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5森に住む聖人候補
837 サルエルの訪問者
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サルエルはこの地の徴税を任されている地方役人だ。
彼の働いているのは長く国の直轄地とされてきた小規模な領地。現在は国からとある貴族へと下賜されたものの、上に立つ者が国から貴族に変わったところでそこに住む者たちの生活には大きな変わりはなく、彼の仕事もそのまま継続していた。
もちろん領地の所有者の変化により上層部の人事には多少の変化はあったが、年に一度中央に徴収した税金を納めに行くとき以外はそれぞれが担当する地域から動くことのない各地域の役人は、領主にお目見えできる立場でもないため。そのまま据え置かれたのだった。
こうした地方役人の人事は領主によるものではなく、中央の管理局によって行われており、よほどの失態でもない限り移動もない。
そしてサルエルは、現在この領地の北部方面の管理者として地方事務所を仕切っている男だ。地方管理局の役割は、主に該当地域の徴税と大きな災害や犯罪への対応となる。そのため、管理局にはある程度の兵隊が常時確保されており、小さな町や集落ではどうにもできない魔物の出現や大きな犯罪の取り締まりという役目も担っていた。
だがサルエルはもともと自分が公僕であるという意識が低い男だった。地方の庄屋のような立場の名家出身でさながら貴族のように育った彼は、自分が優秀でさらに名家の出身であるということに強烈なプライドを持ち〝高級官吏〟という職でその自尊心を満足させようとしていた。
このサルエルという男は、高慢ではあったが仕事はできた。とくに税務に関する仕事で頭角を現したのだ。いかに多く税を取り立てるかでその能力を発揮し、それまで税の対象でなかった物品の移動や保安に関しても徴税する仕組みを作り、他にも次々と課税していった。さらにはその無慈悲とも思える取り立て能力で地位を得たと噂されている男でもあった。
「ふふふ、炭とかいう新しい燃料の話はすぐに耳に入ってきましたからね。これは初手からキチンと徴税せねばと思ったのですよ」
彼の前には若い男が座っている。中央から来たというその男は今年の徴税状況の確認のためにやってきた調査官と名乗った。サルエルにとっては自分の有能さを見せつける都合の良い来客だ。
上質な貴族服に身を包んだサルエルの応接室は地方とは思えないきらびやかなもので、家具も豪華なものが据えられていた。テーブルには最高級のティーセット、それに貴族が飲むような紅茶が注がれている。
「なるほど、さすがはサルエル様でございますね。それでその新しい品物に、どのような形で徴税をされるご予定でございますか」
薄い微笑みを浮かべた若い男は、何やらメモをとりながら話を促す。サルエルは嬉しそうに自分の手柄を吹聴していった。
「私どもは常に領内を見守り、小さな出来事も見逃さぬよう細心の注意を払っております。今回の〝炭〟につきましても、何やら見慣れない窯が作られたという話を聞いたときから調査いたしておりました。しかるによって、その出来上がりからすぐに徴税について決めることができたわけでございます」
「それは素晴らしいですね。速やかな対応はお互いのためですから……」
「ええ、ええ。その通りでございます。
ただ……なにせ田舎のことですから、新しい燃料とはいってもまだごく少量でございますし、税につきましても薪と大差はつけられません。薪よりカサが小さいですから大袋単位で税金は三カルと想定いたしまして徴収することを伝えました」
「なるほど大袋の値段は三ポルほどということですね。妥当な線かと思われます」
「はい、領民あっての我々でございますから、彼らの生活が困窮しないよう十分に取り計らっております」
サルエルは非常に領民思いの役人という言い回しで、自分の手柄と寛容さをアピールしているが、それは真っ赤な嘘だった。
サルエルは今回実際には利益の半分という徴税を行なっている。
そしてそれはもちろん今回だけではない。長く税務に携わっているサルエルは、税の仕組みすら操作し、わざと複雑にした税制を巧みの利用して、その齟齬がわからない帳簿を作り、自らの懐に蓄財を重ねていた。
そのやり口は実に巧妙で、長く監査の仕組みをすり抜け続けてきたのだ。
そのことがサルエルの自信となっているのだろう。この地域の地方役人のトップとなり、中央の目も届きにくくなっているいま、彼はさらに大胆になっていた。
「この地を守りは万全で収穫物は安定しております。もちろん徴税も例年通りつつがなく。来季の徴税額はきっと過去一番になることでございましょう。どうか中央の方々にはよしなにお伝えください」
「それは実に喜ばしいことでございます。ときに……」
おそらく最上級のもてなしとして供された高級な紅茶の器にすら触れることなく話を聞いていた若い男は、少し笑顔を増やしながらサルエルにこう言った。
「この領地の中央管理局にとある疑義についての照会依頼が入っております。税務について卓越した能力をお持ちのサルエル様にそのようなことはあり得ないとは存じましたが、私どもも大事な領民からの税を預かる身。調査をせぬわけにはまいりません」
男の言葉にサルエルの表情が一気に硬くなる。
「そ、そそそれは大変に心外でございますな。私どもの忠誠を疑われますとは。よろしいでしょう。すぐに内部調査を行い、身の潔白を証明いたしますゆえ、数日のご猶予をいただきたい!」
サルエルの頭の中ではどの帳簿を隠しどれを改ざんし、どの部下にその罪を被せるかという計算が目まぐるしくおこなわれていたが、笑顔の男は冷静な言葉でサルエルにこう告げた。
「いえ、お手を煩わせるつもりはございません。その必要はございませんよ、サルエル様。調査は既に完了しております」
そしてその言葉と共に、空中から大量の書類がテーブルへと降ってきた。積み上げられた書類の中にはサルエルが厳重に隠しておいたはずの裏帳簿まで、何もかもが白日の元に晒されている。
無駄なことだったが、よろめきつつも、思わず書類を手で隠すようにうずくまるサルエル。
相変わらず笑顔のままの男は、大量の書類の向こうから、自慢の計算もおぼつかなくなったまま冷や汗をかき青ざめるその顔に向かいこう告げた。
「ご領主様の御心を乱したあなたは直ちに罷免されます。当然ですよね。では、次に罪状を明らかにしてまいりましょうか」
サルエルはこの地の徴税を任されている地方役人だ。
彼の働いているのは長く国の直轄地とされてきた小規模な領地。現在は国からとある貴族へと下賜されたものの、上に立つ者が国から貴族に変わったところでそこに住む者たちの生活には大きな変わりはなく、彼の仕事もそのまま継続していた。
もちろん領地の所有者の変化により上層部の人事には多少の変化はあったが、年に一度中央に徴収した税金を納めに行くとき以外はそれぞれが担当する地域から動くことのない各地域の役人は、領主にお目見えできる立場でもないため。そのまま据え置かれたのだった。
こうした地方役人の人事は領主によるものではなく、中央の管理局によって行われており、よほどの失態でもない限り移動もない。
そしてサルエルは、現在この領地の北部方面の管理者として地方事務所を仕切っている男だ。地方管理局の役割は、主に該当地域の徴税と大きな災害や犯罪への対応となる。そのため、管理局にはある程度の兵隊が常時確保されており、小さな町や集落ではどうにもできない魔物の出現や大きな犯罪の取り締まりという役目も担っていた。
だがサルエルはもともと自分が公僕であるという意識が低い男だった。地方の庄屋のような立場の名家出身でさながら貴族のように育った彼は、自分が優秀でさらに名家の出身であるということに強烈なプライドを持ち〝高級官吏〟という職でその自尊心を満足させようとしていた。
このサルエルという男は、高慢ではあったが仕事はできた。とくに税務に関する仕事で頭角を現したのだ。いかに多く税を取り立てるかでその能力を発揮し、それまで税の対象でなかった物品の移動や保安に関しても徴税する仕組みを作り、他にも次々と課税していった。さらにはその無慈悲とも思える取り立て能力で地位を得たと噂されている男でもあった。
「ふふふ、炭とかいう新しい燃料の話はすぐに耳に入ってきましたからね。これは初手からキチンと徴税せねばと思ったのですよ」
彼の前には若い男が座っている。中央から来たというその男は今年の徴税状況の確認のためにやってきた調査官と名乗った。サルエルにとっては自分の有能さを見せつける都合の良い来客だ。
上質な貴族服に身を包んだサルエルの応接室は地方とは思えないきらびやかなもので、家具も豪華なものが据えられていた。テーブルには最高級のティーセット、それに貴族が飲むような紅茶が注がれている。
「なるほど、さすがはサルエル様でございますね。それでその新しい品物に、どのような形で徴税をされるご予定でございますか」
薄い微笑みを浮かべた若い男は、何やらメモをとりながら話を促す。サルエルは嬉しそうに自分の手柄を吹聴していった。
「私どもは常に領内を見守り、小さな出来事も見逃さぬよう細心の注意を払っております。今回の〝炭〟につきましても、何やら見慣れない窯が作られたという話を聞いたときから調査いたしておりました。しかるによって、その出来上がりからすぐに徴税について決めることができたわけでございます」
「それは素晴らしいですね。速やかな対応はお互いのためですから……」
「ええ、ええ。その通りでございます。
ただ……なにせ田舎のことですから、新しい燃料とはいってもまだごく少量でございますし、税につきましても薪と大差はつけられません。薪よりカサが小さいですから大袋単位で税金は三カルと想定いたしまして徴収することを伝えました」
「なるほど大袋の値段は三ポルほどということですね。妥当な線かと思われます」
「はい、領民あっての我々でございますから、彼らの生活が困窮しないよう十分に取り計らっております」
サルエルは非常に領民思いの役人という言い回しで、自分の手柄と寛容さをアピールしているが、それは真っ赤な嘘だった。
サルエルは今回実際には利益の半分という徴税を行なっている。
そしてそれはもちろん今回だけではない。長く税務に携わっているサルエルは、税の仕組みすら操作し、わざと複雑にした税制を巧みの利用して、その齟齬がわからない帳簿を作り、自らの懐に蓄財を重ねていた。
そのやり口は実に巧妙で、長く監査の仕組みをすり抜け続けてきたのだ。
そのことがサルエルの自信となっているのだろう。この地域の地方役人のトップとなり、中央の目も届きにくくなっているいま、彼はさらに大胆になっていた。
「この地を守りは万全で収穫物は安定しております。もちろん徴税も例年通りつつがなく。来季の徴税額はきっと過去一番になることでございましょう。どうか中央の方々にはよしなにお伝えください」
「それは実に喜ばしいことでございます。ときに……」
おそらく最上級のもてなしとして供された高級な紅茶の器にすら触れることなく話を聞いていた若い男は、少し笑顔を増やしながらサルエルにこう言った。
「この領地の中央管理局にとある疑義についての照会依頼が入っております。税務について卓越した能力をお持ちのサルエル様にそのようなことはあり得ないとは存じましたが、私どもも大事な領民からの税を預かる身。調査をせぬわけにはまいりません」
男の言葉にサルエルの表情が一気に硬くなる。
「そ、そそそれは大変に心外でございますな。私どもの忠誠を疑われますとは。よろしいでしょう。すぐに内部調査を行い、身の潔白を証明いたしますゆえ、数日のご猶予をいただきたい!」
サルエルの頭の中ではどの帳簿を隠しどれを改ざんし、どの部下にその罪を被せるかという計算が目まぐるしくおこなわれていたが、笑顔の男は冷静な言葉でサルエルにこう告げた。
「いえ、お手を煩わせるつもりはございません。その必要はございませんよ、サルエル様。調査は既に完了しております」
そしてその言葉と共に、空中から大量の書類がテーブルへと降ってきた。積み上げられた書類の中にはサルエルが厳重に隠しておいたはずの裏帳簿まで、何もかもが白日の元に晒されている。
無駄なことだったが、よろめきつつも、思わず書類を手で隠すようにうずくまるサルエル。
相変わらず笑顔のままの男は、大量の書類の向こうから、自慢の計算もおぼつかなくなったまま冷や汗をかき青ざめるその顔に向かいこう告げた。
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