利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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2 海の国の聖人候補

327 魔術師の失踪

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327

ベーダ・ライが消えた。

パレス商人ギルドの執務室で、エスライ・タガローサはブルブルと怒りに震える手で、報告書を読んでいる。
今回のコトの顛末を、マホロへと送り込んだベザサールと名乗らせた密偵が伝えてきたのは先日のことだ。

報告書によれば、炎と思われる光が何度か往復した後、巨大な炎がベーダ・ライをギリギリ避けた位置に落下したらしい。暫くしてから恐る恐る近づくと全く身動きも取れない魔法使いが倒れており、それを急ごしらえの担架で運んだという。
直撃を受けたわけでもないというのに、炎への耐性がなかったら助かっていないと思われるほどの全身の火傷と骨折と打撲、満身創痍で東の蔵へ戻ってきたタガローサ子飼いの魔法使いは、何一つ語ることなく一晩震えながらうなされ続け、作戦失敗の翌日、忽然と姿を消した。
ありていに言えば逃げたのだ。

「壮絶な怪我を負った身でも、一瞬もその場所に居られないと感じるほどの恐怖だった、ということか……」

一体何が起こっているのか、ベザサールの報告もどうにも煮え切らない、とタガローサはさらに苛立つ。

この無様な失敗は、西の森のエジンとかいう若造についた魔法使いに競り負けた結果のようだが、見届けるためついていったはずの従者たちは逃げるのに必死で、全く状況は見ておらず、あの夜何が起こったのかさえわからない。
唯一の目撃者、遠くの高台の農地を見回り中だった農夫によれば、何度か火の玉が見えた後、とてつもなく巨大な炎の鳥が現れたというが、それも本当かどうか、タガローサは疑っていた。

(それにしても……向こうに付いたのが炎を操る魔術師だったとは運の悪い!しかもベーダ・ライを凌ぐ術者がいるとは予想外だった。それだけの者が噂も気配も感じさせずに潜んでいたとは、不気味すぎる。一体何者なんだ!!)

ともかくタガローサの妨害工作は全て失敗した。

事件の後ほどなく、西ノ森の蔵は賑々しく初の蔵出しの日を迎え、その〝初出し味噌〟はアキツでの過去最高値で、すべて契約通りサイデム商会に買い取られた。

一方、タガローサの造らせた東の里の味噌は9割がダメになり、残りの1割も品質が不十分として、輸出できる状態にないという。全滅と言って良い惨憺たる有様だった。

「ああ!!全て無駄金か!!」

今回かかった費用は大商人タガローサにとっても決して安くはなかった。
木材の買い占め、役人の買収、職人の引き抜き、全て通常では考えられないほど経費がかかっていた。すべては無理を押し通したからだが、それも〝味噌の権利〟の第1を手中にできる算段があってのことだった。

ところが現状は思惑の真逆、沿海州の一流品を買うならばサイデム商会という認知が、完全に上流階級に定着している。

かたや、タガローサの売り出した塩ラーメン用の海産物は〝値段が高いだけで、サイデム商会のものには遠く及ばない〟と上流社会で評価され、高級海産物を取引する貴族はほとんどなくなった。倉庫は売れるあてのない在庫の山。

多くの上流貴族たちは塩ラーメンが初披露されたあのパーティに出席していたため、タガローサの納めた海産物との味の違いがはっきりと分かってしまったのだ。

(そうでなければなんとでもごまかせたものを!忌々イマイマしい!!)

だからといってパレスのタガローサともあろう者が、安売りなどできようもない。
どちらにせよ、海産物事業は大赤字だった。

その他にも、タガローサには納得のいかないことがあった。
なぜだかわからないがベザサールは、早く見切りをつけ戻って来れば良いものを、きちんと清算してから戻るといって、未だマホロに留まっているのだ。

「このまま帰ることは神がお許しになりません。どうか、きっちり清算させて下さいませ」

っと、タガローサには信じられないセリフを吐いて、集めた人足たちの給与を清算し、今後の身の振り方を決め、用済みになった使味噌蔵の処分に当たっているらしい。

(頭でも打ったのか?ゴミしか出来ない味噌蔵などエビヤ商会に押し付けてくればよかろうに……。どちらにせよ、あれも降格と減俸は確実だ、穀潰しめ)

「全く腹立たしい!無能な部下のせいで味噌を買い占めてから、値段を釣り上げる作戦が水の泡だ!
これではサイデム商会の一人勝ちではないか!」

部屋中を歩き回りながら、物に八つ当たりして叩きつけ壊しても、タガローサの怒りは収まらない。

「〝帝国の代理人〟たる唯一の御用商人である私が、なぜこのような恥辱を受けねばならないのだ。
マホロの商品など、全て私が独占できて当たり前のはずだ!

なぜこうも何もかも上手くいかないのだ!!訳がわからんぞ!!」

髪を振り乱し暴れる様子を、遠くからオドオドと見ていた秘書の一人がおずおずと口を開く。

「タ、タガローサ様。これから皇宮へのおいでになるご予定のはずですが、準備はいかが致しましょう……」

タガローサは部下を睨んで、花瓶を投げつけた。なんと気の利かぬ奴らだ!

「本日の謁見をされるのはどなただ!」

「は、はい。正妃であらせられるリアーナ皇后陛下からの急なお召しでございます……
……あのそれで、ご準備はいかが致しましょう……」

オドオドと指示を待つ秘書の姿が、さらに腹立たしい。

「いつも通り準備するに決まっておろうが!すぐに着替えと馬車を用意しろ。いいか、すぐにだ!!
献上できる品物もできる限り集めろ!分かったな、行け!」

指示を得た秘書は、逃げるように駆け出していった。
それと同時に、秘書課はバタバタと大騒ぎになっている。

それにしても、正妃様のお召しとは珍しい。しかも皇宮からの久しぶりのお召しだ。一体何事だろうか。

だが、何か新しい要望があるならば、これは良い機会だ。
なんであろうと今度こそ手に入れ、私の存在を示してやろう。

私こそが、皇宮の願いを叶える唯一の商人なのだから。
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