オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸

文字の大きさ
14 / 72
第2章 とある日のレティシア編

第14話 レティシア・レッドフォードの昼②

しおりを挟む
目の前に並ぶのは、様々な色のリップクリーム。
リップクリームと言ってもこれは口紅のようなものではなく、唇の乾燥を防ぐための軟膏の役割を果たすタイプのリップクリームらしい。それに色が付いていて、ほんのり唇を彩ってくれるのだとか。

「わあ、綺麗。」
「だよねだよね、見ているだけでも楽しいよね!どの色が気になるとかある?」

シンシアの言う通り、見ているだけでも目が踊って楽しく感じる。以前、アディが化粧品を集めることが趣味の人もいるって言ってたけど、目の前に広がる景色を見ていると納得してしまう。これは、収集したくなる心をくすぐられるやつだ。

「えっと…この、少し濃い目のピンク…かな。」
「カラー08、”乙女心”だね!塗ってあげるから、口少し閉じていてね!」

(乙女心?色の識別名としてそういう名前を付けられているってことかな。)

私は言われた通り、口を閉じる。唇全体に、軟膏特有のねっとりとした感覚が広がって、何ともいえない気分になる。
昔化粧を施されていたときの名残で目も閉じてしまい、シンシアに『目は開けていていいよ!』と笑われてしまった。ちょっと恥ずかしい。

「大丈夫だとは思うけど、唇に異変…痛かったりピリピリしたら言ってね!鏡はどこにあったかな。」

シンシアが鏡を探している間、私は机の上にあるリップクリームを数本かき集めて両手で持ってみた。蜜柑のようなオレンジ、生姜のような黄色みのある茶色、苺のようなピンク、ぶどうのような紫。聖女リディアのご神体である金剛石も宝石だけど、あれとは違う輝きを持つこれらのアイテムに、不思議な高揚感を覚えた。

「あったあった!はいレティシアちゃん、鏡見てみて!」

シンシアから少し大きめな手鏡を渡され、そっと鏡面を覗く。

(わあ、可愛い…!)

写っているのは見慣れた自分の顔のはずなのに、思わず見入ってしまった。
ぷるっとした唇、ちゅるんとした濃いピンク、つやつやの口元。リップクリームを軽く塗っただけなのに、顔全体が華やかな雰囲気になったような気がした。顔の角度を少し変えるだけで、唇の上の反射の光が移動していくのが何となく楽しく感じる。

「レティシアちゃんめちゃくちゃ肌白くて綺麗だから、濃い色が映えるね!」
「ほんと?可愛い?」
「可愛い!」

ストレートな言葉とまっすぐな瞳で褒められて、言葉に詰まらせてえへへとしか言えなかった。嬉し恥ずかし。

「魔法適性ある人は専用魔法でちゃっちゃとスタイリングができてしまうけどさ、こういう初歩的な化粧も私は楽しくて良いと思うの!」
「…うん、私もそう思う。」

確かに、スタイリングに関する魔法はいくつかある。私自身は使ったことないけど、髪色や目の色を変えたり、顔を化粧のように飾る魔法も存在する。
私が聖女様として施されていた化粧は、人前に出るための最低限のものだったし、当時の私は施されるがままで、化粧そのものに意味を見出していなかった。

私にとって化粧は他人にされるもので、自分でするものじゃなかった。アディが使用人にメイクを任せないのは、それ自体が楽しくてやりたいからやっているんだと実感した。

「ついでと言っちゃなんだけど、こっちも試してみない?」

シンシアが『じゃーん!』と自分の後ろから箱を取り出す。中に入っていたのはネイルポリッシュ、一般的にはマニキュアと呼ばれるものだった。

「爪に塗るやつだ…!」
「そうそう、よく知ってるね!よいしょっと!」

シンシアは箱の中に両手を突っ込むと、がさっと中身を取り出す。優しく丁寧に机の上に移動させているけど、まとめて持ったせいでバランスを崩した容器がいくつかゴロゴロと転がっていった。

「おっとっと。」

ネイルポリッシュの容器が1つこちらに転がってきたから、私は片手で受け止めた。右手に握ったそれを、まじまじと眺めてみる。
容器の中には、小さな夜空が広がっていた。私の目の色と同じ暗い青色の染料に、白くて細かいラメと、星の形をしたホログラムがキラキラと光って混ざりあっている。

「これ、綺麗で好き。」

私は無意識にそんなことを言っていた。それを聞き逃さなかったシンシアが、ぱあっと笑顔になる。

「ほんと!?実はそれ、私が提出した案なんだよね!小さい子にはウケがよくないかもって言われたけど、ギリギリで通ったやつなんだ!」

そう語るシンシアの目が爛々と輝いている。自分のアイデアを褒めてもらえたのが心の底から嬉しいといった雰囲気だろうか。

「子供向けネイルポリッシュだから、温かいお湯につけると簡単に剥がれるって商品なんだ~!はい、手え貸して!」

言われるがまま、私は右手を差し出す。シンシアがその手を取ると、ポリッシュを刷毛で丁寧に塗っていく。
一度塗りだと淡い夜空、二度塗りだと暗い星空、三度塗りだと満天の星空。色を塗り重ねていくごとに、爪の先に様々な夜空が広がっていく。

全ての爪に色がついたから、乾くのを待っている。手を振ってみたり、ふーっと息を吹きかけてみたり。シンシアはすぐ乾くよって言っていたけど、待ち遠しくて仕方なかった。

両手を上に掲げ、照明の光に合わせて角度を変えてみる。爪先に広がった小さな夜空は、私の心を躍らせるのに十分だった。

「あーら?アタシがいない間に随分と美人さんになっているじゃない!」

聞きなれた男性の声が聞こえて、横を向く。話し合いを終えたらしいアディが、私の左横にしゃがんで覗き込んできた。それに呼応するように、シンシアが大きくうんうんと頷いている。

「しゃちょー!レティシアちゃん着飾り甲斐しかありません!元々可愛いけど、メイクすると更に可愛くなります!」
「でしょでしょ~?レティシア、いつもアタシの化粧している姿を後ろから眺めているだけで、自分もやりたいとは言わないから興味がないのかと思っていたけど…」

言葉を区切ったままアディがその場で立ち上がる。釣られて彼の顔を見ると、にやにやとした表情で私を見下ろしていた。

「機会を作ってあげるべきだったわね。」

アイラインの効いたアディの目が私を捉える。何となくムッときて、ベッと舌を出して威嚇する。シンシアが『せっかくの美少女が台無し!』とか、アディが『んまっ!おブス!』とか言っているけど、無視して顔を逸らす。

(化粧…コスメ集め…楽しいのかも。)

私は今日、新しい楽しみを見つけた気がした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

処理中です...