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ダミアンとバルボラ 1(ダミアン)
しおりを挟む私は本当に愚かだった。
目の前に、懐かしい顔がある。年齢を重ねたが面影は残っていた。
「久しぶりだな、バーベリ夫人」
「はい、ダミアン陛下。お久しぶりでございます」
綺麗なカーテシーをみせる彼女は、バーベリ元侯爵の夫人だが、昔は公爵令嬢だった。礼儀作法はお手の物だった。辺境の地の嫁ぎ、今まで社交界から遠ざかっていたとしても、体が覚えていたのだろう。本当に綺麗だ。
「ここには私達しかいないから、そう畏まらないでくれ」
私が微笑みながら言えば、彼女が苦笑いをした。
昔もそうやって私が困らせた時に笑っていたと思いだすと、胸が少し痛かった。
「今日は登城してくれてありがとう」
「いえ、もったいないお言葉です」
「それに、孫との婚約も受けいれてくれて感謝する」
「……はい」
これ以上は言葉が続かなくて、二人とも無言になってしまった。
私から話を振った方がいいのはわかるが、何を言えばいいのかわからない。
いや、一つ伝えたいことはあるが、これは今更ではないかと躊躇した。
こんなに時間が経った今、言うべきことなのだろうか?
彼女と会えるとわかった時から考えていたが、未だどうすればいいのかわからない。
そんな風にぐるぐる考えて、結局口にできたのは、伝えたいことではなく知りたいことだった。
「アリーナ……今、君は幸せか?」
私の言葉に彼女ははっとして顔をあげた。
昔と変わらない黒曜のように美しい瞳が、真っ直ぐ私を見ている。
「はい、ダミアン陛下。私は幸せです。今までもこれからも」
はっきりとそういう彼女に、私は一つ息を吐いた。
そうか、幸せか。
「そうか。……これからもそなた達侯爵家の息災を祈っている」
「ありがとうございます。私も陛下および王家のこれからの繁栄をお祈り申し上げております」
このやりとりを最後に、バーベリ夫人は帰っていった。
自室に戻ると、どっと疲れ、ソファに体を沈めた。
自分で思っていたより、彼女に会うことに緊張していたようだ。
彼女―バーベリ夫人。
元公爵令嬢で私の元婚約者だったアリーナ。
彼女と私は幼馴染だった。同い年で、従兄妹だったため、生まれた時から一緒にいた。
小さい頃は、とても仲が良かった。私は一人っ子だったため、アリーナのことは、同い年だったが妹のように思っていた。
「ダミアンの髪は綺麗なブラウンね。瞳もサファイアのように美しい青だわ。羨ましい。」
「そう?」
「そうよ。私なんて黒髪に黒い瞳よ。全然綺麗じゃないわ……」
そう言って、悲しそうに自分の髪をいじるアリーナ。
「そんなことないよ!アリーナの髪は夜空のようだし、瞳は黒曜石のように綺麗だよ!」
自分の精一杯の言葉で伝えると、彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう、ダミアン」
いつもそうやって笑っていてほしかった。そう思うぐらい大切だった。
だが、彼女が婚約者になり、学園に通い始めた頃から、徐々に私の気持ちは変わっていった。彼女はとても優秀だった。礼儀作法は完璧だったし、勉強もよく出来た。学園でも周りの人から頼られていた。いつの間にか非の打ち所のない淑女になっていた。
私はというと、あまり出来が良い方ではなかった。王の一人息子だから、周りの人間はちやほやしてくれたが、陰では出来損ないだと言われていた。私なりに頑張っていたが、婚約者で隣にいる優秀なアリーナと比べられることが増えていった。
私の劣等感をこれでもかと刺激され、だんだん私はアリーナを疎ましく思うようになっていった。彼女に対しての態度も横柄になっていった。これではダメだと思っていても、どうしても今までのように仲良くすることはできなくなってしまった。
アリーナもそんな私の心情をわかっていたのだろう。最初は私の良いところをあげて励ましてくれていた。しかし、私の頑なな態度にだんだん距離をとるようになっていった。それまでは会えば笑顔を浮かべてくれたのに、その時には会っても他人行儀の微笑しかみせなくなった。
そんな風に私達の仲がこじれた時に、バルボラに出会った。
「殿下は今のままで素晴らしい方ですわ。どうか自信を持ってください」
そう言ってバルボラは、私を肯定してくれた。私を素敵だと目を輝かせてくれた。そんな彼女に私は恋をした。溺れるように。
バルボラに恋をして、私はすぐにアリーナとの婚約を破棄することを思いついた。私を惨めにさせる女が傍に居ては、私は幸せになれない。バルボラが傍にいてくれた方が良いと思ったのだ。
そして、父に願い、アリーナとの婚約を破棄し、バルボラを新たな婚約者にしてもらった。王妃である母は渋っていたし、貴族達も難色を示していたが、私に甘い父が叶えてくれた。
婚約を破棄したことを伝えた時、アリーナは何も言わなかった。ただ、悲しそうな顔をして私の元から去っていく。それがアリーナを見た最後だった。
私はこれで幸せになれると思っていた。比較する相手がいないのだから、陰口もなくなるだろうと思ったし、あったとしてもバルボラがいれば大丈夫だと思った。
だが、私はわかっていなかった。
自分の相手が王妃になるということの意味を。
自分が王位継承権を持つものだということを。
アリーナからバルボラに婚約者が変わっても、私に対する陰口はなくならなかった。
当たり前だ。私は王太子であり、次の王だ。
一番上に君臨する王がどんな王なのか、臣下として観察、評価するのは当然のこと。
王の在り方によって、自分達がどのように振舞えばいいのか判断しなければならないからだ。
だが、当時の私にはそのことがわからなくて、ただ気分を害していた。そして、自分で望んだ相手であるバルボラにもだんだん煩わされることになった。
婚約者時代、王妃教育が厳しく、教師達にはアリーナと比べられて、出来ないことをあからさまに嘆かれるとバルボラが泣きついてきた。私にも覚えのあることで、そんなバルボラが可哀そうになり、庇ってしまった。王妃教育を私の一存で途中で終わらせてしまった。
バルボラは元々そんなに頭が良いわけではない。だからアリーナのレベルを求めるのは酷というもの。王妃の公務は周りに優秀な部下をつければ大丈夫だろう。そう思っていたが、これがいけなかったのかもしれない。
結婚して王太子妃になり、やがて王妃になっても、バルボラは公務をほとんどしなかった。難しいことは周りにいる部下に全部任せて、彼女は宝石やドレスで着飾ることや、観劇や社交界に出ることに夢中だった。
さすがに、これではダメだと思い、諌めに行った。
「バルボラ、君はこの国の王妃なんだ。王族として果たさなければならない義務があるのはわかるだろう?」
「王妃としての義務なら果たしましたわ。ユリウスを生んだではありませんか?」
「……王妃としての務めは、他にもあるだろう?」
「それは他の方がやってくださいます。私の部下はそのためにいるのでしょう?」
「バルボラ……」
私の言葉に聞く耳を持たないバルボラに、頭が痛くなってくる。
王妃が公務を果たさないので、そのしわ寄せは私にやってくる。私は公務にかかりっきりになり、ただでさえ忙しいのに、更に忙しくなった。寝る間も惜しむぐらい公務をしていたが、その間もバルボラは自分の楽しみに勤しんでいた。
そうして、しばらく過ごしていたら、バルボラが怒りながら私の執務室へやってきた。
相手にする時間も惜しいと思ったら、こちらの今の状況も考えず、話し出した。
「ダミアン様、最近私との時間を作ってくれませんね?」
「……見てわからないのか?私は公務で忙しいのだ」
「公務なんて他の方に任せて、もっと私と過ごしてくださいませ」
「……」
「あと、新しい宝石を見つけましたの。買ってもいいですよね?」
「……宝石ならもう十分手元にあるだろう?」
「いいえ、もっと必要ですわ。この国は豊かなのだと示さないといけませんからね。私がより豪華に着飾らなくては、侮られてしまいますわ」
にっこりと笑うバルボラを見て、私はようやく気付いた。
バルボラに王妃としての責任感はないのだ。
ただ、自分が楽しく過ごしたいだけ。そういう女だということにやっと理解した。
その後も好き勝手に過ごすバルボラに愛想が尽きた。そして、王城にいても役に立つどころか害にしかならなくなったので、私は、彼女を離宮へと追いやることにした。離縁は彼女が同意しなかったのでできなかったが、どうでもよかった。ただ目の前からいなくなったことに安堵した。
私は自分の愚かさを呪った。
アリーナなら私を支え、良き王妃になってくれただろう。だからこそ婚約者に選ばれていたのに。それなのに、私は、優秀なアリーナに対して勝手に卑屈になって、彼女を切り捨ててしまった。
今、一人で大変なのも自業自得なのだろう。
これからも、王という孤独な立場を一人でこなさなければならないのだ。
その時、ふっと、息子のことが浮かんだ。
バルボラが産んだ一人息子。
私はもうバルボラとの間に子をもうける気はないし、他の女ともない。
となると、この子が次期王だ。
愚かな両親から生まれてしまった子だ。世間の目は厳しいだろう。そんな環境だと、私と同じ轍を踏むかもしれない。それではダメだ。
我が子には、同じ苦しみを与えたくなくて、異例だが、早急に婚約者を作ることにした。臣下達も同意してくれて、ユリウスに相応しい相手も運よく見つかった。
これは私にしては良い決断だったと思っている。
途中いざこざはあったが、息子夫婦は仲睦まじく、お互いを支え合っている。子供は4人恵まれて、家族仲も良好だ。本当に良かったと思う。私のようにならなくて。
そして、今。王太子である孫が婚約者を得た。
アリーナの孫娘であることには驚いたが、バーベリ家の承諾を得られたのは幸いだった。この二人も、息子夫婦のように、お互いを支え合える関係になってくれればと思う。
けっして、私のような愚かなことはするなよと目を閉じながら孫へと願った。
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