オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸

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第3章 リディア誘拐編

第22話 リディア誘拐編⑥

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_応接室。

部屋にはジャネスがお茶を用意する音だけが響いている。
カップとお茶請けが並べられ、湯気を立てながら紅茶が注がれる。

「…それでは、失礼致します。」

短くお辞儀をし、ジャネスが退室する。部屋にはアタシとクリスティ、トリンブル捜査官とコリン捜査官の4人だけになった。
腕と足を組んで椅子の背にもたれかかるトリンブル捜査官、紅茶を飲んで一息着くコリン捜査官、この場の雰囲気に飲まれて萎縮してしまっているクリスティ、そしていつも通りのアタシ。
縦にも横にもでかい男たちに囲まれて、萎縮しないほうが無理なのかもしれないわね。治癒魔法で完治したとはいえ、一応怪我人で病み上がりに等しいわけだもの。

場の空気を切ったのはトリンブル捜査官だった。

「レッドフォードの小僧…伯爵からの通報は『娘と使用人が長時間帰ってこない』でした、クリスティ・ブラックさん。貴女が医療車で搬送されてから、現場も調べ済みです。ですが、改めて被害者である貴女の話を聞きたいと思います。」
「はい…。と…言っても、あたしは途中で気を失ってしまって、事の顛末を全て把握できているわけでは…。」

クリスティは恐る恐るながら、今日の出来事を話したわ。
倒れる直前に見えた光景、意識を失うまでに分かったこと。

「あたしはお嬢様と雑木林を歩いていました。町に行く途中、低木の脇からユニコーンの子供が出てきて…。」
「ユニコーンの子供?その雑木林は自然地区じゃないはずだが。」
「ええ、ですので、結界の歪から迷い込んでしまったのだと思います。」

ユニコーンの子供…そういえば、リディアがそんなことを言っていたわね。

「役所に連絡をするために、あたしとお嬢様は一度屋敷に戻り、電話を使うことにしました。町に行って公衆電話を使うより、屋敷のほうが近かったので…。」
「…なるほど。……続けなさい。」

トリンブル捜査官が話を進め、コリン捜査官がうんうんと大きく頷きながらメモを取っている。様子を見るに、コリン捜査官は速記が得意みたいね。トリンブル捜査官とクリスティの会話の途切れがほとんどないまま、話が進んでいく。

「後ろを振り向き、屋敷に向かって足を進めました。数歩歩いたところでお嬢様と手を繋ごうと差し出した瞬間、視界がぐらっと揺らいで私は地面に倒れました。」
「ふむ、その時に殴られたのが後頭部であると。今はもう治癒魔法で治っているが、これは後で病院に問い合わせれば裏が取れるだろう。」

アタシは3人の様子を見守りながら、ゆっくりカップを手に取り紅茶を飲む。時間が経過して少しぬるくなったお茶は飲みやすく、一気に半分ほど飲んでしまった。

「私が気を失うまでに聞き取れたのは、男の声で『動くと殺す』みたいなことと、どこの国の言葉か分からない言語でした。」
「そのどこの国の言葉か分からない言葉を再現することは?」

クリスティは少し困惑しつつ、アタシのほうを見る。アタシはクリスティの気持ちを和らげられるように微笑んで、頷く。小さく深呼吸したのち、クリスティは言葉を口にした。

「えっと…『ランホア、チェエグア、ムェア、バン』…ごめんなさい、所々しか覚えていなくて…。」
「うーん…言葉の系統からして、東洋人か?」
「だとは思うのですが、その男たち、ローゼシア語も堪能でした。分からない言語を話すまでは、ローゼシア語を話していましたから。」

クリスティは約束通り、あの時に起きたこと以外は口にしていない。リディアのことも、通信魔法のことも、全てアタシたちだけの秘密になっているわ。

「気が付いたら、お嬢様がいなくて…あの男たちに連れ去られたと…!私は…!」

クリスティはグッと唇を噛んで、涙を絶え凌ぐ。そんなクリスティには目もくれず、トリンブル捜査官が考え込み、黙ってから十数秒。2人の会話に少し間が開いた。

「あのぉ、お話し中すみませぇん、トリンブル捜査官。ランホアって東洋人、最近違法駐車で検挙しませんでしたか?」

沈黙を破るように、コリン捜査官が口を開く。彼には何か心当たりがあるらしいわね。
眉間に皺を寄せて何かを考えこんでいたトリンブル捜査官がギッと睨みつけ、それにびっくりしたコリン捜査官が平謝りをしている。

「ああ、あの4日前のやつか。やはり、お前も覚えていたか。」
「…それ、詳しく聞かせていただいてもよろしくて?」

アタシは2人を直視し、真っすぐ見つめながら聞いてみる。話していいことだと判断したのか、トリンブル捜査官は紅茶のカップを持ったまま椅子の背にもたれかかれ、コリン捜査官に促した。

「はい、ではわたくしのから説明させていただきますね。」

_コリン捜査官が言うにはこうらしい。
4日前、町の表通りの路肩に、違法駐車されている移動車があって、張り紙をしていた。
ナンバーを抑えて運転手を探したところ、1人の東洋人の男性とローゼシア人の小さな男の子を連れていたらしい。名前を聞いても頑なに答えなかった東洋人だけど、横にいた男の子が小さな声で『彼はランホア、僕はタッド』と答えた。
2人の関係を聞いたところ、タッド少年は会社の同僚の息子で、同僚の代わりに送迎を頼まれていたところだと言った。
タッド少年にも聞いたところ、その通りだと答えたため、違法駐車に関する厳重注意と免許証の提示、ナンバー控えのみで解放したとのことだった。


(………それ、誘拐の現行犯だったんじゃ…。)

「あれれぇ?トリンブル捜査官、もしかしてそれ、誘拐の現場だった可能性が…?」

アタシと全く同じ考えをコリン捜査官が口にした。
あくまで可能性の話であり、2人が数日前に検挙した東洋人と今回の誘拐犯が同一人物とは言いきれない。仮にもし、同一人物だったら、偶然が過ぎる出来事な気がする。

「たらればの話をしても意味がないだろう!」

コリン捜査官の発言に腹を立てたのか、トリンブル捜査官がガンッと音を立ててカップを机に置く。大きな音にびっくりして、コリン捜査官とクリスティの肩が跳ね上がる。

「ブラックさん、話は以上かね!?」
「えっ、あっ、はい、そうです…。」

トリンブル捜査官は『時間通りだな!?失礼するぞ!』と大きな声を出しながら片付けをし始めた。机の上に置かれた資料やペンがあっという間に片付けられ、後はコリン捜査官の身支度待ちになった。

「急げコリン!まだ仕事は終わってない!」
「は、はい~!では、お2人とも、本日はありがとうございました!」

トリンブル捜査官は部屋の外で待機していたメイドから、奪うようにしてコートを手にする。コリン捜査官は『クリスティさんはお大事に~』と言葉を残し、トリンブル捜査官の後をバタバタと追いかけて行った。

部屋にはアタシとクリスティだけが残されたけど、お見送りをしなきゃいけないから結局2人を追いかけることになるんだけどね。

「クリスティ、誰か使用人を呼んでカップを片付けさせてちょうだい!アタシは2人を見送ってくるから!」

クリスティの返事も待たずに、アタシは足早に部屋を出る。
そういえばあの日も、こうやって自警団の人をお見送りしたわね。

_両親が死んだあの日も。
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