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4 聖人候補の領地経営
613 辺境の逸品
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613
私たちの座るテーブルへと運ばれてきたのはティーセット。
この急に降って湧いた晩餐会も、いよいよこれで幕引きとなる。
本来ならこのティーセットにはマリス家の家紋をデザインした装飾を施すところだが、残念ながらまだわが家の正式な家紋が出来上がっていない。そこで、四季の花々を豪華にデザインした下絵を発注して今日に間に合わせて仕上げた。浮き上がるような花々の間から見えるのは、私が作ったオリジナルの紅茶だ。
「これは……皇宮のしかも最も高貴な方々だけがお使いになるガラス製のティーセットではないか!」
公爵が驚くのも無理はない。このガラス製ティーセットはシラン村の特定の工房以外では作られていないし、そのガラスの表面に砂を魔法で叩きつけて図柄を彫り込むサンドブラストの技法を使えるのは私だけなので、基本的に非売品なのだ。
(まぁ、激レアで手に入らないことが、かえって評判になり、リアーナ様の自尊心も満足させているらしいけど……)
「こ……このガラス製のティーセットは、ロームバルト王国に嫁がれることになったゴール伯爵家のマリリア嬢の婚約式のとき主だった出席者だけに贈られた品物だ。しかもこのガラスへ美しい彫刻が施されたものは、ごくわずかな方々にしか贈られなかった至極の一品として、貴族の間ではあの時以来噂の逸品! もちろん私もあの式典には参加していたから、このセットはわが家にもあるが、残念ながら彫刻のないものだ」
ここにあることが余程信じられないのか、シルベスター公爵は食らいつくようにティーポットに刻まれた草花の彫刻を眺め続けている。
あの引き出物として作ったガラスのティーセットはとても好評で、六客セットだけでは足りないと貴族たちから追加購入を求める要望が多く寄せられたが、商品化はしなかった。シラン村のガラス工房はメインの仕事だけでも大忙しだったし、私にとってもあれはあのとき限りのアイディアだったからだ。
(作れば儲かったかもしれないし、サイデムおじさまに別の工房に作らせて売ることはできただろうけど、わがままな貴族のことだもん。絶対、サンドブラストの彫刻付きを欲しがるようになるに決まってる。あれが私にしかできない魔法ありきの技術である以上、めんどくさいことになるに決まっているので、関わりたくなかったのだ)
案の定、あの貴族たちは色々な工房に注文を出し、ガラス製ティーセットは作られるようになったが、どこもサンドブラストを再現することはできずいまに至っている。
ティーカップに刻まれた美しい花々の彫刻を見ながら、まだシルベスター公爵は唸っていた。
「なんという美しさだ……だが、あのときに贈られたティーセットは家紋を使っていた。これとはまったく違う意匠だ。では、これはどこで作られたのだ。まさか……」
私の方を驚きの目で見る公爵に、セイツェさんの特訓を思い出しながらティーカップを優雅に見えるよう気をつけて持ち、微笑んでみせる。
「このガラス製ティーセットは〝マリス領〟で作られました。諸事情があり、市販はしておりませんけれど、私が支援している工房が作ったものなのですよ。とても手間のかかる仕事ですので、職人泣かせなのです。それに、希少であることを正妃様もお望みですから……」
私は嘘を混ぜつつ予防線を張った。〝簡単には作れないし作らせない〟という意思表示だ。あれは公爵に依頼されても作らない。
「だからこその希少価値か……」
このガラス器でお茶を供すれば、それだけで社交界では大きな話題になる。〝マリス領〟にこのような素晴らしくしかも珍しい芸術があることに、公爵はただただ驚くしかなかった。
「そうか! あの婚約式の折に、正妃であられるリアーナ様と縁があったというわけか!」
「リアーナ様には、とてもよくしていただいております」
その辺りは公にしていない部分も多いので、うまくぼかしつつも、正妃様との良好な関係をアピールしておく。この国では最も地位の高い公爵という立場にあるシルベスター 家だが、彼らもまたシド皇帝の家臣に過ぎない。王妃に逆らうなどできるはずがないのだ。
「そ……それは大変心強いことだな。うむ……」
希少価値の高い芸術的価値のあるティーセットが作れるだけの文化が、この田舎の領地にあり、しかもそれを愛でているのは正妃であるリアーナ様。これでは下手にこの領地の文化程度が低いなどと話せば皇宮を貶めることになってしまうため、公爵はそれぐらいの言葉しか言えなくなっていた。
「それではお茶の添え物に、拙い私の歌でも聴いていただきましょうか」
最後は私自身にも〝教養〟があるところを見せておくことにした。
〔さあ、メイロードさま! この失礼な男に披露するのは本当にもったいないですが、仕方ございません。日頃の修練の成果を聴かせてやりましょう。これ以上メイロード様に対して〝教養がない〟などという暴言を吐かれては、ワタクシうっかり奴めを弓で射殺してしまいそうです〕
姿を隠しながらずっと音楽を奏でてくれていたミゼルから《念話》が飛んできた。
〔射殺す……って、ミゼル、落ち着いてね。あなたは本当にそれができるから心配だわ〕
魔法を宿した竪琴であり弓でもあるミゼル、その弟子である私が貶められていることにかなり苛立って入り様子だ。私はミゼルを宥めながら立ち上がり、一段高い場所へ移動する。
「本日は帝都より遠く離れたこの小さき領地に、ようこそお訪ね下さいました。感謝を込め、皆様よくご存じの一曲を歌わせていただきます」
私たちの座るテーブルへと運ばれてきたのはティーセット。
この急に降って湧いた晩餐会も、いよいよこれで幕引きとなる。
本来ならこのティーセットにはマリス家の家紋をデザインした装飾を施すところだが、残念ながらまだわが家の正式な家紋が出来上がっていない。そこで、四季の花々を豪華にデザインした下絵を発注して今日に間に合わせて仕上げた。浮き上がるような花々の間から見えるのは、私が作ったオリジナルの紅茶だ。
「これは……皇宮のしかも最も高貴な方々だけがお使いになるガラス製のティーセットではないか!」
公爵が驚くのも無理はない。このガラス製ティーセットはシラン村の特定の工房以外では作られていないし、そのガラスの表面に砂を魔法で叩きつけて図柄を彫り込むサンドブラストの技法を使えるのは私だけなので、基本的に非売品なのだ。
(まぁ、激レアで手に入らないことが、かえって評判になり、リアーナ様の自尊心も満足させているらしいけど……)
「こ……このガラス製のティーセットは、ロームバルト王国に嫁がれることになったゴール伯爵家のマリリア嬢の婚約式のとき主だった出席者だけに贈られた品物だ。しかもこのガラスへ美しい彫刻が施されたものは、ごくわずかな方々にしか贈られなかった至極の一品として、貴族の間ではあの時以来噂の逸品! もちろん私もあの式典には参加していたから、このセットはわが家にもあるが、残念ながら彫刻のないものだ」
ここにあることが余程信じられないのか、シルベスター公爵は食らいつくようにティーポットに刻まれた草花の彫刻を眺め続けている。
あの引き出物として作ったガラスのティーセットはとても好評で、六客セットだけでは足りないと貴族たちから追加購入を求める要望が多く寄せられたが、商品化はしなかった。シラン村のガラス工房はメインの仕事だけでも大忙しだったし、私にとってもあれはあのとき限りのアイディアだったからだ。
(作れば儲かったかもしれないし、サイデムおじさまに別の工房に作らせて売ることはできただろうけど、わがままな貴族のことだもん。絶対、サンドブラストの彫刻付きを欲しがるようになるに決まってる。あれが私にしかできない魔法ありきの技術である以上、めんどくさいことになるに決まっているので、関わりたくなかったのだ)
案の定、あの貴族たちは色々な工房に注文を出し、ガラス製ティーセットは作られるようになったが、どこもサンドブラストを再現することはできずいまに至っている。
ティーカップに刻まれた美しい花々の彫刻を見ながら、まだシルベスター公爵は唸っていた。
「なんという美しさだ……だが、あのときに贈られたティーセットは家紋を使っていた。これとはまったく違う意匠だ。では、これはどこで作られたのだ。まさか……」
私の方を驚きの目で見る公爵に、セイツェさんの特訓を思い出しながらティーカップを優雅に見えるよう気をつけて持ち、微笑んでみせる。
「このガラス製ティーセットは〝マリス領〟で作られました。諸事情があり、市販はしておりませんけれど、私が支援している工房が作ったものなのですよ。とても手間のかかる仕事ですので、職人泣かせなのです。それに、希少であることを正妃様もお望みですから……」
私は嘘を混ぜつつ予防線を張った。〝簡単には作れないし作らせない〟という意思表示だ。あれは公爵に依頼されても作らない。
「だからこその希少価値か……」
このガラス器でお茶を供すれば、それだけで社交界では大きな話題になる。〝マリス領〟にこのような素晴らしくしかも珍しい芸術があることに、公爵はただただ驚くしかなかった。
「そうか! あの婚約式の折に、正妃であられるリアーナ様と縁があったというわけか!」
「リアーナ様には、とてもよくしていただいております」
その辺りは公にしていない部分も多いので、うまくぼかしつつも、正妃様との良好な関係をアピールしておく。この国では最も地位の高い公爵という立場にあるシルベスター 家だが、彼らもまたシド皇帝の家臣に過ぎない。王妃に逆らうなどできるはずがないのだ。
「そ……それは大変心強いことだな。うむ……」
希少価値の高い芸術的価値のあるティーセットが作れるだけの文化が、この田舎の領地にあり、しかもそれを愛でているのは正妃であるリアーナ様。これでは下手にこの領地の文化程度が低いなどと話せば皇宮を貶めることになってしまうため、公爵はそれぐらいの言葉しか言えなくなっていた。
「それではお茶の添え物に、拙い私の歌でも聴いていただきましょうか」
最後は私自身にも〝教養〟があるところを見せておくことにした。
〔さあ、メイロードさま! この失礼な男に披露するのは本当にもったいないですが、仕方ございません。日頃の修練の成果を聴かせてやりましょう。これ以上メイロード様に対して〝教養がない〟などという暴言を吐かれては、ワタクシうっかり奴めを弓で射殺してしまいそうです〕
姿を隠しながらずっと音楽を奏でてくれていたミゼルから《念話》が飛んできた。
〔射殺す……って、ミゼル、落ち着いてね。あなたは本当にそれができるから心配だわ〕
魔法を宿した竪琴であり弓でもあるミゼル、その弟子である私が貶められていることにかなり苛立って入り様子だ。私はミゼルを宥めながら立ち上がり、一段高い場所へ移動する。
「本日は帝都より遠く離れたこの小さき領地に、ようこそお訪ね下さいました。感謝を込め、皆様よくご存じの一曲を歌わせていただきます」
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