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6 謎の事件と聖人候補
967 偽りの鏡
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967
翌日、夕食を食べているときにグッケンス博士がこの事件の捜査状況について教えてくれた。
内容は極秘のものになるけれど、この大事件にはいつの間にか私も巻き込まれてしまっているので、もはや部外者とはいえないだろうし、情報は共有しておくべきだろう。
今夜は博士のリクエストで最初から燗酒だ。
ぬる燗がご所望とのことで、お燗番はソーヤにお願いしている。
「ソーヤ、わかっていると思うけど、ぬる燗だからってお湯の温度が低すぎるのはダメよ。お燗がつくまで時間がかかりすぎてお酒の成分が抜けちゃうから。熱目のお湯でパパッとね」
「わかっておりますとも、メイロードさま。ほら、こちらの辛口の逸品もいい状態になりました。博士、はいどうぞ」
「おお、ありがとうよ、ソーヤ」
お気に入りのぐい呑みで燗酒を注いでもらった博士は満足そうだ。
しばらくじっくりと温かいお酒を味わってから、こう話し始めた。
「捜査の進展状況だがな、お前さんがとっ捕まえてくれたあやつ、バージェだったかな? あの者が、初手から投げやりといってもいいほどの態度での。こちらとしては話が早くて助かったが、実に素直になんでも答えてくれたよ。おかげで尋問は捗ったんだが……あの男の体調は思った以上に悪いようだ。尋問の途中で血を吐きおったからの」
「そこまでひどく瘴気を浴びてましたか……」
私は自家製の厚揚げと葉野菜を使った煮物の皿を出しつつそう顔を曇らせた。
「しかも血を吐きながら、けたたましく笑い始めての。もうそこからは尋問は続けられそうになかった。すでにあやつは心も躰も傷つきすぎているようじゃ。悪人とはいえ哀れじゃの。それで尋問も途中で中断してしまったのよ」
自分がずっと仕えていた、心から信じていた主人に、こんな扱いを受けてはバージェも笑うしかなかったのかもしれない。
「私、ちょっとやりすぎましたかね?」
「そんなことはない! むしろ、お前さんの《 聖なるいかずち》を間近で浴びたおかげで、バージェの瘴気はかなり取り除かれたはずよ。でなければ、いまごろもっとひどい状態だったと思うぞ。
それにな、ヤツの心を折ったのは任務を失敗したことへの自責よりも、みるも無惨に衰えた自らの容姿を見たことだったらしい」
「えっ? そっちですか⁉︎」
バージェはいわゆるナルシストというやつで、自分の容姿に絶大な自信を持っていたという。
貴族という身分も相まってそれなりにモテたりもしていたらしく、随分と浮き名も流してきたそうで、かなりの自信家だったそうだ。
それが瘴気に知らぬ間に曝され、自慢の美貌も見る影なく無惨にやつれ果て、鏡に映ったゾンビ一歩手前といった容姿をいきなり見ては、それは確かに心が折れるかもしれない。
(私からすればバージェって、それほどハンサムではないと思うんだけどね。まぁ、私の周りはセイリュウを始め、ハルリリさんやキッペイ、セーヤとソーヤ、博士やおじさまもみんなとっても素敵だから、私のキレイの基準がすっごく高い可能性はあるけど。まぁ、まだこの世界では鏡は貴重品だからなぁ。自分の容姿ってあんまり見ないよね)
そこで私は思い出す。
「そういえば、あの部屋には儀式用の小さなものでしたが鏡もありましたよ。そんなに自分に自信があるなら、それを見たりすれば自分の変化に気がついたんじゃないですか?」
「それがな。バージェはタガローサから贈られた特別な手鏡を持っておっての。それを日々眺めていたのよ」
「まさか、その手鏡に仕掛けが?」
博士はお気に入りのぐい呑みを手にしながら眉間にシワを寄せた。
「その鏡は魔道具じゃった。見た目はとても美しく飾り立てられた豪華なもので、タガローサからそれを贈られたバージェは感激したことだろうよ。でもの、それは過去の姿を鏡のように映し出す仕掛けがしてあるものだったのよ。それで見れば、いつでも最高の状態の過去の自分が映る……現在の本当の姿ではなくな」
「不思議な魔道具ですね」
「まぁ、過去の美しかった自分をいつまでも見ていたいという者は確かにおるからの。わしもそういうものがあることは知っておったが、まさかこんな利用のされかたをするとはな」
確かにそういった需要はあるのかもしれないが、そんな不思議な魔道具があるとは驚きだった。しかもそれを部下を騙すために贈るなんて……
「じゃあ、タガローサは最初からバージェがどうなるかわかっていたってことですね。それで、変化に気づかれないためにわざわざそんな鏡まで贈った……なんて人なの!」
「そうじゃの……これは人の心がある者にできる所業ではない。冷徹な男だとは思っておったが、あれもすでに人外のバケモノなのかもしれんな」
自分を信頼している部下に極めて危険な仕事を命じておきながら、その危険についての事実を告げることなく騙し、気づかぬままの部下を瘴気の中に躰を病みきるまで置き去りにする。それは背筋が凍るほどに残酷で、とても人のすることとは思えなかった。
「バージェから、タガローサにつながる証言は取れたんですよね? これで捕まえられますよね?」
「ああ、とりあえず命じたのがタガローサだという証言だけはの。すぐタガローサの屋敷には捕縛部隊が送られた……うまくいけば捕らえられるかもな」
横でじっと聞き耳を立てながら一緒にぬる燗を味わっていたセイリュウも、少し眉を寄せている。
「うまくいくといいけどねぇ……」
翌日、夕食を食べているときにグッケンス博士がこの事件の捜査状況について教えてくれた。
内容は極秘のものになるけれど、この大事件にはいつの間にか私も巻き込まれてしまっているので、もはや部外者とはいえないだろうし、情報は共有しておくべきだろう。
今夜は博士のリクエストで最初から燗酒だ。
ぬる燗がご所望とのことで、お燗番はソーヤにお願いしている。
「ソーヤ、わかっていると思うけど、ぬる燗だからってお湯の温度が低すぎるのはダメよ。お燗がつくまで時間がかかりすぎてお酒の成分が抜けちゃうから。熱目のお湯でパパッとね」
「わかっておりますとも、メイロードさま。ほら、こちらの辛口の逸品もいい状態になりました。博士、はいどうぞ」
「おお、ありがとうよ、ソーヤ」
お気に入りのぐい呑みで燗酒を注いでもらった博士は満足そうだ。
しばらくじっくりと温かいお酒を味わってから、こう話し始めた。
「捜査の進展状況だがな、お前さんがとっ捕まえてくれたあやつ、バージェだったかな? あの者が、初手から投げやりといってもいいほどの態度での。こちらとしては話が早くて助かったが、実に素直になんでも答えてくれたよ。おかげで尋問は捗ったんだが……あの男の体調は思った以上に悪いようだ。尋問の途中で血を吐きおったからの」
「そこまでひどく瘴気を浴びてましたか……」
私は自家製の厚揚げと葉野菜を使った煮物の皿を出しつつそう顔を曇らせた。
「しかも血を吐きながら、けたたましく笑い始めての。もうそこからは尋問は続けられそうになかった。すでにあやつは心も躰も傷つきすぎているようじゃ。悪人とはいえ哀れじゃの。それで尋問も途中で中断してしまったのよ」
自分がずっと仕えていた、心から信じていた主人に、こんな扱いを受けてはバージェも笑うしかなかったのかもしれない。
「私、ちょっとやりすぎましたかね?」
「そんなことはない! むしろ、お前さんの《 聖なるいかずち》を間近で浴びたおかげで、バージェの瘴気はかなり取り除かれたはずよ。でなければ、いまごろもっとひどい状態だったと思うぞ。
それにな、ヤツの心を折ったのは任務を失敗したことへの自責よりも、みるも無惨に衰えた自らの容姿を見たことだったらしい」
「えっ? そっちですか⁉︎」
バージェはいわゆるナルシストというやつで、自分の容姿に絶大な自信を持っていたという。
貴族という身分も相まってそれなりにモテたりもしていたらしく、随分と浮き名も流してきたそうで、かなりの自信家だったそうだ。
それが瘴気に知らぬ間に曝され、自慢の美貌も見る影なく無惨にやつれ果て、鏡に映ったゾンビ一歩手前といった容姿をいきなり見ては、それは確かに心が折れるかもしれない。
(私からすればバージェって、それほどハンサムではないと思うんだけどね。まぁ、私の周りはセイリュウを始め、ハルリリさんやキッペイ、セーヤとソーヤ、博士やおじさまもみんなとっても素敵だから、私のキレイの基準がすっごく高い可能性はあるけど。まぁ、まだこの世界では鏡は貴重品だからなぁ。自分の容姿ってあんまり見ないよね)
そこで私は思い出す。
「そういえば、あの部屋には儀式用の小さなものでしたが鏡もありましたよ。そんなに自分に自信があるなら、それを見たりすれば自分の変化に気がついたんじゃないですか?」
「それがな。バージェはタガローサから贈られた特別な手鏡を持っておっての。それを日々眺めていたのよ」
「まさか、その手鏡に仕掛けが?」
博士はお気に入りのぐい呑みを手にしながら眉間にシワを寄せた。
「その鏡は魔道具じゃった。見た目はとても美しく飾り立てられた豪華なもので、タガローサからそれを贈られたバージェは感激したことだろうよ。でもの、それは過去の姿を鏡のように映し出す仕掛けがしてあるものだったのよ。それで見れば、いつでも最高の状態の過去の自分が映る……現在の本当の姿ではなくな」
「不思議な魔道具ですね」
「まぁ、過去の美しかった自分をいつまでも見ていたいという者は確かにおるからの。わしもそういうものがあることは知っておったが、まさかこんな利用のされかたをするとはな」
確かにそういった需要はあるのかもしれないが、そんな不思議な魔道具があるとは驚きだった。しかもそれを部下を騙すために贈るなんて……
「じゃあ、タガローサは最初からバージェがどうなるかわかっていたってことですね。それで、変化に気づかれないためにわざわざそんな鏡まで贈った……なんて人なの!」
「そうじゃの……これは人の心がある者にできる所業ではない。冷徹な男だとは思っておったが、あれもすでに人外のバケモノなのかもしれんな」
自分を信頼している部下に極めて危険な仕事を命じておきながら、その危険についての事実を告げることなく騙し、気づかぬままの部下を瘴気の中に躰を病みきるまで置き去りにする。それは背筋が凍るほどに残酷で、とても人のすることとは思えなかった。
「バージェから、タガローサにつながる証言は取れたんですよね? これで捕まえられますよね?」
「ああ、とりあえず命じたのがタガローサだという証言だけはの。すぐタガローサの屋敷には捕縛部隊が送られた……うまくいけば捕らえられるかもな」
横でじっと聞き耳を立てながら一緒にぬる燗を味わっていたセイリュウも、少し眉を寄せている。
「うまくいくといいけどねぇ……」
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