利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

やまなぎ

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4 聖人候補の領地経営

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キリさんは三つ編みにした茶色の長い髪を後ろに垂らし、秘書課を示す深い茶色のブラウスとパンツの制服をきちんと身につけて、背筋を伸ばしている。

(秘書課は男女半々で、女性はスカートも選択できるそうだけどサイデムおじさまに翻弄されて、一日中忙しなく動いているため、いまのところ秘書課にはスカートの女性はいないらしい。間違いなく激務なんだろうな……)

彼女の年齢はおじさまより少し上で、黎明期のサイデム商会から勤めている数少ない人物でとても頼りになる人だ。

そういうわけで、彼女はイスの 首領ドンであり〝帝国の代理人〟という称号を持つ、立派で素晴らしい人物としてのおじさま以外もよく知っている。今回の案内役としてはうってつけだろう。

(キリさん……ああ〝さん〟づけするとまた怒られちゃうな。キリはアーサーやライラ、そしてメイロードのことも生まれる前から知っているんだよね。そのせいなのか、子供の私がおじさまとやり合っている様子もアーサーとライラ、ふたりの子供ならば不思議はないとすんなり納得している。どうやら昔からおじさまがらみのトラブル処理や制御はこのふたりしかできなかったみたいだ。

そういった経緯があるからなのだろうけど、自分たちではどうにもならないおじさまがらみの問題が起きると、今回みたいにむしろ私に積極的に連絡してくるんだよね。まぁ、いいけど……)

実はキリだけじゃなく、これまでのおじさまとのお仕事、そして長いお付き合いの結果、サイデム商会の方々は私をやたらと持ち上げてくれるようになってしまった。裏で〝サイデム商会の守り神〟〝サイデム統括の守護天使〟などと呼ばれているという話をキッペイから聞いたときには、何を言っているのかと呆れてしまったが、キッペイはそれを至極当然の称号だと言うし、セーヤ・ソーヤにも目一杯頷かれてしまった。

(そんな称号恥ずかしいだけなんだけど、甘んじて受けるしかないみたいなんだよねぇ……おじさまとのお仕事で莫大な利益が出ていることは、さすがにサイデム商会の人たちには隠しておけないしなぁ。ちゃんと寝ろとかちゃんと食べろとかおじさまに口うるさく言っている姿も見られちゃってるし……まぁ、私がそういう扱いが苦手だって知ってくれていて、面と向かってはそのご大層な称号を言わないでくれているだけマシだと思っておこうっと……はぁ)

そういうわけで、サイデム商会の方たちの私への扱いはそれはそれは丁寧で、恭しいものになっている。キリはその最たる人物なので、こういった場面でも誰よりも私を大切に扱おうとする。さすがに侯爵夫人に対しては敬意を表したしっかりとした礼を取ったが、私へのそれも誰が見てもそれに匹敵するもので、お嬢様方の視線が大変痛かった。

(ま、私は伯爵だからキリのこの対応にも、みなさんなんとか納得してくれている……と思いたいんだけど、キリやりすぎ! 抑えてって!)

暫し談笑したところで、私はルミナーレ様とアイコンタクトをして、頷いていただいたことを確認し、キリに商品を運び込んでの説明を始めてもらった。

貴族との対応には慣れているキリは、かしこまり過ぎず、だが敬意を忘れないしっかりとした礼をとり、話し始める。

「帝都の至宝、尊き御身たる奥方様、そして麗しきお嬢様方。本日は遠きパレスより〝サイデム商会本店〟へとおみ足をお運びいただき、感謝の言葉もございません。
どうぞおくつろぎになりながら、皆様のために厳選してご用意させていただきました当店自慢の品々にて、ごゆるりとお買い物をお楽しみくださいませ。
これより全国から集められた最高の商品をご紹介をさせていただきながら、手前どもの仕事につきましても、少しだけご説明させていただきます」

そこからキリは現在のサイデム商会の仕事についての説明を始めた。

「現在のサイデム商会はシド帝国だけにとどまらず世界の主要二十五都市に支店を、さらに仕入れ協力や当店の商品窓口として注文も受け付ける協力商店といわれるものや事務所が百カ所以上ございます。収益につきましてはあまりはっきりしたことはお教えできませんが、先程ご覧いただきました主に市井のお客様にご利用いただいております店舗の昨年度のおおよその売り上げは三百六十万ポルでございます」

「まぁ、あの店だけで……本当に大きなお店ですのね」

お嬢様方はびっくりしているが、この日本円にして三十六億円という額はサイデム商会の売り上げのごく一部だ。サイデム商会には傘下に入っている別名義のお店も多数あるし、何より貴族相手や国相手の仕事はこの金額にはまったく含まれていない。
モノを売る以外の仕事だってたくさん請け負っている。それが全体でいくらになるのかなど計算する気もないが、サイデム商会がこの世界屈指の巨大商店であることは間違いない。

「今回ご紹介いたしますこちらのような宝飾品はもちろん、近年は美容に良い商品や小物など新しい商品をたくさん売り出しております」

そう言いながら、キリは皆さんの前に貴族向けを中心としたファッション系の品物を並べる。お嬢様たちの目はすぐにそれに吸い寄せられ、楽しげにあれこれ品定めを始めた。

「高級品はパレスで買うものだと思っておりましたけれど、どれも素敵ですわね。ああこの首飾り、とても素敵」
「この扇の細工も大したものですわ。これは是非買って帰りたいです。お取置きをお願いできるかしら?」

次から次へと目の前に出てくる魅力的な商品に、お嬢様方は釘付けだったが、上級貴族ではない彼女たちはあれもこれも買えるほどには裕福ではないようで、選ぶ目は真剣だ。とはいえ、やはりその金額はどれも庶民が買えるようなものではない。

キリと貴族対応に慣れた従業員たちは、彼女たちが気持ちよく買い物ができるよう心を配りながら商品の説明をし、ときには試着を促し、試せる商品はどんどん試させていった。彼女たちのセールストークは筋金入りだ。

「この繊細な細工がなされた一点ものの扇を、こちらのドレスに合わせられたお姿でお嬢様がパレスの華やかな舞踏会にお出かけになる姿が目に浮かびますわ。ああ、こちらの可憐なトスカの花の意匠を取り入れました耳飾りもお似合いです。私もできるなら、この美しい扇を携えたお姿で、素敵なパレスの殿方と優雅に踊っていらっしゃるお嬢様のお姿を見せていただきたいものですわ」

(ああ、うまいなぁ。相手にそれを身につけたときの自分の姿を想像させて、引き込むテクニック。迷っているときにこれをやられたら買っちゃうよねぇ……)

私は苦笑しながら、売り子さんたちの技術に感心していた。そして、しばしお嬢様方の買い物の様子を観察しながら、ルミナーレ様とお茶を楽しみつつ場を繋ぐ。

どうやらここに用意されているのは若い方向けの商品らしく、上級貴族であるルミナーレ様にはまた別の機会が設けられるようだ。

「アリーシアがね。最近、買ったものの記録をつけるようになったのよ。メイロードが言ってくれたのですってね」

「ああ、持ち物は正確に把握しておくと、似たものを買ってしまうことを防げますし、なにより着回しや取り合わせを考えやすくなりますから、まずは記録をオススメしたんですよ」

「そのおかげでね。あの子は自分の買い物が多すぎることに気づいたみたいなの。自分で気づいてくれたことが嬉しいわ。ありがとう、メイロード」

「いえ、私はなにも……アリーシア様が淑女として成長され、大人になられたということです」

「ほほほ、まったくあなたはそんな可愛らしいお顔をして、如才のないこと。これもサイデムの薫陶なのかしら」

分別くさい私の言葉にルミナーレ様には笑われてしまったが、私のアドバイスをどう活かすかは相手次第だし、アリーシア様がそこから気づきを得られたというなら、それはアリーシア様のお手柄だ。

「これからも、あの子のいいお友達でいてね、メイロード」

「はい、もちろんです」

楽しげにお買い物をしている令嬢方の背後で、私たちはくつろぎながら、ほっこりとアリーシア様の成長を喜んでいた。
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