オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸

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最終章 偽聖女編

第64話 偽聖女編⑧

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Side:リディア

私は縄でぐるぐるに拘束されて、目隠しをされて王城に連行された。何重にも縄には魔法がかけられて、逃げられないように対策が施されていた。

しばらく急かして歩かされた後、ひんやりとした空気の部屋に通された。拘束を解かれて、目隠しを外すとそこは石造りの牢屋だった。ここは確か、聖神殿の地下にある場所。かつて他国に聖女リディアの情報を流していた神官を罰するために作られたのが、この牢屋だったはず。まさか私がここに投獄されるとは、と思わず感心をしてしまった。

「聖女リディア…っと、お前は偽物だったな。よくもまあ、長年我がローゼシア王国を騙してくれたものだ。どんな気分だった?掌の上で踊る我々王族は、国民は。見ていて楽しかったか?」

(私を長年蔑ろにして聖神殿に軟禁しておいて、今度はこの言い草。)

オーウェン公爵の言葉を無視して、私は何も答えないまま牢屋の隅っこに腰を下ろした。長年使われていなかったであろう牢屋は埃っぽく、少し湿気を感じる。

こんな扱いをされても私が人間に愛想を尽かせないのは、長い間聖女という立場に縛られ続けていたから。そして、私自身が神の化身だからというのもあると思う。人間のために作られこの世に生まれた存在。人間のような言い方をするなら、体に刻まれた本能のようなものな気がする。

「お前の処刑の日程を決める。決行日は伝えない。震えて待つがいい、偽聖女リディア・アッシュクロフト。」

そう言い残すと、兵隊の人たちとオーウェン公爵は牢屋を後にした。人の気配を感じるから、おそらく見張りの兵士が近くにいる。牢屋の鉄格子を調べてみたけど、こちらにも逃走防止用の魔法が何重にもかけられていた。

「…アディ。」

私のか細い声は、牢屋にこだまし消えていった。

________。


おそらく、アディは素直に私を差し出したことになっているから罪に問われはしないはず。私がアディを脅して匿わせたことにすることで、少しでも私の罪状を重くして処刑する口実を増やす魂胆があると思う。

アディと引き離され、聖神殿の地下の廊下に閉じ込められてから数日が経過した。相変わらず進展はなく、あれから人が来る気配はなかった。

だから気が付くことができた。こちらに向かう人の気配に。


「どもー。偽聖女さん。」
「…ミネルバ。」

そこにいたのは、新聖女を名乗るあのミネルバ・ローズブレイドだった。ミネルバは顔を歪ませて笑顔を作ると、私に声を掛け始める。

「お父さんは助けに来てくれない、この国の誰もが崇めて神聖視しているはずの聖女リディア・アッシュクロフトの言うことを信じない。かわいそ~う!」
「………。」
「ま、この国のことは任せてよ。安心して死んでいいから。」

そう言い残すと、ミネルバは笑いながら牢屋を後にした。私は膝を抱えて座り直し、膝と体の間に頭を埋める。

「…アディ…。……大好きだよ…。」

私は何度目か分からない、その人の名前を呼んだ。


________。

その日は突然訪れた。

私は再び何重にも拘束され、魔法をかけられた。目隠しをされて行き着いたのは、王都から少し外れたところにある昔使われていた処刑場だった。今はただの廃墟と化していて、私を粛々と処刑するにはここがいいと判断されたのだと思う。

この場にいるのは現ローゼシア国王のライオネル・ローゼシアと数名の王族と大臣と兵隊とミネルバ・ローズブレイド。おそらく外には大勢の兵隊が待機していて、人が近づかないように警備をしているのだろう。
まあそもそも、元処刑場なだけあって、地元民はこんな場所に寄りつこうとすらしないんだけど。

私は十字にされた丸太に括りつけられ、磔のような姿勢にさせられる。自分の体重で縛られた箇所が痛み、血が滲む。

これから処刑されるというのに、不思議と私の心はおだやかだった。きっと、アディに関する悲報を聞いていないおかげだと思う。私を絶望させるためには、アディの悪い情報を与えればいいと向こうも把握はしているはず。それがないということは、アディはきっと無事。そう信じたかった。

「リディア・アッシュクロフト、最後に言い残したいことは?」

ライオネル・ローゼシアが私に最後の言葉を聞いてくる。その横でミネルバはニヤニヤと笑っていたけど、私は無視して現国王に向き直る。

「私を処刑するということは、この世界の終焉を示します。今後訪れる終末に向けた大災害は免れないでしょう。ですが、私を処刑すると決めたのは貴方たちです。叶うのなら、また来世でお会いしましょう。」

私の言葉に怯んだのか、現国王が恐怖を滲ませる。その様子を察したミネルバが、口を開く。

「あれは偽聖女の戯言です。気にしないように、この国には私がいるのだから。」

ミネルバの言葉に励まされたのか、その場にいる王族や大臣たちは安堵の表情を浮かべる。ミネルバは完全にこの国の中枢を支配している。私はもう、その辺りに落ちている小石ほどの価値もないのだろう。

「これより、新聖女ミネルバ・ローズブレイドの名の元に、偽聖女リディア・アッシュクロフトの処刑を行います。」

「ぶえあ!」

ミネルバの声と共に、兵隊がバケツを持って近づいてきたかと思うと、私に謎の液体をかけた。鼻を突くような異臭、これはおそらく液体燃料。

近くにいた兵隊が魔法で火を起こし、私の足元に放った。


「ああああああああ!!」

私は瞬く間に火に包まれ、悲鳴を上げた。どんなに抵抗をしても火が衰えることはなく、むしろ勢いを増していった。身を捩っても逃げることは叶わず、髪が焼けて皮膚が裂ける。顔が、首が、胸が、お腹が、足が、全身が、引き裂かれるように痛い。

「あはははは!さようなら、リディア。安心してよ、この場所には防音の魔法がかかっているから。思う存分苦しみもがいて大丈夫だから。」

「い″や″ああああああ!!痛い痛い痛い!!熱い熱い熱い!!」

意識を失うことも許されず、私は炎に包まれ焼かれる。喉が焼け爛れてもなお、私の悲鳴が処刑場に響く。顔にどろっとした物が流れる感覚を覚え、それもすぐ熱に焼かれて異臭を放つ。


「い″や″あ″ああああ!!い″や″あ″あ″あ″ああああ!!」




しばらく炎に包まれた”それ”は、しばらくすると声も出さずに動かなくなり、最後には煙と異臭を放つ肉塊に成り果てた。

肉塊は骨までじっくり焼かれ、灰になったそれは掻き集められて海に撒かれた。

その場にいる全員が、リディア・アッシュクロフトの死を見届けた。
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