698 / 840
6 謎の事件と聖人候補
887 サイデム邸での歓迎
しおりを挟む
887
豪華絢爛なあの屋敷の中にも、以前滞在したときから《無限回廊の扉》はすでに設置済みなのだが、おじさまにすら秘密にしているそのことを、もちろん屋敷の人たちが知るはずもない。となれば、ポンと屋敷内にいきなり出没するというテはなしだろう。
いささか面倒ではあるが、私は馬車を頼み、ちゃんと先触れも出してから向かうことにした。
「まぁまぁ! メイロードさま、よくいらしてくださいました!」
テレザは高揚した笑顔で私の訪問をとても喜んでくれた。他の召使いの方々も、ずらりと全員揃っての最上位待遇のお出迎えに、私はたじろいだが、何とか顔に出さずに笑顔でやり過ごす。
(ああ、そうだった。ここでは私は未来のサイデム夫人扱いをされるんだった。完全に忘れてたわ。だって、婚約者とはいっても私が面倒に巻き込まれないための措置ってだけだからね。どちらにとっても都合が良かったってだけで、もちろんこの婚約はおじさまに思い人ができればすぐに破棄するつもりだし……あんまり期待されてもねぇ)
ここはパレスのサイデム邸、メイド頭のテレザとその後ろでやはりおだやかな笑顔を浮かべている家令のサルムは、おじさまが信頼するサイデム家の大切な使用人たちだ。
特に長く使えてきたテレザは私とおじさまが婚約(偽装だけど)したことで、私を完全に未来の奥方扱いしていて、現状でも〝サイデム家のお姫さま〟と認識しているらしく、いつも大歓迎の上、おもてなしのかぎりを尽くしてくれようとする。
びっくりしたのは、婚約が公になったその日にサイデム邸の改装が開始され、私のための離れが増築されたことだ。
テレザとサルムにはサイデム邸を最高の状態に保つためならば、サイデムおじさまの許可を得なくとも改装ができる権限があるそうで〝サガン・サイデム男爵、メイロード・マリス女伯爵と婚約!〟の一報が伝えられた瞬間から、ものすごい熱量で動き出したらしい。
専用の豪華なお風呂に美しいパウダールーム、そしてあきれるほど大量の高価なドレスが並んだクローゼット。そしてみるからに高そうな調度品の数々と私なら十人は寝られそうな天蓋つきの巨大ベッドのある寝室とティールーム。お茶を淹れるためのミニキッチン、そしてサンルームと繋がった広いバルコニーと専用庭まで作られていた。
なんでもその庭では、私が部屋から愛でるための植栽と私の部屋を飾るための花や植物を育てるそうで、腕の良い専用の庭師も雇ったそうだ。
(えー、私、ほとんどこの部屋にはいないんだよ。そこまでしなくても……)
嬉しそうに説明するテレザに初めてその豪華すぎる部屋へ案内されたときには、びっくりしたし正直引いたが、なんだかとても幸せそうな使用人の方々の、あまりのテンションの高さになにも言えず、ただ微笑むしかなかった。
おじさまにも〝帝国の代理人〟との婚約を人に怪しまれないためには、これは必要な投資だと言われ、納得はしたが、正直姫成分が高すぎて、とても自分が落ち着ける部屋とは思えない。
(まぁ、婚約のあとはすぐ隠遁生活のため山籠りしちゃったし、あのとき以来なんだよね)
そういう経緯もあり、私の久々の登場に使用人の皆さんは異様なほど活気づいている。
「さあさ、メイロードさま。イスよりの長旅でお疲れでございましょう。まずはお風呂とお召替えを致しましょうね」
「えっと、別に疲れてもいないし、服もこれでいいんだけど……」
「まぁそうおっしゃらず、さあさあ」
(ああ、これは抵抗しても無駄だな……)
使用人のみなさんの圧力にすべてを悟った私は、そこからはされるがままに風呂へ入れられ、エステのようなことをされ、着せ替え人形と化した。そこに突然現れた私専属ヘア・スタイリストのセーヤと召使いの女性たちによる真剣な話し合いが始まり……それはもうエンドレスに続いた。私の今日の衣装とヘアスタイルについて、どちらも一切の妥協を認めない姿勢。ありがたいことなのだろうけど、私は衣装を取っ替え引っ替えする間にお茶などいただきつつ静観するしかない。
「ですからメイロードさまの瞳のお色を考えますと、こちらの深い緑が差し色に入りましたドレスがよろしいのではないかと」
「いえ、それではメイロードさまのお髪の美しさが目立ちません! こちらの明るい赤やマルマッジ色が対比効果があり、より美しく映えると思います!」
「では、こちらの真紅のドレスはいかがでしょうか」
「うーん、それは少々やりすぎでは?」
こうした長ーいやりとりを眺めつつ鷹揚に微笑んでいるのが貴族のお姫様の在り方なんだとは思うが、これはどう考えても私向きではない。やはり今日だけにしてもらいたいと思う。
着せ替え人形がそんなことを決意しているとも知らず、髪型や髪飾りに合ったドレスをあれこれ選んだあと……私はやっと解放された。
(こんなことを一日に二回も三回もやっている上級貴族の女性って大変ね。あ、セーヤが私の妖精さんであることは皆さんご存知なので、神出鬼没で現れてもあまり驚かれないんだよね。妖精ってそういうものらしい)
休みたいからとやっと皆さんの退出してもらったときには、正直もうぐったりだった。
しかもおじさまは、夜遅くまで帰宅しないらしい。タガローサの失脚後、いまでは軍部の受注のほとんどを担うことになったサイデム商会は、パレスでも莫大な金額の動く商売を大量に受注しているため、おじさまも大忙しなのだ。
気を利かせたサルムが、おじさまに私の来訪を《伝令》で伝えてくれたというし、とりあえずおじさまが帰ってくるまですることもない。
(なんだか疲れちゃったな……)
ふかふかのベッドに入ることもなく、私は立派なドレスのまま、部屋のソファーでうたた寝をして、夜を迎えてしまったのだった。
豪華絢爛なあの屋敷の中にも、以前滞在したときから《無限回廊の扉》はすでに設置済みなのだが、おじさまにすら秘密にしているそのことを、もちろん屋敷の人たちが知るはずもない。となれば、ポンと屋敷内にいきなり出没するというテはなしだろう。
いささか面倒ではあるが、私は馬車を頼み、ちゃんと先触れも出してから向かうことにした。
「まぁまぁ! メイロードさま、よくいらしてくださいました!」
テレザは高揚した笑顔で私の訪問をとても喜んでくれた。他の召使いの方々も、ずらりと全員揃っての最上位待遇のお出迎えに、私はたじろいだが、何とか顔に出さずに笑顔でやり過ごす。
(ああ、そうだった。ここでは私は未来のサイデム夫人扱いをされるんだった。完全に忘れてたわ。だって、婚約者とはいっても私が面倒に巻き込まれないための措置ってだけだからね。どちらにとっても都合が良かったってだけで、もちろんこの婚約はおじさまに思い人ができればすぐに破棄するつもりだし……あんまり期待されてもねぇ)
ここはパレスのサイデム邸、メイド頭のテレザとその後ろでやはりおだやかな笑顔を浮かべている家令のサルムは、おじさまが信頼するサイデム家の大切な使用人たちだ。
特に長く使えてきたテレザは私とおじさまが婚約(偽装だけど)したことで、私を完全に未来の奥方扱いしていて、現状でも〝サイデム家のお姫さま〟と認識しているらしく、いつも大歓迎の上、おもてなしのかぎりを尽くしてくれようとする。
びっくりしたのは、婚約が公になったその日にサイデム邸の改装が開始され、私のための離れが増築されたことだ。
テレザとサルムにはサイデム邸を最高の状態に保つためならば、サイデムおじさまの許可を得なくとも改装ができる権限があるそうで〝サガン・サイデム男爵、メイロード・マリス女伯爵と婚約!〟の一報が伝えられた瞬間から、ものすごい熱量で動き出したらしい。
専用の豪華なお風呂に美しいパウダールーム、そしてあきれるほど大量の高価なドレスが並んだクローゼット。そしてみるからに高そうな調度品の数々と私なら十人は寝られそうな天蓋つきの巨大ベッドのある寝室とティールーム。お茶を淹れるためのミニキッチン、そしてサンルームと繋がった広いバルコニーと専用庭まで作られていた。
なんでもその庭では、私が部屋から愛でるための植栽と私の部屋を飾るための花や植物を育てるそうで、腕の良い専用の庭師も雇ったそうだ。
(えー、私、ほとんどこの部屋にはいないんだよ。そこまでしなくても……)
嬉しそうに説明するテレザに初めてその豪華すぎる部屋へ案内されたときには、びっくりしたし正直引いたが、なんだかとても幸せそうな使用人の方々の、あまりのテンションの高さになにも言えず、ただ微笑むしかなかった。
おじさまにも〝帝国の代理人〟との婚約を人に怪しまれないためには、これは必要な投資だと言われ、納得はしたが、正直姫成分が高すぎて、とても自分が落ち着ける部屋とは思えない。
(まぁ、婚約のあとはすぐ隠遁生活のため山籠りしちゃったし、あのとき以来なんだよね)
そういう経緯もあり、私の久々の登場に使用人の皆さんは異様なほど活気づいている。
「さあさ、メイロードさま。イスよりの長旅でお疲れでございましょう。まずはお風呂とお召替えを致しましょうね」
「えっと、別に疲れてもいないし、服もこれでいいんだけど……」
「まぁそうおっしゃらず、さあさあ」
(ああ、これは抵抗しても無駄だな……)
使用人のみなさんの圧力にすべてを悟った私は、そこからはされるがままに風呂へ入れられ、エステのようなことをされ、着せ替え人形と化した。そこに突然現れた私専属ヘア・スタイリストのセーヤと召使いの女性たちによる真剣な話し合いが始まり……それはもうエンドレスに続いた。私の今日の衣装とヘアスタイルについて、どちらも一切の妥協を認めない姿勢。ありがたいことなのだろうけど、私は衣装を取っ替え引っ替えする間にお茶などいただきつつ静観するしかない。
「ですからメイロードさまの瞳のお色を考えますと、こちらの深い緑が差し色に入りましたドレスがよろしいのではないかと」
「いえ、それではメイロードさまのお髪の美しさが目立ちません! こちらの明るい赤やマルマッジ色が対比効果があり、より美しく映えると思います!」
「では、こちらの真紅のドレスはいかがでしょうか」
「うーん、それは少々やりすぎでは?」
こうした長ーいやりとりを眺めつつ鷹揚に微笑んでいるのが貴族のお姫様の在り方なんだとは思うが、これはどう考えても私向きではない。やはり今日だけにしてもらいたいと思う。
着せ替え人形がそんなことを決意しているとも知らず、髪型や髪飾りに合ったドレスをあれこれ選んだあと……私はやっと解放された。
(こんなことを一日に二回も三回もやっている上級貴族の女性って大変ね。あ、セーヤが私の妖精さんであることは皆さんご存知なので、神出鬼没で現れてもあまり驚かれないんだよね。妖精ってそういうものらしい)
休みたいからとやっと皆さんの退出してもらったときには、正直もうぐったりだった。
しかもおじさまは、夜遅くまで帰宅しないらしい。タガローサの失脚後、いまでは軍部の受注のほとんどを担うことになったサイデム商会は、パレスでも莫大な金額の動く商売を大量に受注しているため、おじさまも大忙しなのだ。
気を利かせたサルムが、おじさまに私の来訪を《伝令》で伝えてくれたというし、とりあえずおじさまが帰ってくるまですることもない。
(なんだか疲れちゃったな……)
ふかふかのベッドに入ることもなく、私は立派なドレスのまま、部屋のソファーでうたた寝をして、夜を迎えてしまったのだった。
333
あなたにおすすめの小説
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。