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3 魔法学校の聖人候補
464 エルさんのお願い
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464
なんとか名前が記録に載ることを回避できた私は、やっと〝エリクサー〟までたどり着けたことに満足していた。
これで私の《魔法薬》修業は、一区切りついたと言えるだろう。
(ここからは《中級魔法》を学んでいこう。よし、がんばるぞー!)
でもその前に今回の実験のために大変お世話になった方に挨拶に行こう。〝魔法薬師の宝箱〟のエルリベット・バレリオさんだ。機材を貸していただいたことはもちろんだが、エルさんの薬や道具に関する深い知識と経験に裏打ちされたアドバイスは、他では得難いものだった。
私は感謝を込めて、エルさんのお好きなマドレーヌを始め、沢山のお菓子やサイデム商会を通して手に入れた貴重な茶葉を携えて、セルツの街に赴き〝魔術師横丁〟へと歩みを進めた。
相変わらずお客さんのいない店の奥で、エルさんはいつものようにお茶を飲みながら、楽しげに本を読んでいた。
私は勝手知ったる店の中を抜け、笑顔でその側に近づいていったが、エルさんの前に立つと固まってしまった。エルさんの読んでいたその本は、イスの街で流通を許可していないにもかかわらず根強く闇で売られ続けている本の一冊〝聖女メイロードの大冒険〟だったのだ。
おいしそうなお茶の香りのするテーブルの前に立つ私を見て、本から目を外したエルさんは面白そうに笑った。
「なかなか面白そうなことをしていたんだねぇ、聖女メイロード・マリス?」
完全に正体がバレてしまった様子に、なんと言おうかと固まっている私にお茶を入れてくれたエルさんは、笑いながら話を続けた。
「私のところには、いろいろと訳ありの行商人が来るからね。特に、最近紙の普及がイスを中心に急速に進んだだろう? 今では本といえば〝イス〟だからね。うちも魔法に関する本なら欲しいから、本を扱う行商人が近くに来た時は必ず寄ってくれるよう頼んでいるんだ。まぁ、こんな場所だ。なかなか来ちゃくれないけどね」
その久しぶりにやってきた行商人が、マジックバッグから大量に取り出して積み上げて見せてくれた本の中に、この流通は許可していないはずなのに、全然なくならない〝聖女メイロード〟本があったのだそう。
「あ、あのですね。おわかりだとは思いますが、これ闇本というやつで嘘八百ですからね。信じないでくださいね」
「ふふ、アンタがこのメイロード・マリスだというのは否定しないんだね」
「それをエルさんに隠しても仕方ないですよ」
彼女のことは信頼できると、私は確信していた。それに、すでにいろいろと怪しい頼みごとをしているエルさんに、今更隠し立てしても仕方がないと覚悟を決めた。でも、本に書いてあることは、脚色だらけなので信じないで欲しいと、繰り返し伝え、その度にエルさんはうなづきながら笑っていた。
「わかったわかった。私もこういった本を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないさ。だけど驚いたね、そんな有名な大商人だったとはねぇ」
「それも昔のことで、今は〝メイロード・ソース〟という名前が残っているだけなんですよ。仕事は譲ってしまいましたから……」
とはいえ、パレスの宝飾店〝パレス・フロレンシア〟とチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟は実働は少ないとはいえ私の店だし、シラン共同組合にも相談役というポジションで残っているし、おじさまからも散発的に仕事が降ってくるし、私の商人活動は継続している。
「……」
暫し黙り込んだエルさんが、私にこう言った。
「お前さんに相談があるんだが、聞いてもらえるかい?」
それはこの街に住むエルさんの知人の抱えている問題についてだった。
セルツの街には大きな産業はないが、冬の寒さのため昔から毛皮をはじめとする皮革製品の需要が高く、革製品の加工工房が多い街だそうだ。その中でもエルさんも取引をしている〝チェンチェン工房〟というお店は、高い技術力のある名店としてその名はイスやパレスにまで広まっているそうだ。
衣類だけでなく馬具の製作なども請け負う大きな工房で、エルさんからの特殊な注文にも快く対応し完璧な仕事をしてくれるし、魔法学校や軍部の騎馬部隊からの信頼も厚い店なのだそうだ。
「ところが、ここがいま分裂しちゃってさ。先代が亡くなったと思ったら、一番弟子だった男が工房の連中を無理やり引き抜いて自分の工房を立ち上げたんだ。だまし討ちのようなやり方で、過去の注文票や仕事のために作られた特殊な道具まで持ち出して〝チェンチェン工房〟は終わった、これからはウチが取り仕切ると宣言したんだ。
それからこの〝ザイザロンガ工房〟は、酷い嫌がらせを〝チェンチェン工房〟にしてるんだよ」
〝チェンチェン工房〟はもちろん火事場泥棒のような形で無断で持ち出された道具や書類を返却するよう何度もザイザロンガに訴えているのだが、相手は〝先代から譲り受けた〟と主張し、まったく応じる気配がないという。
この元一番弟子のザイザロンガという男が厄介で、この男はこの街で一番大きな皮革問屋の三男なのだ。
「おそらく実家と組んで〝チェンチェン工房〟の代替わりの隙を狙っていたんだろうよ。こっちの工房の跡取りは腕はいいが実直すぎてこうした交渉ごとは苦手な男だし、親父さんを亡くしたショックで落ち込んでいる時を狙われちまったからね」
こういう事件に関しては法整備などないも同じのこの世界。まして、相手にはこの町の有力者がついていて、周囲の人々も腰が引けているのか、強い味方もいない。エルさんを含む数少ない〝チェンチェン工房〟の積極的支援者たちは、相手側に何度もこちらの正当性を訴えたが、一番弟子の権利を主張され、職人ならば商品で勝負しろ、と軽くあしらわれている。しかも問屋たちも大店であるザイザロンガの実家を恐れ、いまでは素材すらまともに買えないという状況なのだという。
「品質のいい皮が必要なのはもちろんだけどね。なにか〝チェンチェン工房〟だけの特徴を出したものでも作らないと〝チェンチェン工房〟の方が技術が高いことを示せない状況なんだよ。だが、道具も素材もなしじゃ皆目見当がつかなくてね」
どうやら、私が結構な力のある商人だと知ったエルさん、私を自分の陣営に協力させたいらしい。
「わかりましたよ。〝チェンチェン工房〟にお話を聞きに行きましょう。できることがあるかどうかはわかりませんが、お世話になったのですからやれるだけやってみます」
なんとか名前が記録に載ることを回避できた私は、やっと〝エリクサー〟までたどり着けたことに満足していた。
これで私の《魔法薬》修業は、一区切りついたと言えるだろう。
(ここからは《中級魔法》を学んでいこう。よし、がんばるぞー!)
でもその前に今回の実験のために大変お世話になった方に挨拶に行こう。〝魔法薬師の宝箱〟のエルリベット・バレリオさんだ。機材を貸していただいたことはもちろんだが、エルさんの薬や道具に関する深い知識と経験に裏打ちされたアドバイスは、他では得難いものだった。
私は感謝を込めて、エルさんのお好きなマドレーヌを始め、沢山のお菓子やサイデム商会を通して手に入れた貴重な茶葉を携えて、セルツの街に赴き〝魔術師横丁〟へと歩みを進めた。
相変わらずお客さんのいない店の奥で、エルさんはいつものようにお茶を飲みながら、楽しげに本を読んでいた。
私は勝手知ったる店の中を抜け、笑顔でその側に近づいていったが、エルさんの前に立つと固まってしまった。エルさんの読んでいたその本は、イスの街で流通を許可していないにもかかわらず根強く闇で売られ続けている本の一冊〝聖女メイロードの大冒険〟だったのだ。
おいしそうなお茶の香りのするテーブルの前に立つ私を見て、本から目を外したエルさんは面白そうに笑った。
「なかなか面白そうなことをしていたんだねぇ、聖女メイロード・マリス?」
完全に正体がバレてしまった様子に、なんと言おうかと固まっている私にお茶を入れてくれたエルさんは、笑いながら話を続けた。
「私のところには、いろいろと訳ありの行商人が来るからね。特に、最近紙の普及がイスを中心に急速に進んだだろう? 今では本といえば〝イス〟だからね。うちも魔法に関する本なら欲しいから、本を扱う行商人が近くに来た時は必ず寄ってくれるよう頼んでいるんだ。まぁ、こんな場所だ。なかなか来ちゃくれないけどね」
その久しぶりにやってきた行商人が、マジックバッグから大量に取り出して積み上げて見せてくれた本の中に、この流通は許可していないはずなのに、全然なくならない〝聖女メイロード〟本があったのだそう。
「あ、あのですね。おわかりだとは思いますが、これ闇本というやつで嘘八百ですからね。信じないでくださいね」
「ふふ、アンタがこのメイロード・マリスだというのは否定しないんだね」
「それをエルさんに隠しても仕方ないですよ」
彼女のことは信頼できると、私は確信していた。それに、すでにいろいろと怪しい頼みごとをしているエルさんに、今更隠し立てしても仕方がないと覚悟を決めた。でも、本に書いてあることは、脚色だらけなので信じないで欲しいと、繰り返し伝え、その度にエルさんはうなづきながら笑っていた。
「わかったわかった。私もこういった本を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないさ。だけど驚いたね、そんな有名な大商人だったとはねぇ」
「それも昔のことで、今は〝メイロード・ソース〟という名前が残っているだけなんですよ。仕事は譲ってしまいましたから……」
とはいえ、パレスの宝飾店〝パレス・フロレンシア〟とチョコレート専門店〝カカオの誘惑〟は実働は少ないとはいえ私の店だし、シラン共同組合にも相談役というポジションで残っているし、おじさまからも散発的に仕事が降ってくるし、私の商人活動は継続している。
「……」
暫し黙り込んだエルさんが、私にこう言った。
「お前さんに相談があるんだが、聞いてもらえるかい?」
それはこの街に住むエルさんの知人の抱えている問題についてだった。
セルツの街には大きな産業はないが、冬の寒さのため昔から毛皮をはじめとする皮革製品の需要が高く、革製品の加工工房が多い街だそうだ。その中でもエルさんも取引をしている〝チェンチェン工房〟というお店は、高い技術力のある名店としてその名はイスやパレスにまで広まっているそうだ。
衣類だけでなく馬具の製作なども請け負う大きな工房で、エルさんからの特殊な注文にも快く対応し完璧な仕事をしてくれるし、魔法学校や軍部の騎馬部隊からの信頼も厚い店なのだそうだ。
「ところが、ここがいま分裂しちゃってさ。先代が亡くなったと思ったら、一番弟子だった男が工房の連中を無理やり引き抜いて自分の工房を立ち上げたんだ。だまし討ちのようなやり方で、過去の注文票や仕事のために作られた特殊な道具まで持ち出して〝チェンチェン工房〟は終わった、これからはウチが取り仕切ると宣言したんだ。
それからこの〝ザイザロンガ工房〟は、酷い嫌がらせを〝チェンチェン工房〟にしてるんだよ」
〝チェンチェン工房〟はもちろん火事場泥棒のような形で無断で持ち出された道具や書類を返却するよう何度もザイザロンガに訴えているのだが、相手は〝先代から譲り受けた〟と主張し、まったく応じる気配がないという。
この元一番弟子のザイザロンガという男が厄介で、この男はこの街で一番大きな皮革問屋の三男なのだ。
「おそらく実家と組んで〝チェンチェン工房〟の代替わりの隙を狙っていたんだろうよ。こっちの工房の跡取りは腕はいいが実直すぎてこうした交渉ごとは苦手な男だし、親父さんを亡くしたショックで落ち込んでいる時を狙われちまったからね」
こういう事件に関しては法整備などないも同じのこの世界。まして、相手にはこの町の有力者がついていて、周囲の人々も腰が引けているのか、強い味方もいない。エルさんを含む数少ない〝チェンチェン工房〟の積極的支援者たちは、相手側に何度もこちらの正当性を訴えたが、一番弟子の権利を主張され、職人ならば商品で勝負しろ、と軽くあしらわれている。しかも問屋たちも大店であるザイザロンガの実家を恐れ、いまでは素材すらまともに買えないという状況なのだという。
「品質のいい皮が必要なのはもちろんだけどね。なにか〝チェンチェン工房〟だけの特徴を出したものでも作らないと〝チェンチェン工房〟の方が技術が高いことを示せない状況なんだよ。だが、道具も素材もなしじゃ皆目見当がつかなくてね」
どうやら、私が結構な力のある商人だと知ったエルさん、私を自分の陣営に協力させたいらしい。
「わかりましたよ。〝チェンチェン工房〟にお話を聞きに行きましょう。できることがあるかどうかはわかりませんが、お世話になったのですからやれるだけやってみます」
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