず、受け入れてくれてありがとうございます」
ミューズはそっとティタンに寄りかかった。

温かさが感じられる。

ティタンは少し躊躇った後、彼女の肩に手を回した。

緊張で手に変な汗を感じる。

ミューズからの告白を受けた時のことを思い出した。







「ティタン様が好きです」
命の恩人であり、自分を見てくれた人。

自分のために王太子に抗議してくれた。

抗議どころか、殴りかかる事までしてしまい、処罰を受ける可能性に冷や冷やした。

「私がティタン様を受け入れれば、少なからずアドガルムとリンドールに軋轢を生みます。リンドールの罪人である私をアドガルムが助けたとなれば、大きな問題に発展するでしょう……そうなるくらいなら私はここを去ったほうがいいと、考えていました」
死にかけたことにより、精も根も尽き果てていた。

「でも、皆優しくて、私の為に時間を割いてくれて、嬉しかった。リンドールでは話を聞いて貰えなかったのに、ここでは色んな人が私の話を聞いてくれる。だんだんと生きてていいんだって思い始めていました」

「ミューズ…」

「それでもまだ自分に価値を持てなかったから、返事が出来ませんでした。だけどエリック様からあなたと他の令嬢との結婚の話をされて、とても悲しかったの」

「兄上には、もう会わなくていいぞ」
ミューズは首を横に振る。

「エリック様は悪くありません。あなたの隣に誰かが立つ事があるってことをお話しされて、ようやく現実が見えてきたのです」
曖昧だったそれを言葉にされた事で想像してしまった。

寂しく、悲しかった。

「あなたがいつまでも私を想ってくれるだろうと、愚かにも期待していたのです。ですが、別な方と婚姻すれば、そんなわけには行かない。いずれ私は忘れ去られてしまう……」
きゅっとミューズは唇を噛む。

「戦になってしまっても、あなたと一緒にいたかったのです。自分勝手な想いで皆を巻き込んでしまって……本当に申し訳ありません」
ティタンは驚いてしまった。

「それは違うぞ」
ティタンはミューズに答えるように優しく包み込む。

「もとから俺はミューズを奪い去りにいこうとしていた。奪いに行く前にあのドワーフがいる森で君に会えたから、そうならなかっただけだ。遅かれ早かれ戦の種は蒔かれていたさ」

「でも、私が居なければそうはならなかったのではないですか?」
最後のひと押しはミューズなのではと。

「それも違う。秘密裏ではあるが、リンドール国王ディエス殿の弟君、クラナッハ殿からもアドガルムに協力要請が来ていた」
こちらは本当の機密事項であった。

「そもそも、王妃が全権力を持つなど、国としておかしい」
隣国の事だから口は出したりしないが、周辺国も違和感を持っていたはずだ。

「例えばミューズの子に男子が生まれれば、ディエス殿の次に王位を継ぐものとしては認定されるかもしれない。
だが、王女の地位にいるカレン嬢は国王の血を継いでない。次の王を狙えるなんて、絶対にあり得ないんだ」
リンドールの現状は狂ってる。

血筋の貴さを思えば誰もが考えつくことを、誰も口にしない。

しかし、王妃の権力や毒を用いた恐怖政治で、王妃に近いもの程感覚が麻痺しているようだ。

「遅かれ早かれ崩壊していたが、今回潰す役目を負ったのがアドガルムなだけだ。ミューズのせいで戦が起きるわけではない」

「私のせいではないのですか?」
少し心の重りがとれていく。

「あぁ違う。リンドールでは王妃に反発した貴族たちも不当な扱いを受け、憤っている。内戦に発展していたかもしれない」
そうなれば民たちへの被害はもっと大きくなっただろう。

「段取りはつけていたから、ミューズが俺を望んでくれるのならば、俺はミューズの力になると決めていた。ミューズを殺そうとした今の王政を許しはしない」
決意はずっと前からあった。

「後悔しないか?後悔してももう遅いが……」
頼むから嫌いにだけはならないでくれと懇願された。

「後悔もないし、嫌いになんてなりません。私の選んだ道です。ティタン様となら歩んでいけますわ」
このままではミューズはただの平民。

平民が王族と一緒にはなれない。

自分の居場所を何とか取り戻さねばならなかった。

「ティタン様こそ、こんな面倒くさい女を婚約者として、後悔していませんか?」

「後悔なぞするものか。生涯愛すると既に誓っている」
たとえ他の女性と婚姻しても、きっと忘れる事など出来なかったはずだ。

エリックにはああいったものの、城を飛び出し、罪人になってでもミューズと逃げてやると思っていた。

アドガルムの内情を深く知るティタンを、そのまま出奔させておくわけはないだろう。

指名手配くらいなってもおかしくはない。

「ありがとうございます……」
口約束だけの婚約だが、それでも婚約者となれてミューズもティタンも嬉しかった。

そこからすぐ未来を賭けた、戦いの準備となったのだ。

あの告白からほんの数日、数日しか経ってない。

いよいよ始まってしまう。

「この戦いが終われば、必ずミューズと添い遂げる。愛しているんだ」
伝えるべき言葉は、今のうちに伝えなくては。

明日になれば、戦いに身を投じる。

ロキの腕前は伝え聞いているが、どこまで食い止めているのか、多少心配もしていた。

シグルドも剣の腕は凄いが、いつまでも一人で食い止めるなどは出来ないだろう。

「私もティタン様を、愛しています……」

お互いのぬくもりを感じ、寄り添いながらそっと目を閉じる。

軽く触れるだけの口づけを交わし、二人は朝まで共に過ごした。


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