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最終章 偽聖女編
第62話 偽聖女編⑥
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「お願いします。」
「この世界に転移する時、転移特典?みたいなのが私に付与されたの。時間と空間のねじれで、この世界に関する知識をある程度貰えたの。」
「…へえ。」
なるほど。彼女が聖女リディアのことを知っていたのも、異世界であるはずのこの国についての知識があるのも、言語を取得しているのも、過去を視る力があるのも、全て異世界であるこの世界に転移するときに生じた時間と空間のねじれによって得たものだったのか。
「で、私が聖女になりたいのは…まあありきたりだけど……誰かから、必要とされたいのかもね。」
「どういうことですか?」
「私ねー、複雑な家庭環境で育ったの。気が付いたら母親がいなくて、父親に育てられて。」
私に、親という概念に関する知識や感覚は存在しない。ミネルバの話し方からして深刻かつ根源に携わる話なんだろうけど、いまいちピンと来ない。
「気が付いたら父親も消えて、私の元には誰もいなくなった。…昔から愛に飢えていた。人に飢えていた。常に誰かと一緒にいないと落ち着かなかった。必要とされたかった。誰からも、誰からも。」
「だから聖女になりたいと?」
「そう!いつも通り生活していて、突然変な渦に飲み込まれたかと思ったら、全然知らない世界に飛ばされてさ。」
ミネルバは興奮してきたのか、息を荒げながら口を開く。私は冷静に彼女を見据え、話の続きに耳を傾ける。
「気が付いたら、昔本で見た”ザ・謁見の間”みたいな場所にいて!しかも私は聖女の奇跡として召喚されたと言われる!こんなの、利用しない手ないじゃん?」
私は話を聞きながら、肝が据わっているなーと他人事のように考えてしまう。私の心の中のレッドフォード伯爵が『初対面の時のアンタも大概だけどね』と言っている気がするけど、無視をしましょう。
「この世界にとって、この国にとって、聖女リディアは絶対的な存在。そんな聖女リディアは逃亡して、今この国は実質聖女不在。じゃあ、私が聖女になってあげる!あんたのためにも、私のためにも!」
「うーん…何となく、言いたいことは伝わりました。」
やっぱり肝が据わっているなーという感想が出てくる。つまり、自分の承認欲求を満たすために聖女になりたいと。素直である点を褒めるべきか、身の程知らずな点を咎めるべきか。…いや、どちらでもない気がする。
「貴女の願いは分かりました、ミネルバ・ローズブレイド。しかし、それは叶わぬ夢でしょう。いずれ後悔する時が来ます。」
「…あーそう。」
聞きたいことは大方聞けたので、私は撤退することにした。
(…いや待てよ?今この場で召喚術を使い、ミネルバを元の世界に帰してしまうことも出来るのでは?)
ミネルバは今、一切の抵抗ができない状態に等しい。チャンスかもしれない。
私は静かに詠唱を開始し、ミネルバに手をかざす。魔法陣を手のひらに浮かべ、ミネルバに向かって投げる。
しかし、魔法陣はミネルバの足元に展開された途端、黒く塗りつぶされたかのように染まって崩れて消えてしまった。驚く私を無視して、ミネルバは高笑いをする。
「だーかーらー!転移時に色々な特典貰ったって言ったじゃん!あんたの転移魔法に歯向かうことくらい、造作もないの!あっはっはっは!」
「…見誤りましたね。出直しましょう。」
しまった、そこまで考えていなかった。まさか私の転移魔法を打ち消す力まで得ていたとは。
「…私はこれにて失礼します。…ですが、私の姿が消えて1日経過するまで、心臓爆破の術は継続します。追えるなどと思わないでください。」
「はいはい、できると思ってませんよー。」
「…それでは。」
そう言い残し、私は元来た道を辿った。ミネルバはその姿を見ながら『そこから来たのか』と呟いていた。もしかしたら、今回の件でこの道は塞がれてしまうかもしれない。だけど、この部屋に入る手段は他にもある。1つ道を潰されたくらいでは困らない。
私は足早に去り、アディの別邸に向かった。
「…ふーん。レティシア・レッドフォード、ね…。」
________。
「…と、いうことらしいよ。」
「くだらないの一言で片付けたい案件ね。」
_数時間後。
私はレッドフォード別邸に帰宅し、ミネルバと話したことをアディに伝えた。
正直、私もくだらないの一言で片付けたい話ではある。だけど、自分の価値観で相手のことを否定するものでもないかもしれないという気持ちもある。いや、そんなこと言ってる場合じゃない気がするけど。
「うーん。つまり、ミネルバを無力化した上で、抵抗させないようにして元の世界に帰すしかないのね。」
「そうみたい。今のままだと、帰すにも帰せない。」
「どうにかならないものかしら。」
2人でああでもないこうでもないと思考を巡らせていた時、1つだけ案が浮かんだ。
「あ、そうだ。この先に起こりえるかもしれない話。」
「え、何?」
「あ、いやでも、アディ怒るかも。」
私は口に出してから、少し後悔した。でも、ここまで言ってしまってから『何もありません』はアディに通用しなさそう。
「言う前から決めつけるんじゃないわよ。まずは言ってみなさい、聞いてあげるから。」
「じゃあ、言う。これが上手くいけば、今回の件が一気に解決へ近づくと思うの。」
………。
「ということで、健闘を祈ります。レッドフォード伯爵。」
「この世界に転移する時、転移特典?みたいなのが私に付与されたの。時間と空間のねじれで、この世界に関する知識をある程度貰えたの。」
「…へえ。」
なるほど。彼女が聖女リディアのことを知っていたのも、異世界であるはずのこの国についての知識があるのも、言語を取得しているのも、過去を視る力があるのも、全て異世界であるこの世界に転移するときに生じた時間と空間のねじれによって得たものだったのか。
「で、私が聖女になりたいのは…まあありきたりだけど……誰かから、必要とされたいのかもね。」
「どういうことですか?」
「私ねー、複雑な家庭環境で育ったの。気が付いたら母親がいなくて、父親に育てられて。」
私に、親という概念に関する知識や感覚は存在しない。ミネルバの話し方からして深刻かつ根源に携わる話なんだろうけど、いまいちピンと来ない。
「気が付いたら父親も消えて、私の元には誰もいなくなった。…昔から愛に飢えていた。人に飢えていた。常に誰かと一緒にいないと落ち着かなかった。必要とされたかった。誰からも、誰からも。」
「だから聖女になりたいと?」
「そう!いつも通り生活していて、突然変な渦に飲み込まれたかと思ったら、全然知らない世界に飛ばされてさ。」
ミネルバは興奮してきたのか、息を荒げながら口を開く。私は冷静に彼女を見据え、話の続きに耳を傾ける。
「気が付いたら、昔本で見た”ザ・謁見の間”みたいな場所にいて!しかも私は聖女の奇跡として召喚されたと言われる!こんなの、利用しない手ないじゃん?」
私は話を聞きながら、肝が据わっているなーと他人事のように考えてしまう。私の心の中のレッドフォード伯爵が『初対面の時のアンタも大概だけどね』と言っている気がするけど、無視をしましょう。
「この世界にとって、この国にとって、聖女リディアは絶対的な存在。そんな聖女リディアは逃亡して、今この国は実質聖女不在。じゃあ、私が聖女になってあげる!あんたのためにも、私のためにも!」
「うーん…何となく、言いたいことは伝わりました。」
やっぱり肝が据わっているなーという感想が出てくる。つまり、自分の承認欲求を満たすために聖女になりたいと。素直である点を褒めるべきか、身の程知らずな点を咎めるべきか。…いや、どちらでもない気がする。
「貴女の願いは分かりました、ミネルバ・ローズブレイド。しかし、それは叶わぬ夢でしょう。いずれ後悔する時が来ます。」
「…あーそう。」
聞きたいことは大方聞けたので、私は撤退することにした。
(…いや待てよ?今この場で召喚術を使い、ミネルバを元の世界に帰してしまうことも出来るのでは?)
ミネルバは今、一切の抵抗ができない状態に等しい。チャンスかもしれない。
私は静かに詠唱を開始し、ミネルバに手をかざす。魔法陣を手のひらに浮かべ、ミネルバに向かって投げる。
しかし、魔法陣はミネルバの足元に展開された途端、黒く塗りつぶされたかのように染まって崩れて消えてしまった。驚く私を無視して、ミネルバは高笑いをする。
「だーかーらー!転移時に色々な特典貰ったって言ったじゃん!あんたの転移魔法に歯向かうことくらい、造作もないの!あっはっはっは!」
「…見誤りましたね。出直しましょう。」
しまった、そこまで考えていなかった。まさか私の転移魔法を打ち消す力まで得ていたとは。
「…私はこれにて失礼します。…ですが、私の姿が消えて1日経過するまで、心臓爆破の術は継続します。追えるなどと思わないでください。」
「はいはい、できると思ってませんよー。」
「…それでは。」
そう言い残し、私は元来た道を辿った。ミネルバはその姿を見ながら『そこから来たのか』と呟いていた。もしかしたら、今回の件でこの道は塞がれてしまうかもしれない。だけど、この部屋に入る手段は他にもある。1つ道を潰されたくらいでは困らない。
私は足早に去り、アディの別邸に向かった。
「…ふーん。レティシア・レッドフォード、ね…。」
________。
「…と、いうことらしいよ。」
「くだらないの一言で片付けたい案件ね。」
_数時間後。
私はレッドフォード別邸に帰宅し、ミネルバと話したことをアディに伝えた。
正直、私もくだらないの一言で片付けたい話ではある。だけど、自分の価値観で相手のことを否定するものでもないかもしれないという気持ちもある。いや、そんなこと言ってる場合じゃない気がするけど。
「うーん。つまり、ミネルバを無力化した上で、抵抗させないようにして元の世界に帰すしかないのね。」
「そうみたい。今のままだと、帰すにも帰せない。」
「どうにかならないものかしら。」
2人でああでもないこうでもないと思考を巡らせていた時、1つだけ案が浮かんだ。
「あ、そうだ。この先に起こりえるかもしれない話。」
「え、何?」
「あ、いやでも、アディ怒るかも。」
私は口に出してから、少し後悔した。でも、ここまで言ってしまってから『何もありません』はアディに通用しなさそう。
「言う前から決めつけるんじゃないわよ。まずは言ってみなさい、聞いてあげるから。」
「じゃあ、言う。これが上手くいけば、今回の件が一気に解決へ近づくと思うの。」
………。
「ということで、健闘を祈ります。レッドフォード伯爵。」
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