612 / 840
4 聖人候補の領地経営
801 馬車にて
しおりを挟む
801
アナトゥーラ・フォンス子爵令嬢は泣きたいような気持ちだった。
(なんて無茶なことをおっしゃるのかしら! 信じられない! 私に野菜の皮をむけと、商人の真似をしろと?)
だが他の御令嬢方、なによりルミナーレ様の前で涙など見せるわけにはいかない。レースのハンカチをぎゅっと握りしめ、馬車に揺られていく。
「サイデム様は貴族のなんたるかをご存知なさすぎです! 私たちに食事のことをさせようとか、仕事をさせようとか、私たちをなんだと思っていらっしゃるのでしょう!」
ベルジュ子爵令嬢イングリット様は、耐えきれず言葉になさった。
その気持ちはよくわかる、そんなこと考えたこともない私たちには、彼の方の望みは荒唐無稽すぎたのだ。
「仮にも男爵となられた方が伴侶に求められることとは思えませんわ。貴族の生活をわかっていらっしゃらないにもほどがあります!」
アイヒェ・インフィリス男爵令嬢もそれに呼応する。
だが嘆き憤る私たちに、ルミナーレ様は静かにこう言われた。
「あなたたちは何か勘違いをしていますね。いいですか、このお見合い、選ぶのはサガン・サイデムです。彼に選ばれたいのであれば、彼の望みを叶えるしかないのですよ」
「でも、あの言い方はあまりにも……私たちに召使いの仕事をせよと言われましても……」
「そうですわ、それは私たちのすべきことではございません!」
私たちの言葉にルミナーレ様はため息をつかれた。
「サイデムはあなたたちに〝気概〟があるかどうかを見ていたのですよ。したことがないからできないと最初からあきらめるのではなく、これから努力するという態度を見せるべきだったのです。
それに……いいですか、サイデム家は商家なのですよ。利を考えることもできない娘に莫大な富を動かす彼を支えることなどできるはずがないでしょう。それも、いまできないのならこれから学ぶという態度を見せるべきでした。
あなた方は自らこの縁談を放棄したのです! 〝できません〟とね」
いつも温厚でお優しいルミナーレ様のこの言葉に、私たちはシュンとしてしまい言い訳の言葉も出なかった。
(たしかに、私たちはサイデム様との結婚に貴族としての、いままで以上に華やかで素晴らしい生活ばかりを夢見ていた。でも、サイデム様の本質は商人であり、貴族であることを私たちのように大事には思っていらっしゃらなかったのかもしれない……)
「私たちには大商人の妻になるという〝気概〟がなかった……と言われるのでございますね。はぁ……たしかに、私には無理でございます……」
イングリット様はすっかり気落ちした様子でうなだれてしまった。
「ええ……一度も台所のある場所に近づいたことのない私には、とてもいまからあそこに入り包丁を持つなど、とてもできるとは思えません……」
つまるところ、サイデム様の本質は〝庶民〟であり〝商人〟だったのだ。見た目とその精悍でエレガントな振る舞いに、私は惑わされ錯覚したままこのお見合いに望み、そして失敗したのだ。
「ああ、それからサイデムからの伝言があるそうよ」
ルミナーレ様が控えていた召使いに話すよう促すと、その伝言を読み上げさせた。
「遠いイスの地まで、私と会うためにおいでくださって皆様に心より感謝申し上げます。
こちらの目録はこの出会いへの感謝と今後の皆様の更なるお幸せを願ってご用意いたしましたお土産でございます。
お気に召した商品がございましたら、是非今後もサイデム商会を末長くご利用ください。
イスの花たる皆様のご来店を、いつでもお待ちいたしております。
敬愛を込めて
ーーサガン・サイデム」
そして渡された目録には、私たちが初日に購入した商品がすべて記載されていた上、イスの名産や名物も数多く追加されていた。
「ああ……サイデム様……あなた様は、私たちにあなたを嫌いにもさせてくださらないのですね」
この気前の良さは、サイデム様の評判を上げるだろう。そして、それだけの価値があるとされた私たちの評判も下がることはないはずだ。
(きっとまたサイデム商会でお買い物をすることになるわね)
私は目録には記載された、私の選んだ逸品たちを眺めて微笑んだ。あれは確かに、とても楽しい時間だった。
(そう言えばルミナーレ様はあまりお買い物をしていらっしゃらなかったような……でも、きっと素晴らしいお土産をご用意されたのでしょうね)
私はそんなことを考えながら、少しだけ心穏やかに馬車に揺られていった。
ーーーーー
「えーー! いま忙しいんですけど! いろいろ仕事を置いてきてるんですけど!?」
私の言葉におじさまはバツが悪そうな顔をしつつも、頼んでくる。
「ルミナーレ様は品物などいらないから、メイロードをパレスに連れてこいって言うんだ。ここまで世話をかけた状況で断れんだろう。頼む! 一日でもいいから皇宮とドール侯爵家に顔を出してくれ!」
(しょうがないわねぇ……)
こうして、私は久しぶりにパレスへと、ご挨拶とお礼言上のため向かうことになった。
アナトゥーラ・フォンス子爵令嬢は泣きたいような気持ちだった。
(なんて無茶なことをおっしゃるのかしら! 信じられない! 私に野菜の皮をむけと、商人の真似をしろと?)
だが他の御令嬢方、なによりルミナーレ様の前で涙など見せるわけにはいかない。レースのハンカチをぎゅっと握りしめ、馬車に揺られていく。
「サイデム様は貴族のなんたるかをご存知なさすぎです! 私たちに食事のことをさせようとか、仕事をさせようとか、私たちをなんだと思っていらっしゃるのでしょう!」
ベルジュ子爵令嬢イングリット様は、耐えきれず言葉になさった。
その気持ちはよくわかる、そんなこと考えたこともない私たちには、彼の方の望みは荒唐無稽すぎたのだ。
「仮にも男爵となられた方が伴侶に求められることとは思えませんわ。貴族の生活をわかっていらっしゃらないにもほどがあります!」
アイヒェ・インフィリス男爵令嬢もそれに呼応する。
だが嘆き憤る私たちに、ルミナーレ様は静かにこう言われた。
「あなたたちは何か勘違いをしていますね。いいですか、このお見合い、選ぶのはサガン・サイデムです。彼に選ばれたいのであれば、彼の望みを叶えるしかないのですよ」
「でも、あの言い方はあまりにも……私たちに召使いの仕事をせよと言われましても……」
「そうですわ、それは私たちのすべきことではございません!」
私たちの言葉にルミナーレ様はため息をつかれた。
「サイデムはあなたたちに〝気概〟があるかどうかを見ていたのですよ。したことがないからできないと最初からあきらめるのではなく、これから努力するという態度を見せるべきだったのです。
それに……いいですか、サイデム家は商家なのですよ。利を考えることもできない娘に莫大な富を動かす彼を支えることなどできるはずがないでしょう。それも、いまできないのならこれから学ぶという態度を見せるべきでした。
あなた方は自らこの縁談を放棄したのです! 〝できません〟とね」
いつも温厚でお優しいルミナーレ様のこの言葉に、私たちはシュンとしてしまい言い訳の言葉も出なかった。
(たしかに、私たちはサイデム様との結婚に貴族としての、いままで以上に華やかで素晴らしい生活ばかりを夢見ていた。でも、サイデム様の本質は商人であり、貴族であることを私たちのように大事には思っていらっしゃらなかったのかもしれない……)
「私たちには大商人の妻になるという〝気概〟がなかった……と言われるのでございますね。はぁ……たしかに、私には無理でございます……」
イングリット様はすっかり気落ちした様子でうなだれてしまった。
「ええ……一度も台所のある場所に近づいたことのない私には、とてもいまからあそこに入り包丁を持つなど、とてもできるとは思えません……」
つまるところ、サイデム様の本質は〝庶民〟であり〝商人〟だったのだ。見た目とその精悍でエレガントな振る舞いに、私は惑わされ錯覚したままこのお見合いに望み、そして失敗したのだ。
「ああ、それからサイデムからの伝言があるそうよ」
ルミナーレ様が控えていた召使いに話すよう促すと、その伝言を読み上げさせた。
「遠いイスの地まで、私と会うためにおいでくださって皆様に心より感謝申し上げます。
こちらの目録はこの出会いへの感謝と今後の皆様の更なるお幸せを願ってご用意いたしましたお土産でございます。
お気に召した商品がございましたら、是非今後もサイデム商会を末長くご利用ください。
イスの花たる皆様のご来店を、いつでもお待ちいたしております。
敬愛を込めて
ーーサガン・サイデム」
そして渡された目録には、私たちが初日に購入した商品がすべて記載されていた上、イスの名産や名物も数多く追加されていた。
「ああ……サイデム様……あなた様は、私たちにあなたを嫌いにもさせてくださらないのですね」
この気前の良さは、サイデム様の評判を上げるだろう。そして、それだけの価値があるとされた私たちの評判も下がることはないはずだ。
(きっとまたサイデム商会でお買い物をすることになるわね)
私は目録には記載された、私の選んだ逸品たちを眺めて微笑んだ。あれは確かに、とても楽しい時間だった。
(そう言えばルミナーレ様はあまりお買い物をしていらっしゃらなかったような……でも、きっと素晴らしいお土産をご用意されたのでしょうね)
私はそんなことを考えながら、少しだけ心穏やかに馬車に揺られていった。
ーーーーー
「えーー! いま忙しいんですけど! いろいろ仕事を置いてきてるんですけど!?」
私の言葉におじさまはバツが悪そうな顔をしつつも、頼んでくる。
「ルミナーレ様は品物などいらないから、メイロードをパレスに連れてこいって言うんだ。ここまで世話をかけた状況で断れんだろう。頼む! 一日でもいいから皇宮とドール侯爵家に顔を出してくれ!」
(しょうがないわねぇ……)
こうして、私は久しぶりにパレスへと、ご挨拶とお礼言上のため向かうことになった。
331
あなたにおすすめの小説
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。