あなたとの縁を切らせてもらいます

しろねこ。

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悪縁切りと良縁成就

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「わたくしとの婚約を解消したい、ですか」

 突如屋敷を訪れた婚約者はそんな事言って頭を下げてきた。
 
 ルイーゼは何とも言えない思いを抱くが、表情に出すことはない。

 控えている使用人達の間にも動揺は走ったが、声を発することはなかった。

 婚約者の側近は申し訳ないという表情で項垂れている。

(別にそれは構わないのだけれど、この方の独断かしら?)

 問えば、まずはルイーゼの気持ちが知りたいから単身で来た、と話される。

 扇で顔を隠し、熟考する。

 返事はすでに決まっているのだが、問題はそれを告げた後だ。

 好きでも嫌いでもないこの男性をどうするべきか。

 正直何とも思っていなかったが、ふと思いつく。

「では縁を切ってよろしいでしょうか?」

 にこりと笑う。

「特に意味はありません、どちらにしろ同じ国で生活しているならば、どこかでお会いしますもの。ですので、ただ気持ちの踏ん切りをつけたいだけに行ないたいのです。今日以降あなたに話しかけない、付きまとわない、悪評を撒くなど評判を落とす事をしないなど約束しますわ」

 やや脅すように言えば、婚約者は頷き了承してくれた。私は人差し指と中指を前に出した。

「ではわたくしとあなたの縁をきりますね」

 チョンと、鋏で切る仕草をし、頭を下げた。

「今までありがとうございました。お父様にはわたくしから話しておきますので、どうぞご安心ください」

 そうして数日後に婚約解消はされた。
 少しだけ噂となったがすぐさま別の噂に消され、やがて気に掛けるものは居なくなった。

 そこからだ。

 ルイーゼの元婚約者が転落したのは。





 ルイーゼがした事はほんの戯れである。

 彼と自分に纏わる縁を切りたいと願ったから行なったのだけれど、現実世界にも反映されたように元婚約者の立場は悪いものとなったようだ。

 どうやらルイーゼと元婚約者の婚約は意外と色んな方面で繋がっていたらしい。

 血相を変えた元婚約者がルイーゼのいる屋敷に来る。

 以前よりも簡素な部屋でおざなりな対応で、ルイーゼは応じた。

 元婚約者は切った縁をまた元のように繋いで欲しいというもの。

 残念ながら、それは無理だと話す。

「婚約は望み通り解消いたしましたし、一度切った縁はもう結べませんわ。それに新たな縁を大事にしませんと」

 もう既にルイーゼには愛する人がいる。

 元婚約者にもだ。

(彼の場合はわたくしと解消する前から繋がれていた縁のようだけれど)

 それなのに再びルイーゼとよりを戻したいとは、おかしな話である。

「あぁ、わたくしが言ったことを気になさってるの? あれはおまじないみたいなもので、実際には何の力もないですわ」
 コロコロと笑う。

「もうあなたとの道は分かたれました。なので、この先も交わることはないですわ」

 元婚約者に帰るように促すが、納得してもらえない。

「困りましたわね。では頼りになる私の旦那様に来て頂きましょう」
 隣室から現れた大柄な男に元婚約者が青ざめた顔をする。

「話には聞いていますでしょ? 彼が私の新たな結婚相手ですわ。婚約ではないのか? えぇ、先日もう届けは出しまして、後程式を上げる予定ですの」

 元婚約者は帰るように再度促される。

「彼は隣国の方ですからね。あちらで式を挙げます。式までまだ日がありますから、その間にわたくしが誰かに取られるのではないかと心配されましたので、籍だけ先に入れたのですわ。早く彼と正式な夫婦になりたいものです」

 ルイーゼの夫に促され……もとい力尽くで元婚約者は外に出された。

「旦那様、ありがとうございます。これで憂いも晴れましたわ」

 スッキリとした表情のルイーゼに夫であるセディクは憮然とした顔だ。

「あの男に会うというのが、この国最後の君の大事なものだったのか?」

 どうやら妬いてるらしい。あの会話の流れでどうして、そうなったのか。

「きっぱりと切れば余計な執着はされませんでしょ? 万が一にも追いかけてきたら嫌ですもの」

 ここですっぱり別れないと、彼が隣国まで来るのは視えていた。

 あちらからのか細い縁が途切れていないのを確認したからだ。

「あなたのような勇ましい男性を見れば、無理矢理奪おうとはしないでしょ。牽制をしたかったのです。あと、自慢もしたくて」

 ルイーゼはセディクの手を取り、嬉しそうに微笑む。

「こんなカッコイイ旦那様をつかまえたのだと見せつけてやりたかったのです」

 そう言えばセディクは嬉しそうな表情を浮かべる、満更でもないような様子だ。

「わたくしは彼に未練などございません。ですが、彼は違った、それだけの事です。人間、手にしていないならば諦めますけれど、一度手にしたものは手放した途端に惜しくなるものなのです」

 人の業だと悲しそうに微笑み、ルイーゼはセディクの腕に手を回す。

 エスコートを受けながらゆっくりと外に出た。屋敷内にはもはや人も物も殆どなく、ガランとしている。

 セディクのいる国へと行くためにこの屋敷は売りに出したのだ。

 ルイーゼの両親は領地におり、このタウンハウスはルイーゼがいなければ必要ないものである。

 元婚約者と共に住むとして両親が用意してくれたのだが、解消に伴い要らなくなったのだ。

 彼が来た時には、もうおもてなしに必要な物すらなかった。まぁ無礼だと思われようが、もうどうでもいいという気持ちがあったのも事実。

 もうこの国には戻ってこないのだから。

 元婚約者との縁は親同士が知り合いで、お互いに息子と娘がいるならば、というごくありふれたものである。

 最初は特に何も思わなかったが、ルイーゼの勘は鋭い。何だか嫌な予感がすると思っていたが、本当にそうなった。

 彼はいずれルイーゼ以外の人と恋仲に落ちると何となくわかっていた、故に好きにはなれなかったのだ。

 悪い事だけではなく、良い事に関してもルイーゼの勘は当たる。

 自分の勘を信じ動いた先ではセディクと出会い、セディクもまた運命の出会いとしてルイーゼを気に入ってくれ、とんとん拍子で結婚まで進んだのである。

 もちろんルイーゼも、真摯に向き合ってくれるセディクにときめきを覚え、今では負けないくらいに好きだと言える。

 元婚約者といた時には湧き上がらなかった気持ちだ。

 ルイーゼが縁を切った事が原因で転落したように思ったようだけど、実は違う。

「先見の明もなく、自由に生きていたら苦労するに決まっているでしょう」

 彼は悪い人ではなかったけれど、良い人でもなかった。いつまでも学生気分の抜けない、浮世離れした人であった。

 いつか大成する、なんて言っても努力もせずにただ待つだけでは好機など来るものではない。

 何もせず、獲物が切り株にコケるのを待つような者と結婚したら、苦労するのは目に見えていた。

 そう言う点でもルイーゼは元婚約者とは合わないとも思っていた。

 やんわりとした忠告も促しも全てはするりと躱され、時には友人同士の間で、「真面目過ぎて可愛げがない」笑われる。

 そんな場面を見たのでは好きになるわけもなく。

 でも表立って言うわけではないし、男友達の話に口を出すのも野暮というもの。

 打っても響かないのであれば耐える、というか見て見ぬ振りをするようになってしまう。

 その事には触れることもなくなり、距離を置くことなく婚約者としておかしくない程度には接していた。

 パーティに出れば互いの友達に挨拶をしたり、休日には一緒に買い物に出たりとありふれた交流は普通にしていた。

 ここからは元婚約者の独断だ。

 ルイーゼが少し離れると、彼は他の女性達と話を始めた。

 女性達はルイーゼという婚約者がいるからと安心感を持っており、適切な距離を保ちつつ、和やかに話をしてくれる。

 女性達の優しさの為に会話は出来たのだが、セディクは女性に好かれていると勘違いをしてしまった。

 そうして異性と話すことへの垣根が低くなると、スリルを求めて今度はルイーゼの友人ではない独身女性に、自ら声を掛け始める。

 元婚約者は越えてはいけない境界を越える類の男であった。

 それを知ったのは解消してからだ。

 もしも知っていたら婚約破棄にして慰謝料を請求したのにと、少しだけ悔やまれる。

 そんな男との婚約解消を経て今はセディクと結婚し、理想の生活を送れるようになって、ルイーゼは心から幸せであった。

 自分だけを愛し、そして向上心に溢れた男性。

 彼は恵まれた体格を活かし、騎士団のトップを目指しているのだそう。

 ルイーゼも彼の夢を叶えられるよう、応援するつもりだ。良縁を結べるように一緒に努力をする。

 セディクが強くなれるよう、そして功績を上げられるように妻として、パートナーとして支えようと。

 ちなみにセディクも同様に女友達に会わせたりもしたが、彼はルイーゼの見ていないところで女性と会うような事はしなかった。

 寧ろルイーゼから離れない。

 それが普通の事なのだろうけれど、ルイーゼの心はだいぶ救われた。

「世の中の男性が皆にセディクみたいだと良いのに。自分だけを見てくれる人と出会えたなんて、なんて幸運な事かしら」

 この縁だけは決して切らないようにと固く心に誓った。




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