【完結】妹に婚約者まであげちゃったけれど、あげられないものもあるのです

ムキムキゴリラ

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17. どうすればよかったのだろうか

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 一日の仕事がひと段落した夕方、アナスタシアはドーロン伯爵邸に立ち寄った。
「ご用件は?」
 アナスタシアはどっかりと待ち構えている両親に何の感慨を持たずに聞いた。両親に対して、こんな顔だったかなどという懐かしさは微塵もなく、ただ不快感を持て余していたため、早くこの家から出たいと気が急いていた。
「まず、仕送りが少なすぎます。もっとこちらに渡しなさい」
 伯爵夫人がムスッとしている夫に代わって口を開いた。
「もうかなりの額をあげていると思いますが……」
 アナスタシアは給料の半分を家に送り、残りの半分で日々の生活をやりくりしていた。アナスタシア専用の研究室をぶんどれたため、居住費にお金を割く必要がなかった。それにも助けられて、給料半分でぎりぎり生活ができていた。
「もっとよ、よこしなさい!」
「……そんなにお金がないんですか?キャシーを甘やかしすぎですよ」
 キャシーのわがままを叶えるためには多額の費用を必要としていた。両親はキャシーのために巨額の借金をしており、首がそろそろ回らなくなっている。アナスタシアは家の経済事情を詳しく知らないが、それでも、伯爵の仕事や領地からの収入、キャシーの散財の様子からおおよその察知はついていた。
「なんですって!!!」
「生意気な口を聞くな!!!」
 ドーロン伯爵夫妻は図星をさされたため、喚き散らした。二人はキャシーのために借金をしていることはわかっているが、かわいい娘のわがままを叶えることはやめられなかった。ずっと続けていたことを止めることは難しいのだ。
「このままでいたいなら、あなたが働くか、生活を切り詰めればいいでしょう」
 アナスタシアは働いていない伯爵夫人を指差した。
「お黙り!!!研究費とかももらってるんでしょう。よこしなさい!」
「そのお金の私的利用は許されていません」
「私の娘でしょう!母や父のために何とかなさい!!お前だけが裕福になろうなんて、幸せになろうなんて許しませんからね!」
 伯爵夫人はアナスタシアに掴み掛かろうとしたが、その腕は無情にも振り払われた。この人の中で私は幸福となることさえ許されていないのかとアナスタシアは少し悲しく思った。
「もうこれ以上、あなた達とは関わりたくたい」
「それはこっちのセリフだ!お前の顔なんぞ見たくもない。いっそのこと職を追われて死んでしまえばよかったものを…!」
 アナスタシアは伯爵に情を感じさせない冷たい目を向けた。この人に死を願われているほど嫌われているのかと解り、一刻も早く関わりを断って、ドーロン伯爵邸から脱出したかった。
「では、あなたは何の用ですか?」
「ダニエルという若造をキャシーに譲れ!」
「それで私はアランと結婚しろと?」
「……ああ」
「それは嫌です。それにダニエルさんは私のものではありませんから、私に言われても困ります」
「お前が邪魔しているらしいじゃないか。キャシーを妬んでいるのだろう?」
「……はぁ」
 アナスタシアは話の通じないドーロン伯爵夫妻に嫌気がさし、大きなため息をついた。もう声を聞き、顔を見て、存在を感じることさえ不快に感じていた。
「……していませんよ、そんなこと。あの女じゃあるまいし」
「なんだと?」
 伯爵は愛娘をあの女呼ばわりされ、しわがれた声で反応した。
「私は誰の邪魔もしていませんよ。あなた達のかわいいキャシーに魅力がないんじゃありませんか?」
 アナスタシアは眉一つ動かさず、顔色ひとつ変えずに言った。
「そういえば、私からも一つ用があったのです。先程も話に出た仕送りの件ですが、もうやめにします」
「なんですって……?」
「あんなこと言う人間に私のお金をあげたくはありませんから」
 あんなことというのはこの場だけのやり取りだけではない。今までのこと全てを指していた。
「あんなこと?そんなのは関係ないでしょう。両親に尽くすのは当然です。馬鹿なことは言わないでちょうだい!」
「私はあなた達のことを両親と慕い、孝行を尽くしたいと思ったことはありません。あなた達も私のことは娘と想っていませんでしたね。都合の良い時だけ親ヅラをしないでいただきたい!」
 アナスタシアは初めて両親に対して声を荒げて反抗をした。
「なまいきな……!」
 伯爵夫人はアナスタシアに刃向かわれて、わなわなと震えた。伯爵は怒りのあまり言葉も出ないようだった。
「さようなら」
 アナスタシアはせいせいしたとばかりに清々しい足取りで、ドーロン伯爵邸を後にしようとした。
「待て!」
 ドーロン伯爵はくるりと後ろを向いたアナスタシアの背を追いかけた。そして、近くにあった花瓶で頭を殴りつけ気絶させた。
「こいつをあの部屋に運べ」
 伯爵は使用人に偉そうに命じた。あの部屋とは仕置き部屋のことである。そこに置いておけば、少しは冷静になり、自分達の言い分に従うだろうという算段であった。たとえ、こちらの言いなりにならなかったとしてもアナスタシアが死ぬだけである。別にそうなっても構わないと伯爵夫妻は思っている。

 
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