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6 謎の事件と聖人候補
979 大きな取引
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979
サイデムがイスのために長い年月をかけ、私財まで投じて準備してきた備蓄品を大量に放出することとなった今回のシド帝国軍本部との取引は、〝サイデム商会〟における過去最大の規模となっていた。
サイデムは基本的に相手の足元を見るような取引はしないが、緊急の大量注文となれば当然割増料金は支払われるし、手に入りにくい必需品はさらなる割増料金が相手から提示されるため金額はさらに膨れ上がることになる。
もしこれがタガローサであれば、確実にさらなる割り増しを当然のように上乗せするだろうし、その負担は大きくパレスの財政にのしかかったに違いない。さらにいえばそこまでしても〝サイデム商会〟のような品物はとてもタガローサでは揃わなかっただろう。
「今回は本当に助かったよ、サイデム」
「とんでもございません。すべては皇帝陛下のご人徳でございます」
「ああ、そうだな。この時期にサイデムが〝帝国の代理人〟でいてくれることは、天の采配だ。シド帝国に神々は微笑まれているな」
現ドール侯爵であるダイル・ドール参謀長は、笑顔で書類を確認し終えると、自らサイデムに手渡した。莫大な金銭の動く取引の最中でありながら、盟友であるこのふたりは何事もないような気やすさで、さっさと書類を片付け仕事を終わらせていく。
「しかしいいのか? 今回の報酬の件、分割での支払いでよいというのは……正直とても助かるのだが、そんな取引では〝サイデム商会〟の負担が大きいのではないのか?」
「いえ、その分の手数料をいただくことで契約は成立しておりますので、ご心配には及びません」
「それもかなり手加減してくれた〝手数料〟だがな。正直助かる」
ドール参謀長の声は、感謝の響きに満ちていた。
「今回のお取引はあまりにも高額でございます。一度期に支払えば、さすがのパレスでも他の財源への影響が少なからず生じることになりましょう。それに、今回の〝巨大暴走〟が早々に解決したとしても、そのあとには必ず疲弊した人々や街のための復興が待っております。
私は〝帝国の代理人〟でございますれば、パレスが一日も早く健全な状態に戻ることを望みます。そのためならば分割でのお支払いも当然のご提案でございますよ」
実はこの〝分割払い〟は、この取引のために大忙しの〝サイデム商会〟の陣中見舞いに、従業員への差し入れのたくさんのお菓子や軽食、そしていつも以上に豪華な弁当を持ってやってきたメイロードから〝昆布茶〟を淹れてもらいながら提案されたことだった。
「サイデムおじさま、ここでパレスに全額一度に支払わせるのは悪手だと思いますよ。たとえそれが正当な対価にしても、金額が大きすぎます」
「おいおい、商人が金を受け取らなくてどうするんだ?」
「受け取り方を変えるんですよ。ここは彼らへの恩の着せどころです」
メイロードの表情はちょっとしたイタズラを考えている子供のようだった。
「今回の対価は、何度かに分けて支払わせてはどうでしょう?〝分割払い〟という仕組みです」
「なるほど! 国庫の負担を支払い時期を分けることで軽減するわけだな。それならば財政に与える影響も縮小できる」
「もちろん〝手数料〟はとっていいと思いますよ」
「いい案だ。よし、それで行こう!」
お気に入りの〝昆布茶〟を、最近陶芸に凝っているというメイロードお手製の土の手触りがする湯呑みからすすりながら、サイデムはうなずいた。
今回放出した商品はもともと何年もかけて整えた備蓄品だ。また揃え直すには数年を要すだろうし、ならば購入のための資金も一度期には必要ない。これは商人の考え方からすればかなり危険伴う信用のない相手とは決してできない取引方法だ。だが今回のように国が相手ならば取りはぐれる心配もほぼなく、それで〝恩が売れる〟となれば、それ以上の価値がある。
目論見通り、ドール参謀長はサイデムの商才と懐の深さに感心している様子だ。こうして取引を終えたふたりは、しばし休憩することになった。
テーブルへと運ばれた高級茶と菓子を見て、思い出したようにドール参謀長が口を開く。
「ああ、そういえば妻と娘がサイデムから〝ドーナッツ〟が届いたと知らせてきた。穴が空いた菓子とは、ずいぶん変わった菓子だな。私はこのところこちらに詰めていて食していないが、とても美味だったそうで、次に私がイスに行くときには必ず買ってくるように言われたよ」
「そうでございますか。それはメイロードも喜びましょう。ですが、その折には事前に私どもにお知らせください。あれは特別丁寧に作っておりますので」
皇宮とドール侯爵家には、特別仕様の〝メイロード・ドーナッツ〟が届けられていた。チョコレートとカラフルなアイシングでデコレーションされたそれは、当分非売品の予定だ。
「おお、あれは特別なのだな。わかった。そうさせてもらうよ」
サイデム商会から買い上げられた資材は、これから〝巨大暴走〟対策のために、パレス中に振り分けられることとなる。
「調達が間に合って、私もひと安心だ」
「そうでございますね。ですが、これからでございますよ」
「ああ……最善を尽くさねばな」
そんな話をしていると、ドアが開けられた。
先ぶれの声が響く。
「ダイン殿下、ユリシル殿下がご臨席になります。ご準備を!」
サイデムがイスのために長い年月をかけ、私財まで投じて準備してきた備蓄品を大量に放出することとなった今回のシド帝国軍本部との取引は、〝サイデム商会〟における過去最大の規模となっていた。
サイデムは基本的に相手の足元を見るような取引はしないが、緊急の大量注文となれば当然割増料金は支払われるし、手に入りにくい必需品はさらなる割増料金が相手から提示されるため金額はさらに膨れ上がることになる。
もしこれがタガローサであれば、確実にさらなる割り増しを当然のように上乗せするだろうし、その負担は大きくパレスの財政にのしかかったに違いない。さらにいえばそこまでしても〝サイデム商会〟のような品物はとてもタガローサでは揃わなかっただろう。
「今回は本当に助かったよ、サイデム」
「とんでもございません。すべては皇帝陛下のご人徳でございます」
「ああ、そうだな。この時期にサイデムが〝帝国の代理人〟でいてくれることは、天の采配だ。シド帝国に神々は微笑まれているな」
現ドール侯爵であるダイル・ドール参謀長は、笑顔で書類を確認し終えると、自らサイデムに手渡した。莫大な金銭の動く取引の最中でありながら、盟友であるこのふたりは何事もないような気やすさで、さっさと書類を片付け仕事を終わらせていく。
「しかしいいのか? 今回の報酬の件、分割での支払いでよいというのは……正直とても助かるのだが、そんな取引では〝サイデム商会〟の負担が大きいのではないのか?」
「いえ、その分の手数料をいただくことで契約は成立しておりますので、ご心配には及びません」
「それもかなり手加減してくれた〝手数料〟だがな。正直助かる」
ドール参謀長の声は、感謝の響きに満ちていた。
「今回のお取引はあまりにも高額でございます。一度期に支払えば、さすがのパレスでも他の財源への影響が少なからず生じることになりましょう。それに、今回の〝巨大暴走〟が早々に解決したとしても、そのあとには必ず疲弊した人々や街のための復興が待っております。
私は〝帝国の代理人〟でございますれば、パレスが一日も早く健全な状態に戻ることを望みます。そのためならば分割でのお支払いも当然のご提案でございますよ」
実はこの〝分割払い〟は、この取引のために大忙しの〝サイデム商会〟の陣中見舞いに、従業員への差し入れのたくさんのお菓子や軽食、そしていつも以上に豪華な弁当を持ってやってきたメイロードから〝昆布茶〟を淹れてもらいながら提案されたことだった。
「サイデムおじさま、ここでパレスに全額一度に支払わせるのは悪手だと思いますよ。たとえそれが正当な対価にしても、金額が大きすぎます」
「おいおい、商人が金を受け取らなくてどうするんだ?」
「受け取り方を変えるんですよ。ここは彼らへの恩の着せどころです」
メイロードの表情はちょっとしたイタズラを考えている子供のようだった。
「今回の対価は、何度かに分けて支払わせてはどうでしょう?〝分割払い〟という仕組みです」
「なるほど! 国庫の負担を支払い時期を分けることで軽減するわけだな。それならば財政に与える影響も縮小できる」
「もちろん〝手数料〟はとっていいと思いますよ」
「いい案だ。よし、それで行こう!」
お気に入りの〝昆布茶〟を、最近陶芸に凝っているというメイロードお手製の土の手触りがする湯呑みからすすりながら、サイデムはうなずいた。
今回放出した商品はもともと何年もかけて整えた備蓄品だ。また揃え直すには数年を要すだろうし、ならば購入のための資金も一度期には必要ない。これは商人の考え方からすればかなり危険伴う信用のない相手とは決してできない取引方法だ。だが今回のように国が相手ならば取りはぐれる心配もほぼなく、それで〝恩が売れる〟となれば、それ以上の価値がある。
目論見通り、ドール参謀長はサイデムの商才と懐の深さに感心している様子だ。こうして取引を終えたふたりは、しばし休憩することになった。
テーブルへと運ばれた高級茶と菓子を見て、思い出したようにドール参謀長が口を開く。
「ああ、そういえば妻と娘がサイデムから〝ドーナッツ〟が届いたと知らせてきた。穴が空いた菓子とは、ずいぶん変わった菓子だな。私はこのところこちらに詰めていて食していないが、とても美味だったそうで、次に私がイスに行くときには必ず買ってくるように言われたよ」
「そうでございますか。それはメイロードも喜びましょう。ですが、その折には事前に私どもにお知らせください。あれは特別丁寧に作っておりますので」
皇宮とドール侯爵家には、特別仕様の〝メイロード・ドーナッツ〟が届けられていた。チョコレートとカラフルなアイシングでデコレーションされたそれは、当分非売品の予定だ。
「おお、あれは特別なのだな。わかった。そうさせてもらうよ」
サイデム商会から買い上げられた資材は、これから〝巨大暴走〟対策のために、パレス中に振り分けられることとなる。
「調達が間に合って、私もひと安心だ」
「そうでございますね。ですが、これからでございますよ」
「ああ……最善を尽くさねばな」
そんな話をしていると、ドアが開けられた。
先ぶれの声が響く。
「ダイン殿下、ユリシル殿下がご臨席になります。ご準備を!」
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