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6 謎の事件と聖人候補
906 吸魔玉
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906
グッケンス博士は盃を置くと、ゆっくりと話を進めた。
「古き伝承によれば、長きに亘った消耗戦もその頃には最終局面に近づきつつあった。基本防戦であったイルガン大陸側に痺れを切らした魔族たちは、この大陸のすべてを焼き尽くしても勝利を得ると決め、最後の総攻撃のため、本拠地であるエイガン大陸に戻ったのだ」
「そんな何もなくなった土地を手にして勝利といえるんでしょうか?」
「魔族もそれを望んでいたわけではなかったから、戦争は長引いたのだろうが、結局は魔族は勝つことへの固執が実利を上回ってしまったのじゃろう。理解できんがな」
戦いに勝つことだけに強く執着する魔族は、最終的には国としての利益のすべてを捨てて総攻撃をすると決め、その準備のために一旦引き上げた。そして、そこでこの世界を揺るがす異変が起こったのだ。
「魔族たちがイルガン大陸を離れたそのとき、突如すべての攻撃を無効化する〝聖なる壁〟が出現し、この世界を完全にふたつに分けたのじゃ」
この世界をふたつに分ける壁は魔族の侵入攻撃をことごとく跳ね除けた。この瞬間から分断されたふたつの世界はお互いに干渉することを許されなくなったのだ。
事実上魔族はエイガン大陸に隔離され、人類もまたイルガン大陸に隔離されたのだ。
「この壁ができるまでには神々と対話した聖人たちの存在があったともいわれているが、はっきりした事実はなにもわかっていない。ただ、ある日突然に壁は現れたのじゃ」
このふたつの大陸を隔てる不思議な壁のことは私も知っているが、そんな風にできたのだと知って改めて驚いた。
「いまわれわれの住むこのイルガン大陸に住む魔物や魔獣は、その分断のときこちら側に残っていたものが独自に繁殖したものと考えられておる」
「なるほど……だから〝魔力〟を持ついろいろなモノたちがいるんですね。しかも繁殖するから数も保たれている、と。ダンジョンの魔物も同じなんですか?」
「基本的には同じじゃ。だが、ダンジョンができる過程には複雑な要因が重なっておっての。条件も千差万別、まだまだ研究途中よ。
研究者の間では、ダンジョンは魔物の好む〝負の気〟が大量に堆積したところに生成されるという学説がいまの主流じゃが、これも検証不十分だしの。ダンジョンという現象は実に興味深い」
ついつい研究の話になってしまった博士は話を戻した。
「これまでにわかった事実を重ね合わせると、いま、この〝聖なる壁〟に異変が起きている可能性がある…‥という推論が出てくるのじゃ」
「え!? だって、その壁は神様が作りになったもので、まったく魔族の歯は立たなかったんでしょう?」
「たしかに千年の昔はな」
「えっ?」
「あの当時の魔族では傷ひとつ作れなかった……ではいまならどうじゃ?」
「千年の間に神を超えるほどの力を魔族がつけたとおっしゃるんですか?」
ここでセイリュウが言う。
「少なくとも、メイロードが遭遇した沿海州に現れた魔物、あれは魔族だと思うよ。ただし、実態はなかったけどね」
あのときグッケンス博士も魔族の存在を疑ってはいた。〝聖なる壁〟を越えてくる可能性は低かったが、それでも疑わざるを得ない気配が確かにあった。
沿海州で病気を蔓延させた事件のときには、その実態こそなかったが、大蛇を操り〝呪〟による毒を広げて見せたのだ。
「その魔族、なんらかの方法でこちらの世界に影響を与えられる程度の侵入が可能になっていると考えて良さそうですよね」
「そこでこれじゃ」
グッケンス博士が机の上に取り出したのは中央に黒々とした球体のある小さな機械。
「これが例の〝ストーム商会〟の魔道具の中に仕込まれていた〝基幹部品〟じゃ」
「へぇ……これで魔道具を動かすんですね。不思議なものですね」
「ああ、確かにこれは非常に高度な魔法知識が詰め込まれた道具だが、その多くは道具を動かすためのものではなかった。これはな、吸血鬼のような禍々しい機構を動かすための機械なのじゃよ」
「吸血鬼? この機械が?」
そこからグッケンス博士がしてくれた説明は驚くべきものだった。
「この世界の、とくにこの大陸の人間はすべて〝魔法力〟を持っている。この機械は近づく人間からその魔法力をごく少量奪い取るよう作られているのよ。そうよの百の〝魔法力〟を持つならそのうちの一のさらに半分もしくはそれ以下といった、まったく失われていても違和感が感じられない気がつかれない程度の量を吸収していくのよ。
同じ人間からは数時間の間隔をあけてしか吸わないように調整されているという念の入れようで、近づいたあらゆる人間から〝魔法力〟をこの中央の球体へと集めている。
そしてこの球体に吸収するとき〝魔法力〟は〝魔力〟へと変換されているのじゃ」
「え? それって……」
「先ほど言ったであろう。〝魔法力〟と〝魔力〟は違うと。それをこの機構では変換できるのよ。つまり、人間を魔族のエサにできるというわけじゃ」
「エサ……餌ってなんですか!? どうしてそんなこと!」
私は目の前の部品が急に気味の悪いものに見えてきて、眉をひそめた。
「状況から導き出されるのは、膨大な〝魔力〟を必要とする何者かがいるということじゃ。わざわざこんな複雑な機構の魔道具を用意してまでそんな変換をするというなら、そいつは人ではないものということよ。
その〝人でないもの〟はエスライ・タガローサと手を結び〝ストーム商会〟を使って、人間から必要な〝魔法力〟を吸い上げそれを変換したものを集めている。これはいわば〝吸魔玉〟よ」
「それじゃ、あの教会の暖炉から放り込まれていたのは……集められたみんなの〝魔法力〟が変換されたものなんですか?」
「そうじゃ、変換された魔力が圧縮されたもの……おそらくな」
グッケンス博士は盃を置くと、ゆっくりと話を進めた。
「古き伝承によれば、長きに亘った消耗戦もその頃には最終局面に近づきつつあった。基本防戦であったイルガン大陸側に痺れを切らした魔族たちは、この大陸のすべてを焼き尽くしても勝利を得ると決め、最後の総攻撃のため、本拠地であるエイガン大陸に戻ったのだ」
「そんな何もなくなった土地を手にして勝利といえるんでしょうか?」
「魔族もそれを望んでいたわけではなかったから、戦争は長引いたのだろうが、結局は魔族は勝つことへの固執が実利を上回ってしまったのじゃろう。理解できんがな」
戦いに勝つことだけに強く執着する魔族は、最終的には国としての利益のすべてを捨てて総攻撃をすると決め、その準備のために一旦引き上げた。そして、そこでこの世界を揺るがす異変が起こったのだ。
「魔族たちがイルガン大陸を離れたそのとき、突如すべての攻撃を無効化する〝聖なる壁〟が出現し、この世界を完全にふたつに分けたのじゃ」
この世界をふたつに分ける壁は魔族の侵入攻撃をことごとく跳ね除けた。この瞬間から分断されたふたつの世界はお互いに干渉することを許されなくなったのだ。
事実上魔族はエイガン大陸に隔離され、人類もまたイルガン大陸に隔離されたのだ。
「この壁ができるまでには神々と対話した聖人たちの存在があったともいわれているが、はっきりした事実はなにもわかっていない。ただ、ある日突然に壁は現れたのじゃ」
このふたつの大陸を隔てる不思議な壁のことは私も知っているが、そんな風にできたのだと知って改めて驚いた。
「いまわれわれの住むこのイルガン大陸に住む魔物や魔獣は、その分断のときこちら側に残っていたものが独自に繁殖したものと考えられておる」
「なるほど……だから〝魔力〟を持ついろいろなモノたちがいるんですね。しかも繁殖するから数も保たれている、と。ダンジョンの魔物も同じなんですか?」
「基本的には同じじゃ。だが、ダンジョンができる過程には複雑な要因が重なっておっての。条件も千差万別、まだまだ研究途中よ。
研究者の間では、ダンジョンは魔物の好む〝負の気〟が大量に堆積したところに生成されるという学説がいまの主流じゃが、これも検証不十分だしの。ダンジョンという現象は実に興味深い」
ついつい研究の話になってしまった博士は話を戻した。
「これまでにわかった事実を重ね合わせると、いま、この〝聖なる壁〟に異変が起きている可能性がある…‥という推論が出てくるのじゃ」
「え!? だって、その壁は神様が作りになったもので、まったく魔族の歯は立たなかったんでしょう?」
「たしかに千年の昔はな」
「えっ?」
「あの当時の魔族では傷ひとつ作れなかった……ではいまならどうじゃ?」
「千年の間に神を超えるほどの力を魔族がつけたとおっしゃるんですか?」
ここでセイリュウが言う。
「少なくとも、メイロードが遭遇した沿海州に現れた魔物、あれは魔族だと思うよ。ただし、実態はなかったけどね」
あのときグッケンス博士も魔族の存在を疑ってはいた。〝聖なる壁〟を越えてくる可能性は低かったが、それでも疑わざるを得ない気配が確かにあった。
沿海州で病気を蔓延させた事件のときには、その実態こそなかったが、大蛇を操り〝呪〟による毒を広げて見せたのだ。
「その魔族、なんらかの方法でこちらの世界に影響を与えられる程度の侵入が可能になっていると考えて良さそうですよね」
「そこでこれじゃ」
グッケンス博士が机の上に取り出したのは中央に黒々とした球体のある小さな機械。
「これが例の〝ストーム商会〟の魔道具の中に仕込まれていた〝基幹部品〟じゃ」
「へぇ……これで魔道具を動かすんですね。不思議なものですね」
「ああ、確かにこれは非常に高度な魔法知識が詰め込まれた道具だが、その多くは道具を動かすためのものではなかった。これはな、吸血鬼のような禍々しい機構を動かすための機械なのじゃよ」
「吸血鬼? この機械が?」
そこからグッケンス博士がしてくれた説明は驚くべきものだった。
「この世界の、とくにこの大陸の人間はすべて〝魔法力〟を持っている。この機械は近づく人間からその魔法力をごく少量奪い取るよう作られているのよ。そうよの百の〝魔法力〟を持つならそのうちの一のさらに半分もしくはそれ以下といった、まったく失われていても違和感が感じられない気がつかれない程度の量を吸収していくのよ。
同じ人間からは数時間の間隔をあけてしか吸わないように調整されているという念の入れようで、近づいたあらゆる人間から〝魔法力〟をこの中央の球体へと集めている。
そしてこの球体に吸収するとき〝魔法力〟は〝魔力〟へと変換されているのじゃ」
「え? それって……」
「先ほど言ったであろう。〝魔法力〟と〝魔力〟は違うと。それをこの機構では変換できるのよ。つまり、人間を魔族のエサにできるというわけじゃ」
「エサ……餌ってなんですか!? どうしてそんなこと!」
私は目の前の部品が急に気味の悪いものに見えてきて、眉をひそめた。
「状況から導き出されるのは、膨大な〝魔力〟を必要とする何者かがいるということじゃ。わざわざこんな複雑な機構の魔道具を用意してまでそんな変換をするというなら、そいつは人ではないものということよ。
その〝人でないもの〟はエスライ・タガローサと手を結び〝ストーム商会〟を使って、人間から必要な〝魔法力〟を吸い上げそれを変換したものを集めている。これはいわば〝吸魔玉〟よ」
「それじゃ、あの教会の暖炉から放り込まれていたのは……集められたみんなの〝魔法力〟が変換されたものなんですか?」
「そうじゃ、変換された魔力が圧縮されたもの……おそらくな」
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